ニセモノファンタジー協奏曲

すらなりとな

求人難の解消方法

 四年に一度、空に浮かぶ二つの月が重なるとき、魔界への道が開ける。

 そこに居座るは大いなる魔王!

 魔王は開いた道をたどり、この世界へと進軍を始めるであろう!

 だが、案ずることなかれ!

 重なった双月は、同時に勇者をもたらすであろう!

  ――王国「予言書」



「求ム! 伝説に挑む魔物使い!

 掲題の通り、四年に一度の勇者の旅立ちを機に、魔物使いを募集します。

 なお、魔物は支給されます。

 給与:日給10万G。交通費支給

 勤務:旅団1か月(現場によって期間の短縮や延長がございます)

 対象となる方、応募資格:

  ・一度に4体以上の魔物を扱うことが出来る方。

  ・旅団生活(広範囲かつ長期にわたる旅)に耐えられる方。

  ・使役する魔物が倒されても文句を言わないおおらかさを持つ方。

  ・守秘義務がありますので、ギアス付の誓約書にサインが必要です。

 新人からベテランまで活躍中!

 正規軍雇用制度あり!

 皆様の応募をお待ちしています!!」


「……日給、10万G?」


 魔物使いの少年、クランはハンターギルドの隅に張り出されていた広告に目を止めた。理由は口に出た言葉通り、破格の報酬。

 日給、10万。

 通常の旅団を組んで行う仕事のほぼ10倍。

 危険な魔物がはびこる荒野を進む旅団は日給が高くなりがちだが、その更に10倍である。

 未だ駆け出しにすぎず、資金不足に陥りがちなクランが目を止めるのは、やむを得ないと言えよう。


「その広告に、興味がおありで?」


 そんなクランへ話しかけてきたのは、ギルドの受付嬢。

 クランは突然の声に驚きながらも、見知った顔に表情を崩して応える。


「ええ、まあ、金額が金額ですし……」

「もしよろしければ、別室でご説明しますが?」

「えーっと、じゃあ、よろしくお願いします」


 営業用スマイルを浮かべる受付嬢に続いて、ギルドの奥の部屋へと通される。

 国から機密性の高い重要な任務を受けたベテランのハンターが「ギルドの奥」へ入っていくのを時々見かけるが、当然ながらクランは初めて。物珍しさに任せて、きょろきょろと周囲を見渡す。

 立派な甲冑を来たガーゴイル像に、大きな絵画や、壺。

 いかにもVIP向けの部屋だ。

 こんな部屋でやる話なら、よほど重要な仕事に違いない。

 守秘義務があると書かれていたが、それほどのものなのだろうか。

 だとすると、駆け出しの自分でこなせるのだろうか。

 いや、それでも、自分はハンターとして、4年間やってきた。

 それに、クランの力は、ギルドだって知っているはず。

 無理な任務なら、初めから声はかからないはずだ。

 期待と不安に満ちた目を向けるクランに、受付嬢は微笑を崩すことなく、


「では、こちらにサインをお願いします」


 いきなり、誓約書を広げた。


「はい?」


 困惑した声を上げるクラン。

 受付嬢はただ、ニコニコと素晴らしい笑みを向けたままこちらを見つめている。


「ちょっと待ってください、まだ受けるとは言っていません!」

「あら? これは失礼しました。

 でも、任務の説明をするのに機密事項も話さないといけないので、先にサインが必要なんですよ? もちろん、説明の後で依頼を断っていただいても問題ありません。ギアスがかかっていますので、機密を漏らした瞬間、心臓が停止しますが、話さなければ問題ないので安心してください」


 安心できません!

 心の中で叫ぶクラン。だが、扱いはともかく理由自体は筋が通っている。

 相手がギルド職員という事もあって、クランは誓約書にサインを入れた。


「はい、結構です。

 では、説明を始めますが、その前に、クランさんは四年に一度、魔王が現れるというのを知っていますか?」

「は、はあ、もちろん知っていますが……」


 それは、この国に住むものなら誰でも知っている「生きた英雄譚」だった。

 大昔、大賢者が空に浮かぶ赤い月と青い月の魔力を利用して、魔界へと魔王を封じた。しかし、天体を利用した魔法だったゆえに、封印には大きな弱点が残る。四年に一度、二つの月が重なることで、片方の月の魔力が大地に届かなくなり、封印の力が弱まってしまうのである。その度に魔王は魔界から侵攻をかけ――そしてその度に、勇者によって打倒されてきた。


「では、今年が、その魔王が現れる年だという事も知っていますね?」

「はい、確か、昨日の時点で月が重なったと聞いていますが――まさか?」

「ええ、魔王が復活しようとしています」


 驚くクラン。

 なるほど、機密事項には違いない。

 急に魔王が現れたなど言ったら国が混乱してしまう。

 しかし、納得と同時に、疑問も芽生えた。なぜ、魔王が復活したというのに旅団を結成するのか。そういえば、広告には「勇者の旅立ちを機に」と書かれていた気がする。それと関係あるのだろうか。まさか、


「先に言っておきますが、クラン様が勇者に選ばれたわけでも、勇者様のパーティに選ばれたわけでもありませんよ?」

「う。いや、少しは期待しましたが――じゃあ、一体何なのです?」

「簡単です。クラン様には勇者様旅の運営をやっていただきたいのです」

「運営、ですか?」

「そう、運営、です」


 受付嬢の言う依頼はこうだ。

 勇者様御一行が選ばれたはいいが、なにぶん経験不足の少年である。このままでは危ない。そこで、魔物使いが弱い魔物を順番に放って、魔界を目指す旅をしながら強くなってもらおう、という訳である。


「普通に訓練してもらった方がいいのでは?」

「勇者は国の象徴なんです。地道に訓練して地味に魔王を倒しても意味がないのです。道中も華々しく活躍して貰うために、誰かがお膳たてをやらないといけません」

「はあ、そういうものですか」

「非常に不本意ですが、そういうものなんです。

 それで、どうしますか?

 依頼の性質上、勇者様の後を追って旅をする事になりますが」


 クランはようやく納得がいった。

 自分の相棒である魔物たちに勇者の踏み台役をやらせて、おまけに勇者と一緒に魔王へ近づくという危険度だ。なるほど、これは誰もやりたがらない。

 が、結局、クランはうなずいた。

 資金的な理由ももちろん、もともと四年に一度の英雄に憧れていたし、それを間近で見られるチャンスでもあったからだ。


 が、数日後、クランの幼い憧憬は、あっけなく砕け散った。


 目の前には、見目麗しい勇者とその仲間たちが、きらびやかな鎧をつけ、クランのはなった小さな虫型の魔物に剣を振り回す姿。

 ここで斬りつける、と言わなかったのは、クランの目からしても、あまりにも素人な武器の使い方だったからだ。


「……あの、勇者様に剣の心得がないのなら、棍のようなものを渡した方がよかったのでは?」

「最近は勇者も五月蝿くなって、棒きれでは旅に出てくれないんですよ」


 どこか疲れた様子でいうギルドの受付嬢。

 苦労してるんだなぁ、と思いながら、たっぷり一時間逃げ回った挙句、叩き落とされた虫型のモンスターを移転魔法で手元に戻す。

 勇者は肩で息をしていて、パーティメンバーが細かい怪我を治している。

 クランも相棒を治療しようとすると、代わりに受付嬢が手を差し出した。


「この薬草を使ってください。支給品です」

「あ、ありがとうございます」

「いえ。これも仕事ですから……

 それより、この先に洞窟がありますので、先回りしましょう。

 そこでも、魔物をお願いします。私はトラップを張っておきますので……」


 二人は勇者をストーキングしながら、運営を続けた。

 洞窟に、野に山に海に魔物を放ち、ダンジョンでは解除可能なトラップを仕掛け、宝箱を配置し、どこから手に入れたのか、魔王城の鍵まで塔に配備してきた。


「さて、いよいよ魔王城ですね」

「あの、流石にここまでお膳たてはいらなかったのでは?

 というか、この魔王城ってギルド所有の廃墟ですよね?

 本物の魔王はどこですか?」

「大丈夫です。伝説なんて、後で背びれ尾ひれが勝手につきますし、魔王はもうすぐ出てきます。だから大丈夫なんです」


 無人だった廃墟に、クランの目からすれば中級の魔物を配備。

 巨大な玉座の背後に隠れながら、勇者一行を待ち受ける。

 果たして、勇者は満身創痍になりながらもやってきた。


「魔王! どこだっ!」

「フハハハハハ、よくぞここまで来た」


 威勢よく声を上げる勇者に、謁見の間に魔法陣が浮かび上がる。

 出てきたのは魔王……ではなく、ガーゴイルだ。


「あれはギルドの奥の部屋に飾ってあった――」

「魔王です。

 ええ、間違いなく魔王です。

 四年前も同じだったから間違いありません」


 もはや何も言えなくなったクランは、ただ茫然とガーゴイルが崩れ、満足げに帰っていく勇者の背中を見続ける。

 神話の正体を知り、醜い現実い打ちひしがれたクランの肩に、やさしく手が置かれた。


「どうか、気にしないでください。犬にでもかまれたと思って……

 その、これも、毎回のことですから」

「毎回、ですか?」

「ええ。正確にはこれで三周目です。

 しかし、四年おきとはいえ、三回も同じ事を続けていると、飽きられてしまうかもしれませんね。次の四周目には、何か変化が欲しいところです」

「本物の魔王でも連れてこればいいんですよ。

 僕も、魔王と一緒なら、強い魔物だって呼べそうな気がしますよ」


 疲れ切った様子の受付嬢に、やけ気味に答えるクラン。

 受付嬢は、そうですね、と小さくつぶやき、ようやくギルドで見せるきれいな笑みを浮かべると、


「では、今後も、末永く、よろしくお願いします、ね?」


 とても人間とは思えない力で、クランの両手を強く握りしめた。

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