第648話 「俺が相手だ③」

 かすっただけでも体が消し飛びそうな槍の乱舞は、宙に軌跡を強く刻みつけるほどだ。鞭か何かと錯覚するような軌跡に惑わされれば、致命的な一撃を受けてしまう。まばゆい光が交錯する中、俺はそこにある槍の挙動に細心の注意を払い続けた。

 そして、繰り出される攻撃の隙間を縫うように、逆さ傘インレインを放つドローンを飛ばしていく。なにやらSTGシューティングゲームの大ボスみたいになった気分だ。俺の周りを浮遊するオプションの群れは、今や総勢十機ある。

 殺されることも消されることもなく、俺に追随して自動攻撃してくれるこの魔方陣たちは、この一騎打ち状態における重要な戦力だ。仲間の命の危険に心を乱されることなく、俺は奴との攻防に集中できる。

 それに、射角と位置関係を完全に固定できるこれらのオプションは、誤射のリスクがない。精鋭の銃士と比べても、撃つ側が気兼ねなく撃ちまくれるのは、明確なメリットだ。


 もちろん、奴も撃たれっぱなしというわけじゃない。互いの主力武器は、やはり依然変わらず剣と槍。周囲のドローンは助勢に過ぎない。

 そして、一撃で殺されかねないのは俺の方だ。接近戦を挑み、魔法陣で囲って集中砲火を加えつつも、武器の威力では俺が押されている――というより、奴の方が強気に振る舞えている。攻撃はドローン任せっきりになっていて、こちら側から剣を振るえていない。

 しかし、俺はリスク承知で、この距離で機をうかがうしか無い。飛び道具のやり取りでは埒が明かない。どうにか隙を見つけ出し、剣を叩き込まなければ。


 いや、剣の前にもう一手、考えているものがある。宙を割くように振るわれる槍の薙ぎ払いを、高度を落として回避。槍を振った奴へ叩き込まれる、散弾の連撃。

 こうして白と青緑のマナが入り乱れる戦場で、俺はその機を見出した。異刻ゼノクロックにマナを注ぎ込み、左手には白色の――奴の色の色選器カラーセレクタ。入り乱れるマナの輝きにまぎれるように、奴に気取られないように、俺は記述を一瞬で済ませていく。

 そうして放ったのは、奴の色で作った盗録レジスティールだ。


 奴も奴で、薙ぎの隙をカバーするように、キツいカーブを描く追光線チェイスレイを放ってくる。順応しているのか知らないけど、動きがどんどん良くなってきているように思われる。

 しかし、奴が放った光線よりも、俺の一手の方が……きっと意味はあるだろう。飛び交うマナの乱舞の奥へと俺が飛ばしたマナの注射針は、奴を覆う白い泡膜バブルコートをすり抜け、その体に飲まれていって――。

 緩やかな時の流れの中、俺は奴の”体内”で針を開梱した。針の内側から本命が展開され、白く輝く奴の体の中に、何するでもなく増えるだけの器が蔓延はびこっていく。

 とりあえず、奴にも盗録は機能するようだ。これで、奴のマナを捕捉して使えないようにしてやれば……弱らせた上、始末できるかもしれない。

 ただ、奴が抱えるマナは、俺の予想を更に超えて雄大だった。気が遠くなるほどに濃密なマナの塊だ。

 それでも、俺の手が効かないわけじゃない。命を顧みず振る舞える奴に対し、俺は慎重に動かざるを得ず、それが動きの差に現れている。その差を埋め合わせるには、奴の体の内側から、気づかれない内に攻め立てていくしか無い。


 これまでのやり取りに隠すように”毒”を仕込んだ俺は、それから少し、攻撃の手段を変えてみせた。使うのは魔力の火砲マナカノン。途中まで書き上げたこれをチラつかせつつ、撃ちっぱなしの散弾の雨で奴の泡膜が破れたその隙に、火砲を書ききって無防備なところを撃たせる。

 もっとも、火砲の弾速では、泡膜の再展開速度に間に合わせるのは厳しい。それでも俺は、タイミングをつかもうと、この策を繰り返した。

 いや、それを狙っていると思わせたかった。もちろん、目論見通りに決まれば、多少の効果は見込めるだろう。少なくとも、泡膜を削り続けるよりは。

 しかし、それよりも、この策に先んじて放った盗録に、気付かれないようにしたかった。合間を縫ってのドローン展開、散弾の雨に紛れさせるような火砲。この流れが、俺にとっての見込みある本命だと、そう認識してもらいたかった。


 奴に仕込んだ盗録はというと、奴の内側で動かしていっても、全てのマナを補足するのには相当の時間がかかる。人間相手にやるのとは格が違う相手だ。全く動かないプログレスバーをにらみつけている気分になってきた。実はフリーズしてるんじゃあるまいか、と。

 それでも、微動しているようには思う。効いていないわけじゃないんだ。途方も無いように思われる奴の蓄えも、それが増えていくことはない。一方、少しずつではあるものの、俺の手でマナが補足されていっている。

 だから……奴が弱ったら、あるいはその可能性に感づいたとかで動きに違和感があれば、その時こちらから一撃を加えてやろう。


 そして……戦闘開始から、たぶん十分は経った。

 依然として、お互いにまともな有効打はない。二本の武器は互いを打ち付け合うばかりで、標的のもとまでは達していない。マナの射撃の方は、貼られ続ける泡膜を破るばかりで、その奥にまではほとんど到達していない。

 一方、目に見えないところでの変化が、少しずつ進行している。圧縮された海の中をもがくように動いていた盗録は、奴の中で、術者の俺にはそれとわかる程度の繁栄を築いている。

 そうした事実に、奴自身が気づいているかどうかはわからない。ユリウスさんの話では、自身の力を十全に操れていないのではないかと言う話だったけど……。

 いずれにせよ、こちらは目も動きも慣れてきた。このまま続ければ、きっと勝てる。


 そう思っていた。


 しかし、奴同様に、現実もそう甘くはない。

 これまで幾度となく、奴が操る槍の力を受け続けてきた剣は、実際には内側からも絶えず攻め立てられていた。あの槍の威力に対抗するためにと、通常の魔道具の域を大きく脱する、文字通り全世界からかき集められたマナの激流にさらされ続けていた。

 そして――限界が徐々に近づいている。槍の振り下ろしを受けたその時、俺は剣の骨格に歪みを感じた。心臓が止まるような感覚、全身を縛り付ける悪寒が襲いかかる。

 この剣は、もう長くは持たないんじゃないか。変化を感じたなら、その先は急だ。水面下で変化が生じていたのは、盗録ばかりではなく、俺の手元もそうだった。むしろ、こちらの方が差し迫った危難に晒されている。


 そして……俺は、剣へのマナ供給を断った。すると、これまで能面のようだった奴の顔が、ほんのわずかに笑ったように見えた。俺の被害妄想かも知れない。互いが操るマナの激流で、空がかき乱されている。その錯覚かもしれない。

 しかし、やっぱり……奴が笑ってやがる。思えば、各都市へ同時攻撃していたときよりも今の方が、一箇所あたりのマナは大きい。その戦闘の負荷に、こちらの剣が耐えきれなくなる可能性を、奴は予見していたのかも知れない。

 そもそも、こんなバカげたマナのぶつかり合いについては、ヤツの方が大きな経験がある。なにしろ、今日だけでも世界中で、奴はそれを経験してきたんだから。

 これで武器を温存せざるを得なくなり、接近戦における奴の優位が固まった。体の動きだけで攻撃をさばかねばならないのは、相当厳しい。

 しかし、俺は以前にも奴と交戦し、武器なしでどうにか切り抜けることができていた。あの時は……。


 そこで俺は、奴に向き合いつつマナの射撃を放ち、背中から地面へと降下していった。

 以前の戦闘では、俺は地に足をつけて戦った。どれだけ魔法に親しんだとしても、肉体の瞬発力を魔法で代用するのは、やはり難しい。少なくとも、生身の人間としては。

 まともな武器を失い、地面へと落ちていく俺を、奴は追いかけてきた。俺の上方を取り、明けていく夜空を背に、奴は白い突きの雨を降らせてくる。ほとんどは俺に届かず、時折伸びてくる一突きだけが致命打になり得る。そんな雨だ。

 虚実入り交じる乱れ突きを、俺は揚術レビテックス空歩エアロステップの合わせ技で切り抜けていく。落下中でも、足の下の空気を踏むイメージで、空を横滑りすることはできる。

 こうして落ちていく最中にあっても、どうにか回避行動を取ることはできる。しかし、やはり十分じゃない。決着にはまだ早い。もう少し持たせなければ。

 奴の中に広げていった盗録は、過半数を占めつつある。残った半分でも、俺を殺すにはなんの問題もないだろう。しかし、3分の1なら? 4分の1なら?


 お互い、追い詰めているんだか、追い込まれているんだかよくわからない状況に陥りつつある。そんな中、脳裏に増援のことがよぎった。助けを求めれば、もっと優位になるんじゃ?

 しかし……虫が良すぎる。あの方々なら、喜んで駆けつけることだろうけど、俺のことを信じ、任せて託して下さった。それを裏切ってしまうように思う。

――いや、そうじゃないな。そういう気持ちもあるけど、本心じゃない。


 ここまで来たんだ。俺はこの手で戦いたい。託されたマナはみんなのものだけど……奴が使うマナだって、元は世界中のものだったはずだ。人様のマナでいい気になっている点では、俺も奴も変わらない。

 だからこそ……俺たちは同じような条件だと思う。その上で、俺は奴に勝ちたい。だから一人でやりきってみせる。

 それに、何もこれは捨て鉢ってわけじゃない。悲壮感は毛ほどもない。頼りにしていた剣が先に音を上げたっていうのに。それでも俺は、負ける気はしない。

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