第647話 「俺が相手だ②」

 覚悟を新たにした俺に、奴は魔法を放った。前方からは白い逆さ傘インレイン火砲カノンとは比べ物にならない速度で一挙に記述された“それら“が、俺に襲いかかる。

 なるほど、目くらましも兼ね、緩急をつけようというのだろう。現場向けの魔法使いという印象はなかったけど、思っていたよりもそういうのが巧いのかもしれない。あるいは、こういうだまし打ちについては、事の大小を問わずに力を発揮するのか。

 しかし、俺には本命の火砲が見えていた。見えている魔法なら、怖くはない。俺は奴に向き合いつつ、左手を後ろに回して、後方へマナを巡らせた。

 すると、後頭部から数十メートル離れた辺りに、マナの流れが断絶する引っかかりの感触を得た。そっちに空間の裂け目がある。これで位置関係はわかった。逆さ傘の前に見えた火砲は一発……念のため、もう一つ余分に見ておくか。俺は着弾が予想される後頭部の辺りに、双盾ダブルシールドを一組記述した。


 一方、こちらへまっすぐ迫る散弾への対処も必要だ。こいつらは、前方に記送術で光盾シールドを送る。敵と直面する状況下、手元に近いところで攻撃を受けたくはない。また、目の前に広がる散弾は、かなり集弾率が低く、バラけている。この密度であれば、盾を重ねる必要はない。

 ただ……散っていく弾にまぎれて、新たな弾が並走するのを、俺の目は見逃さなかった。散弾の群れに追光線チェイスレイを忍ばせてやがる。まばゆさを持ちながらも周囲に溶け込みやすい、白色というマナの見た目を、うまく利用している。

 この光線一発程度、オート泡膜バブルコートでどうとでもなるとは思う。しかし、奴の記述速度を考慮すれば、追撃の懸念はある。

 そこで俺は、揚術レビテックスで距離を寄せつつ、自動で貼られる泡膜とは別に、その内側にも一枚膜を用意した。それから数瞬遅れ、後頭部の方で魔法が二つ消える感触。これで火砲はやりすごした。

 転移込みの飛び道具への対処も終わり、残るは目の前の散弾と曲がる光線。散弾は、すでに光盾を送りつけてやった。光線は……泡膜を二重に貼ってあれば十分だろう。あまり手をかけるものでもない。どうせ……。


 兆しが見えないながらも、何か予感するものがあり、俺は剣を握る力を強めた。前方に用意した光盾、光を放って飛び散る弾。それらマナの輝きが重なり合う向こうに、奴がいる。白い槍を携えた奴が。

 その時、俺の脳裏に閃きが走った。本能的に指が動き、俺の前方にマナを刻み込む。とはいえ、書いたのは魔法未満であり、何かをさせるでもなくマナを刻んだだけの、単なる器だ。

 しかし、そんな無意味な何かを、奴は意味を持たせて打った一手と見たのかもしれない。その記述の隙を討たんとして、双方が操る魔法の輝きの向こうから、白い槍の穂先が伸びてくる。


 あの槍が伸びることは、俺も知っている。現場で見た。すでに重なり合うマナの光は、奴の槍にとって絶好の隠れ蓑であり……俺は、意味もなく適当に描いた器で、光の重なりを継ぎ足してやった。奴はそれを、好機と見たのだろう。

 実際、俺の一手がブラフじゃなきゃ、絶好の機会だった。攻撃を誘った俺は、すでに剣の構えをとっていた。

 そして、槍の一突きが迫る。遅滞した時間の中で進むそれは、槍の突きというよりは、マナの激流だった。通り道の空が切り裂かれ、空間が断裂するんじゃないかというほどの力が、大気の鳴動とともにこちらへ迫る。

 体の正中を、先に少しずらしておいたのが幸いした。真正面から受ける形にはならない。まずは双方の武器の力を確かめる。そうした意図を持って、俺は剣を槍に近づけた。

 すると、青緑と白のスパークが生じ、せめぎ合う二色で視界が染まりかける。耳をつんざくような音に、頭の中を直接打ち付けられたような感覚に陥る。剣から手に伝わってくる衝撃も、マナの固まりという無形物相手とは思えないほどに強烈だ。引き伸ばした一瞬の間に、吹き飛ばされそうになる意識をつなぎとめるように、俺は剣を強く握った。

 そして、この激しいマナの競り合いの最中、俺の泡膜に何かが着弾するのを感じた。ああ、逆さ傘に忍ばせた追光線だ。気づいてなかったら、心臓が止まってたかもしれない。

 しかし、目の前の現象の激しさとは裏腹に、腹の底は中々落ち着いていて――いい感じだった。

 まぁ、奴のご尊顔を拝したら、少しは気持ちも変わるかもしれないけど。


 実際に槍の突きを受けていたのは、たぶん1秒から2秒ってところだと思う。その間に、奴が事前に放った追光線以外の追撃はなかった。隠れ蓑程度の存在だった仕込みの散弾は、俺の狙い通りに光盾で相殺されている。

 おそらく、奴はここぞという一撃には両手が塞がり、他の行動を取れなくなるのかもしれない。これまでの報告でも、それを示唆するような情報は得ていた。

 そして……今の一連の攻撃の後も生きている俺に、奴は多少なりとも驚きを覚えたのかもしれない。奴が伸びる槍を引き戻して構え直すと、先の衝撃が嘘みたいに周囲が静まり返った。

 しかし、それも長続きはしない。奴は再び魔法陣を刻み始め、俺はさらに距離を詰めていく。


 普段の感覚に照らせば、俺が今使えるマナの量は、無尽蔵と言っても過言じゃない。そうして大勢から頂いたマナを異刻ゼノクロックにつぎ込めば、思考速度では俺に優位がある。

 一方、俺の装備と同様に、奴にも常時展開される泡膜の守りがある。これを射撃戦で打ち崩すのは容易ではない。

 そのため、俺に取り得る道は、接近戦にこそある。奴に思考の余裕を与えない距離で、奴に対抗しうるマナの剣を以って、奴を打ち倒す。

 もっとも、奴も同じようなことを考えているのかもしれない。距離を詰める俺同様に、奴も攻撃を繰り出しながら距離を寄せてきた。間合いを取ったままでは殺しきれないと認識されたのだろうか。


 そうして、互いの顔がよく見える距離になり――剣と槍がスパークした。

 ここまで来ると、武器のリーチとか、そういうのは些細な問題だ。魔法使いがたまたま、マナをそういう形で扱っているに過ぎない。

 強いマナを持っていて、うまく扱える方が勝つ。

 そして、俺には勝算があった。もう少し正確に言うと、他の誰よりも、この状況をうまく使えるという自負が。剣と槍の打ち合いに神経を研ぎ澄ませつつも、鍔迫り合いのわずかな間隙に俺は、魔法陣をねじ込んでいった。

 合間合間に用意したのは、再生術や追随型に可動型を合わせた、たまに使うドローンだ。俺に誤射しないアングルで、自動の魔法陣たちに援護射撃させる。そいつらが弾にするのはもちろん、腕輪を通して世界中から集まるマナで……つまり、俺のじゃない。


 世界中からマナをかき集め、戦闘要員にそれを使わせるという状況下では、生来のマナの質はさほど大きな問題にならない。使い慣れているかどうかというのはあるだろうけど……それよりは、戦闘の経験やセンスが問われる。それらが優れた者ほど、有り余るマナを有効活用できる。

 正直な話、そういうセンスに関して言えば、俺は世界中から集まった、あの綺羅星みたいな方々には遠く及ばない。しかし、そんな方々にも絶対負けない物がある。

 それは、自分のものではないマナを使う力と、その経験だ。

 複製術を知って以来――つまり、魔法を覚えたばかりの時から――俺は魔法陣に、自分の手を離れたところで、何かをさせてきた。自分自身からマナを払わずに複製させ、それで何をできるか探求してきた。時には痛い目を見つつ、身の程を超える力を扱い、死ぬほど背伸びしてきた。

 今日は、その延長でしかない。声を大にして言うことじゃないけど、それでも自信を持って宣言できる。


 他人のマナで戦う能力においては、俺は誰にも負ける気がしない。


 たとえ相手が、世界中からマナを奪い取ってきた野郎だとしても。発想の豊かさでは……魔法を使うという点では、俺はきっと負けない。

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