第646話 「俺が相手だ①」
フラウゼ王国領内、人里離れた大草原の中へと俺は転移した。
この大草原は、俺が現世に送還された際、こっちへ戻ってきた時の目的地だ。本当に見渡す限り何もなくて、奴をおびき寄せるにはちょうどいい。
時刻の方は、もうすぐ夜明けってところだ。白い空はすでに消え去り、黒い月は沈みかけ、赤紫の瘴気が去って……普段の空が戻りつつある。空の様子を見上げ、俺は改めて達成感を得た。
それから、次なる対峙に備え、準備に取り掛かった。まずは
それに、今回の装備関係上、外部から俺の中にマナが流れ込んでくる。色を合わせたとはいえ、この感覚自体は慣れないものだ。ちょっとした酔いが回る感覚に襲われたことも。
だから、外部からのマナを盗録で制御下に置くことで、自分の力として扱いやすくしようというわけだ。
その後、各種装備の最終点検を行った俺は、地面に向き直った。
俺が戻ってきた時、この草原で白いマナの魔人とやり合った。何発も遠慮なく
こういうのを見ると、自然には
まぁ……俺たちに縁深い天地はと言うと、奴にだいぶ振り回された感じだけど。
人気のない平原にマナを刻み、それを複製で展開していく。俺がこちらへ戻った時、アイリスさんが目印としてマナの光を灯してくれたように、今度は俺がそれをやろうってわけだ。奴が迷わないように。
あの時はそこまで注意深く見ていなかったけど、今回俺が広げた魔法陣の花畑は、あの時に遜色ない規模になっていると思う。いや……ちょっと俺の方が大きいかもしれない。なんであれ、上達したものだと思う。
そうして広がる魔法陣を見つめ、脳裏に彼女の顔がよぎった。
結局、今回の策においては、いざという事態が来るまでは介入されないことになった。シビアな見方をすれば、俺の安否よりも、奴をおびき寄せることを優先した格好だ。
ただ、俺が一騎打ちでも勝つだろうと、そう信頼されての決断だとも思う……たぶん。俺自身、やりきってみせるという決意はある。
しかし、俺自身の決着がどうあれ、大局的にはほとんど終わった戦いだとも思う。確実に仕留めなければと動き出した一面はあるものの、世界の空を掌握したこの数ヶ月に比べれば、奴の威は見る影もない。
そして、そこまで追い込んだ状況だからこそ、奴が誘いに乗ってくるんじゃないかとも思う。俺みたいに挑発している奴を始末し、何か起死回生の足がかりにするか……せめてもの道連れにするか。
色々な考えが胸中で渦巻いても、自分でも驚くほど、心は静かだった。集中できているとは思う。一方、これで本当に寄ってくるのか? という疑念もある。決戦を待ち望む俺自身を、少し滑稽に見せている部分も。
白い大地に刻まれた、青緑の魔法陣の行列は、確かに目に映えるものではある。しかし、こんなわかりやすい罠に――誘蛾灯じゃないんだから。
すると、その光に惹かれたのか、遠くの空の一点が輝き始めた。あっちの方がよっぽど誘蛾灯じゃないか。
そんなノンキな囁きを脳裏で聞きつつ、俺は臨戦態勢に入った。世界と接続された腕輪からマナをいただき、銀色の剣と守りの腕輪にマナを通していく。
すると剣の表面では、周囲の大気が歪んで見えるほどの強力なマナが青緑の輝きを放ち始め、視界全体も少し青緑に染まる。全身を
こうした装備は、奴にとってもおなじみだろう。目新しいものではない。これまでのと違いがあるとすれば、使えるマナの量だ。現在も襲われている都市はなく……しかし、奴との戦いが終わってないということで、夜を徹してマナを送り続けて下さる方々がいる。
世界の空から追い出された奴はというと、むしろそのおかげで、一箇所に集まるマナの量は高まったのかもしれない。一方で、俺に託されたマナも、人々が国や都市という心の縛りを超えたことで、かつてないほどに強くなっている。
――それらが、これからぶつかり合う。
先手を取ったのは奴だ。最初、光る雲の塊に見えなかったそれが、周囲一帯へと雲を這わせたかと思うと、目もくらむような閃光で空を白に塗り潰した。
そして、一面の白い空が砕け散り、破片となったマナが白い槍の雨となって襲いかかる。俺一人を殺すために、他になにもない草原へと、マナの暴力が降り注ぐ。
この期に及んで、とんでもない無駄遣いをする。あの野郎が向けてくる音もない殺意、迫りくる槍の雨に、背筋が震えた。
しかし、これは想定していた攻撃ではある。あくまで都市攻撃用と思われるこの攻撃は、見た目に圧倒されるものの、実際の攻撃密度はさほどでもない。
それに……俺にはこの目がある。心の奥底で罪悪感が芽生えつつも、同時に免罪符を手にする感じも覚え、俺は降り注ぐ槍の間を目で縫った。
そして、実際の対処に移る。この槍の雨に乗じて、別の攻撃を仕掛けようという気配はない。たぶん、一箇所への攻撃としては、これが最大限度の攻撃であって、それ以上の何かを差し挟むのは制御の限界を超えているのだろう。
俺はまず、
そうして俺は宙に舞い上がり――自ら、槍の雨の中へと身を投げる形になった。傍から見れば自殺だろうけど、
その淡い方へと身を寄せた俺は、青緑に輝く剣を構えて、上方の槍を打ち払った。
結局の所、この槍も飛び道具に過ぎない。術者の手を離れた時点で、その手にあり続ける魔法とは、威力の差が生じる。奴がその手で携える、あの白い槍と打ち合うために作られたこの剣なら、雨の威力に押し負けないのは道理だ。
空きスペースが大きい方へと移っては、剣で上方を払ってさらなる空きを作っていく。雨と剣が触れるたび、激しい蒸発音と閃光が生じ、手には何かを斬ったという感触が残る。
そうして生じた閃光の向こうを、目を凝らしてうかがっても、やはり追撃の兆しは見受けられない。本当に、今はこれだけを仕掛けられているようだ。
やがて、俺は雨を抜けきった。白い雲に見えていた塊は、もはやそこにない。前方数十メートル程先に、白い翼を持つ人影がある。
どうも、試されていたような感じがする。あの程度の攻撃をしのぎきれないようでは、相手をする価値がないと。白い槍を携えた奴は、ただただ静かで、俺を観察でもしているようだった。
で……お眼鏡に叶ったのか、奴が動き出した。奴を中心に何本もの光芒が生じ、それらが急旋回してこちらへ迫る。白いマナによる、
揚術の飛行速度では、とてもじゃないけど避けきれない。剣で受けられないこともないけど、受けた威力をこらえて体が硬直するのは困る。選択肢が浮かんでは、却下されて思考の外へ弾かれる。
結局俺は、あれを魔法で受けて対処する事に決めた。再生術を用いた
そうして出来上がった、再装填されるマナの盾は、襲いかかる光線で破られては復活していった。外部から注がれる潤沢なマナを背景に、俺の需要を即座に満たしていく。
最終的に、泡膜まで攻撃が到達することはなく、どうにか事なきを得た。今のが奴の限界とは思えないけど、とりあえず、あれぐらいの攻撃であれば泡膜に頼らず対処できるようだ。まだ何があるかわならない以上、泡膜は最後の砦としたい。
すると、今度は奴の周囲に、ほんのわずかながら空間の揺らぎのようなものを認めた。加速した思考よりも先に体が反応し、その場を離れ、距離を詰めるように前へ。そうした動きを認識しつつ、少し遅れて思考が理解を始める。
たぶん、門を作って死角から攻めようっていうんだろう。使う魔法は……
ただ……対応するための時間は、本当に呆れるほどあった。世界中から送られるマナを、俺は異刻のために使うことができる。そのおかげで、奴の一挙手一投足を見逃すことはない。
そして、実際に記述されていく魔法が、判明した。魔法陣の大きさと型から言って、火砲だろう。
それにしても……あれだけ強大で意味不明な力を操っておきながら、こういう対人戦の領域においては、奴も俺たちと同じような魔法に頼らざるを得ないようだ。そうしたアンバランスさに妙な感じを覚えつつ、逆に腹にスッと落ちる感覚もあった。
奴が大昔の世の知識と、その力を行使しているのは間違いない。ただ、それは決して完璧なものではなく、だましだまし使っているんだろう。大雑把すぎて洗練されていないようにも思える、あの槍の雨などは、その現れなのだと思う。人の世が、発掘された魔道具を使いながら理解するように、奴もその過程にあるんじゃないか。
そう思えば、なおさら生かしておけるものではない。奴が経験を積まないように、この場で仕留めなければ。
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