第643話 「世界が相手だ②」

 転移門がつながった先は、最初に奴が降下したと思われる都市、リーヴェルムの首都だ。それも、正規の転移門ではなく、本来は門がない首都講堂の中。現地の天文院職員の方の誘導により、即席の門でここまで飛んできた形だ。

 職員さんの敬礼を横目に、俺は静まり返った大講堂を走り抜け、外の銀世界へ躍り出た。


 やはり、戦闘はすでに始まっていて、遠くの広場でマナが飛び交っているのが見える。

 しかし、ここは一番安心できる戦場だ。銃を持つのは練達の正規兵だし、奴に対峙するのはあの侯爵閣下。心配なのは、間に合わせの魔道具の強度だけど……遠目に見ても、問題なさそうではある。

 そうして戦況を一瞥いちべつした後、俺は広場を離れるように駆け出した。奴に気取られないよう距離を取っていき、事前にいくつか設定された狙撃ポイントへ。

 そこへ着いくと、現場の兵の方が数名詰めていた。戦況の確認を彼らに任せ、自分の仕事に取り掛かる。矢を一本、弓につがえ……空へ構えて一射。国宝とされるだけはあり、弓の力で矢は青い防御膜を超えてどこまでも飛んでいく。

 そして、天へと矢が昇っていき……しばし空を見守ると、空の一点でわずかに色彩の揺らぎを感じた。防御膜の揺らぎではなく、その奥で光の引っかき傷みたいなものが。

 俺よりも目のいい銃士の方々も、そうした空の変化を認めている。


「着弾しました。いけそうです」


 俺は外連環エクスブレスで総帥閣下に告げた。すると、ほとんど間を置かずにご返答が。


「了解。こっちからも順次送り出すよ。君は転移門へ。次の行き先は職員に任せてある」

「了解です!」


 通信を切り、俺は愛用の折りたたみホウキを広げつつ飛び乗った。だいぶ抑えて控えめな応援を背に、雪をまき散らしつつ低空飛行で、首都の政庁府へ。

 遠くでは、まだ激戦が繰り広げられている。負傷なさったというような深刻な空気はなく、奴もまだまだ持ちこたえている様子だ。ただ、交戦の余波で建物の損壊は見受けられる。

 銃士の本場だけあり、飛び交う銃火の激しさはあの時だ。しかし、そんな銃火のただ中にあって、奴はまだまだその威を存分に見せつけている。俺と対峙したときは、手加減していたのかも知れない。


 しかし……奴の力がいつまで続くものか。


 戦場の中心を迂回するようにホウキを操り、乗ったまま庁舎の中へ。すでに人払いしてあるおかげで、長い廊下も苦にならない。

 そのままかっ飛ばして転移門管理所につくと、総帥閣下が仰せの通りに次の目的地の準備が。


「次はエーベル王都リエリアです」

「わっかりました」


 確か……エーベル王国は、フィオさんの国だったか。少し息が上がるのを感じながらも声を返した俺に、職員さんが問いかけてくる。


「少しぐらい休まれますか?」

「終わってからにします!」


 息が上がっているのは、疲れじゃなくて気分の高揚から来るものだろう。今の状況は時間との勝負でもある。お気遣いだけありがたく頂戴し、軽く頭を下げてから、俺は転移門へ足を踏み入れた。



 天から注ぐ攻撃と、奴の分身体。これらへの備えを整えるのが、人類にとっての守りだ。攻めとなるのは、奴の本丸である、あの白い空をどうにかすること。

 その攻撃のため、奴と交戦する要員とは別に俺みたいなのが、アル・シャーディーンの国宝を携えて、世界各所を巡っている。奴が攻め込んでいるドサクサにまぎれ、空に一矢放って攻撃していくわけだ。必要な飛距離は弓が担保してくれる。

 矢とそれに施す儀式への理解が進んだ結果、矢は記送術を魔道具にしたようなものだと判明した。雲に晴れ間を作るという本来の用途は、雲の中のマナに反応させ、それをかき消す魔法を発動させたのだろうとも。

 では、この矢にどんな魔法を乗せるべきか? どうやってあの白い空を切り崩していくかが目下の課題であり、俺はこの一か月ほど、魔法庁や工廠の方々と顔を突き合わせて考えていた。


 そうした考えのべースになったのは盗録レジスティールだ。思うようにマナを使わせなければいい、と。また、対象の大きさを踏まえれば、術者の意志で複製を広げたのではとても追いつかない。

 そのため、術者の意志とは無関係に、複製が増えて行くようにする必要があり……事が済んだ後、増えてしまったそれらを消せる仕組みが必要だと、そう考えていた。


 ただまぁ……当初はそのように考えていたものの、大きな思い過ごしが一つあった。

 術者から独立して複製させるため、今回の試みでは継続型を用いないという前提がある。そのため、コントロールができなくなるわけだけど……継続型を使わないおかげで、放っておけば勝手に消える。

 つまり、本当に必要だったのは、消すための仕組みではなく、効果を発揮させるまで持続させる仕組みだった。そのうち消えてしまうのを前提にしつつも、効果を発揮させるまでは持たせる。あるいは逆に、ある一定の時間内で発揮しうる、意味のある効果を設定してやる。それが、俺たちに必要なことだった。


 そこで、関係者それぞれ知恵を出し合い、時には共和国地下を白い霞で埋めての実験を行い……俺たちはどうにか解法へたどり着いた。

 ベースは当然複製術。そいつに、特定の色のマナを選択的に吸わせる型を合わせる。色の選り好みをさせるこの型は、魔道具の設計において使い手の識別に広く用いられるものだ。もちろん、吸わせたい色は白。

 で、周囲に白いマナが無くても、周囲のマナの濃度が一定以上であれば、複製できるようにも調整しておく。色を変えることで逃げられてしまう懸念があるからだ。複製もままならないほどにマナが薄まっていれば……たぶん、奴は自身のマナを留め置けなくなっていることだろう。

 そして、吸うべきマナが薄まれば、複製が立ち行かなくなって自然消滅する。


 ここまでは、複製するにあたっての原材料の話だ。では、複製で何を作るか?

 まず、複製されて増えていくそれぞれの魔法陣が、ランダムな色で染まるようにする。このランダムな染色型というのも、工廠の方で持っている知識を動員した。ほとんど使いみちがない型とされてきたけど、空描きエアペインターで使わせてもらったことはある。

 この色のランダム化には、奴に対するかく乱と、一度複製に取り込んだマナを再利用しづらくするという目的がある。白いマナを白いまま使うよりは、奴も回収しづらいだろう。

 それで、ここまでは全体の議論の中でも割と早期に策定できた。


一連の開発における最大の焦点は、複製で増やした器に何の文を合わせるか――つまり、最終的なマナの使い道をどうするか。その点については、本当に喧々諤々の議論になった。それこそ、魔法庁や工廠の書庫をあさり、多種多様な魔法の文についてゼロべースで検討していく勢いで。

 そんな中、俺たちは最終的に、基本に立ち返ることで結論を得た。

 今の空で何が困っているかというと、俺たちの手が届かないところに、奴がマナを蓄えているってことだ。それをバラバラにしてやりたい。

 そこで俺たちが得た結論は、奴が蓄えたマナを原料に複製を展開し……無数の逆さ傘インレインを乱射させるという物だ。

 逆さ傘については、無限の射程があるわけではなく、ある程度進んだところで揮発する。そこで、空の高層に張り巡らした複製たちから地表に向けて――実際には、万一のために少し斜めに傾けて――逆さ傘を撃たせ、それぞれの弾の揮発を以って、奴の蓄えを世に還元するというわけだ。


 ただ、複製で逆さ傘を撃つにしても問題がある。というのも、文を書けばその時点で魔法として機能し、弾がぶっ放される。そうなると、複製して書くべき文が、複製元には残っていないという事態になる。

 これを防ぐため、魔法陣を多層化するアイデアを用いた。逆さ傘の外層に封印型と光盾シールドの文を使用。継続型を合わせない光盾は、その場に留まりつつも、ある程度すると揮発して効果を失う。そうして光盾ともども組にした封印型が消えれば、本命の逆さ傘が放たれる。

 こうして、光盾が現れてから消えるまでのタイムラグの間に、複製での転写を済ませようというわけだ。つまり、光盾と封印型は、逆さ傘の転写までの時間を稼ぐ遅延回路みたいな役割を持たせている。

 こういう、間を持たせるための小細工については、俺の方からいくらかアイデアを出させてもらった。まぁ……色々やってきてよかったと思う。


 こういう開発は、当然のことながら机上のものだけでなく、実験とともに進めてきた。現物相手に試すわけにはいかないから、疑似的に再現した環境での実験でしかなかったけど……やれるだけのことはやってきたと思う。

 後は本番だけで、その結果は……。



 各国の都市を順繰りに巡り、激戦が行われているその傍ら、俺はコッソリと矢を撃ち、空へと忍ばせていった。

 俺みたいな工作員は、総勢11名。アル・シャーディーンが同じ国宝を11個持っていて、フル活用している。

 しかし、これら国宝を総動員しても、空全体をカバーするのは大変なことで、一人当たりで撃つ矢の方は気が遠くなるほどの量がある。

 そのため、一発一発の効果の程に、イマイチ実感が持てないという面は、実のところ結構ある。本当に、これでうまくいっているのかと。


 そうして、都市巡り5か所目が済んだその時、総帥閣下から一時帰還するようにとの連絡をいただいた。「君たちも、いっぺん見た方がいいよ」とのこと。

 どうも、ヤバい事態ではなく、好ましい何かが生じているような雰囲気で……まぁ、俺たちのコレの件だろう。俺は帰還を急いだ。


 門をくぐって総帥閣下の間に戻ると、呼ばれた理由が一目瞭然だった。星を模した球体は、相変わらず白い霞に覆われたままだけど、そんな霞の数十箇所で、小規模ながらも変化が現れている。虹色の雨だ。

 また、そうした雨が降り出している箇所においては、霞の白さが薄まっているように見える。つまり、俺たちが作り出した魔法は、奴の蓄えをドンドン切り崩し、奴のマナで虹色の雨というスペクタクルを演出しているわけだ。

「ご本人に感想聞いてみたいね」と総帥閣下が仰って、俺たち実行犯の笑いがこだまする。


 戦いはまだ始まったばかりだ。奴全体にしてみれば、食い散らかされている部分はごく一部。誤差の範疇ってところだろう。

 しかし、無意味じゃない。目に見える小さな成果を目の当たりに、俺たちは気力を再充填し、再び世界中へと駆け出していった。

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