第640話 「久しぶりの王都」
世界中で奴への対抗策を練っていく中、どうしても考えなければならないことが一つあった。奴が次に現れるのは、いつになるかというものだ。
ただ、大方の意見は一致を見せていて、「黒い月の夜」になるだろうという予想が立っている。マスキアへの攻撃からさほど間を開けるわけではなく、全世界の人間が空を見上げずにはいられない日でもある。威をチラつかせるには絶好の機だろう。
天文院での予測では、今回の黒い月の夜は3月21日になるだろうとのこと。
それで、今日は3月19日だ。
☆
世界各国を巡っていたような生活を続けていたおかげで、フラウゼは随分久しぶりだ。
……まぁ、この街も結局は雪化粧していて、これまで訪れた他国の都市と見比べても、あまり変わり映えはしないんだけど。
しかし、そんな感じでも「帰ってきた」と感じるあたり、俺もこの国の人間になったんだと思う。
今日、こうして帰国したのには、もちろん理由がある。というか、帰国したのが今日である理由が。
黒い月の夜は明後日だけど、仮に奴が動くというのを前提にしても、どの国で夜を迎えた時に奴が動き出すのかがわからない。とりあえず、大陸東端の国から順繰りに黒い月が登っていくことは、大昔から変わらないそうだ。仕掛けられるのなら、そこがスタート時点だろう。
そこで、最初に夜を迎える国が襲われた時、他国も対応できるようにと、各国関係者が緊急体制を敷くこととなった。そのため、明日20日は時差調整等の予備日みたいな扱いで、ぶっちゃければ寝だめしておくのが仕事みたいな日となっている。
で、その前日である今日は……まぁ、色々ご挨拶を済ませる日といったところだ。
ます俺は、ギルドに顔を出した。こっちに来るのも随分久しぶりで、妙に懐かしく感じられる面々が、いつもの感じで迎えてくれた。
「おっす閣下」
「おひさ」
相変わらずな連中が、軽い調子で話しかけてくる。
今回の黒い月の夜に関し、ギルドとしては、事が起これば避難誘導とか人命救助に動くことになっている。しかし、本当に明後日仕掛けてくるのか? という懐疑的な声が、ないこともない。
「瘴気でも使ってくるっていうなら、話は別だけどさ」
「まぁな~。こっちが備えてるって、上の奴もご存じだろうし」
そういう疑問が出るのも当然だ。すると、受付の机で書類仕事をしていたネリーが、「専門家でも呼ぼっか?」と尋ねてきた。それにみんなが応諾し、程なくしてネリーはその専門家さんを連れてきた。「別に専門家じゃないんだけど……」と、ラックスが口を開く。
彼女自身はそう言っているけど、敵の出方を言い当てる才能については、ギルドの誰しもが認めるところである。その人読みの才で、奴についても分析してもらおうというわけだ。
普段は騒がしい連中も、彼女にご意見賜ろうという流れになると、口を閉ざして期待の目を向けている。そんな場の空気に、彼女は苦笑いしながらも考えを伸べた。
「向こうに自信があるなら、明後日仕掛けると思うよ」
「へえ、そりゃなんで?」
「備えてるところを打ち崩されたら、立ち直れないでしょ? それに、これまでの二回の攻撃は、いずれも相応に目立つ機会での登場だった。人間相手に力を見せつけようという意図は、きっとあるのだと思う」
「目立ちたがり屋か?」
「……その割には雲隠れしてるけどね」
彼女が少し冗談交じりに切り返し、調子のいい連中が笑い声で応じる。
ただ、奴が自身の力を誇示している面というのは、確かにあると思う。再び場が落ち着いてから、ラックスはもう少し突っ込んだ話に入った。
「魔人との戦いが終わった今ではそうでもないけど、黒い月の夜って、一年の中で一番重要な一日だったじゃない。その日に自身の力を見せつければ、これまで人類が黒い月や赤紫の空に抱いていた恐怖や畏怖を、そっくりそのまま自分のものとできるかもしれない」
「つまり……何だ。魔人って集団にとって代わる、新たな脅威になろうって?」
「あるいは、まったく新しい……信仰の対象にでもなりたいのかもね」
彼女が口にした言葉に、仲間の何人かは忌々しそうに声を上げた。
それは、決してあり得ない話じゃないと思った。空がこの調子のままでは、まともに農作業もできない。いずれ、この空に屈して、晴れ間をお願いする儀式をするようになるのかも……そんなイメージをすると、無性に腹が立ってきた。
話を切り出してきた彼女自身も、自分で口にした言葉とアイデアにムカついているようで、眉間にしわが寄っている。そんな彼女は、「今の話は、ただのあてずっぽだからね」と言って話を結び、ギルドの奥の方へと戻っていった。今後の動きとかで、まだまだ詰めるところがあるんだろう。
そうして彼女が立ち去ったことで、話の流れが途切れて、各自が談笑するムードに。すると、ネリーが俺に声をかけてきた。
「最近、メチャクチャ忙しそうだったけど、その割には元気っぽいね。少し心配してたんだけど」
「ああ、ごめん。自分でもよくわかんないけど、割と元気いっぱいでさ」
「なんだそりゃ~」
そう言って笑う彼女に、俺も笑顔で応じたけど……実際、目が回るほど忙しく動き回っていても、自分でも不思議なくらいに活力が満ち満ちている。自己分析すれば、色々わかるのかも知れないけど。
それから、仕事仲間たちと少し談笑した後、挨拶回りのためということでギルドを後にした。
ただ、今回の挨拶回りは民間の方だけで終わりだ。官庁系については、これまで嫌というほど顔を突き合わせ、共に励んできた。今更顔を出して……って感じでもない。
そこで、まずは東区の方へと足を向けた。
街には止むことなく雪が降り続けているけど、往来の妨げになるような積雪はない。顔なじみの冒険者連中や衛兵の方々、それに町の住民が入り混じり、まるで競うように雪かきをしているからだ。
なんというか、通行のためという目的を超え、雪かき自体が目的になっているようにも感じる。あるいは、雪かきが抵抗精神の象徴というか。
気温はまさしく真冬のそれだけど、往来の活気のおかげか寒々しさは感じない。街路に結構な人が繰り出していて、ヤンチャな子どもたちが雪玉を投げ合っている。俺の仕事仲間も、そういう雪合戦に混ざっていて……そればかりか、衛兵の方も楽しそうに参戦している。
まぁ、この調子なら――本当に事が起きた時も大丈夫だろう。
そんな賑やかな往来を通って、俺はエスターさんの店に到着した。
店内は繁盛している。陳列されている品は、やはりというべきかモコモコぬくぬくした感じで、出歩く人が増えたから売れてるんだろう。こんな空の下であろうと出歩くのが、一つのトレンドでさえあるのかもしれない。
客層はいつものように女性が多い。そんな中、切り分けるように進むのには抵抗感を覚えたものの、ご挨拶に来たということで気を入れ直し、俺は店員さんの元へ。
すると、もう言わずとも察していただけたようで、馴染みの店員さんはニッコリ笑って「奥へどうぞ」と案内してくれた。
そうして通された応接間でソファーに座ると、程なくしてエスターさんとフレッドが。ちょっとした茶の準備をしていただけていることに礼を述べてから、さっそく俺は本題に入る。
「すでにご存じかと思いますが、明後日は黒い月の夜になる見込みで……他国で生じたような攻撃が、この街でも懸念されます」
「はい。すでに商店街の方でも、対応に動いています」
行政の方でも手は尽くしていると聞いた。だから、官民で協力し合って備えているとしても、別段の驚きはない。ただ、エスターさんもフレッドも、覚悟が決まったというか落ち着いた様子でいて、そこには強く安心した。
「マナ供給の準備は大丈夫ですか?」
「ええ。予行演習まで完了しています。練習通りにいくかどうかは、わかりませんけども」
「まぁ、大丈夫ですよ。こっちもこっちで、準備は整えてますし」
俺が口にすると、エスターさんは少し口を閉ざした後、俺に尋ねてきた。
「リッツさんは、当日はどちらへ?」
「えっと……国外です。色々飛び回るといいますか……」
「相変わらず大変ですね……」
俺が何かしらの役目を負っていることはお察しなのだろうけど、強く心配した様子はなく、普通の調子で
その後、俺たちはしばし談笑を楽しんだ。つっても、俺の方からはあまり話さず、最近の王都の様子について聞いてばかりだったけど。
見た感じの印象に違わず、王都は明るい雰囲気を保てているらしい。陛下が側近や護衛の方々共々、抜き打ちみたいに視察に来られるからって事情もあるようだ。
「せっかくお越しいただいたのに、沈んだ空気でお迎えするわけにもいきませんから」
「では、この店にも?」
尋ねてみると、エスターさんは微妙な微笑を浮かべて押し黙った。たぶん、お越しになられていないんだろう。大通りから少し奥まったところにあるし、仕方ないか……。
それから普通に語らってお
「何です?」
「いえ、せっかくですし、必要な服などがあればと」
「温かくなったら買います」
すると、彼女はにっこり微笑んで「その時はぜひ」と言った。
☆
エスターさんの店の後、俺は孤児院へ向かった。
往来の様子からある程度予想できたことだけど、やっぱり孤児院でも雪合戦をやってるところだった。
意外だったのは、その中にハリーがいることだ。図体がでかくて的になりやすいのか、彼は四方八方から雪玉を投げつけられ――それを棒切れで片っ端から叩き落している。そんなことをするものだから、余計に闘争心を煽るのか、ほとんど彼だけが狙われているようにも見える。ボス相手にみんなで立ち向かう構図というか。
そうして外から様子をうかがっていると、不意打ち気味に雪玉を投げつけられて驚いた。投げつけてきたヤンチャ坊主にやり返した後、ハリーの方に近づいて声をかける。
「おっす。久しぶり」
「リッツか、手伝ってくれ」
「いや、いらんだろ……」
思わず口にすると、彼は苦笑いした。まだまだ余裕あるんじゃねえかって感じだ。
「ハリーがここにいるのは、結構珍しいな。もしかして、ネリーに頼まれたとか?」
「ああ。ギルドの仕事が忙しいとかで」
「ま、受付に座りながら、別の仕事やってたぐらいだしな……」
そうして話し込んでいると、俺の方にも雪玉が飛んで来た。コントロールを誤った流れ弾ってわけではなく、明らかに俺を標的にしている。
何発か顔に食らってからそちらに目を向けると、ラウルと彼に率いられたガキンチョたちが、「マズイ」とか言って笑いながら逃げていくところだった。
「あいつら……まったく」
「用は院長先生か?」
「だけってわけでもないけど」
「中にいらっしゃるぞ」
「どうも」
的確に雪玉を捌きつつ会話に応じてくれる彼の器用さに、改めて感嘆の念を抱きつつ、俺は雪を払って屋内へ入った。
さすがにマナの温もりが効いていて、建物の中は暖かだ。確か、工廠職員になったというここの卒業生が、暖房用の魔道具を贈呈したとか聞いたっけっか。
中には雪遊びするほどワンパクでもない子たちが、主に女性からなる先生陣と歓談している。その集まりの中に、院長先生が。
サシの状況ではないけど……まぁいいか。深く気にすることなく、俺は会話の輪に混ざろうと腰を落ち着けた。すると、まず院長先生が俺に話しかけてきた。
「お久しぶりですね、リッツ先生。お仕事が大変だと、他の先生から伺っていますよ」
「そうですね。ほとんど王都にいませんでしたし」
俺の返事に、子どもたちは結構驚いた。忙しいことまでは知らされていても、その中身までは聞かされていなかったようだ。忙しいって言っても、王都のどこかにはいるだろうと。
そこで、目端が利く子が一人、世界地図を持ってきて床に広げた。
「もしかして、いろんなところへ行ってた!?」
「まぁね~」
「どこ!?」
聞きながら地図を寄せられた俺は、行ったことがある街を指さしていった。改めて見ると、信じられないぐらいに世界を飛び回っていて、子どもたちはもちろん信じていない。
「え~、ウッソだ~」
「ホントだって」
「ほんとですよ?」
口を挟んだのはアイリスさんだ。彼女の言で、俺を疑う声はすっかり鳴りを潜める。なんだろ……扱いの差を感じないでもない。まぁ、彼女の人品に負けたとでも思っておくか……。
ただ、助け舟を出してくれた彼女に対し、変な形で飛び火が。
「センセ、どうして知ってるの?」
「えっ? それは、私も一緒にいましたから」
「えっ、一緒? ずっと?」
「ええ、まぁ……大体は」
実際、魔道具関係の研究開発のため、同じ現場に出向くことが多かった。彼女は嘘を言っていない。
ただ、耳年増な子たちは……別の受け取り方をしたようだ。なんかこう、意味ありげな目で俺と彼女を交互に見たり、かと思えばそこそこ話し合って盛り上がったり。
そんな先走り気味の子たちに、俺は釘を刺してやった。
「別にさあ、二人だけで動いたわけじゃないぞ? 偉い方々もご一緒だったし、現場は同じでも別行動の方が多かったし」
「なあんだ」
「何だよ」
「べっつに~」
急につまんなさそうな感じになった子が、口を尖らせた。それから、表情を崩して、いたずらっぽく笑ってくる。
たぶん……俺たちの仲について、本当のことは知らないんだろう。ぶち明けたらぶったまげるかもしれない。
それから俺は、話の流れでちょうどいいかと思って、明後日の話をした。
「明後日も、世界中回って色々してくるから、みんなはここで頑張るんだぞ」
「は~い」
「院長先生を困らせないようにね?」
「は~い」
あんま危機感ないな、この子たちは……他国への攻撃のことなんて、良くわかってないからかもしれない。まぁ、事が起こる前からすくみ上ってどうしようもなくなるよりは、よほどいいか。
そんな中で院長先生はと言うと、俺の方にほんのわずかな間だけ真剣な目を向けたけど、すぐにいつものゆったりした雰囲気を漂わせた。さすがに先生はわかっていらっしゃるけど、不安そうなそぶりはおくびにも出さない。こういうところには、改めて感服するばかりだった。
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