第638話 「世界を一つに④」
2月20日。上申というか相談したいことがあり、俺は天文院へと向かった。
総帥閣下に直接お会いするのは、結構久しぶりだ。国際的な会議の場で、お姿を見かけることは何度かあったけど。
今日、俺がこうして直接やってきたことについて、総帥閣下は何かを感じ取られたようだ。言葉を交わす前から、紫の球体にさざ波が走る。
ただ、まずはご挨拶というか、状況確認からだ。気さくな感じで、「今はどんな様子かな」と問いかけてこられた閣下に、俺は自分が知る範囲で世の流れをお伝えした。
まず、前々から続くものとして、都市の防御膜を展開する動きがある。マスキアの一件で有用性が実証されたこと、加えて他の都市にとってもマナの供給源になるということで、新規開拓には一層の弾みがついてる。
それに、探索マニュアルの改訂も進み、探索経験者が鼠算式に増えることで効率化がなされているという面も。そのおかげで今月中には、地下構造を有する世界中の都市で、防御膜の展開が終了する見込みだ。
また、そういった都市へ、町村の住民を誘導する動きも活発化している。民衆を守るのはもちろんのことながら、マナ供給源としての国民を広く募りたいという考えも。
そうして民衆からマナを頂戴する件について、否定的な声はほとんど上がっていない。魔道具の仕組み上、強制的に収奪するのではなく、個々人の意志で能動的に"納付"する感じになるからってのがあるだろう。
とは言っても……終末論者みたいなのと反体制派みたいなのが結びついて、流言をバラまいているところがあるって話は小耳に挟んだことがある。ただ、そういう手合いに対しては行政・司法が出るまでもなく、民衆が自治的に思い直させているようだ。「そういう状況じゃねえだろ」と。
都市の防御面についてはそんなところ。一方、防御膜内部へ攻め込んできた奴に対しての攻撃面についても、世の中は動き出している。
まず、マスキアでの攻防の結果を受け、
実は銃に頼らずとも、王都以外の都市であれば都市内でも魔法は使えるんだけど……より多くの兵、あるいは市民からの志願者を、戦闘に参画させたいという意向もある。
また、事が終われば全て鋳潰して、何かの記念硬貨にする予定になっている。不穏当な使われ方はしないだろう。というか、自他双方にそういうのを許すような指導層ではない。
銃以外にも、奴の槍に対抗するための武器が必要だ。
リーヴェルムの実験の結果、従来型のリーフエッジでは、貴族五人分程度のマナで自壊を始めた。従来の戦闘であれば、これでも相当な強度だろうと思うけど、今回の相手は桁違いの野郎だ。
そこで、より強いマナに耐えうる武器を模索するため、各国の宝物庫をひっくり返し、国宝だの神器だの祭器だのを片っ端から試す段階に入っている。これはというのがあれば、そのレプリカを作っていく。原料に問題があれば、他の至宝を流用して調達する構えだ。
それに、奴と対峙する人員向けに、武器だけでなく防御面でも準備が進んでいる。
「フラウゼにある闘技場で、安全のためにと闘技者向けの防御装備がありまして。装備者に
「なるほど、読めた。そいつを都市のマナに直結させて、奴の泡膜みたいなのを再現しようってわけだね?」「はい。さすがに、あの槍を防ぎきれるものではないですが……王都以外の都市であれば、奴も別の魔法を使ってくることでしょうし」
とりあえず、この装備については、飛び道具相手であれば十分な強度ってところだ。複製術からスタッキングした
現状で進んでいる準備は、そんなところだ。一番の懸念は武器で、凝集したマナにどこまで耐えられるかといったところ。
ただ、逆に言えば、人類は近年にないレベルで高密度大出力なマナを運用できる段階にある。力比べでの前提となる、根本的なパワーのところでは、まだまだ希望を持てる……と思う。
しかし、ここまでの努力では、まだ必要の半分にも達していない。これらの試みが達成されても、ようやく半分ってところだ。事態の根本的な解決には遠い。
というのも、こういう取り組みは、空から攻めてくる奴に対してどうにか耐えしのぐための物だからだ。俺たちの未来のためには、もう一つ必要になるものがある。
「奴を空から追い出すため、何かが必要ってことだね」
「はい」
マスキアでの一件以降も、空の様子はまるで変わりない。ご挨拶にやってきたあの野郎は、やはり分身みたいな物でしかないのだろう。結局のところ、雪雲に覆われ続けている、このお寒い空をどうにかしないことには、俺たちに本当の春なんてやってこない。
そこで、次なる襲撃への備えは他の方々にお任せし、俺は根本の解決のためにとこちらへやってきたわけだ。
とりあえず、事態の打開に使えなくもなさそうな魔法はある。総帥閣下も思い当たる物はあるようだ。
「
「はい。ただ……相手が巨大すぎるのが、文字通り手に余るかと」
相手のマナを思うように使えなくする盗録であれば、奴を無力化とまではいかなくとも、弱体化ぐらいはできるかもしれない。
しかし、おそらく奴の本体は、空全体を覆うものだろう。成層圏だとか熱圏みたいに、この星の上空には今や大師圏・大師層とでも呼べる領域があるのだと思う。
……そんなイメージをすると、なぜだかものすごくバカバカしく感じて、同時にめちゃくちゃムカついてきた。
それはともかく、問題は対象が膨れ上がりすぎて、盗録ではマナを奪いつくせないことだ。
盗録の本体とも言うべきマナの器は、構造的にはものすごく単純だけど、増やしていくと使い手への負荷は強まる。聖女相手の大決戦の時は、俺一人で十人分ぐらいの維持が精いっぱいだった。
とてもじゃないけど、空を覆い尽くしているであろう敵の規模には追いつきやしない。
思わずうなり声を出して考え込んでしまう。総帥閣下も、やはり即座には解法に至らないようで、同じく苦悶の声を上げられた。
それから、閣下は俺にイスを勧めてこられた。
「長くなりそうだからね。腰を据えて考えようじゃないか」
「そうですね」
こんな話題ではあるけど、閣下の口調や声の調子は、やはり親しみがあって軽やかだ。少し気持ちがほぐれるのを感じつつ、俺はイスに座った。
しかし……考え込んでも、中々解答には至らない。そんな中で、一つ思い浮かんだことがあって、俺は提案してみた。
「都市それぞれに、魔法を使わせることは、可能でしょうか?」
「……詳しく聞こうか」
「過去に、王族のお方が都市内で
「実際そうだよ」
俺の予想を、閣下はあっさりとお認めになった。
閣下のご説明によれば、都市構造それ自体が、魔法陣を増幅させる器のような働きをしているらしい。そのおかげで、都市全体に働きかけるほどの魔法であっても、さほどの負荷なく使用できるのだとか。
「とはいえ、王侯貴族のマナにしか反応しないし、使い方は表に出ない物だからね。この件について、外では公言しないように」
「それはもちろん」
「ホントかな~」
俺の言を疑ってかかる閣下だけど……それはさておき、閣下は咳払いの後に仰った。
「何らかの形で、空に撃った盗録を都市側に接続してやるってのは、できなくはないと思う。ただ、問題はあるね」
「なんでしょう?」
「結局のところ、それでも都市側の器を超えると思う。さすがに、相手が空全体ともなるとね」
こうして再び、話は行き詰まりを迎えた。
しかし、少ししてから……閣下は、はたと気づいたように「そういえば」と声を上げられた。
「リッツ、君が複製術を使うのって、例えばどんな時? 用途と使い方は?」
「それは……盗録に使ったり、攻城戦で玉龍矢みたいなのの前段に用いたり……後は結婚式ですね」
「結婚式って……ああ、聞いたことあるな。攻城戦の後に並べる言葉じゃないと思うけどさ」
閣下のご指摘に、変な苦笑いを浮かべてしまう。それから俺は、それぞれの状況で、実際にどのように魔法を展開していくか解説した。
そうして一通りの話が終わると、閣下は少し間を開けてから仰った。
「どの使い方でも、君は複製対象を動かすことに重点を置いているね」
「確かに、そうですね。重ね合わせるのもそうですし、結婚式のも、敷いた魔法を波打たせるように動かしますし」
「つまり、可動型と……継続型を合わせてるってわけだ」
「はい」
短く答えた後、俺は閣下のお考えに行きついたような閃きを得た。
「もしかして……」
「継続型を合わせなければいいんだ」
「しかし……」
「言いたいことはわかるよ。やろうとしているのは、かなり危険な行為だ」
盗録に継続型を合わせないとどうなるか? 答えは簡単で、術者の手を完全に離れ、魔法が独立して動き始める。周囲に吸えるマナがあれば、片っ端から吸い上げ、野放図に拡散していくだろう。
そして、誰も管理者がないままに広がっていくそれは、奴ほどの害意を見せないとしても、何らかの問題を引き起こす可能性は高い。ただ……。
「結局のところ、奴という規模の暴力に対し、複製術を使わざるを得ないのは確かなんだ。ただ、その規模を扱う器が誰にもないのなら、魔法陣それ自体に任せるしかない」
「そうは仰いますが……」
問題はいくらでもある。俺は顎に手を当てて考えた。第一に、増えまくった盗録をどうするのかって問題がある。
――いや、別に盗録にこだわる必要はないのか? 要は、奴が自分のマナを自由に使えなくなればいい。そのための何かを設計し、空一面にばらまいていって……事が済んだら除去すればいい。奴が自由にマナを使えなくなること、後で不要になったら消せること。この二点を満たす何かを考えればいいわけだ。
もちろん、盗録自体に除去方法があれば、なおのこと好ましいけど……最初から考えた方が早いか?
しかし、無制限に増えまくる複製術を、世界の魔法庁が許すかどうか……ってのも、さほどの問題でもないか。言ってられる状況でもないだろうし。
それに、これは責任者・専門家を集めた上で、俎上に載せるよう提案すべき案件だ。なんなら、そういった方々からもお考えを募れるかも。
何も、この状況と戦っているのは、俺だけじゃないんだ。
しかし、現状で気づけるような問題はまだある。考え込む俺に、総帥閣下が尋ねてこられた。
「何か問題が?」
「射程です」
任意の地点で複製術をバラまくとなると、記送術は必須だ。それに加え、標的の地点で内側の魔法陣を展開するため、術者との接続を維持する継続型も。
ただ、地表から空に撃ったのでは、たぶん山の高さほどにも達しない。距離が離れるほどに、術者への負担が跳ね上がるからだ。奴の本体が存在するであろう層に達するまで、どれほどの飛距離が必要なのか見当もつかないけど、人の手で
かといって、そういう高度まで術者が寄っていくわけにも……たぶん、何かする前に殺される。
それら諸々について指摘した俺だけど、閣下は解決策に心当たりがおありのようだった。
「確か……空に言う事聞かせる感じの、すごい魔道具があったと思う。どうにか流用できないかな」
「そ、そんな魔道具が?」
「直に見たわけじゃないけどね。確か、アレは……」
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