第637話 「世界を一つに③」

 冬季の冷え込みが激しく、降り積もる雪で地表が埋め尽くされるリーヴェルム共和国では、他の国よりも地下の開発が進んでいる。地下室に冬への備えを蓄えたり、建物や街区をつなぐ地下道があったり。

 また、一部の富裕層や権力者の邸宅においては、魔法の修練を行うための地下設備もある。寒さに指が思うように動かない中では、魔法の習得もままならないものの、それでも覚えなければ示しがつかない層があるというわけで。

 そうした地下設備が充実している共和国は、空から隠れて何か企むには絶好の場所だ。


 2月15日。共和国首都工廠の地下には、各国から集まった関係者の方々が詰めかけている。魔道具の専門家、傑出した勇士、行政関係の方々等々。

 こうした集まりが設けられたのは、もちろんマスキアでの一件を受けて、今後の対策を練るためだ。すでに大筋でのアイデアが一つ提示されていて、今日はそれを検証する。図らずも、この国の貴族であるアシュフォード侯が口になさった案だ。


 集まりの中心にはウォーレンがいる。今や、彼と仲間たちに、人類の行く末の何割かがかかっていると言っても過言じゃない。プレッシャーを掛けまいと、誰もそんなことは口にしないけど、少なくとも彼自身は責任の重さというものを痛感しているようだ。いつもよりも顔が硬い。

 ただ、やってみないことには始まらない。彼が取り出したのは、外連環エクスブレス試作品の腕輪。マナだけを伝送する例のアレだ。これを、刃が上向きになるように固定されたリーフエッジに、何かコードらしきもので接続。そして、腕輪がリーフエッジ以外に、何とつながっているかと言うと……。


「首都の防御膜から、マナを頂戴します。実戦を想定すると、防御を担うあの防御膜にマナを蓄えた上で、必要があれば種々の用途にマナを切り出すべきと思われますので」

「なるほど。それに、防御膜には門を接続済みということで、都合もいいな」

「はい、そういった面もあります」


 つまり、マナの経路としては、防御膜から転移門、転移門から腕輪へ転移、腕輪からリーフエッジへという流れになる。ウォーレン曰く、原理的には問題ないとのことだ。すでに大規模なマナ伝達には成功していることだし。

 問題は、リーフエッジがどこまで耐えられるかだ。こればっかりは、試してみないとわからない。マナ供給用の腕輪に、何か制御用っぽい宝珠も接続したウォーレンは、深呼吸の後に実験の開始を宣言した。


 すると、誰も手にしていないはずのリーフエッジに、青色の光が浮かび上がった。出力的なことはさておき、一連の回路は機能している。そうした事実を認め、まずは軽い感嘆の声が。

 それから、ウォーレンは出力を上げていった。刃に宿る青い光は、その光度を増していく。やがて、まばゆいとさえ言えるほどの輝きを放つようになったところで、思い出したように声が上がった。


「アンダーソン殿の所見にあった内容ですが……」

「何でしょうか?」

「あの者の槍と剣が触れ合った際、剣の方からマナが煙となって漏れ出たとのこと。それは……力比べで負けた側から、マナを留めきれずに漏出したということでしょうか?」


 負けたの下りについては、だいぶお気遣いいただくような口調だった。俺としては、アレに勝てる生身で勝てる人間がいるとは思えないから、そういう勝ち負けはまったく気にしていないけど。

 ともあれ、この指摘は正しいと思う。奴の槍の方からマナが漏れ出る感じは認められなかった。押し負けてこらえきれず、こちらがマナを保てなくなったという感じだ。それを認めると、その方は一つ案を提案なさった。


「まずは、”力比べ”をしてみては? 人一人の力を超えたところであの者にはかなわないでしょうが、何一つ指標を持たないというのもやりづらいでしょうし」

「仰るとおりですね。まずは、この手法が”一人前”に相当するかどうか、試してみたいところです」


 そこで、煌々と青いマナを放つ剣に対し、こちらからもリーフエッジで刃を当てて、どちらの力が上回っているかを確かめてみることに。

 まず最初に試されるのが、今回の発起人とも言えるアシュフォード侯だ。閣下は剣の柄を握られると、「たぶん負ける」と仰せになったけど。「君、そんなに謙虚だったっけ?」とお聞きになったのはスペンサー卿で、あまり含みのない素の問いかけに、場がちょっとした笑いに包まれる。

 それから、わずかにバツの悪そうな侯爵閣下が、例の剣に刃を合わせられると――紫色のマナの煙が立ち上った。驚きのどよめきがあちこちから上がる。

 こちらの侯爵閣下は、魔人との会戦において、あの皇子相手に先陣を切られたほどの方だ。国際的にも剛の者として名高くあらせられる。そんなお方が早々と、人の手によらない魔道具に力比べで負けた。皆様方が驚かれるのも、無理はない。

 ただ、ご本人はと言うと、「さもありなん」といった風で、悔しさをにじませることもなく淡々となさっている。


「自分のマナの濃さは承知しています。ですから、読めた結果ではあるな、と」

「なるほど。自分の力量を見誤らないだけ、訓練してるってことか……」

「……お褒めに与り光栄だよ」


 つぶやくようなスペンサー卿の発言に対し、侯爵閣下が力なく微笑みながら応じられ、また含み笑いがそこかしこから。

 で、侯爵閣下ほどのお方でも、この青いリーフエッジには敵わなかった。生身の人間側としては、早々に強力なカードを切ってしまった格好だ。

 そこで、次はジョーカーを出そうということに。選出されたのはアイリスさんだ。リーフエッジを実戦投入している、数少ない貴族だし、魔道具の扱い全般においても定評がある。たぶん、他の誰よりも効率的に、剣へマナを通せるだろうと。


 そうして選ばれた彼女は、周囲からの敬意と羨望、そして期待が入り交じる視線を受け、少し照れくさそうになった。

 ただ、そんな彼女も、愛用の剣を握ると人が変わる。目が鋭い精悍な顔つきになり、剣を正眼に構え、持ち手のいない剣に相対する。

 それから、短い精神統一の後、彼女は剣を対象に押し当てた。力と力が拮抗しているのか、スパーク音のようなものが鳴り響き、刃が触れ合う箇所から閃光が走る。

 そして――紫の煙が立ち上った。アイリスさんも負けた。実質的に、あの青いリーフエッジは、貴族一人分より強いってことだ。

 力比べで負けた彼女はと言うと、悔しそうな感じはまるで無く、清々しさの中にちょっとした興奮入り交じる好奇心をにじませた。実際に立ち会うことで、今回の試みへの興味を新たにしたようだ。


 とりあえず、あのリーフエッジは貴族一人より強い。しかし、それではとてもじゃないけど、奴には勝てない。

 ただ、どこまで目指せばいいものかもわからないし、このままでは改善も難しい。というのも、あの剣へ注がれるマナが強くなったとしても、他に指標になるものが何もないからだ。どれぐらい強くなったのかがわからなければ、改善が進んでいるのか判然としない。

 しかし、そういった問題について、魔道具のエキスパートたちには解決策があるようだった。ウォーレンは例の腕輪を――二つ取り出した


「こちらの片方を、アイリス様のリーフエッジにつなぎます。腕輪はそのまま装着されると良いでしょう」

「では、もう片方の腕輪は?」

「別の誰かに持っていただきます」


 そこで考えがわかった俺は、ウォーレンに向かって口を開いた。


「腕輪経由で一人分、リーフエッジへ注がれるマナが増えるってわけだ」

「そーゆーことだ。マナの力に個人差はあるだろうけど……一緒くたにして注ぎ込めるかどうか、そうして実際に出力を強化できるか、そういうことを実証したい」

「なるほど」


 では、その腕輪を誰が装着するか。すると、侯爵閣下が俺を一瞥いちべつなさった後、「彼が適任だと思うが」と仰った。意外なご提案で、思わず驚いてしまった。

 それから、ウォーレンが口を開いて、その真意を尋ねていく。


「使用者に強いこだわりはありませんが、お考えを伺っても?」

「大したことではないが……彼が今回の腕輪と同等の物を使用しているのを、以前目にしてな。慣れがあった方が扱いやすいだろうと」

「送り込めるマナの量という点では、仰るとおり、慣れに左右される面はいくらかございます」

「それに加え、マナの色を混ぜるのも、こうした実験においては重要ではないか。もっとも、条件を揃えて一つずつ検証するのも重要かとは思うが……」


 閣下が口にされた指摘に、魔道具の専門家たちはちょっと感心というか感銘を受けたようだ。閣下の発言内容が、研究者の仕事の流れに近いからだろう。魔力の矢投射装置ボルトキャスター主体の軍を持つだけに、軍指導部と工廠の距離が近いからこそのご指摘かもしれない。

 ただ、今回の実証においては、そこまで細部の厳密性は求めない。人手を足すことで出力増強できればそれでいいということで、結局俺が腕輪を使うことになった。


 しかしまぁ……なんだ。侯爵閣下も、俺と彼女の仲についてご存知だし……そういう意図もあってのことだろうか? 確かに、あの子が別の誰かと、お揃いの腕輪とかつけてたら、それが仕事上のものだとしてもスッキリしない感じはある。

 ともあれ……侯爵閣下のご意志について正確なところは不明ながら、俺に対して何らかの正の感情を向けてくださっているのだとは思う。受け取った腕輪に、スッと腕が入って自然と馴染む。


 それから、改めて彼女が剣に対峙した。白刃の端に紫の光が浮かび上がる。そこへ自分のマナを注ぎ込むイメージで、俺は腕輪に力を込めた。

 すると、彼女が持つ剣に、より強い光が宿った。マナの色が混ざっている感じはない。依然として紫のままだ。マナを送った先の腕輪は青緑の光を放っていて、どうも妙な感じがする。たぶん、腕輪と剣をつなげるコードの方に仕掛けがあるのだろう。

 いずれにせよ、俺が送り込んだマナは、きちんと彼女の剣の力になっている。それを証明するように、彼女はこちらに振り向いてにっこり微笑んだ。目つきは少し鋭いままだったけど……やっぱりかわいいな。胸の奥底では「共同作業」とか、浮ついたワードが漂い、平然を保つのに少しの努力を要した。


 その後、彼女は再び表情を引き締め、青い剣に向かって紫の刃を当てた。すると、青い方から煙が立ち上る。アイリスさんの剣の圧に耐えかね、青いマナが逃げるように霧散していく。

 とりあえず、現段階においては、マナを伝送する腕輪で魔道具の出力をアシストできることが判明した。結構な発見かもしれないと、興奮に場の熱が高まる。

 しかし、ウォーレンたちにしてみれば、ここからが本番なのかもしれない。防御膜側からの供給弁となる宝珠を握る彼は、供出されるマナの出力を徐々に高めていった。

 すると、青い剣の方から出る煙が、少しずつ落ち着いていく。あっち側の力が強まっている証拠だ。一方、こっちは今の出力が限界――だと思う。少なくとも、今すぐにパワーアップさせる方策が見つからない。

 そして、両者から一切の煙が上らなくなり、完全な拮抗状態に入った。つまるところ……あっちの剣には、たぶん貴族1.5人分ぐらいのマナが注ぎ込まれている。

 それからまた、少し出力を高められ――アイリスさんの剣が音を上げた。紫の煙が、チリチリと刃先から立ち上る。


 力比べで二度負けた彼女だけど、やはり悔しそうな感じはまるで無い。今回の実験で得た知見に対し、興奮を隠せない様子だ。

 外連環は、一対一で接続する使い方は、まずしない。普通は複数をつないで、その輪っかの中で相互に連絡するように使う。

 ウォーレンに言わせれば、試作版のこの腕輪も、複数個同時接続はイケるとのこと。それが何を意味するかと言うと……今みたいなやり方で力比べすれば、防御膜側から注がれたマナが何人分相当か、曖昧ながらも推定できるってことだ。つまり、力比べへの参加人数が目盛りになる。


「厳密性はまるでありませんが……差し当たっての指標としては、こんなものかと」

「なるほど。では、この指標を用いて、次は何を?」

「まずは、現行のリーフエッジが、どこまでの出力に耐えられるかの検証を。その結果しだいで、リーフエッジを強化すべきか、あるいは全く別の武器に注力すべきか判断することになるかと」


 そして……いずれは、奴の槍に対抗しうる武器を、というわけだ。さすがに、それが可能だと安請け合いはしなかったけど、彼を始めとする各国工廠の面々は、やる気に満ち満ちている。きっと、彼らならやり遂げてくれるんじゃないかと思う。


 しかし、それが間に合うかどうかはわからない。明示されたわけじゃないけど、タイムリミットは間違いなくある。寒いままの世が続けば、俺たちは単に生きられなくなる。

 それに……魔人との戦争状態が解決された今の世にも、黒い月の夜がくる。たぶん、あと一ヶ月ほどで。では、世界中の誰もが空を見上げるその日を、奴は自分の威を振りかざさないで過ごすだろうか?

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