第636話 「世界を一つに②」
フラウゼから一緒にやってこられた方々は、やはり彼がこうした会議に呼ばれることをご存知ではなかったようだ。とはいえ、工廠のいち職員でありながら名前は認識されている。その辺りは大したもんだと思う。
そして、呼ばれた彼はというと……こうした場には不慣れだろうけど、割と平然としている。結構な強心臓の持ち主だ。彼は議場中央の壇上に立つと、一度深く息を吸い込んでから声を上げた。
「お召しに与り参上いたしました、フラウゼ王都工廠職員、ウォーレン・ストラッタと申します」
堂々としたもんだ。そういえば、今日彼と会った時、ここの防御膜に前もって何か手を加えていたとか言っていた。それと、空に向かってザマアミロとかなんとか。そういう、「やってやった」的な達成感があるんだろう。
名乗りの後、彼はさっそく、彼らが施した何かについて言及した。
「今回、防御膜復旧に先立ち、天文院協力の下で一つ改良を施しました」
「改良? それが、この街を救ったと?」
「押し切られかけてから立ち直った辺り、そのように考えていただいて差し支えないかと」
彼の言に、議場がざわついた。ちょっと信じられんという驚きもある一方、心を湧き立てられるような興奮もある。街を守った防御膜は大昔の遺物で、とても再現できそうにない。そして、それ単体では防ぎきれなかったと思われる所、今を生きる人間の技術で的確にアシストできたっていうんだから。
ただ、そうした誇るべき快挙を成したのにも関わらず、ウォーレンは少しためらいを見せている。
そういや――彼らがやっていたことについて、機密とかなんとか言っていた。フラウゼから来た全員が、彼の登場には驚いていて、他の国の方々も、やっぱり当然のように彼を知らない。もちろん、彼らがやった改良についても。そう思うと、その機密とやらがどれほどのトップシークレットなのか……。
それから少しして、場の熱気が静まり……彼はさほど場を焦れさせることもなく、腹をくくったように口を開いた。
「実を申し上げますと、今回の防衛戦においては、他の街の防御機構も利用しております」
「……と言うと?」
「少々技術的な話をすることを、お許しいただきたいのですが……」
そう言って彼は、懐から一つの腕輪を取り出した。腕輪の魔道具と言えば色々ある。ただ、彼が手掛けているやつと言えば……。
「
「……つまり、マナを飛ばして、このセーヴェスにかき集めたと?」
理解の速いお方がお考えを口になさると、ウォーレンはうなずき、場は再び強くざわめいた。ただ、今回はそうしたざわつきを議長閣下が手で鎮められた。それから、もう少し詳細な解説が始まる。
「天文院の協力で、マナを伝送するためだけの門を、各都市の防御機構制御中枢に設置しております。それらの門と門をつなげてマナを融通させることで、防御効果を高められるのではないかと」
つまり、各都市の防御膜について、あれを単なるバリアではなくバッテリーとも捉えたわけだ。そして、転移門を導線代わりにつなぎ合わせ、送電網のようなものを構築したと。
なんともスケールの大きな話だけど、話の流れから察するに、これまでの技術の応用で済んでいるようだ――単に規模が異様に大きいだけで。そうした改善を施した彼らの功績に、周囲から感嘆の声が漏れる。
そんな中、彼に対して大いに称賛しつつも、疑問を投げかけられるお方が一人。
「今回の案件は、どこにまで下りてきた話なのか、差し支えなければ教えてもらえまいか?」
「……はい。各都市の工廠上層部と、作業に関わる部署。それらに加え、天文院。そして各国の都市統治者並びに国家元首と、ごく一部の側近。私はそのように認識しております」
すると、この国の宰相閣下が、ウォーレンに代わって口を開かれた。
「この件については、私も従前から知っておりました。最高レベルの機密扱いとしたのは、一つに情報漏えいを防ぐため。間者が紛れ込んでいるとは申しませんが、念のために、です」
「では、他の理由というのは?」
「この街を守るためとはいえ、自国の都市からマナを拠出するというアイデアを、天下万民が受け入れるとは思えませんので。そもそも、こうした防御膜自体、確たる実績もありませんでした。信義に欠けるとは思いますが、事が成るまでは足並みを揃えることが優先させるかと」
こうした理由を提示されたことで、質問者の方は腑に落ちたようだ。そもそも、国の元首も、都市の責任者も認めた策なのだから、口を挟めるはずもない。それに、この場におられる方々であれば、こうした理屈は理解できるものだろうし。
ただ、ここでまた一つ疑問が湧いた。マナをやりとりしているってのはわかったけど、誰がそれを操作して、管理してる? そうした疑問もまた、ウォーレンにとっては少し答えづらいものだろうけど、彼は若干のためらいを見せた後に答えた。
「天文院の総帥閣下が、そうした全体の管理を手掛けておられます。人類全体に肩入れする第三者ということですので」
「なるほど……妥当な人選ではある。というより、他に適任者がいないというべきか」
実際、あの総帥閣下は、どこかの国や集団に肩入れするとかそういうのとは別次元におられる。むしろ、そういった偏りを許さないと言うべきか。こうした施策を管理するならば、これ以上のお方はいないだろう。
こうして、防御膜は都市防衛において十分な働きができると判明した。しかし、今後のことを大局的・長期的に考えると、まだ不足しているものもある。
「そもそも、防御膜に使われるマナがどこから供給されているのか、その根本が不明ですね。ここまでの説明を聞く限りでは、蓄えを切り出しているという印象ですが」
「現状においては、その認識で間違いないものかと」
「では、今後は?」
上からの詰問ではなく、信頼を込めた口調に聞こえる質問だけど、ウォーレンは返答に窮した。彼の立場ではよほど答えづらいのか、彼に代わって議長閣下が口を開かれる。
「天文院総帥殿からは、当時は臣民からマナを徴収していたとの示唆を。ですが、これを現代で実施するとなると、課題は多いかと思われます」
この場におられる方々は歴史以前のことについて、伝聞でしか無いけど、ある程度の知識を持ち合わせておられる。そうした前提知識を踏まえれば、都市を守るためのマナ徴収というのは、支配者層を守るための重税のように聞こえたことだろう。少なくとも、俺はそんな感じに捉えた。
それで、そういうことを現代でも実施できるかどうかだ。ウォーレンに言わせれば、技術的なハードルはそこまででもない。
「マナを蓄える指輪のように、人体からマナを抽出して留め置く技術は確立されております。規模が大きなものになりますから、相応の工夫は必要かと思われますが……むしろ、運用面にこそ課題があるかと」
「運用面となると、工廠のみで解決するものでもありますまい。行政側の案件ですな」
指摘が入り、ウォーレンはうなずいた。「ルールさえ整えてもらえるなら、技術的にはイケる」みたいな感じだ。
問題は、都市を守るために人民からマナを取り立てられるかどうか。ただ、今回の攻防において、防御膜は正しく機能し成果を出してみせた。この実績が説得材料になるだろう。「みんなで死にたくなければ、力を貸してくれ」ってところだ。
というより、もしかするとこの場での反対意見を抑えるため、先に成功例を提示した上で今回の話を打ち明けられたのかもしれない。
ともあれ、今回の一件により、各国が取り組むべきことは明らかになった。
まず、防御膜未展開の大都市は、防御網に加えるためにも地下探索を急ぐ。
また、今回の防衛戦における“勝利”を大いに喧伝し、その事実を持って人心を慰撫――しつつも、なだめすかし、変事においてはマナの供給源になる合意を取り付ける。
こうした大筋の流れが定まると、それぞれが取り掛かるべき仕事も少しずつ輪郭が浮かび上がってくる。民間に触れ回るような“勝利”にはまだまだ程遠い現状ながら、一歩進んだという感は確かにあって、揚々とした熱意が議場を満たしている。
ただ、話はこれで終わりじゃない。というか、まだ半分だ。ここまでの話は、空から降り注いだ槍の雨と、それに対抗した防御膜に関するもので、今回の一件においては前半戦と言える。ここからの話は、その後半戦――奴の侵入を許してからのものだ。
そこで、ある程度予想できたことだけど、議長閣下が俺の名をお呼びになった。王女殿下からも直々にお声がけいただいていたから、「やはり」といった感じだ。事前に心の準備ができていただけ、ありがたい。
俺は立ち上がり、講堂の中央へと歩いていった。ウォーレンが、中央の演台近くに座っている。まさか、こういう場でバトンタッチされるとは……もとより重大な責を負っているのは承知の上、友人が見事にお役目を果たし、その後を継ぐということもまた、俺の身を引き締める。
そうして演台についた俺は、ひと通りの自己紹介の後、今回の戦いに関する観察と所見を口述した。
まず、アレは大師である可能性が高いということ。というのも、ほんの短いやり取りながら、俺と過去に因縁があったことを思わせる言葉をポロッと漏らしたからだ。ブラフってこともないだろう。
それに、立場ある方を差し置き俺に狙いを定めたのも、奴が大師であることを示唆しているように感じる。たぶん、不完全ながらも俺の手で追い詰めたのが原因なんじゃないかと思う。感情的なものか、合理的な判断かはさておき、あえて俺を付け狙うには、相応の理由があったと思われる。
次いで、奴の体の特性について。おそらくはマナの塊でできていて、体の方には物理的干渉ができないものと考えられる。
一方、槍の方は
また、奴の体を覆っていた
後は……あのマナの槍に対し、純粋な物質で対抗するのはほとんど無理だろうけど、マナを通したリーフエッジであれば、ほんの少しは干渉できているような反発感があった。マナの出力次第では、打ち合えるんじゃないか?
途中で何回か質問をはさみつつも、俺は先の戦闘で得た情報を話し終えた。同じ場に居合わせた方々からも、俺の観察結果を認める言を得られた。的はずれなことを言ってはいなかったようで、ちょっと安心する。
そうしてひと通り話し終えたところ、一つの質問が投げかけられた。
「先の交戦において、傷を負われましたか? わずかなものでも、できる限り列挙していただければと」
「いえ、特には……無傷で終えられました」
「無傷で?」
にわかに議場がざわつき出す。
ああ、そうか……
すると、話は俺と同じようなことができる者がいるかどうかになった。ただ、結論が出るのは早く、名乗り出る声は皆無。他薦の声も、上がりかけてしぼむような有様だった。
やはりというべきか、剣では対抗できない相手だという事実が、あまりにも大きい。武器さえ同格であれば、無傷でやり合える――あるいは、奴を仕留められる――という方は幾人もおられる。あの場に居合わせた方々の共通認識として、奴の戦士としての技量はさほどではない。武器さえなんとかなれば……という感じだ。
俺以外にもやり合えそうな者がいるかどうか、洗い出す話の流れになったのは、もちろん理由がある。同時攻撃を懸念してのものだ。
「一都市だけの防衛ということで、戦力を集結させて事なきを得ることはできましたが……」
「狙いが当たっていたからこその戦果ですな。ノーマークの都市が標的となったり、あるいは複数でかかられたりしては、ひとたまりもありますまい」
問題は、奴にそういう同時攻撃ができるかどうかだけど……無制約にできるとは考えにくいものの、それ自体は可能だろう。それを疑う声はまったく上がらなかった。緩急をつけるという意味では、今回の敗走に意味が出てくるという指摘も。
それで、俺みたいなことができる者が他にいれば、という話だ。戦場で一人死ねば、戦力的にも心情的にも、現場は弾みをつけて傾いていく。だから、狙われた都市に一人は、殺しても殺せないような囮がほしい。
しかし……武器なしでやるとなると、異刻は必須だろう。こういう状況だから、禁呪を限られた相手に伝えることについて、天文院も承認するのではないかとは思うけど……。
あるいは――奴と打ち合える武器さえ、どうにか調達できれば。
少し議論が行き詰まりを見せかけたところ、面識のあるお方が挙手なさった。その方、リーヴェルムのアシュフォード侯が、挨拶もそこそこに、俺へと問いかけてこられる。
「リーフエッジで、あの槍に接触したような感覚を得たとの話ですが」
「はい」
「マナを伝送する技術を利用すれば、奴の槍に劣らない武器を、我々も手にできるのでは?」
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