第632話 「空が落ちる日③」

 敵単騎による攻城戦は、敵の侵入を許し、迎え撃つ段階へと移行した。駆け引きも何もなく、ただただ力押しで奴が攻め入ってくる。槍の雨による猛攻と、それを耐えきったことで、一喜一憂していた俺たちをあざ笑うように。

 膜を打ち破って侵入を果たした奴に、もはや遠慮する理由は一切なかった。街中に配した銃手から、息もつかせない集中砲火が繰りだされる。魔法を使えない街中においては、これが頼りの主力攻撃だ。

 しかし、精密無比な銃撃の殺到をものともしないように、奴は悠々と降下しているように見える。マナのボルトに撃たれ続けたその翼も、形状を保ったままだ。怒涛の銃火の中、なおも健在でいる奴の姿に、嫌な焦燥と緊迫が場を満たす。


 そんな中、俺は空の様子にも目を向けた。

 防御膜の破壊は一時的な事象のようで、奴が押し通った亀裂は、すっかり復元されて無事に見える。それ以外の箇所も、色の濃淡はなく、一様に濃い黄色の膜が街を覆っている。

 あれだけの猛攻に晒されながらも耐えきったことと、そして防御が一回使い切りでなさそうだというのは、励まされる事実だ。

 また、侵入を果たして降りてくるアレは、空からの攻撃を同時にやろうとは、今のところ考えていないみたいだ。その必要性を認めなかったからか、あるいは巻き込まれることを嫌ったからか……?

 しかし、この街の破壊だけを目論んでいるのなら、同時攻撃を敢行する方が妥当に思われる。たぶん、別の意図があって単騎で挑もうというのだろう。あるいは、内外で同時に攻撃するのは難しいのか。


 いずれにせよ、いつまでも考える時間を与えてくれるような、生易しい相手ではない。奴を押し返そうと懸命に繰り出される集中砲火を受けつつ、奴は焦りもしないでゆっくりと、しかし確実に降下を続けている。

 町の広場上空にいる奴とは、通常の戦闘における間合いに照らせば、まだ距離があるものの……あと十数秒程度で交戦域に入る。それに、緩急をつけてこられたら……。


 すると、奴が動き出した。防御膜の突破に用いた、あの光の槍を携え、白い羽をいくつか宙にまき散らしながら急降下してくる。狙いは広場中央、俺からは少し離れたところだ。

 その急降下に合わせ、こちらからも動きが。街の至る所に配していた空中機動要員が空へと躍り出て、陸の銃士隊とはまた別のアングルで奴へと銃撃を仕掛ける。

 また、急降下の標的と思われる方々は、別動のホウキ乗りが救い出して緊急離脱。一瞬で広場中央はもぬけの殻になった。

 しかし、急降下する翼つきの男は、標的を取り逃がしたことに大して拘泥しないように、まっすぐの進路を維持した。


 そして――純白の光をまとう槍が、広場の石畳に深々と突き刺さった。相当な速度での突撃にも関わらず、衝撃音の類は全く生じない。銃撃の嵐の中でもはっきりと聞こえたのは、石畳が凝集されたマナに屈したかのような蒸発音だけだった。

 決して消えることのない、破壊的なマナの槍を携えたその男は、かつてみた大師とはまた違う顔をしていた。壮年男性のように見えたあの男よりも、ずっと若々しい青年の顔をしている。魔法庁に潜入していたあの男とも違う、初めて見る男だ。

 しかしそれでも、俺はそいつと例の大師に、直感的なつながりを覚えた。


 観察に徹する俺とは違い、銃を構えた戦友たちは、なおも必死に銃撃を加え続けている。もはや偏執的とさえ言える精密な狙いは、無駄玉をほんのわずかにしか発生させない。

 しかしそんな猛攻の最中にあって、男にはさほど効いていないように見受けられた。遠い間合いながら、目を凝らしてよく見ると、奴の体を白い球の膜が覆っているように見える。銃撃ですぐに破られているようだけど、すぐさま復活する防御膜は、一種の意趣返しのようにも感じられる。

 ただ……奴自身は、俺たちを笑うそぶりは見せない。そうした感情の一切が欠落したようで、男は能面みたいな顔のまま、周囲をゆっくりと見まわした。

 今の俺たちは――マンガとかでよく見た、異常者・超常者に立ち向かう一般人みたいだ。なんて他人事みたいな声が、胸中の一角で囁いた。


 それから、状況が動き出した。槍を構え、男が広場沿いの建物へと動き出す。一般人は街の外縁の方へ退避していて、この辺りには関係者しか残っていない。つまり、この状況に対する使命を帯びていて、死ぬ覚悟ができている方々だ。

 銃士が何人もいる建物へ一瞬で詰め寄り、奴は槍を振るった。その一撃に対し、建材は押し留めることが一切できない。溶断されたようにくりぬかれた穴が、槍の威力をまざまざと見せつけてくる。

 生身で受ければ、ひとたまりもないだろう。そして、その毒牙が、今まさに――。


 すると、奴への銃撃の嵐に混ざり、曲がる光線がいくつも降り注いだ。王都内では、普通には魔法は使えない。そのため、各国魔法庁の協力のもと、例の腕輪の使用者が何人も配置されている。

 さすがに、そういう装備を持ち出されると、奴も気を惹かれるらしい。建造物への破壊行為は中断し、奴は新手の方に視線を向けた。そちらには、例の腕輪をつけた熟練の魔法使いが数名。さらに、彼らを守るために武器を手にした勇士の面々。雪で作られたゴーレムの守備兵。


 こうして戦闘が新たな局面を迎えようとする中、俺は愛用の折りたたみホウキを瞬時に展開し、空へと駆け出した。

 俺の役目は観察と考察にある。しかし、このまま見ているだけでは、十分なものにならない。こちらからも手を加えて、さらに情報を得なければ。

 それに……奴とこれから戦おうという集団の中に、あの子がいる。

――どっちかというと、そっちのが本心だ。俺なりに手を尽くして、一緒に戦いたい。


 空を駆け昇ると、銃を構えた戦友たちとすれ違った。持ち場を離れて急上昇を始めた俺だけど、逃げたとは毛ほども思われていないようだ。すれ違いざま、俺の背中へ口々に言葉が投げかけられる。「頑張れよ」だの「無茶すんな~」だの。

 真冬の冷気が体を切りつけても、体は熱くなる一方だ。全身に闘志がみなぎっているのがわかる。


 上昇を始めてからすぐ、俺は黄色い防御膜を突破した。やはり、膜を抜けるにあたって、抵抗のようなものは感じない。

 ということは、今まさに下で暴れているであろうアレは、やはり生身の人間とはまったく別種の存在で――きっと、まともな生物ですらないのだろう。

 頭の中で考察が勝手に巡る中、俺は気を取り直して集中し、再突入の準備に入った。

 ここでなら魔法を書ける。気がつけば異刻ゼノクロックを息するように使っていた俺は、そんな自分に変な笑みを浮かべつつ、色選器カラーセレクタの記述を試み……うまくいった。

 この色選器で合わせる色は、白色。俺が現世へと送還された時に覚えた、あの時の魔人の色だ。アイツと再会したらぶっ倒してやろうと、執念で覚えたあの色は、今も体が覚えていてくれた。目で見て合わせる必要もなく、あの時の記憶が勝手に形になって、右手にあの色が宿る。

 その白い光を見て、俺はあの時のアイツのことを思い出した。大師からしてみれば、アイツは踏み台に過ぎなかったんだろうか?


 胸中で様々な感情が渦巻いてざわめく中、俺は他の魔法の準備も始めた。降りた時のため、揚術レビテックス空歩エアロステップを同時展開。これらに異刻も合わせ、狙われた時の手助けとする。

 それから、俺に追随するように動くドローンみたいな魔法陣を一つ。可動型も合わせて、好きに動かせるようにしておく。色は色選器経由の白で……予想が正しければ、奴と同色のはずだ。

 問題は、白色という負荷の高い色を用いている上、他の魔法もいくつか同時展開という状況だ。しかし、今の俺の器にはどうにか収まった。さほどの無理なく維持できている。

 こうしてうまく書けた白い魔法陣には、再生術と追光線チェイスレイを合わせる。ちょっとした検証のためだ。とりあえず、光線を一発空に放って給弾待ちにしておく。


 他に必要な魔法は、たぶんない。奴が出しっぱなしにしている槍の前に、人間の手による魔法の防御は……濡れたティッシュみたいなもんだろう。とても耐えられる気がしない。

 狙われたら、避けるしかない。

 そして……たぶん、そういう羽目になる。俺が飛び上がってからさほど経っていないけど、眼下では交戦が始まっている。その最中へ、これから俺は飛び込んでいく。


 しかしまぁ、なんだ。人間側の大首都ど真ん中だってのに、これじゃどっちが「飛んで火に入る夏の虫」なのやら。破壊振りまく奴の姿を認め、思わずひきつった笑みがこぼれる。

 そんなこと考える余裕があるだけ、まだマシか。

 気を取り直し、俺はホウキを下へと傾けた。今から俺は、死地へ突っ込む。

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