第629話 「棄てられし亡国の民⑥」

 加勢を申し出るだけあり、この街の兵の方々は十分な力量を持っていた。魔人相手にバチバチやり合った俺たちの目から見ても、結構な実力者だ。あの戦いの前線に放り込んでも、きちんと戦闘に加われるのではないかと思う。

 懸念だった即席の連携について、彼らは意外なほどの慎重さを見せた。いや……意外なんて言うと、彼らにも、彼らを送り出した三巨頭にも失礼か。自分たちにかかっているものの重みを重々承知しているのが、焦らず着実な戦いの運び方から察せられた。

 もしかすると、単に俺たちのやり方を見ていて、それに合わせてくれているたけかもしれない。いずれにせよ、うまい協力関係は構築できている。彼らが、普段は互いににらみを利かせていがみ合っているだなんて、言われなきゃわからないだろう。


 そうして俺たちは地下を進んでいった。守備兵相手には、多少の傷を負いながらも互いに支え合って戦った。

 罠や仕掛けが立ちふさがれば、頭脳労働班の出番だ。ティナさんが封印をこじ開け、俺やエリーさん、メルで知恵を出し合い、仕掛けを黙らせる。

 そうして仕掛けを乗り越えるたび、探索班全体が歓声に沸いた。協力者の方々にしてみれば、こういう仕掛けなんてワケわからないだろうけど、乗り越えた喜びは共有できている。それも、普段は対立する勢力の構成員同士が一丸になって。

 身も蓋もない言い方をすれば、盛り上がるきっかけさえあれば、何だって良かったのかもしれない。普段は入れ込んでいるチームがそれぞれ違っても、ワールドカップでは一丸になれる、みたいな。

 彼ら一人一人が実際にどう思っているのかは、結局の所わからない。でも、こうして一つにまとまれているという事実は、とても大きいのではないかと思った。


 そして……俺たちは最深部と思われる場所に着いた。赤い魔法陣による封印が施された、大きな扉が俺たちを待ち構えている。たぶん、色以外で識別は、されていないはずだ。法的な問題を抜きにすれば、ティナさんの手でチョチョイと開けられる。

 そしてここは、そういう懸念すべき法が特にない。封印解除の連続で、もはや完全に信を得たティナさんに、荒っぽい若い衆が「先生!」と声を上げる。

 しかし、彼らに微笑みで応えつつも、ティナさんは慎重だ。


「今後の運用を考えると、誰でも開けられると思われるのは、好ましくありませんわね」


 そう言ってティナさんは口を閉ざして考え込んだ。赤い封印を前に、俺も色々と思考を巡らせていく。

 まず、下手なことを言うとユリウスさんに悪いと思った。正当な権利者が誰もいないとか言うと……かつての王家が断絶する一件に関わられたということで、嫌なことを思い出させてしまうかもしれない。


 ただ、その一方で――実はユリウスさんご本人が、この扉を開けたいとお望みではないか、とも。確証はない。しかし、ご令室に代わってこの国を助けたいと仰せだったことを踏まえれば……。

 そこで俺は、覚悟を決めてお尋ねした。


「ユリウスさんは、色選器カラーセレクタを使えますか?」

「いや。覚えれば使えるだろうとは思う。しかし、なぜ?」


――あれ? 聞き返されたぞ? 空振りか? 早まったことをしたかと思って、頭の中が白くなりかける。

 そこで肩を叩かれ、さらに驚いた。叩いてこられたのは殿下だ。殿下はユリウスさんをまっすぐ見据えて仰った。


「誰が開けても、何かしらの問題は残る。確たる正当性がないからね。その上で聞くけど、君が開けたいとは思わないのか?」

「私が?」

「ああ。正直な話、この街の今を生きる者が代表となれば、何かしら不都合な偏りが生じるかもしれない。それよりは、この街を想っている第三者がやる方がいい。それぞれから託されたとしてね」


 殿下のご提案に、しばしの間、ユリウスさんは静かにうなだれて考え込まれた。やがて、気持ちがまとまったようで、彼は決然とした表情で殿下に答えられた。


「君の言うとおりだ。私にやらせてほしい」

「では、異論があるか、みんなに聞こうか」


 しかし、特に反論の声は上がらない。かつてこの地にあった王国とユリウスさんの関係について、フラウゼから来た俺たちは知っている。それを知らないこの街からの協力者たちも、身を挺して戦うユリウスさんには完全に信を置いている。

 だから、俺たちを代表して彼が動くのは、とても自然な流れに感じられた。


 色選器使用のため、まずはユリウスさん向けにちょっとした講習を行うことに。魔法庁的にはあまり広めたくない技ということで、少し離れたところでエリーさんが伝授する。

 それから少しして、とりあえず使えるようになったということで、お二方が戻ってこられた。さっそく扉に向き合う形になり、ユリウスさんがその手を向けられる。


 そして――固唾を飲んで見守る場の空気とは裏腹に、拍子抜けするほどあっさりと扉の封が解けていった。もともと赤いマナをお持ちということもあって、この封を解くのに特段の負荷はなかったのだろう。

 しかし、もしかすると……こうした肩透かし感を一番強く味わっているのは、ユリウスさんご本人かもしれない。彼は俺たちに振り向くと、力なく笑って仰った。


「私なりに、色々と思い悩みながら開けようとしたけど……こうも簡単に開くとは」

「物言わぬ扉に、色々と感じ取りすぎなんだ」


 お答えになられたのが殿下ということもあり、ユリウスさんは言い返せないようだ。少し渋い微笑を浮かべて瞑目し、殿下のお言葉をお認めになった。


 最深部の扉が開き、いよいよ防御機構の稼働だ。今回はアーチェさん不在ということで、代用になる魔道具を用いる。

 単に「鍵」と呼ばれるそれは、実際には腕輪と指輪のセットだった。これらを装着した上で、制御用の宝珠に所定の反応をさせるとのことだ。

 ただ、アーチェさんがやっていることの模倣を行うこの魔道具は、国内での試験に成功していても、国外での利用は初めてだ。不具合が起きることはないだろうけど、断言はしづらい。

 そこで、殿下がユリウスさんにご提案なさった。


「君に任せようと思うんだけど、どうだろう?」

「私が?」

「大丈夫だろうとは思うけど、問題が発生するかもしれない。できれば、頑丈な奴に任せるべきだと思ってね」


 まぁ……仰ることは正当ではある。鎧相手に一人で出ていかれて傷を負われるよりは、こういう形で身を張っていただく方が、合理的だろう。持ち掛けられたユリウスさんとしても、ご提案に反論はないようだ。

 それに、リスクへの対処という面だけでの人選でもないだろう。装備一式を託されたユリウスさんは、神妙な表情で準備を進められていく。


 そして、その時がやってきた。王都の時と同じように、空間中央のイスにユリウスさんが腰かけられ、イス両側の宝珠へと手を。

 すると……俺の記憶が確かなら、アーチェさんが操作した時と同様の反応が生じた。真っ暗な部屋にマナの光が走り、休眠していた遺構が再起動していく。

 同行する街のみなさんには、何が起きているのかわからないだろうけと、うまくいっているとは思ってもらえたようだ。どこか困惑交じりな感じの歓声が上がる。

 結局、危惧していたような不具合もなく、ユリウスさんは操作を終えて俺たちの元へと戻って来られた。リスクの懸念も、今にして思えば、ユリウスさんを駆り立てるための方便だったのかもしれない。一仕事終えたユリウスさんは、「今一つ実感がわかないが」と仰っているけど。

 少し待って様子を見ても、別段あやしい感じは見受けられない。そこで俺たちは、長い道を引き返して外へ向かった。


 出てみると、これまでいくつもの都市で復旧させてきた防御膜が、この街の空を覆っていた。試作の鍵がうまく機能したようで何よりだ。

 今回の協力を申し出るにあたっては、この試作品を使ってみる機会として、ちょうど良かったという事情もあったのかもしれない。口にする必要のないこととは思うけど。

 まぁ、実際の思惑はさておき、俺たちは成果を出した。探索を共にした方々は、それぞれの所属の溝を超えて、一つの仲間になっている。これがまた分断されるかどうか……先々については、この街の人々次第だろう。実際の運用面についても問題が残る。

 しかしそれでも、何か重要な一歩を踏んだという実感が、俺たちの間にはある。


 雪が降りしきる中、町の中央へと歩を進めつつ、俺たちは互いに探索の成功を祝した。

 すると、通りの向こうから人の群れがやってきた。例の三勢力だ。それぞれの頭領を先頭として、ぞろぞろと人の列がこちらへと押し寄せてくる。

 さすがに、この街であの三巨頭は、相当な有名人なのだろう。加えて、それぞれが率いる人の量も中々のものだ。そして何より、相争う三勢力が、何するでもなく肩を並べて歩いている。

 こうした光景は、街の人々の度肝を抜かれたようで、信じがたいといった表情で窓に張り付く人々が、街路沿いの至るところに見える。


 そして、探索という仕事終えたばかりながら、殿下にとってはこの後も重要なお仕事だ。今回の締めであり、今後につながる始まりでもある。

 町の広場は耳目を集め、張り詰めた緊張が漂う中、雪を踏む音だけが場を満たす。やがてその音もなくなり、それぞれの勢力が位置について向き合う形になった。この街の三勢力と、俺たちフラウゼと。

 最初に口を開いたのは、先の会合を取り仕切っていた、恰幅の良い男性だ。彼は、軽く上を見上げてから尋ねた。


「上に見えるのが、くだんの?」

「ああ」

「あれで……街を守れると?」

「いや、そういった実績はない。私たちも敵も、試すのはこれからというところだ」


 実際、仰る通りだ。こうした防御膜の規模は、人力でとても追いつくものではなく、ないよりマシの範疇を遥かに超えている。しかし一方、空を覆う敵の力もまた、人知を超えたものだ。攻防ともに、手に余るどころか、イメージも追いつかないレベルだ。

 そうした不確かさを包み隠さず、一国の王太子がその口で認める。そうした事態に、この街で抜け目なくやってきたはずの三巨頭は、少しの間呆気にとられたように固まり……やがて笑い出した。三者三様の笑顔になった後、紅一点が困ったような苦笑いで殿下に話しかける。


「まったく、そういう話は内々に済ませるなんじゃないのかい?」

「いや、そうもいかなくてね。できるだけ広く手を募りたいから、情報はオープンにしている。私たちも必死でね、こう見えて」

「……ま、他人の気はしないね。私らも必死だよ、見ての通りさ」


 対立する勢力が、こんな至近距離にあって、些細な暴力どころか言い争いすら発生しない。そうした事態がむしろ、頭領三人による統制力を物語っている。そして、彼らの本気ぶりも。もはやメンツも何もないのだろうけど、この街そのものに対して真摯だ。

 後は周囲の人々が、これまでのわだかまりを超えられるかどうかだけど……殿下は、少なくともこちらの三巨頭については、改めて手を結ぶに足る相手とお考えになったようだ。彼らの方へ静かに歩み寄り、それから手を差し出された。


「記念に、握手でもしょうか」

「……それは、願ってもない申し出ですが……失礼ながら、お体を大切になされませと、周囲から常々言われているのでは?」


 丸みのある男性が、握手に応じる前に楽しそうに笑って言った。

 まぁ……ウチの殿下は、そういうちょっとハラハラさせるところがあるお方だと思う。指摘に殿下は、苦笑いして仰った。


「これも政治の一つだよ」

「それはごもっとも」

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