第627話 「棄てられし亡国の民④」
会談の間となる部屋は、かなり豪勢な応接室といった感じの広間だった。これまでにも他に、貴賓室という感じの部屋に何度か足を踏み入れたことがあるけど、そのいずれにも勝るとも劣らない。中立地帯の屋敷ということだけど、それぞれの勢力が金と手間を出し合っているのだろうか。
そんなきらびやかな広間だけど、待っていた方々はというと……こう言っちゃ失礼だろうけど、物騒な感じの方々だ。それとわかりやすい威嚇はしてこないけど、そういう道の人間なのだとはすぐにわかる。主に”人間相手の”暴力を仕事の道具としている人々だ。
そして、そういった物々しい雰囲気の男たちが、互いにある程度の距離を取り合う三つの塊を構成している。そうした集団に囲まれる形で広間の中央にいるのが、三勢力の頭領なのだろう。お付きらしき方も含め、総勢九人が円卓についている。
俺たちが現れたことで、場の空気が張り詰め、互いにけん制し合うような視線が部屋中を交錯する。
そうした中、殿下は泰然とした様子で前へと進まれていく。護衛として横に侍られる、ハルトルージュ伯へのご信頼もあるのだろうし、そもそも俺たちはケンカしに来たわけじゃない。
……まぁ、そうとわかっていても、部屋には緊張感に満ちていて、思わず生唾を飲んでしまうほとだけども。ヤバい事態の経験は積んでるし、相応に死線もくぐり抜けてきたけど、今回のは異質だ。
心配そうなのは俺ばかりではなく、周囲の仕事仲間たちも緊迫感のある様子で見守っている。そんな中、平然としたご様子の殿下が会談の席につかれると、三巨頭の一角と思しきやや小太りの男性が声をかけてきた。
「お付きの方はよろしいので?」
「ああ、そうか……」
他の首領はと言うと、左右に一人ずつ側近を侍らせている格好だ。そこで殿下は、誰を席に着かせるか、少しの間考え込まれた。結局、お選びになったのは伯爵閣下とティナさん。護衛と探索の筆頭を選ばれた形だ。
しかし、場が整うも、すぐには話が始まらない。少し気まずい沈黙が数秒続いてから、先ほどの小太りの男性が苦笑いしながらも口を開く。
「一応、こちらでは話がついておりましてな。こちら側としては、ワシが取り仕切る形で、今回の話をさせていただこうと」
「なるほど、了解した」
三勢力としては確かに合意が取れているらしく、他の長らしき筋骨たくましい男性、目つきの鋭い妙齢の女性がうなずいた。ああやって一言断ったのは、「あくまで便宜上の代表」だという宣言だろう。実際のパワーバランスに基づくものではないと。
なんにせよ、この自治領としてのスタンスは統一されていると見て良さそうだ。実質的に、殿下とあの男性の一対一の会合という感じになっていて、思っていたよりも状況が整っている。すると、殿下がお尋ねになった。
「まず確認したい点が。あなた方は、自治領外での各国の動きについて、どこまで知っている?」
「そうですな。大きなところでは、マスキアを主体とする連合軍が結成され、魔人との戦いが収束。後は……ひと月ほど前に砂漠の王都が攻撃を受けたと」
国際的な足並みから切り離されてはいても、ここはここで独自の情報網があるようだ。そうした情報のやり取りがなければ、やっていけないというのもあるだろう。
そして……アル・シャーディーンが襲われたことを、彼らは知っている。その言及が、殿下にとっては腑に落ちる情報だったようだ。
「ある程度予想はできていたが、やはりあの国のことは知っていたのか。そうでなければ、今回の申し出など、意味が分からなかったろうが」
「ごもっともですな。空に脅威ありと知らねば、防御膜とやらも価値を見出せぬかと」
こうして、今回の提案が受け入れられた背景がおおよそつかめたところで、話は実践的なところへ。まずは探索の段取りだ。
「地下への通路は?」
「いずれも、硬く封じられております。悪用すれば互いに血を見ることになると、わかり切っておりますからな。実際、そういった事例もあったとか」
「つまり、案内できるほどの知識を持つ者は」
「その時の抗争の生き残りは数人いるでしょうが……さすがに、どれも高齢でしてな。お役に立ちますまい」「そうか……案内係というのは諦めるが、それとは別に各勢力から人員を均等に募りたい」
そのお言葉に、三巨頭はそれぞれわずかに反応を示した。視線が少し動いたり、耳がかすかに動いたりといった程度の。そして、三人の代表が口を開く。
「我々としても、色々と思うところはありましてな。こちらから兵を出さぬ方が、そちらはかえってやりやすいのではないか。しかしながら、こちらから手勢を拠出せぬのでは、面子も立たぬ。さて、どうしたものかと」
「なるほど」
「我々の配下を求める理由は、お尋ねしても?」
すると殿下は、少し考え込まれた。言葉を探されているのだろうか。ややあって、殿下は「立ち合いが必要だと思ってね」と仰った。
「立ち合いを?」
「私たちは、今後というものを見越してここまでやってきている。そのためには、互いの信用というものが重要だろう。作業としては私たちが勝手にやるものの、あなた方の配下を出してもらいたい。そして、彼らを私たちの行いの証人とする」
このお言葉に、反論は挟まれない。三巨頭がいずれも黙して言葉を受け止めている。すると、殿下は苦笑いして仰った。
「あなた方にも同行してもらい、実際に見てもらうのが一番手っ取り早いことだろうけど……そうもいかないだろうと思ってね」
「まぁ、上を留守にはできませんわな」
代表の男性が声を上げて笑い、後の二人も含み笑いを漏らす。対立しあう組織のトップ同士なのだろうけど、どこか通じ合うものというか……お互い様という感じはあるようだ。
探索について、それ以上の話はない。復旧後の運用とか大問題だろうけど、今決めたところでその通りに行くとは考えにくい。他国から手が入り、実際に防御膜が姿を現す。そうした事態が生じて、この街の人々がそれをどう受け止めるか。予定を積み上げるには不確定要素が大きすぎる。
とりあえず、各勢力から人手を出してもらう件については、代表の彼のみならず、お二方それぞれが当人の口で承諾した。
……というか、準備はすでにできているらしい。部屋の中に詰めている人たちが、三巨頭の合図で動き出した。「ついていきな」ってところか。各勢力から五人ずつ、俺たちの方へと歩を進めてくる。
すると、これまで静かにしていた三巨頭の一人である、屈強な男性が口を開いた。
「死ぬ覚悟はできている奴らだ。好きに使ってやってくれ」
「いや、死なせるつもりはないよ。これまでも安全第一で進めてきたしね」
「お優しいことだな」
「それだけでもないんだ」
殿下が言葉を返すと、三巨頭は興味を示したのか、殿下の方に耳を傾ける。
しかし、答えるのはティナさんだ。殿下に肩を叩かれ、彼女があっけらかんとした感じで言い放つ。
「人死にが出れば、仕事に障りますもの」
もちろん、そのためだけに、安全に気を配っているわけじゃないというのはわかる。彼らの基準で見れば、ティナさんも相当お優しい部類の人間だろうし。
この発言は、むしろ空気を読んでのものだろう。シビアな仕事の虫が放った言葉は、三巨頭の耳には面白い発言として響いたようだ。ティナさんに対し、関心の目を向けている。
そうして荒れることもなく会談が終わった。殿下が席を立って卓を後にされる。
しかし、そこで三巨頭の紅一点が殿下を呼び止めた。
「こんな街で、ガキの頃から今までずっと、互いにいがみ合ってきたけどね……こうなってようやく、街への愛着ってもんに気づかされたよ。それと、自分らの無力さにもね。私らみたいなのにも、守るべきものはある。それでも、どうしようもなくってさ」
その言葉はきっと、彼女だけのものではないのだろう。三勢力がそれぞれ違う道をたどっていても、今は同じようなものだ。あの空の下では、単なるその他大勢にすぎない。そうした無力さからか、お三方は悔しそうに顔を歪めた。
そして、彼女は言葉を続けた。
「頼んだよ、王子様」
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