第626話 「棄てられし亡国の民③」
メンバーが揃って一通り話し終えた後、俺たちは公会堂を出て転移門管理所へ向かった。
そういえば、あっちにはつながるんだろうか? 使う前にふと疑問が生じたけど、さすがにその辺は抜かりないようだ。殿下がその辺りの事情について教えてくださった。
「天文院経由で、先方には話が通っているんだ。向こうの有力者は、今回の協力を好意的に受け止めているらしい」
「拒絶されるかとも思いましたが」
俺が口にすると、仲間の多くもそれに応じた。なんとなくの印象でしかないけど、こうした干渉を突っぱねるものかと。
すると、あちらについて詳しいウェイドが、俺に少し不満有りげな視線を向けてきた。俺たちの”誤解”に対する、反骨的な態度は、郷土愛から来るものなのかも知れない。
「なんていうか、無法地帯ってイメージが先行しているみたいですけど、街については言われるほどのものじゃないですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「じゃなきゃ、俺たちは生きてませんってば」
それから、彼を中心に出身者たちが、道すがら故郷について教えてくれた。
字義通りに捉えるなら、確かにシュタッド自治領は無法地帯ではある。というのも、明文化されたまともな法が存在せず、それを機能させるための執行機関もないからだ。
とはいえ、暗黙の了解に基づくルールも確かにあって、イメージされるほど治安は悪くないという。少なくとも、殺しはそんなに発生しない。お互い、気を張って警戒し合っているからだ。
それに、大勢に危険と見られれば、すぐさま排斥される。そうした人治主義的な秩序の上で、バランスを取りながら人々が生きている。
ただ、そういった秩序は危ういバランスの上に保たれていて、都市の外でその歪みが暴力となって噴出することは、ままあるとのことだ。
「結局、街で権力を持っている奴らは、街中でやり合うと失うものが多いんです。でも、成り上がりたい連中は、別に失うものなんかなくて。だから、強い奴の目につかない外で、カ任せに……ってところで」
「なるほどなぁ」
思わず口にした俺の顔を、ウェイドがまじまじと見てくる。ああ、もしかしたら、俺の言葉に何か感じ取ったのかもしれない。俺たちの初対面について、何か含みを持たせるような。
あの時は本当にお互いさまというか……彼らが自分の意志で俺に襲い掛かってきたのは事実だろうけど、俺だって都合のいい被験者を確保するため、待ち構えていたのも事実だ。
ただ、俺が変な反応をすると、みんなに何か勘繰られるかもしれない。そこで、俺は別の話題を向けた。
「向こうは今回の話を好意的に受け止めているそうだけど、有力者ってのが何人もいるもんなのか? それとも、目立つのがごく少数とか?」
「街の区画が縄張りになってて、大きいのが三つ。それぞれの頭が、実質的にあの街の主みたいなもんだと思う」
「それぞれの特徴なんかは……わかんないか」
「さすがに、それは……」
すると、殿下が言葉を挟んでこられた。
「天文院からの話では、先方が今回の話に理解を示しているそうだけど、まずは会談の場を設けようということになっていて」
「その、お三方と?」
「そう」
なんでもないことのように仰る殿下に、俺は思わず真顔を返してしまった。そして、振り返って今回の探索班の陣容を見直し、妙に合点がいった。
「まぁ、向こうも変な気は起こさないでしょうが……」
「そう思うよ。互いにけん制し合う三勢力が、別勢力からの助けを受け入れようというんだ。集団を束ねるだけの度量は、十分にあると思う」
そうして言葉を交わしている間に、俺たちは管理所へと到着した。
ウェイドたち六人からすれば、門を使うなんてめったにないことだ。行き帰りの一セットが最初で最後になるかもしれない。彼らの内、とりわけ魔法使いの二人にとっては感無量といったところだろう。門を構成する金色のリングに目を輝かせている。
そうした客に微笑ましそうな笑みを向けた後、管理所の方は殿下に告げた。
「向こうに常駐の職員はいませんが、今回は臨時の職員を派遣した上で門をつなぎます。双方の行き来は実証済みです。また、万一に備えて、門の管理以外にも職員を配置しております。会談の場所までのご案内も、お任せいただければと」
「わかった。ありがとう」
「いえ。私たちも、この機に何か人の役に立てればと。いつも見送るばかりでしたので」
そう言って、お見送りをすることになる職員さんは、カなく笑った。そんな彼に、殿下が微笑みかけて仰る。
「待っていてくれるあなたも、この件の一員だよ。朗報を期待してほしい」
「はい。どうか、ご武運を」
そうして門が開き――俺たちは無法地帯とされる街へと転移した。
転移先の印象は、王都とさほど変わりはない。無機質で殺風景で、どの国の管理所もそんな感じだ。歓迎という感じがまるでない玄関だけど、むしろ安心感を覚える。
全員で門を通り抜け、後は天文院の方の案内で外へ。門の部屋も通路も、やはり他とほとんど変わりはない。それに、外の様子も同じだ。雪が降りしきり、一面が真っ白。
ただ、王都と大きく違うのは、人っ子一人で歩いていないことだ。管理所から出て街路が視界に入っても、出歩く人影は全く見当たらないし、なんなら雪かきもされていない。歩けないほど積もっているというわけじゃないけど、ちょっと難儀だ。
すると、案内係の方が俺たちに向かって言った。
「魔法は使えませんので、ご了承を」
「ああ、やっぱり」
自治領内で最大の街であるここは、ユリウスさんもかつての王都だと認めている。
もっとも、雪が白に染め上げているせいか、街には剣呑な雰囲気がまるでない。むしろ、みんな縮こまっているような空気感だ。
街路の脇を埋める石造りの建物は、ところどころ荒れている物が多く、その中で人々が息を潜めるように生きているようだ。窓越しにそれらしい人影を見ることはあっても、あまり頻繁ではない。他国の王太子と、そのお付きがぞろぞろやってきたというのに。
きっと、そういう話が回ってないだけなのだろうとは思うけど、関心の払われなさ、興味の持たれなさに、街と人々の生気のなさのようなものを感じてしまう。
そうして、殿下ご一行としては珍しくも注目されずに街路を進み、俺たちは会談があるという場所に着いた。街の中心部にある、立派なお屋敷だ。
ウェイドに言わせれば、ここは中立地帯の公共施設らしい。
「滅多にないことなんですけど、街全体で何か問題が起きた時に、三勢力のトップがここで話し合うとか」
「今日がまさにその時ってわけだ」
その屋敷の玄関で出迎えたのは、武骨な男性数名だった。簡単に言えば、カタギって感じじゃない。まぁ、冒険者もそんなもんだけど……彼らは俺たちよりもよほど、暴力の香りがある。日常的に、そういう場に身を晒している凄味というか。魔人や魔獣対手に戦い続けてきた俺たちとはまた違う、別の世界の住人だ。
そんな感じの彼らは、ぶっちゃけ、しっとりした恭しさとかそういうのはまったくない。しかしそれでも、俺たちに対して一定の敬意は払われているのがわかる。彼らは特に言葉を投げかけるでもなく、俺たちに深く頭を下げてきた。
そして、傷だらけの顔の男性が、俺たちに向かって口を開いた。
「とうぞ奥へ」
「わかった……連れを全員同行させたいけど、それは構わないかな?」
「そうしていただくようにと」
とりあえず、交渉抜きに全員参加で話を聞けそうだ。そうして俺たちは、
うらぶれた感じすらあった街路とは打って変わって、こっちは手入れが行き届いているというか、ちゃんとしたお屋敷だ。アイリスさんのアットホームな実家よりも、こちらの方がお屋敷感がある。赤地に黄色の刺繍が施された絨毯、柔らかな照明、白い壁。
そして――屋敷中にいる屈強な男たち。全員が中立無所属の人間ってわけでもないだろう。三勢力がそれぞれ出し合っている構成員なのではないかと思う。
ただ、にらみ合う勢力同士の人間が混ざっている割に、バチバチ来るような緊張は感じられない。そうした彼らの、静かな
そして、俺たちは会談の間の前に着いた。案内を務めた男性が、「こちらです」と殿下に伝え、殿下は「ありがとう」と仰った。
ただ、そうしてかけられたお言葉は、案内係の彼には意外に感じられたようだ。俺たちに対しても気の緩みや隙を一切見せなかった彼が、不意を打たれたようにキョトンとした顔つきに。そんな彼に、殿下が声をおかけになる。
「何か?」
「いえ……礼を言われるものとは、思っておりませんでしたので」
「処世術だよ」
冗談とも本気とも言い切れないお言葉をサラリと口にされると、案内係の彼は今回始めて表情を緩めた。殿下に対して好意的な印象を持ったのだろう。彼は改めて、大きく立派なドアの横につき、俺たち客人に対して頭を下げた。
顔や物腰こそ、華美な屋敷に不釣り合いな無骨そのものではある。しかし、俺たちを客と認めた彼の振る舞いと所作には、もはや違和感を覚えなくなった。
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