第624話 「棄てられし亡国の民①」
共和国での会議以降、フラウゼから探索要員を派遣し、他国の王都についても地下探索の手を伸ばしていくことになった。こうした動きが敵に刺激を与える懸念は当然あるものの、黙っているわけにもいかない。
それに、防御機構を運用するにあたり、データを採取したいという考えもある。各国で仕組みが違う可能性もあるし、だったら早めに動いて確かめようというわけだ。
また、会議においては次に狙われそうな都市を、マスキア王国王都セーヴェスと、スフェンディア王国王都ルプスと定めた。前者は国際協力の象徴、後者は魔法大国の王都だ。これら二都市の防御機構が復旧した際が、人類の出鼻をくじくという意味では格好の標的になり得る。
そのため、他の都市を先んじて探索し、何かしら新発見があれば、この二つの王都の防備に役立てようというわけだ。
こうした流れの中、俺はフラウゼから出て他国へ向かう探索班の一員として選出された。マナ感知系の罠や守備兵に強いからだ。
他のメンバーとしては、当然のことながらティナさん。ゴーレムへの対処にリムさんとセレナ。報告書関係でメル。中核部の操作にアーチェさん。
それから、アイリスさん。彼女は先の大戦のこともあって、ますます国際的に顔が利くようになっている。特に、指導層の方々や現場に立たれる貴族の方々に対して。そのため、今回の探索でも連携力強化のためにと抜擢された。
肝心の探索はというと、警戒していたほどのものではなかった。というのも、国が変わっても地下の作りに大きな違いがなかった。もちろん、細かな差異に足を取られまいと、類似性を覚えたところにこそ慎重を期して対応したけども。
ともあれ、技術面においては、いずれの国も当時は似たようなものだったのだろう。そういった技術的な均質性は、攻略法の波及においては好都合だった。
そこで、俺たち探索班は一国の王都を片付けたら次へと移り、後にした国については王都探索を共にした方々に託すこととした。そうしてそれぞれの国で探索経験者を増やしていき、それをさらに他都市へ普及させていこうというわけだ。
1月上旬から始まった一連の探索は、連日の敢行によって、月が終わる頃にはかなりの数の国にまで手が及ぶこととなった。
その間、敵方に目立った動きはない。天も地も、特に変化はない。もはや見飽きたと言っていいくらいの、寒々しい白さが周囲を覆うばかりだ。
そういう白さは、どこの国へ行ってもほとんど変わらなかった。本当に、星全体が敵の手に落ちつつあるのだと思う。誰もそんなことは口にしなかったし、周囲に諦めの空気はないけど、じわじわ締め上げられるような危機感を覚えずにはいられなかった。
☆
2月1日。探索については一時取りやめということで、今日は特に用事がない。
というのも、月も変わったことだし、もうそろそろ……という漠然とした予感があって、国際的にも今後の動きについては慎重になっているところだ。
他よりは攻略対象としての価値が高いと思われる、例の二都市については、防災・避難対応などを急いでいる。そうして、できる限りの用意を整えた上で、機を見て防御機構を復旧させようという流れだ。
もちろん、そういう話は国防関係者の一部の耳に入るところで止まっていて、民間にまでは降りていない。そうした事情を知らない宿のみなさんはというと、王都上空を覆う防御膜の存在に、安心と不安両方を抱いているようだ。
それでも、お先真っ暗にならないだけで十分だとは思う。それに、なんやかんやで、こんな中でもみなさんの仕事はきちんとある。朝食の後、みなさんは雪が降りしきる中、それぞれの職場へと出かけて行った。
そうして俺は、宿に残り、たまの休暇を静かに過ごすことに。こうして、みなさんも仕事ができているということを、ありがたく思った。
ただ……食堂で窓の外を眺めつつ、今後のことを考えてぼんやりしていると、不意に玄関のドアが叩かれた。リリノーラさんが急いでそちらへ向かい、俺も彼女についていった。いつもの流れだと、俺のお客さんである可能性が高い。だとしたら、こんな雪空の下で少しでも待たせるのも……と思ってのことだ。
そうして二人で入口の方へと向かい、リリノーラさんがドアを開ける。
すると、外には六人の少年少女がいた。身なりはそれなり。雪をかぶっている六人は、しかし、そんなことお構いなしといった感じの決然とした表情をしている。
そして、先頭の少年が俺に向かって口を開いた。
「リッツさん」
「久しぶり。元気そうで嬉しいよ」
「おかげさまで」
言葉を交わす俺たちを見回し、リリノーラさんは六人を中へ入れた。笑顔ではあるけど、少し困惑しているようだ。どういう関係かわからないのだろう。ただ、俺としても説明に困る。
というのも、アイリスさんが操られていた時、俺は彼らに遭って、内二人に被験者となってもらっていた。そういう間柄だからだ。
しかし、こうして再会できたことについては、妙な安堵を覚えた。彼らには、別れ際にそこそこまとまった資金を渡した記憶があるけど、それだけでうまくやっていけるだろうという確信はなかったからだ。俺が思っていたよりも、うまくやっていけているらしい。
適当にテーブルをつなげて六人で卓を囲むと、リリノーラさんがタオルをいくつも持ってやってきてくれた。それから、アツアツのお茶も。彼らが何者かわからないながらも、俺の客として扱ってもらえていることに感謝し、六人に隠れて俺は彼女に頭を下げた。
ただ、俺だけじゃなくてこの六人も、彼女にきちんと礼を言ったことに、俺は思わず笑ってしまった。ちゃんと礼を言えて、折り目正しくさえある。俺との初対面の時とはえらい違いだ。
そうして笑っている俺に、リーダーの格のウェイドが噛みつくような目を向けてくる。
「なんですか」
「いや、別に」
ちょっと気を悪くしている感じだけど、彼はすぐに矛を収めてくれた。何か用件があって来たのだろうけど、俺としては彼らのこれまでが気になった。リリノーラさんに加え、ルディウスさんまで卓にやってきた今、俺は少し言葉を探してから彼らに尋ねた。
「別れた後、どうなった?」
「それは……貸してもらった資金で装備を整えて、俺たちも仕事を」
「仕事?」
「……リッツさんみたいに、冒険者になろうと思って」
部外者がいるから、オブラートに包んでいる……ってわけでもないだろう。俺が追いはぎされかけたのも、生まれ育ちがそういう環境だからだと思う。この宿に姿を現してからの態度を見る限り、冒険者としてきちんとできているのだと感じた。
――というか、この王都には入れている時点で、それなりの権利を勝ち得たのだろう。それに気づいて少し嬉しくなった。
もっとも、彼らはそういう話をしにここまで来たわけじゃないだろう。借りを返しにきたというのも、違うようだ。
しかし、本題について、六人とも言いづらそうにしている。部外者のお二人の手前、遠慮があるのかもしれない。そこで俺は、もう少し別のことを尋ねてみた。
「俺がここに住んでるってことは、ギルドで人に聞いた?」
「あ~……えーっと、あの防御膜が現れて、ギルドからの報告書を見て、そこにリッツさんの名前があったから」
「ああ、そういう……」
今回の探索の報告書では、探索に関わった者の名前を、所属機関問わずに後方支援に至るまで列挙している。関わった個人の名誉というよりは、外部向けだ。これだけ多くの人間が、街の未来のために心を砕いているんですよ、と。
そうした中に、俺の名前を見つけて、ここまで訪ねてきたというわけだ。かわいらしいところがあると、少し微笑ましく思ったけど、用件はまさに、その探索がらみのようだ。覚悟を決めた様子の彼が、仲間たちに目配せした後、本題を切り出してくる。
「実は、折り入ってお願いが」
「どうぞ」
「……俺たちの故郷も、この王都ほどきれいじゃないけど、城壁はあるんだ。もしかしたら、ああいう防御膜だって、出し直せるかもしれない」
「故郷って言うと……」
「シュタッド自治領の、サヴェン」
隠しもせずに打ち明けられた名前に、宿のお二人は思わずといった感じで顔を見合わせた。
シュタッド自治領はフラウゼに隣接していて……実質的には、無法地帯に近い。いずれの国も領有権を主張しない、人間側でありながら捨てられた領域だ。なんせ、魔人が同胞を増やすため、人さらいにやってきていたような土地だ。
そうしたところからやってきた六人と知り、お二人は少し痛ましそうな顔になる。そこで俺は、ルディウスさんに尋ねた。
「何かこう、適当につまめるものでも、お願いできますか?」
「わかりました」
「いや、そんな」
ウェイドが遠慮してきたけど、俺は「長くなりそうだし、積もる話もあるだろ?」と言いくるめた。そうして、ルディウスさんが厨房へ、リリノーラさんもお茶の追加を淹れに向かった。
そうして軽く人払いした上で、俺は彼に聞き直す。
「それで……俺たちにも、故郷の防御膜を復旧させてもらいたいと」
「……はい」
「戻る気があるとか、そういうのじゃなくて?」
「そういうんじゃないです。うまく言えないけど……」
俺の問いに、彼が考え込んだ。言葉を選んでいるのか、それとも考えを、思いをまとめているのか。ややあって、彼は俺をまっすぐ見据えて言った。
「俺たちの……国とも呼べない故郷が、本当に棄てられたところなんだって、外に出てあらためて思い知りました。このまま放っておけば、誰にも助けられないままだと思います。俺たちは、それが嫌で……」
そうして、彼はうなだれた。
俺としては、安請け合いはできない。探索するとなれば、俺の一存で片づけられる問題じゃない。無法地帯とされる場所へ、有能な人士を連れていくことには、大きな問題があるだろう。政治的にも考慮すべきことは、いくらでもあるだろう。
しかし――その上で、聞き入れたい願いだと思った。できることなら、叶えてやりたい。今は人類が手を取り合っていく時代だ。ウィンストン卿の尽力で、魔人側とは協力し合わないまでも、相互不干渉という形で共存できている。
それなのに、それでも捨てられっぱなしの人々がいるなんて……あんまりだろう。
俺は少し考え込んでから、うなだれた彼の頭を少し荒っぽくなでてやった。後の五人にも。
そのあと俺は、宿のお二人に「ちょっと出かけます」といった。向こうからは普通にリリノーラさんの「は~い」という声が帰ってくるけど、六人は解せない感じだ。
「どこへ?」
「ちょっと相談しに、上司のところへ行ってくる」
すると、六人が哀願するような切ない視線を向けてきた。これで肩透かしに終わったら……さすがに悪いな。俺は正直に「あまり期待しないように」と告げ、宿を後にした。
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