第623話 「過去からの一撃③」

 一度昼食を挟み、午後も会議は続く。その後半戦は、議論の中核となるお方を一人増やしてのものとなった。


 会議が始まる前、ウィルさんは議場中央の台に、紫色の光を湛えたたたえた宝珠を置いた。俺にとっては見覚えのある品だ。予想が正しければ、天文院の総帥閣下その人本体ともいうべき宝珠だ。

 その予想に違うことなく、腕輪から響いた声はご当人のものだった。


「はじめまして。私は天文院を統括する者だ」


 その名乗りに、場内が大きくざわめく。閣下が仰る通り、初めてこの声を聞くという方は少なくないようだ。名前ぐらいでしか存在を認識されてない天文院の、そのトップがこうした場にいらっしゃる。大きな戸惑いが生じるのは当然のことだった。

 一方、あの大決戦の場に居合わせた方であれば、閣下のお声は耳にしているはずだ。あの、天からの一撃に先立つ形で、閣下が俺たちに声をかけてこられたのだから。

 そうした経緯から、閣下のお声を疑わない者も相応に多く、ご本人かどうかで議論が紛糾することはなかった。ざわめきの波もすぐに収まっていき、閣下が話を始められる。


「私はかつて人間だったが、肉体を失いながらも、このような形で精神を永らえていてね」

「……ということは、外連環エクスブレスのような通話ではなく、貴殿がまさにこの場に存するものと?」

「そのとおりだ」


 閣下のお言葉に、さらなる困惑の大波が生じた。静かになるまでほんの少しの時間を要し、再び閣下が言葉を続けられる。


「驚かすつもりはなかったが……私という存在を目にすれば、大師とやらの件についても、ありえる事象だと認められるのではないかと」

「大使なるものが、空と一体化したという説ですか」

「ああ。私見だが、確定はできないものの、十分に妥当性のある仮説だとは思う」


 閣下からの、奴についての言及に、議場は予想以上の落ち着きを以って応えた。

 空と一体化したという話も、結局は比喩的なものだ。どのように一体化を果たしたのか、メカニズムにまでは一切手が届いていない。

 ただ、世界中の空が奴の影響下にある――もしかすると、支配下とさえ言えるかもしれない。そうした認識は、確たる否定材料が出ない限り、もはや前提条件としておくべきだろう。そういう共通認識ができあがっているようだ。

 それから閣下は、別の話を切り出された。


「アル・シャーディーンを襲った攻撃について、我が方からの所見を。関与、ないし模倣されたと疑う声もあると思われるのでね」


 実際、天から降り注ぐ破滅的な攻撃という点は類似性があり、関連性を疑う声が出るのは無理からぬことだった。天文院が敵に回ったというのではなく、何か利用された、あるいは知識を盗まれたのではないかとも。

 再び小さくどよめく中、閣下は仰った。


「前提としていただきたいのは、今の世の歴史が始まる以前、ああいった攻撃は頻度こそ少ないものの、広く用いられるものではあったということだ。それが硬く封印され、やがてその知識が散逸した。私が使ったものは、かなり形を変えた再現に過ぎない」


 その後、閣下が『年明けの一撃の方が、過去に用いられた物に近いように思う』と続けられ、議場は騒然となった。


「それはつまり、あの攻撃を引き起こした者が、封じられたはずの魔法を知っていると?」

「正確にではないだろうが、かなり近いところまでの知識を有しているものと思われる。失われた時代そのものや、他の魔法についても同様だろう」


 それから閣下に代わって、ルーシア卿が言葉を続けられた。


「私が六星の一角を占めるよりも以前から、あの大師は六星の座にあったものと思われます。おそらく、聖女に並んで古い存在なのではないかと」

「では……その大師なる者は、歴史が断絶する当時から生きていたかもしれぬと?」

「その可能性が高いものと思われます」


 もちろん、ここまでの話に確証となるようなものはない。それに結局のところ、奴がこの一連の事象に関わっているとしても、その理解が事態の解決にすぐさま効果を発揮するわけじゃない。それでも、何かしらの解決につながる糸口の、細かなパーツになり得るのではないかと思う。


 会議においては、他にそれらしい仮説が出ることもなく、当面はそういう想定で動こうということになった。つまり……世界中で進む寒冷化、元日の一撃、大師の儀式。これらが全て関連する事象だという考えだ。

 目下の争点は、奴の意志があの空に反映されているとして、奴が次にどう動くかだ。一部の方から事実を明かされるだけだった流れから、言葉を交わして論ずる場にシフトし、議場が急に活気だつ。

 まず、真っ先にアル・シャーディーンを狙ったのは、あの国の国王陛下こそが人類最強に近い魔法使いだからだろう。一度打ち破ってしまえば、世界中の抵抗心や希望を打ちのめせると。わざわざ新年の儀に重ねて事を起こしたあたりも、示威効果を高めるための選択に思われる。

 では、次なる標的は?


 天からの攻撃が一つの都市に降り注いだ事実から、都市規模の物体であれば、空から視認できるものと思われる。それ以上の解像度があるかどうかは不明だ。

 それで……フラウゼで展開しつつある防御膜も、空からは見えているのではないだろうか。仮にそうだとした場合、フラウゼ王都が攻撃を受けなかったのは、なぜだろうか? 防御膜展開直後に攻撃を加え、守りを打ち破っていたのなら、俺たち人類は戦意を大きく失っただろう。

 そこで持ち上がった意見が、力を温存するためではないかというものだ。


「アル・シャーディーン王都の一件では、王都全体が完全な焦土とはなりませんでした。そこまでする必要を認めなかったと考えることもできますが……敵にも力の限界というものはあるのではないでしょうか」

「とすると、年初の一撃で多くの力を使ったがため、フラウゼへの攻撃は見送ったと?」

「おそらくは。半端な成果に終われば、我々の士気に利するものと思われますので」


 一方、別の意見も持ち上がった。意志ある者による攻撃だと、俺たちが認識するのを前提に、空の敵が揺さぶりをかけているのだと。


「次の標的がわからないとなれば、防御膜を展開すべきかどうかも迷わざるを得ません。力を蓄えられる前に防御機構を復活させるべきか? しかし、復旧した矢先に狙われるのではないか?」

「こうした判断と結果次第では、国家間での足並みが崩れる懸念も……それが狙いかもしれませぬ」


 しかし、こちらの出方に相手が合わせるのではなく、これと定めた攻撃対象がすでにあるのではないかという考えも出た。


「次は、マスキア王都では?」

「確かに。あの都市は国際的な協力関係の象徴でもあります。失陥すれば、心理的な影響は計り知れません」


 こうして会議では、次の標的になり得そうな都市、あるいは対象として選ぶための条件について意見が交わされていった。これらは憶測でしかないけど、なんの備えもないよりはマシだろう。議論の末に、何かしらの対策が見つかるか、そのキッカケを得られるかもしれない。

 それに……この場に集まる方々が、どこまで強い意志を持たれていらっしゃるかは定かではないけど、言葉が盛んに飛び交うこの状況は、希望と呼べるものに違いないと思う。

 ただ、次の標的が定まらない以外にも、懸念すべき大きな問題がある。標的についての議論が一段落したところで、総帥閣下へ問いかけの声が。


「総帥殿、少々よろしいでしょうか」

「どうぞ」

「フラウゼで展開されつつある防御膜ですが、往時にはどれほどの攻撃に耐えられる物だったのでしょうか?」


 すると、総帥閣下はお答えにならず、少しの間押し黙られた。議場に暗澹あんたんとした空気が立ち込める。そして、閣下はお答えになった。


「攻撃側と防御側、双方ともに昔とは大きく違う。だから断言はできない。一つ言えるのは、復活した防御膜は持続性に欠けるだろうということだ」

「それは、なにゆえに?」

「防御膜展開まではうまくいったのだろうが、マナの供給網については未整備だろうと思われる。現状の防御膜は、残存していたマナを用いているのに過ぎないのではないかと」

「つまり、撃たれ続ければ持ちこたえられないと?」

「その可能性はある。そもそも、都市規模の攻防を知る者が手を引いているのであれば、そのまま復旧させた程度の守りを崩す、何か別案を抱えていてもおかしくはない」


 つまり、俺たちのこうした動きまでは、敵の予測の範囲内かもしれないって話だ。ただ単に破滅的な火力をちらつかせてくるだけでも十分に脅威ながら、その上読み合いまで必要な相手だとすれば……。

 しかし、座が暗くなる前に、総帥閣下はなんともわざとらしい咳払いをなさった。


「私事で申し訳ないが、私は長年にわたって一人で天文院を統括してきてね。その時その時で、頼もしい部下に恵まれはしたものの、重要な意思決定は全て私自身で行ってきた。同格と呼べる仲間はなく、本当に孤独でね」


 しみじみと語るそのお言葉に、議場は静まり返った。この場に集まられた方々の多くは身につまされる部分もあるのではないかと思う。地位や責任がある方にとって、自分一人で事に向き合わなければならないこと、そうした中で孤独を感じることなんて、ままあるだろうから。

 きっと、立場のある方程、そういった悩みは深くお持ちだろう。その孤独の最果てに、総帥閣下がおられる。しかし、閣下は孤独さなんて感じさせないような、明るい語り口で言葉を続けられた。


「私たちは、それぞれが同志だ。知恵を出し合い手を取り合い、時には励まし合うことができる。空の奴には、それがない。この星を覆い尽くすほどの力を見せつけてもね。そこにこそ、打開の糸口はあると思う」

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