第621話 「過去からの一撃①」
1月12日、リーヴェルム共和国首都クリオグラス。
転移門を通じて久々にやってきたこの街は、窓の外が真っ白だった。いわゆる、ホワイトアウトって奴だろうか。思わずこの国の方々の生活が心配になってしまう。
しかし、雪に埋もれそうな勢いの外でも、この国からすればさほど珍しい事態ではないようだ。危機感はあっても、打ちひしがれるような絶望感はない。少なくとも、転移門から通路か続く、国政の中枢は。
気になるのは、この国で会議の場が設けられた理由だ。フラウゼにおいて、俺たちが太古の防御機構を復旧させていっているのは、この国も当然知っている。それとは別件で、何か話があるというそうだけど。
会議に呼ばれた面々も少し妙だ。俺の他には殿下とアイリスさん、宰相閣下とお付きの文官の方。軍からは将官の方が数名。探索がらみであれば、魔法関係の重役が呼ばれるところだろうけど、それがない。
こうした顔ぶれに、何とも言えない漠然とした引っ掛かりを覚えつつ、俺は案内されるままに通路を進んだ。
王制をやめて共和制へと移行したこの国では、議会こそが最大の権力と責任を有する、意思決定機構だ。そうした議会が執り行われる、首都の大講堂に、今日は招聘を受けた各国の方が参席しておられる。
さすがに、こういう場に招かれるのは、いつになってもなかなか慣れない。前よりはずいぶんと平静を保てるようになったとは思うけど。
今回の会議に参加されている方々は、面識のある方も意外と多くいらっしゃる。主に王侯員族の方々――というより、あの大決戦における、敵居城への突入部隊が、ほぼ全員勢ぞろいしているんじゃないか。その絡みで御呼ばれしたというのなら、俺がここにいるのも納得だ。
ただ……だとしたら、あの時の件で呼ばれる理由は何だろう。
こうした場が設けられることについて、不思議に思われている方は俺以外にもいらっしゃるのだろう。講堂を緊張感と小さなざわめきが満たす。
そうして開会を待つ中、講堂の中心に三名の方が歩んで行かれ、そのお姿に一層ざわめきが強まる。そのお三方には、俺も面識がある。
まず、アシュフォード侯爵閣下。閣下は共和国の方だし、重責のある立場のお方だから、こうした場にいらっしゃることに別段の驚きはない。講堂の中心におられても、閣下が今回の会議を招集なされたのだろうってぐらいの印象だ。
加えて、閣下はあの戦いでの突入部隊の一員でもある。やはり、あの件に関わるお話をされるのだろうか。
驚いたのは、後のお二方だ。俺の見間違いでなければ、ウィルさんがいらっしゃる。俺たちと同行しての登場ではないあたり、天文院の一員としての参加ではないかと直感した。
そして、見覚えのある方がもう一人。アイリスさんの一件で共和国に来た際、お目にかけたことがあるお方――ルーシア・ウィンストン卿がおられる。
卿がどういった存在であらせられるのか、この場にお集まりの方々がご存じでないわけがない。魔人の敗残者をとりまとめて治めておられる方が、こうした場に姿を現されたことに、講堂内がひりつくような緊張感に包まれる。
そうして場が静まり返ると、侯爵閣下が口を開かれた。
「昨今の情勢下、お集りの皆様方におかれましては、ご多忙極まる日々をお過ごしかと存じます。まずは、この会議に参加してくださりましたことに、厚く御礼申し上げます」
さすがに落ち着きがあり、堂々としていらっしゃる。淀みなく挨拶を済まされた閣下は、さっそく本題に入られた。
「昨秋より続く寒冷化と、年初にアル・シャーディーン王国を襲った攻撃につきまして、解決の糸口を探るべく、魔人の居城へと調査団を派遣しておりました」
ああ、そういえば……ウィルさんは地下探索ではなく、そっちの調査に参加するって話だった。調査団のリーダーは、あのアシュフォード侯とのこと。魔人側の統治者がルーシア卿ということで、この共和国が主体となって調査を行ったという事だろう。
ただ、肝心の調査内容については、まだ触れられない。その前にウィルさんが何かを懐から取り出し、講堂中央の台に乗せた。
それは、真っ二つに割れた、ただの酒瓶だ。下半分が台に立ち、上半分はバランスを保てず転がっている。ウィルさんは、「これは単なる市販品ですが」と前置きした。それらが何を意味するのか、俺のみならず多くの方々が困惑し、講堂にかすかなどよめきの波が広がる。
すると、ウィルさんはまた別の何かを懐から取り出した。それは腕輪で、彼が腕に着けて指を動かすと、誰の目にも見えるぐらい大きな青い
「首都魔法庁より借り受けましたこちらの腕輪は、城壁内での魔法陣記述を可能にします。こうした物品、及びこれからお見せする魔法については、どうかご内密に」
魔法を使えるようにする例の腕輪だけでも、知らない方にしてみれば、相当衝撃的な代物だろう。しかし、それすらも前座に過ぎないようだ。
これから、俺たちの前で何をしようというのだろう。強い緊迫感の中、俺はこの胸中に、場違いな好奇心も確かに感じた。
注目集まる中、彼は割れた酒瓶を中心に据え、魔法陣を記述した。遠くだからかもしれないけど、何を書いているのか全く分からない。
そして、あっという間にできあがったそれは、俺たちの目の前で信じられない効果を発揮した。割れた酒瓶が修復され、一本の酒瓶に戻っている。
強いざわめきに包まれながらも、ウィルさんは俺たちに向かって解説を始めた。
「この魔法は、物体を修復するのではなく、過去の姿を見せるというものです。禁呪ゆえ、あまり表に出せるものでもありませんので、事が済みましたら忘れていただきたいのですが」
そう言って彼が魔法を解くと、酒瓶は再び二つに割れた。音も立てずに二つになったあたり、ウィルさんの説明どおりだ。実体そのものには作用せず、見せかけだけが変わっている。
では、その魔法で次は何を見せようというのだろう?
思わず身構えて次を待っていると、今度は侯爵閣下が言葉を継がれた。
「実を申しますと、今回の調査については、かねてより懸念するものがありまして、私が提起いたしました」
そこで一度言葉を切られた閣下は、議場全体を一度見渡されてから、話を続けられた。
「かつて魔人の国を治めていた魔人六星。そのうちの一人が、こちらのルーシア・ウィンストン卿。また、フラウゼ王国の食客としてユリウス殿。この二名の除く四名は、昨夏の決戦において戦死しております」
しかし――「いえ、そう考えられていました」と閣下は言葉を結ばれた。
その言葉が意味するところに不安をかき立てられ、議場がにわかにざわつく。そんな中、俺は強い胸騒ぎを覚えた。
確かに、話に出た四人は倒されたはずだ。ただ……その死滅をこの目で確認していない奴が、一人いる。完全に砂となって果てるのを、誰も目視していない奴がただ一人。
あの時、状況証拠で大丈夫と考え、疑念を認識の奥に置き去りにしていた。その不手際を突き付けられたようで、俺は顔が青くなった。
思わず視線を伏せてしまうと、俺の耳に予感した通りの言葉が聞こえてきた。
「六星の内、大師なる者だけは、その絶命を確認できておりませんでした。城内決戦において追い詰められた彼の者が、城外へ転移した様子はございません。ですが……数々の策謀を担ったという彼の者が、最期に何かしらの行動を起こしていたのではないかと」
それから、長く感じられる苦しい時間が流れ、ついに閣下の口から調査報告が放たれた。
「結論から申し上げます。太師が死に際に駆け込んだと思われるのは、豪商なる者と交戦した大広間でした。そこで、過去を再現する例の禁呪を行使したところ……大師を対象として、何らかの儀式が行われたということが判明しました」
周囲のどよめきが遠くに聞こえるくらい、心臓の鼓動が強くなって、嫌な汗が噴き出る。
俺があの時ぶった切ってやったあの野郎が、今わの際にまた何かやりやがったのか。この会議が開かれた意味、話の流れから察するに――世界を覆うこの空に関係する、とんでもない何かを。
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