第620話 「地下探索は続く②」

 1月10日、夕方前。フラウゼ王国第三都市クリーガの大広場にて。

 王都からの距離がだいぶあるこの街も、やはりと言うべきか寒気に覆われた銀世界だ。街の方々も、やっぱり活力を失ったように、家にこもりがちになっている。

――いや、なっていたようだ、というべきか。都市の防御機構の復旧を目的とする、地下の攻略。それにかこつけた殿下のご来訪で、俺たちが到着した当初よりは往来が増したように見える。

 また、仕事仲間がサクラになって殿下と遊んでいたせいか、街の子どもたちもそれに混ざって雪合戦などをやっていたという話だ。今は子どもたちが遊び疲れたのか、広場の中央で焚き火を作り、円座になって何か話されているらしい。

 今回の地下探索に同行した方々は、そうした様子を細い目で眺めた。



 俺たちとしては三回目になる地下攻略は、コレまでの二回と大きく違う部分があった。かつて内戦を引き起こした、その中核での探索になるってことだ。

 もちろん、意趣返しやお礼参りされるってわけじゃない。統治者であらせられる現ロキシア公閣下は、西方最前線で殿下とともに戦われた仲で、ぶっちゃければ息がかかっていると言ってもいい。謀反の疑い等は上層部にも市井にもなく、王都とは概ね良好な関係を維持できている。

 何が問題かっていうと、この都市を守るための機能復旧にあたり、誰がその任を果たすのかってことだ。王都と距離が近い第二都市ではさほど問題にならず、「できれば全員ほしい」みたいなざっくばらんな要求が来たほどだけど、ここではそういうわけにもいかないだろう。

 そういうわけで両都市上層部で話し合ったところ、主としてクリーガの者、それも若手に攻略を担わせる。王都からの協力者は、あくまで知識や経験によるサポートに回るという決定が下された。クリーガ側の自立性と帰属意識、王都との協調のバランス取りを考慮した結果だろう。

 攻略法の普及という点で見れば、サポートに回るってのは悪い話じゃない。たかだか二回とはいえ、俺たちは経験者ではある。そんな俺たちとは違う未経験者の方々に、俺たちが作った攻略情報を片手に地下攻略に挑んでもらうってのは、大局的に見れば大きな一歩だ。


 そうした攻略の主軸になられたのが、クリーガ一帯に根を下ろしていらっしゃる貴族のお二方だ。もっと言えば、内戦の折に向かい合って切り結んだ仲でもある。

 久々にお会いするフィルさんとクリスさんは、いずれも元気そうだった。ただ、俺と再会するなり、お二人には目を丸くされてしまった。「貴殿の勇名は、こちらまで響いていますので」とのこと。内戦の時の栄誉に比べれば、最近得た名誉の方は素直に共有できてありがたい。

 今回の探索にお連れしたレティシアさんは、こちらのお二人との再会を果たして本当に嬉しそうだった。おそらく、彼女がもっと小さい頃から、まるで兄や姉のように可愛がってもらっていたんだろう。



 殿下のお姿と周囲の様子を遠目に眺めつつ、俺は今日一日のことをぼんやり思い出していた。するとそこへ、フィルさんが声をかけてくる。


「どうしました?」

「いえ、今日のことを思い出してまして。うまくいって何よりでした」

「おかげさまで」


 こちらのフィルさんは伯爵家の方で、言うまでもないことだけど、俺よりも家柄が確かな方でいらっしゃる。しかし、俺に対する態度に圧みたいなものはまったくなく、それこそアイリスさんやレティシアさんみたいな感じだ。

 フィルさんばかりでなく、クリスさんも俺たち全員に対してそういう感じだから、今回の探索においてはギクシャクするところがまったくなく、コミュニケーションも円滑だった。お二人が気さくに声をかけてくださっていたから、他のクリーガの方々も気が楽になったのかなと思う。

 そうして一日を振り返るムードになり、まずはメルが口を開いた。


「特に目新しいものはありませんでしたから、国内の他都市であれば、同じやり方が通用しそうですね」

「私も同じ読みですわ」


 指摘を入れたメルにティナさんが同調すると、感心のどよめきが生じた。記者として手広くやっているだけあり、こういう見立てはさすがだ。

 実際、彼の言う通りで、二都市分の攻略マニュアルから大きく外れるような敵も仕掛けも、今回は遭遇することがなかった。クリーガの方にとっては、事前情報通りの物が出てきて、一安心って感じだったようだ。

 一方で経験者の俺たちはというと……クリーガの方々の心配を煽るまいと、コソコソ隠れて話し合ったもんだ。「見せ掛けだけ似てて、実は違ってたらどうしよう」と。結局はそれも杞憂だったわけだけど。


 攻略においては、封印をどのように解除するかというのも大きい。最深部の仕掛けは、まだまだアーチェさんに動かしてもらう必要がある。しかし……今回同行した、この街の魔法庁職員に視線を向け、ティナさんが笑顔で言った。


「私がいなくても、どうにかなりそうですわね」

「えっ、いえそんな……居て下さるだけでも、とても心強くて。居なかったらと思うと」

「大丈夫、一度開ければ度胸がつくものですわ」

「空き巣か何かッスか?」


 ティナさんの後に仕事仲間が朗らかに続けると、ちょっとした笑いが起きた。

 今日の仕事で、ティナさんは監修担当だった。実際に手を動かす解錠担当は、魔法庁職員。扉などの封印解除においては、色選器カラーセレクタが前提になるということで、手っ取り早く魔法庁から使い手を見繕ったという格好だ。

 今後、攻略法を波及させていくとなると、こうして魔法庁に関与してもらうのが好都合でもある。手順の規格化等については手慣れたものがあるだろうし、探索終了後の管理においても、施錠・解錠を魔法庁に管轄してもらえればいい。

 こうして人の手に解錠を任せられるようになったティナさんだけど、これからもやることはまだまだある。というか、これからこそが本番かもしれない。彼女は「世界が待ってますわ~」と明るい口調で言った。そこへ、セレナが言葉を続ける。


「他の国へお邪魔して……王都から手を付ける、という感じでしょうか?」

「どうでしょう、政治的に色々あるとは思いますわ。ただ、王都を守りたいという考えは強いでしょうし、だとすれば他国からの手を招き入れるのも、やぶさかではないでしょう」


 問に答えたティナさんは、その後にっこり笑って「これからもよろしくお願いしますわね」と言った。


「わ、私が、ですか!?」

「だって、マナを使えない状況では、あなたが最先鋒ですもの」

「確かに」


 ティナさんに続いてハルトルージュ伯が認められ、セレナは逃げ場を失った。

 実際、マナを使えない状況下では、かといってすぐさま接近戦を仕掛けられるものでもない。というか、マナを使える状況においても、彼女の弓術は大きな助けになった。ゴーレムという魔道具は、マナのボルトに対して機敏に反応するものの、実体を伴う矢に対しては愚鈍だ。

 とはいえ、素材的には極めて頑健にできている。そんなゴーレムに弓矢で有効打を与え得るのは、彼女の技量あってのことだろう。

 セレナは、自分の扱いについては謙遜してみせるけど、自分の技を疑いはしない。地下攻略という場で、ティナさんという第一人者に高く評価されているという事実に、彼女は戸惑いつつも、まんざらでもなさそうな感じになっていった。

 そうして話は、今後の展開についてのものへと移行した。つまるところ、ティナさん率いる調査団に、セレナ以外の誰が入るかってことだ。そこで、ハルトルージュ伯が、少し残念そうに仰った。


「私はここまでだろう」

「閣下は……そうですね、仰せの通りかと。他国の都市深部へ、殿下が出向かれることもないでしょうし」

「ああ。そもそも、王都を離れる事自体、役職上は少し無理があるものだったのでな」


 たぶん、今後他の国へ地下探索に出向くことになっても、殿下がご一緒するってことはないだろう。その国の王族でしか開けられない仕掛けになっているだろうし。そうなると、宮中護衛の任にある閣下も、ご一緒するわけにはいかない。今の状況も、宮中を「殿下のお傍」とする拡大解釈あってのものだし。


 では、誰が他国へ行くことになるだろう? ただ、話し合いが盛り上がるよりも前に、俺たちは殿下の御前についた。すかさず「楽にしていいよ」との声を賜り、続いて「お疲れ様」とねぎらいのお言葉が。

 殿下とともに焚き火を囲うのは、仕事仲間数人と、この街の人々。若年層主体って感じで、小さな子も多い。そういう年下世代は、俺たちに向かってランランとした目を向けてきた。

 ああ……この子たちは何かこう、俺たちのことを吹き込まれたのかもしれない。いや、単に頭上の様子に強い衝撃を受け、やり遂げた俺たちに感銘を受けているんだろうか。

 それから殿下は、俺たちに問いかけてこられた。


「ここまで何か話しながら来ていたようだけど、反省会かな?」

「いえ、この先他国へも、同様に探索の手を伸ばすのではないか。だとしたら、誰が調査団に加わるのかと」

「なるほど。勤勉で助かるよ。その件については、とりあえず、ここまでの報告書をまとめてからになるかな」


 ただ、話はそこで終わらないようだ。殿下は少し表情を引き締められ、口を開かれる。


「君たちが地下にいる間、王都から一報が入ってね。火急の件ではないし、君たちの気が散るのもと考えて、すぐには伝えないでおいたけど」

「ご深慮痛み入ります。その一報というのは?」

「他国から招聘の声がかかった。詳細は聞かされていないけど、リーヴェルム共和国首都で二日後に会議。呼ばれた相手から察するに、地下探索とは別件だと思う。ただ、そちらの会議の都合もあるから、探索については情報をまとめる段階へ移行しようか。再び実働に入るのは、会議の結果を待ってからがいいと思う」

「心得ました」


 殿下のご提案は理にかなったもので、否定の声は上がらない。もっとも、国や関係機関からも、正式にそういう司令が下されることだろうけど。

 しかし、一体何についての会議なんだろう。声をかけてきたのは、連合軍本部があったマスキアではなく、リーヴェルム。何か引っかかるものを俺は覚えた。


 というか――こっちでもこれだけ雪が降る中、あの国は大丈夫なんだろうか?

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