第619話 「地下探索は続く」

 俺たちが地下探索に成功したということ、そして防御膜が出現したという事実は、国の上層部の方々への大きな励みとなったのかもしれない。あるいは、尻をけ飛ばされるような弾みか。

 ともあれ、今後の動きを決める会議の流れは速く、その日の夕方の内に次なる探索の段取りがついた。昼食から店を変えることもなく、そのまま夕食まで取る流れとなった中、国からの連絡係の方が会議について教えてくださった。


「現時点での報告書を以って、第二都市アルセールにて探索準備を開始します。地下探索は明日決行、行き詰まるようであれば、応援を要請するとのことです」

「いえ、最初からあちらに向かう方が、よろしいのでは?」


 声を上げたのは、そうした応援に向かう可能性が高いティナさんだった。連日の探索になることから、上の方が気を遣われているのかもしれないけど、彼女の考えは違う。思わぬ申し出だったのか、少し狼狽ろうばいを見せる文官の方に、彼女は考えを述べていく。


「たった一か所の探索では、他都市に波及させるための情報として、普遍性に欠けますわ。であれば、最初から探索にご一緒すべきかと。もちろん、それ以外にお役目を与えようというお考えがあるのであれば、それに従うまでですが」

「いえ、そこまでは……休養も兼ねて、待機をと」

「休養というのはありがたい話ですが……私は地下に潜っている時の方が、元気が出てくる性質たちですので」


 冗談交じりに笑顔でそういう彼女だけど、それが割とマジなのは、探索をともにした俺たちなら疑いようもないことだ。エリーさんも、食事に舌鼓を打ちつつ「わかる~」といった顔でしきりにうなずいている。

――こうして見ると、俺の知り合いの女性陣は、仕事の虫が多いな。シエラもエスターさんも、シルヴィアさんもそうだし。

 それはさておき、ティナさんがこうして名乗りを上げたことは、国にとってもアルセールにとっても大きいだろう。文官の方が「早速持ち帰って、上に諮ります」と意気のある声で答えたところ、メルが口を挟んだ。


「よろしければ、僕もご一緒しても? 他の探索も統合した上で報告書を仕上げた方が、情報の精度が増すと思います。それに、僕は向こうのギルドにも顔が効きますし」


 これまた心強い増援の名乗りに、文官の方は「では」と応じ、そこでメルが俺に問いかけてきた。


「リッツさんもどうです?」

「俺も?」


「いえ、こちらに用事があれば、それを優先していただければと思いますけど、そうでなければ。リッツさんの名前は、あちらでも通用しますし」


 アルセールへ行ったことは、仕事で何回かって程度だけど……功績関係で名前が知れ渡っていることだろう。特に同業者の間では。俺の参加が士気高揚につながるのであれば、光栄なことだ。

 そこでメルの提案に応諾し、再び文官の方が「では……」と言いかけたところ、今度はハルトルージュ伯が声を上げられた。


「少し、よろしいか」

「はっ、はい。なんなりと」

「報告書がすでに向こうに渡っていると聞いたが、探索に参加した人員のリストも向こうに送ればよいのではないか? その上で、必要な人員について、遠慮なく向こうから名を挙げてもらえれば」


 確かに、向こうの実情に照らして声をかけてもらった方が、効率は良いだろう。文官の方にとっても、そういう仕事の運び方はやりやすいようで、早速とばかりに上の方と連絡を取り始めた。

 そこで、それまで静かにしていたウィンが、口を開いた。


「閣下」

「何か?」

「先ほど″遠慮なく″と仰せでしたが、建前ではなく、本当に字義通り捉えてもらうべきと?」

「私はその考えだ。何においても、まずは探索の成功を第一に置くべきだろう」


 すると、この会話が耳に入ったのか、文官の方は例の「遠慮なく」について言及を始めた。その様を見て、閣下が表情を綻ばせられる。そこへメルが一言。


「向こうの解釈次第ですが……本気で遠慮されなければ、殿下とまたご一緒する流れになるかもしれませんね」



 翌日夕方。アルセールの居酒屋にて。この都市の地下探索も成功裏に終わり、俺たちは報告書に向きあいつつも、満ち足りた空気に包まれていた。


 結局のところ、この街の統治者層は、この都市の安全について極めて真摯に考えておいでだった。王都の地下探索に関わった人員を、希望に応じて貸し出すという打診に対し、この都市の指導層は「可能ならば全員」という簡潔な要求で答えた。王侯貴族構わずに、だ。

 実際、王族でしか解けない仕掛けもあるかもしれず、要求として妥当性を欠くというものではない。二つ目でいきなり頓挫しても、今後の障りになるだろうし。人心の慰撫という意味合いもあるだろう。

 それに、攻略してきた側としても、最初の攻略方法が他でも通用するか否か、大いに気にかかるところではあった。援軍要請は、むしろ望むところ。


 そんな中でも懸念はいくらかあった。自分たちの街を守るための探索を、王都からの出向者に頼ることへの心情的な抵抗感があるのではないかということだ。

 もっとも、そこらへんは殿下や貴族のお二人の存在感、そして俺たち近衛部隊のネームバリューがうまく働いた。アルセールから探索に関わる方々は、大いに奮起してやる気を見せつつも、俺たちには相応の敬意を向けてくださった。非戦闘員がエリート揃いってことで、そちらへの敬服の念もあったことだろう。


 肝心の探索については、王都のものと大体似たようなゴーレムが現れた。大きな違いは、こちらが魔法を使えるようになっているということ。防御魔法を使えるというのが想像以上に大きく、王都の時ほどの慎重さを要する戦いにはならなかった。

 また、仕掛けの方も、そこまで凄まじいのはなかった。侵入者を魔力の矢マナボルトで撃退する通路はあったものの、攻撃の密度はさほどでもない。そこで試しに、ボルトを発する壁を板で封じて処理するという、工兵的な案を採用したところ、これがうまくいってしまった。

 また、王族による解除が必須の仕掛けもなかった。概ね、探索の難度は低下したという印象だ。それでも、ティナさんじゃないとなかなか解けない魔法陣の封印がいくつかあり、解除法の普及はやはり必須といったところ。


 地下最深部にある装置についても、王都のと同じようなものがあった。これも、アーチェさん抜きで動かせるようにする必要はあるだろう。

 ただ、彼女によれば、そういう考えはすでに動き出しているようだ。少し嬉しそうというか、安らいだ感じの彼女が言うには――


「私に代わる、起動用の鍵となる魔道具を仕立てようというお話が。数日中に試作版を作るとのことで」

「なるほど。それも属人化を避けようという取り組みの一環になりますわね」


 ティナさんの指摘はもっともで、地下の仕組みを動かすために、その都度アーチェさんを駆り出すわけにもいかない。

……というか、殿下のご意向として、そういうのは避けたいだろう。彼女の代行として魔道具がその役を担うのであれば、水平展開でも好都合だ。攻略情報と一緒に、その魔道具の設計図を送り付けてやればいい。

 その攻略マニュアルについては、王都と似通った仕掛けの登場によって、攻略法の普遍性が少し強まった感がある。


 そこで、酒の席になりつつある場の勢いも手伝い、次なる攻略対象の話が不意に持ち上がった。第三都市、クリーガだ。

 ただ、すでに過ぎた件とはいえ謀反の中心となった都市だけに、心情的なしこりはいまだにある。その名が口の端に上ると、今でも少し場の空気が湿る。そんな中、殿下が口を開かれた。


「向こうの希望があるかどうかはわからないけど、私は行くつもりだよ」

「でしたら……殿下には、外でお待ちいただいた方がよろしいのでは?」


 殿下のお言葉は、きっと慰労や士気高揚のためのものだろう。そう思って口にした俺の言葉に、殿下は少し苦笑いなされた。


「そうだね。父上の真似をするようで、少しこう……いや、何でもない」

「では、街の子どもと遊ばれるのがよろしいかと」

「ああ、それはいいね」


 俺の提案に、殿下は案外乗り気でいらっしゃる。この遊びが文字通りのものに留まらないとは、この場のみんなも察しがついているようで、提案に否の声は上がらなかった。というか……


「俺もご一緒して構いませんか?」

「じゃ、私も……」

「……いいけどさ。終わったら混ぜてくれよ」


 調子のいい連中の発言を認めてやると、二人は「マジで~!?」「さっすが、隊長!話が早い!」と喜んだ。殿下としても、遊び相手がいるのは好ましいようで、二人に笑顔で「よろしくね」と仰った。

 この調子なら、後でレティシアさんの同行も打診した方がいいかな。

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