第615話 「王都最深へ⑤」
無事を祝ってくれるのは嬉しいけど、ここの攻略という事ではまだまだ途中だ。みんなもそれは理解しているようで、程なくして興奮は去っていき、少し静かになってからエリーさんが動いた。通路に向かって
しかし、ようやく獲物が来たと言わんばかりに、通路の魔法陣が光球へ襲い掛かる。幾重もの集中砲火に、エリーさんの懸命の操作も
向こう側からは残念そうな声が。そこでエリーさんは、俺に少し大きめの声で呼びかけてきた。
「そちらの壁際に背をつけてください。
「わかりました」
おそらく、記送術を使うのだろう。あれは魔法庁管轄だから、エリーさんが使いこなせても不思議はない。
言われるままに背をつけて待つと、彼女はその矢を放った。普通の矢に比べると少し遅い。それでも、光球に比べれば十分に速く、矢の嵐を抜けきったそれは、俺の目の前で矢という外装を解き放った。
そして、外装を失い、内に秘められた魔法陣が展開されて光球へと変じる。ちょうど俺の目の前で、だ。異刻でも使ってんのかと思うくらい絶妙なコントロールだ。
彼女の腕前に感嘆しつつ、俺は自分の仕事に取り掛かった。やってきた光源を頼りに周囲を見てみると、ティナさんの話通り、それらしい魔法陣が見えた。複数の色からなる魔法陣で、ここまでの攻略で何度も見たような模様が用いられている。たぶん、これだろう。
「見つけました」と声を上げると、少し興奮気味のどよめきの中、ティナさんからの指示が。
「形だけでも書き留めていただけませんか?」
「色はいいんですか?」
「大雑把にでも補記をしてもらえれば」
そこで俺は、彼女の指示に従って、魔法陣の模写を始めた。なんだか助手になった気分だ。俺の緊張を緩めようというお気遣いからか、彼女は明るい声でアドバイスも。
「内側から仕掛けを解除できるようにする場合、魔法陣は容易に解ける作りでしょう。そこまで気を張って書き写さなくても大丈夫ですわ」
「わかりました」
……とは言われても、適切な手の抜き方まではわからない。結局、お気持ちだけありがたく頂戴し、できる限りのことをやった。
そうして模写が終わったところで、あちらへメモを手渡すことに。ただ、歩いて帰れなくもないけど、そういう気がしない。万一の恐れがあるのか、殿下もご無体なことは仰らなかった。
そこで、代わりの手として、セレナに一つ手を貸してもらうことに。向こう側で何か細工をしているのが見えた後、彼女が弓を構えた。それから、殿下のご指示が飛んで来る。
「先を丸めた矢が飛ぶから、当たらないようにそのままで」
「かしこまりました」
そのお言葉通り、セレナが放った矢はゆるやかな放物線軌道を描き、俺から少し離れたところに着弾して軽く跳ねた。
こうして危なげなくやってきた矢は、先端が布でくるまれていて、尻には紐が括りつけてある。その紐は、あちら側にも続く大きな輪の一部だ。
これで何をしようというのか、すぐにわかった。この紐に手持ちの袋を括りつけ、紐を手繰って回していけば、ベルトコンベアみたいにやり取りできるって寸法だ。実際、そのようなご指示が来て、俺はさっそくメモを袋に入れて向こうへ送った。
そして、俺が
幸いにして、ティナさんからの返事は早く、口調も明るいものだった。つまり――
「これなら問題ありません。容易に解除できますわ」
「それは何よりです」
で、問題はここからだ。誰がこの魔法陣を解除するか? 向こう側で討議が始まる。
ただ、ある程度話は決まっていたようで、こちらへ指示が来るまでさほどかからなかった。
「リッツ、君が解除するんだ」
「だろうとは思いました」
「話が早いね」
人の気を知ってか知らずか、殿下が快活な口調で仰る。あまり気張らせまいとのご配慮なのだろう。ティナさんも、まるで布石みたいに「問題ない仕掛け」と口にしていたことだし……。
実のところ、ティナさん以外でも仕掛けを解除できるようにするってのは、この地下攻略の目的の一つでもある。なんせ、この王都以外にも攻略対象がいくらでもある中で、全てにティナさんを駆り出すわけにもいかない。
そこで、メルが担当する攻略マニュアルの中に、ティナさんがいなくてもできるようにと解除術が盛り込まれるのは必然であり……俺がその試金石になるってわけだ。
肝心の開け方については、俺が用意したメモにティナさんが加筆をしてくださる。それと、解除に当たって必要な例の腕輪が、メモと一緒にこちらへ流れてくることに。
ティナさんの加筆の方は、思っていたよりも早くに終わった。本当に簡単に解除できる仕組みなんだろうか。彼女の加筆よりも、俺側の力量に色々な懸念を抱いてしまう。
それから俺は、足元の紐を手繰り寄せ、必要な物品を手にした。手袋を外して腕輪を装着し、メモを片手に魔法陣へ向き直る。
魔法陣の解除に当たっては、色とりどりのそれぞれの層に対し、
ティナさんによる解説は簡潔で、解除していく順番と、しくじった際の対処法について手短に書かれている。もっとも、ミスっても
どうも、侵入者による手あたり次第を防ぐための罠であって、ここの正式な利用者のちょっとしたミスを
メモと魔法陣を交互に身ながら、俺は一つずつ魔法陣の層を解いていった。仕掛けの詳細まではわからないながらも、事が確実に前進している実感だけはある。
そうして、奇妙な感覚に囚われながらも、俺は向けられた期待通りに魔法陣の解除を終えた。
こちらの魔法陣が統御側らしく、こっちから床や天井に延びていくマナの線が消えてなくなると、八角の通路を埋める魔法陣も、その光を失った。みんながいる側が、歓喜の声に満ちる。
しかし、念のためにやるべきことはある。俺は試しに光球を作り出し、通路の方へと飛ばしてみた。しかし、いくら近づけても、迎撃用の魔法陣が起動する気配はない。寝たフリってわけでもなく、本当に機能停止したようだ。
それでもやはり、用心には用心をということで、まずは例の腕輪を向こうへ返した。
そうして帰ってきた腕輪をつけ、一行で一番守りが硬いエリーさんが通路を歩いてみることに。何かあった場合、彼女なら……ってわけだ。
結局、その何かが起きるということもなく、彼女は通路を渡り切って俺と合流を果たした。床や壁が放つぼんやりとした光の中、彼女は俺に「お疲れ様でした」と
それから、今度はティナさんがこちらに来て、さっそく制御用の魔法陣を確認に入った。どうも、俺のメモは過不足なかったらしい。解き方も指示通りに適切だったと、笑顔で教えてもらえた。
ホッと胸を撫で下ろす俺に、ティナさんはにこやかに「弟子入りなさいません?」と問いかけてくる。冗談かリップサービスか、あるいはマジなのか……少し考えてから、「検討します」と返すと、彼女は「色よい返事をお待ちしておりますわ」と言った。割とマジっぽいな。
ティナさんの確認も済んだところで、みんなも鎮静化した通路を歩いてきて、ようやく全員合流となった。再び隊列を組み直し、通路の先を進んでいく。
すると、通路の突き当りに大きな扉と、その一面を覆う魔法陣の姿が見えた。おそらくは、また魔法陣による封印なのだろう。しかし、これまで見てきたものとは一味違うそれの登場に、場の緊張が高まる。
今度の封印は、赤一色だった。多様な色からなる封印ではない。奥まった場所で待つ扉と、刻まれた色が持つ意味合いが、この先にある物の重要性を物語るように思われる。
また、魔法陣に刻まれた文字は、この場の多くにとって見慣れない物だった。考古学に通じているティナさんでも、なんとなくの憶測でしかわからないらしい。
そんな中、アーチェさんは真剣な表情で声を発した。
「殿下」
「何かな」
「こちらの扉には、フラウゼ王家による封が施されています。あの魔法陣に、ただ殿下のお手からマナを伸ばしていただければ、封は解けます」
「なるほど」
マナを出すだけであれば、例の腕輪も不要だ。さっそくといった感じで手を差し出された殿下は……少し止まられ、ティナさんやエリーさんに向かって口を開かれた。
「私の番だけ、何だか簡単な仕掛けだね」
ちょっとした冗談交じりな発言に、声を向けられた二人ばかりでなく、みんなも顔を綻ばせる。そうして少し緊張がほぐれたところで、殿下は赤いマナを伸ばされた。
すると、扉に刻まれた魔法陣は、新たに注がれた赤いマナに反応するように輝きを増し……その後すぐに光を失った。今や扉に刻まれたマナの通り道が残るだけだ。
これで封印は解けた。そして、おそらくは最深部に近い。もしかすると、すぐ向こうがそうなのかもしれない。
推測として、この先に王侯を脅かすようなものはないだろう……って話だけど、もはやここまで来ると、「念のために」の精神がみんなにも染みついている。前衛担当の五人が扉に張り付き、射撃要員が距離を取ってカバー。何が出てきても大丈夫なように構える。
そうして配置を整えたところで、エリーさんが慎重に動き……扉を開けた。
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