第613話 「王都最深へ③」
思いのほかあっけなく、初戦は片付いた。それからも、ティナさんの技で魔法の錠を開けつつ、俺たちは通路の先を進んでいき、その都度出くわす番兵たちと交戦していった。
待ち受けるゴーレムの機種は、予想以上に多様だ。とはいえ、大きく差があるというわけでもなく、微妙に違うマイナーチェンジ的な物が大半。たとえば、腕の剣が大きく曲がった曲剣になっていたり、かと思えば両手からマナの
大雑把に言えば、倒してきた連中はほぼ同系統だ。しかし、実際に戦う側としては、十分に厄介ではある。こちらからのマナの銃はあまり効果がないと思われる中、どうしても接近戦要員の剣に頼らざるを得ない。
そんな中でセレナ以外の射撃要員にできることと言えば、マナの流れを掻き乱すように威嚇して、相手の判断を邪魔するぐらいだ。
ただ、戦力の中心である接近戦要員四人のうち、お二人が大変高貴な血筋を引かれる貴族の方だ。だからといって、必要以上に手厚くお守りしようとすれば、お二人は複雑な心境になられることだろうけど……ともあれ、見守る立場としては、あの四人の実力を知っていてもなお、気を揉むばかりであった。
さすがに、相手の出方が微妙に変わりつつの連戦ともなると、歴戦の四人も相応に消耗する。
それでも、ごく軽微な負傷に留めているあたりはさすがというか……お互いの戦いぶりに奮起し、エンジンがかかってきたような様子さえある。自分が最初に目立った負傷をするまいと、闘志を高めているような感じだ。
ただ……何戦か続けて対処が終わったところで、遺跡の守りの傾向が大きく変わった。
いつもの流れで、自分の家の戸でも開けるようにティナさんが魔法の封印を解くと、目の前にこれまでとはだいぶ様子が違う通路が現れた。
これまでの通路は、壁と床と天井で四角形になっている。つまり、色々な守備兵や魔法の封印を備えていても、通路の形状は普通だった。
しかし、今度のは様子が全く違う。先に続く通路は、これまでの普通の通路よりは広いスペースが取られていて、八角形になっている。床と天井が普通にあって、側壁にそれぞれ三辺使っている感じだ。
そうした八つの面に囲まれた通路で、
薄暗い通路の中、静かに淡い光を
とりあえずは様子見ということで、探索班全員が少し八角の通路から下がり、エリーさんが
そうして光球が、通路の中を侵犯するや否や、敷き詰められた魔法陣たちが一斉に反応を見せた。それまでよりも一層、青い輝きを増していく。ただ、それ以上の反応はない。
そこで、もう少し光球を進めていくと、魔法陣が″動いた″。壁から魔法陣が少し起き上がり、光球へと狙いを定めて青い矢が放たれる。八方からの矢を受け、光球は一瞬でマナの霞となって散った。セントリーガンを思わせる防衛機構だ。
また、光球を突き抜けていった矢は、壁に対しては無害なようだ。衝撃音ではなく、軽い蒸発音のようなものを立てて矢がマナへと還り、それが壁面に飲まれていったように見えた。
撃たせっぱなしの自滅を狙うのは時間の無駄のように思われる。メルも同じところに着目していたのか、「同士討ちは無理そうですね」とつぶやいた。
ここまで戦闘続きだった中での、この仕掛けに、仲間たちからは唸り声が。
それからも何発か光球を飛ばしてみたり、
まず、銃口が向けられる射角には限度がある。入り口から奥まで各列で10個以上は並んでいるようだけど、1つの標的に対しては、各列でせいぜい3個までの対応となっている。1列で3個、1面2列で計6個、8面合計で48個。この中に身を晒した場合、最大でこれだけの矢をさばかなければならないってわけだ。
この攻勢をしのぎ切るのは、人間技では無理だろう。さすがのエリーさんも、苦笑いで「無理ですね」とのことだ。
他に明らかになった仕様として、魔法陣の反応速度は中々のものがある。通路にマナの矢を放り込んでみたところ、その矢を迎撃できなかったものの、それぞれの魔法陣は反応をして射撃を繰り出してきた。走り抜けるってのは、絶対にやめた方がいいだろう。
しかし、死角らしい死角もない。それなりの柔軟さを以って射角を調整できる魔法陣が、互いにカバーし合っている。
そんな中でも一つ、希望を持てそうな事実としては、ここの魔法陣もこれまでの守備兵同様にマナを感知して反応をしているようだという点だ。中へ投げ込まれた、何の変哲もない布袋に対しては、魔法陣たちが反応を示すことはなかった。マナ封入済みの
とりあえずで手を付けてみた検証は以上。ここまでの様子見を踏まえた後、ティナさんが考察を口にする。
「こちら側から、あの仕掛けを解除する仕組みは、どうやらなさそうですわ。おそらく、遠隔で操作するための何かがあったのでしょうね」
「しかし、王家にはそういった物品について、話が伝わっていない」
殿下が言葉を継がれると、今度は傍らのアーチェさんが、残念そうにうなずいた。
「私も、実際の対処法までは……」
「いえ、大丈夫ですわ。この程度の仕掛けも乗り越えなれない者に、この都市の命運を委ねたくはないという、故人の挑戦状でしょう。であれば、乗り切るまでですわ」
朗々とした調子でティナさんが語ると、アーチェさんの顔を覆っていた曇りも、だいぶ晴れたように見える。ここまで、歴史の暗がりから、多くのものを白日の元に晒してきた女傑の言うことだ。アーチェさんにとってはすごく心強い言葉だったのだろう。他のみんなも、気力を注入されたように見える。
ただ……さしものティナさんも、すぐに解答を出せるような関門ではない。彼女は腕を組んで先を見つめながら、つぶやくように言った。
「やはり、マナの検知がカギですわね。ごまかせれば、なんとか……なりませんかしら?」
「いっそ、鎧や盾でがっちり固めて、被弾前提で進むってのは?」
仲間の一人が、シンプルながらもイケそうな案を提案した。ただ、エリーさん的には少し微妙かもしれないとのことだ。
「一つ一つの魔法陣が大きめに作られています。一発当たりの威力は、私たちが普通手書きで用いる魔力の矢を、明らかに上回るものと思われます」
「ってことは、やっぱりだめですか?」
「いえ、とりあえずやってみるべきですね。解答がシンプルな方が、今後の波及には便利でしょう」
そして幸いなことに、相手の火力を測るのにちょうどいい武具は、ここまでの通路にいくらでも転がっている。切り伏せてきた鎧の一つをここまで担ぎ込み、それを通路に差し入れることに。鎧自体にマナが付帯しているおかげで、魔法陣たちもきちんと狙ってくれることだろう。
さっそく、少し戻って調達した鎧を床に置き、棒で通路の向こうへ押していく。
すると、こちらの見立て通り、魔法陣たちは鎧に集中砲火を浴びせ始めた。金属を激しく打ち付ける甲高い打撃音が、けたたましく鳴り響いて、八角の通路を満たす。
そして……攻撃の衝撃を受け、鎧は舞い踊り始めた。手で持ってくるのにはそれなりに重かった鎧が、360度包み込むような攻撃の嵐に弄ばれている。その跳ね回りようといったら、まるでピンボールみたいだ。
さすがにこれでは、収拾がつかないということで、あらかじめ鎧に括りつけておいた紐で回収することとなった。
そうして鎧を引き戻してやり、俺たちは絶句した。
それでも、あの攻撃に晒されてなお、破壊されない即席の盾は調達できないこともないだろうけど……それに身を守ってもらうとして、どうやって前に進むのかという問題は残る。
別の案として出たのは、鉄板などで魔法陣を覆ってしまうという案だ。工兵的な手口というか。これもこれで見込みがありそうな策ではあるけど、施工中に事故ると目も当てられない。
そこで、これらの案は一度保留し、マナ探知をごまかそうということで話を進めることになった。要は、人間よりも優先して狙ってもらえる標的を用意してやればいい。そいつが狙われている間に、どうにかってわけだ。
しかし……ここまでの鎧連中と、この魔法陣への対処はまったく異なるものとなるだろう。
これまでの戦闘でも、マナを探知していると
ただし、そういう誘導ができていたのは、エリーさんが
簡単に言えば、鎧たちは一番大きく見えるマナの持ち主を優先して攻撃していた。そういう仕組みじゃないと、光球一つでかく乱されかねないから、当然の仕様だろう。
おそらく、今回の魔法陣も同様の仕組みで、標的を選定していると思われる。
問題は……あの鎧と違って、今回の集中砲火は、エリーさんでもさばききれないってことだ。この通路に人間を送り込みたいものの、そいつに代わる何かを標的に差し出さねばならず、しかし、これまでみたいにエリーさんを囮にというのは難しい。向こう側へ駆け抜ける前に、本命か囮のいずれか、あるいは両方がやられておしまいだろう。
撃たれても平気な何か、それも人間と見間違えるほどのマナを持つ物……そんなのがあれば、囮としてはベストだ。
しかし、そんなものがあるかどうか……考察の言葉が途絶えて重い沈黙が場を満たす。すると、殿下が俺に向かって問いかけてこられた。
「何か案はあるかな?」
「あるにはありますが……検証は必要ですね」
「ああ、やっぱり」
殿下は俺に期待をかけてくださっていたようで、俺の返答に対して満足そうな笑みを浮かべられた。お気が早いとは思うけど、こういうところで頼られることが嬉しくもある。戦闘要員としての活躍がない以上、こういう仕掛けの攻略で手を尽くさなければ、単なる同行者で終わってしまう。
そこで俺は、工廠のみんなに、必要な装備の有無を尋ねた。ただ、だいぶ昔に使ったきりで、この探索に同行する雑事部とは別部署管理の品でもある。
結局、戻って確認してみなければ、という話になった。そのため、ホウキをかっ飛ばして、その品を確認してもらうことに。
たぶん、まだ保存してあるとは思う。でも、もしかしたら希望の品が見つからないかもしれない。そう思って、変に期待はさせまいと、俺はみんなに詳細は伏せておいたけど……逆に変に気を持たせてしまってるみたいだ。気のいい連中が「もったいつけやがって~」と笑っている。
そういうつもりではないんだけど……でもまぁ、ただ待つだけの時間を楽しんでくれてるみたいだし、気を持たせるのもいいか。
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