第612話 「王都最深へ②」

 四体の守備兵との初戦は、セレナの手であっさりを幕を下ろす形となった。拍子抜けというよりは、彼女の技量が想像以上だったというべきか。

 いずれの鎧も動かなくなったものの、完全に機能停止したかどうかについては、なんとも言えないところがある。同行するリムさんの話では、どこかに操る本体があるようには感じられないとのことだけど。

 そこで、地に伏す鎧に対し、近づいて様子を見ることに。向かうのは接近戦担当ということで、ハリー、ウィン、アイリスさん、ハルトルージュ伯の四人。そして魔法担当のエリーさん。

 魔法を使えるのは一人だけ、しかし全員相当な実力者だ。彼ら五人を射撃要員がサポートするという構えを取り、最終的な処理に向かう。


 射撃の構えができたところで、五人が慎重に動き出した。広間へ立ち入ると、体がままならない苛立ちを示すように、鎧たちが身じろぎを始める。

 そして、顔になる部分は床に向いたまま、鎧たちは侵入者へ右手からの射撃を試みた。狙いは正確で、入り込んだ五人の足元へマナのボルトが迫る。おそらく、マナによる感知だろう。目で見ずとも狙いはつけられる、と。

 ただ、下肢の動きが大きく制限されている中、鎧たちが狙いを定めるのには若干の不都合があった。構えに至るまでの隙が大きく、そのような攻撃の直撃を許す五人でもない。軽く跳ね跳んで避けるなり、剣で打ち払ってさばくなり。

 しかし、近づいていくとなると、少し問題ではある。対応のための時間は、より少なくなることだろう。待ち受けている障害は、彼らだけではないかもしれない。


 そこでエリーさんは「私が囮になれるか、試してみましょう」言った。言うが早いか、彼女が多層化した防御魔法に身を包むと、鎧たちは明らかに彼女に引きつけられているようだ。床を這うように動くそれぞれの右手が、これ見よがしにマナの守りを固めるエリーさんに向く。

 そして、集中砲火が放たれた。目論見通りに攻撃を引き寄せた彼女は、今度は床からわずかに浮き上がった。空歩エアロステップだ。相手の射角から、通路への流れ弾がないと踏んだのだろう。彼女の足元をすり抜け、矢が広間の壁に当たってマナの閃光に。

 それから彼女は、敵の腕の可動域を試すように、少しずつ高度を上げて矢を撃たせ続けた。案外腕は自由に動くようで、倒れたままの格好でも、鎧たちは宙に浮く彼女への攻撃を継続できている。


 ただ、上が安全圏となりそうにはないものの、彼女が囮になれているというのは好材料だ。

 そして、高さへの対応を相手に迫っている今、陸から近寄っても、相手がそちらに狙いをつけるにはそれなりのタイムラグがあるだろう。

 そこで、接近戦の担当の四人は、広間の壁をつたって回り込んでいく。それに気を取られた様子の鎧はなく、依然としてエリーさんに矢が向かい続ける。

 目論見通りの展開ではあるけど、接近戦の四人は、俺たちがいる通路という拠点から離れていってもいる。もしかしたらという可能性をみんなも感じているのだろうか。壁をマナの矢が撃ち付ける炸裂音が響く中、場を強い緊張感が満たしていく。


 やがて、四人の剣士がそれぞれ配置につくと、彼らは一斉に飛び出す構えをとった。そして――。

 四本の矢が放たれたその時、四人はそれぞれの鎧めがけて駆け出した。それとほぼ同時に、エリーさんが青い薄霧ペールミストをいくつか展開。彼女の周囲にたちまち、青い雲が立ち込める。

 その狙いは、俺にはなんとなく察しが付いた。各方から近寄る脅威とは別に、依然として大きく濃いマナを湛える敵が、前方上方に控えている。それらの脅威を勘案したのだろうか、鎧たちは結局それまで通りの標的を狙うことを選んだようで、上に向いた腕はそのままだ。

 ただ……こうしたエリーさんの気の利かせ方は、あの四人には過剰な念のためであったのかもしれない。射撃間隔を突くように襲いかかる四人の動きは、まさに電光石火だ。あっという間に距離を詰めていく。

 そして、それぞれが剣で鎧の右腕の関節を一閃。エリーさんに狙いをつけたはずの右腕から、矢を放つことかなわず、青いマナが無為に霧散していく。


 すると、鎧は床を転がるように身を動かし、小手と一体化した左腕の剣を振り回した。最期の抵抗ってところだろうか。自由にならないながらも、精一杯の斬撃の狙いはそれなりに正確で……四人はしっかりと剣で受けた。

 足を奪われ飛び道具も失った今、鎧たちの抵抗は、無生物でありながら必死で健気にも映るものだった。あるいは、四人の危なげない冷静な戦いぶりが、なおさら判官びいきみたいな感情を呼び起こしたのかもしれない。

 結局、四人にかすり傷つけることすら叶わず、鎧たちは剣となった左腕、そして両脚までも切断された。四肢をもがれた鎧たちは、もはや一切の身動きもできなくなり、ここに沈黙することとなった。


 この先を思えば温存したくもあった中、この勝利は理想的だ。矢面に立っていたエリーさんも、結局は多層化した守りの半分もやられていない。

 しかし、場が歓喜で沸き立つ中、今これから仕事に取り掛かるという人員もいる。まずはリムさんが広間の五人に近づき、その勇姿を称えつつも鎧の傍らに膝をついた。

 それから、彼女は鎧に手を伸ばした。こういうことは手慣れているのか、手際よく留め具を外して、鎧の内部をさらけ出していく。その鎧の中央、背の辺りには、青色に輝く魔法陣の姿が。

 すると、魔法に詳しい面々が、鎧のもとへと歩み寄っていく。最初にメル、それからエリーさんにティナさん、そして同行する工廠の連中。俺もついでに様子をうかがうことに。

 こうしてギャラリーが増えたところで、リムさんは魔法陣を眺めつつ考察を口にした。


「おそらくは、自律する魔道具形式のゴーレムと思われます。行動範囲は広間内に制限されているようですね」

「再現とか、できそうですか?」


 ごく自然な調子で口にした工廠職員に、リムさんは少し悩む様子を見せた。彼の質問は、単なる好奇心から出たものというわけではなく、聞いてみれば実利的なものだった。


「再現すれば、理解につながると思うんですよ。そうすれば、他の都市地下攻略にも役立つんじゃないかと」

「なるほど、それは興味ありますね!」


 彼の指摘にはメルが明るい口調で賛意を示した。いわゆるリバースエンジニアリング的なことを考えているのだろう。発掘品を扱い、それを現代に蘇らせる仕事もこなす、まさに工廠の一員としての観点だ。

 ただ、リムさんに言わせれば、それは難しいとのことだ。


「魔法陣の形式的に、そこまで理解し難いというものはないのですが……」

「別のところに、何か問題があるんですね」

「おそらく、素材が……」


 彼女が答えると、工廠の連中が声を揃えて「あ~」と悔しそうにうめいた。

 どうも、魔法陣は理解できても、現代の素材技術が追いついていないらしい。ソフトウェアの必須要件を、ハード側が満たせないとでも言うか。こういうことは、工廠的にはままあることらしい。

 そうして技術者たちが盛り上がる中、メルを中心に反省会も始まった。戦闘の小休止も兼ねて、今後の他の都市攻略にも役立てようと、攻略情報を練り上げるわけだ。しかし……。


「セレナさん前提の攻略になっちゃいますね、コレ!」

「そ、そんなことは……何か別の手段で、相手の足を奪えれば」


 まぁ、よそにはよそで、優秀な誰かがいらっしゃることだろうけど……セレナのおかげで楽できたというのは、この場の全員が認めるところだ。実際に鎧の鎮圧に向かった五人も、彼女の才腕には惜しみない賞賛を贈っている。

 それで、だいぶ照れくさそうになっているセレナのことは、ひとまずさておき、攻略における別の面を考察することに。そこでメルはエリーさんに指摘をいれた。


「最後の方で薄霧を使ってましたが、アレは狙いを引き寄せるためですよね?」

「ええ。相手がマナを感知するというのなら、“私”を彼らの目に大きく映してみようと思って」

「リッツさんも、前にそういう事やってましたね」

「実際、その時のことを参考に、ね」


 しかし、それがなんのことやら、当事者のはずの俺はすぐには思い至らなかった。少し考え込んでしまう俺に、エリーさんは微笑んで「私は解説席で見てましたよ」と言い、そこでようやく何の話か理解した。

 あれは、アル・シャーディーンからナーシアス殿下を筆頭とする使節の方々がお越しになった頃のことだ。闘技場でそれとは知らされず、殿下と戦う羽目になった際、俺は薄霧を使って自分を大きく見せ、マナを見ていると思われる殿下の目をごまかした。

 持ち出されたのが結構昔の件で、少し驚いてしまったけど、エリーさん的には結構印象に残っていたようだ。観戦していて面白かったし、参考になる部分も多かったとかで。負けた勝負について、数年越しに褒められているようで、恥ずかしさはあるものの嬉しくもある。

 攻略情報をかき集めるメルとしても、このマナによる偽装は、かなり使えそうなネタに映ったようだ。ティナさんの嗅覚も、それを後押しする。二人は顔を突き合わせて何事か話し合い、それから殿下を呼んでまた密談。

 そして話がまとまったのか、殿下はこの場にいる工廠のみんなに、案を打ち明けられた。


「マナに引き寄せられると思われる守備兵をかく乱するため、それ専用の品をあつらえてもらえればと思うんだ。ただ単に、大量のマナを貯蔵して持ち運べるだけの装備を」

「つまり、水たまリングポンドリングを強化したような品ということでしょうか?」

「そんなところだね。蓄えたマナを、後で使用できなくなってもいい。そういうのは、作れないかな?」


 殿下直々のご提案――二人の入れ知恵はある――だけに、工廠の面々の表情は硬く、しかし強い緊張の中に高揚感が見え隠れする。大プロジェクトのための、専用品をあつらえるのだから、彼らにとっては心躍るような仕事だろう。

 ややあって、代表の一人が口を開いた。


「今回の探索には間に合いそうもなく、その点は誠に……」

「いや、そこまで無理は言わないよ。他の探索で役に立てればというぐらいの認識で」

「でしたら……三日もありましたら、試作版ができ上がるかと」


 思っていたより早い。俺が抱いた感想は、殿下も同様と思われる。


「そんなに早く?」

「いえ、あくまで試作版ですから……本当に標的が引きつけられるのか、検証する必要はあるものと思われます。試作と検証を重ね、完成度を上げていく過程がありますから、使える物に仕上がるまでには、相応の時間はいただかなければと」

「ああ、それで構わない。帰ったら詳細を詰めることとしよう」


 殿下の快いご返答に、工廠のみんなは胸をなでおろした。それから、殿下がお考えを口にされた。


「ここまでの探索は……結局の所、特定の秀でた人員の手に拠っている部分が大きいと思ってね。もちろん、こうした遺構を地下に備える都市であれば、相応の人材を抱えているものと思うけど……あまり人に依存すべきではないとも思う。地下攻略の普遍性を担保するため、属人化を避けたいんだ」


 さすがに、国の上の方に立たれる方は、考えることが違う。特定の誰かに頼らず、誰にでも地下攻略できるようにしよう――そう考えた場合、解決策を魔道具に求めるのは道理ではある。

 殿下のお考えに触れ、工廠のみんなは深く感銘を受けたようだ。言葉もなく感じ入った様子でいる。

 そして、殿下の言葉に強く反応するお方が、もう一人。目を閉じてしきりにうなずくティナさんは、まさに属人化の極みというべき方だ。彼女のそんな反応を見て、なんとも言えない空気が広がっていく。

 彼女の技を魔道具で代行しようってのは……まぁ、近いうちには無理なんじゃないかな。

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