第611話 「王都最深へ①」
未踏区画への進入を前に、俺たちは階段の上がどこに続くか、それを確かめることに。仲間の一人が、ホウキを使って上へと上がっていく。
そうしてたどり着いた頂上は、移動距離から察するに地表と同じぐらいだという。外に続くと思われる扉には魔法的封印が施されておらず、それどころか鍵もかかっていない。
ただ、開けようと力を入れても、びくともしないようだ。そんな報を耳にし、ティナさんが考察を口にする。
「城に続く通路と考えれば、納得できますわね。向こうから開けられるようにしつつ、こちらからは侵入できないようにしてあるのでしょう」
「なるほど。問題は、開けるべきかどうかということだけど……どう思う?」
殿下がハルトルージュ伯にお尋ねになった。閣下は宮中護衛役であらせられる。こういう判断を求められるべき立場だろう。だいぶ悩まれた後、閣下は仰った。
「開通させるべきかと。下に続くはずの防衛機構中枢へ、城から遠回りを余儀なくされるようでは、喫緊時の対応に障るものと」
「私も同じ考えだよ。実際、どこに通じるか明らかにした上で、国としての審議にかけよう」
というわけで、まずはここをどうにか開通させることに。しかし、こちら側から開かないことを考えると、上には床板が張ってあるのかもしれない。あるいは、何かの置物か。
さて、どうするか。誰かを上に遣わした上で、こちら側から音などを発して見つけてもらうという案が出たものの、場所のアタリをつけるまでが大変そうだ。本当に城へ通じるのなら、あまり騒がせたくはないという面もある。
そこでアイリスさんが、「私に考えが」と切り出した。少し思うところあるのか、何やらためらいがちだけど。
「こちら側で
「なるほど、妙案ですわね」
確かに、見つけてもらうまで音を出し続けるよりは効果的だ。しかし問題もあって、それこそがアイリスさんがためらっていた理由だろう。
それは、透圏を誰がやるのかってことだ。自然と場の視線がエリーさんに向く。すると、彼女は口を開いた。
「私も使えます。ですが……」
「精度の問題かな?」
「はい。私よりもアイリス嬢の方が適任でしょう」
殿下のご質問に、エリーさんはこともなげに認めた。実際、連合軍として動いていた時だって、透圏の使い手としてはアイリスさんが随一だった。あのエリーさんが認めたということで、素直な感嘆の目がアイリスさんへ。彼女は少し照れ臭そうだけど、例の腕輪を受け取ると、表情が引き締まっていく。
そこで、透圏担当はアイリスさん、腕輪の監督責任ということでエリーさんが傍に。この二人が階段頂上付近で控えて、上の様子をうかがうことになった。
では、誰を地上に遣わせるかだけど……ここでハルトルージュ伯が名乗りを上げられた。少し驚いた様子の殿下、それ以上に驚きと戸惑いを示す俺たち平民を前に、閣下が口を開かれる。
「国から信任を受けた人員とはいえ、城の敷地内でうろついていては問題がありましょう。それに、これも私のお役目に関わる事項でございますれば」
閣下のお言葉に殿下は納得なされたようだけど、俺たちとしては貴族の方をお遣いに出すようで、正直ためらわれるものがある。たとえご本人が提案なさった、理に適うものであっても。
そこで、せめてもの手助けにと、仲間の一人がホウキを駆って閣下の足となることに。時短の意味合いもあって、閣下は申し出を快く受け入れられた。
☆
アイリスさんの提案はうまくいった。事を始めてから十数分程度で、この階段がどこへつながるかが発覚した。上に向かわれた閣下の報により、階段は王城内の倉庫につながっているとのこと。また、それらしきところには、大きな酒樽と棚が乗っかっているらしい。
そこで、城側で人手を確保し、障害物をどかしてみることに。果たして、下に続く扉が見つかり、王城と地下構造の開通が果たされた。
たた、道がどこへつながるか、判明したのはいいものの、このままにしておくわけにはいかない。
この対応には宰相閣下が動かれた。ハルトルージュ伯や、城内警備の方々とも協力し、まずは倉庫から物資を別の倉庫へ運び出された。当面は、この倉庫は使用禁止で、衛視の方を詰めさせるとのこと。
上へのルート開拓に並行し、階段全体の補修作業も進行している。ホウキで見て回ったところ、すでに破損している部分は見受けられなかったらしい。後はじっくり強度を確かめ、今後の行き来を見越して補強していくことに。
そうして、ここまでの道のりの足場固めが進んでいく中、合流を果たした俺たち探索班は、再度次への道に向き直った。直近に不穏な気配はなく、うっすら白い光を放つ通路が見えるだけ。
しかし、ここまでとは雰囲気が明らかに違う。高まる緊張にみんな身構え、隊列を組みなおす。魔法を使えて、しかも防御系に練達しているエリーさんを先頭、両脇にはハリーとウィンを白兵戦要員として配置。
そのすぐ後ろは、罠や仕掛けを見抜くためにと、エリーさんに守られる形でティナさん。その両脇は、アイリスさんとハルトルージュ伯。後にはセレナを筆頭とする射撃要員が続き、殿下とアーチェさんは最後尾。
ここまで何一つ戦闘がなかったけど、この先はそういうわけにもいかないだろう。そのための配置を整え、淡い光の通路を、俺たちはゆっくりと歩いていく。
どうも、最初の通路は単なる入り口的なもののようだ。本当に何もなく、奥には早々に下への階段があったという程度。階段部分も通路と同様に、無機質で滑らかな素材からできている。
これらの素材は、明らかに今も生産されているような素材ではない。違う歴史の産物といったところだ。無言で階段を下りていくと、少し高く乾いた音が小さく反響する。
そうして階段を下り切り、現れたのは魔法による封印だ。「特に怪しいところはありませんわね」と言いつつ、何でもないことのようにティナさんが魔法の鍵を開けていく。
しかし、軽くやって見せているようでも、彼女以外には開けられない。当たり前に開けてしまう彼女の技量には、本当に圧倒されるばかりだ。
アーチェさんも、思わず口にしてしまったのだろう。「すごい……」と彼女が言うと、ティナさんはニッコリ笑って「これで食べてますもの」と答えた。
そんな彼女の職人芸は、未知の領域に踏み込もうという俺たちの緊張を、程よい興奮とやる気に転化した。大昔の遺跡にも通用するほどの、その道の専門家がこちらについている。だったら、俺たちもそれに応えようと。
彼女に開けてもらった道を進んで行くと、そういう”俺たち向け”の障害がようやく現れた。中の人がいない鎧が、通路の先のちょっとした広間に四体。
彼らは、ずっとここを守り続けてきたのだろう。通路や広間に荒れたところがないのを見ると、俺たちが最初の客か。互いに視線が通る状況ながら、向こうに動き出す意思はなさそうだ。
そこで試しに、エリーさんが
すると、鎧たちが機敏に動き出した。光球からいくらか距離を保ちつつ、それぞれが回り込むように動き、左腕は小手と一体化した剣を構え、右の小手からは青いマナの矢が放たれる。矢が狙う先は光球だ。四方から撃たれた光球は、その場であえなく四散。
また、矢が一本こちらへの流れ弾となって襲い掛かった。しかし、それをまともに受ける前衛ではない。エリーさんは瞬時にして
「やるな」と、逆サイドのウィンが嬉しそうに一言。守ってもらえたエリーさんも、笑顔を見せている。
ただ、こっから先を進むとなると……どうしたものかと、悩ましい空気が広がる。
相手は広間に入り込んだマナに反応するようだ。そこで試しに、射撃部隊からの
通路からあちらを狙うという状況下では、こちらからの射線がどうしても限定される。そのため、彼らの機敏さも相まって、一斉射撃でも有効な戦果には至らなかった。
逆に、矢を撃たれた方角へ反応しているのか、鎧たちはこちらへ撃ち返してきた。もっとも、それらの矢は前衛三人の手であっさりとさばかれたわけだけど。ともあれ、マナの撃ち合いでは、どうにも……といったところ。
そこで白羽の矢が立ったのは、もはや国が誇ると言っても過言ではないほどの、弓の達人だ。大勢による無言の期待と信頼を受け、セレナの顔に緊張が満ちる。
しかし、それも弓を持つまでの間のことだ。一度弓を手にして構えだすと、表情が研ぎ澄まされたものになっていく。
ただ、彼女は何か思い出したのか、急にハッとした様子になって声を上げた。
「あ、あの……鎧は生け捕らなければならないとか、そういった話は?」
ああ、言われてみれば……発掘品としてみれば、相当な価値はあるだろう。
とはいえ、それに拘泥する状況でもない。発掘品に興味を持ちそうな面々は結構多いけど、誰も生け捕りを切望はしなかった。そうした雰囲気を統合し、殿下が断を下される。
「できれば嬉しいなというところだね。でも、気にすることはないよ。どうか、君のやりやすいように」
「はっ、はい! 仰せのままに!」
どうも、俺たちが慣れきってしまってるってのもあるけど、セレナの殿下に対する受け答えには、どこか不慣れで微笑ましいところがある。
そんな彼女は、再び弓を構えて矢をつがえ始めた。もはや精神統一を乱すものは何もなく、普段よりも大人びた精悍な顔は、ただ標的だけを見つめている。
そして――風切り音を立てて、第一矢が放たれた。
向こうの反応は、鈍い。無抵抗というわけではないけど、マナの侵入に対する反応に比べればあいまいなもので、無生物ながらも戸惑いを見せているような感じだ。狙われなかった鎧は、気持ち下がって回り込みつつ静観。狙われた鎧は、とりあえず動いてみるかといったところ。
それでも、最低限の回避行動にはなっていて、第一矢は外れた。広間の床を水切りみたいに跳ねていく。
しかし、一発撃ってすぐに、彼女はもう一本用意していた。鎧が回避する先を見通したと思われる追撃は、鎧の左の膝関節にある継ぎ目に見事的中。矢は金属を無理にこすり合わせるような甲高い音を立て、関節の向こう側に滑り込んだ。
追撃を回避のステップに合わせたことで、撃たれた膝には過大な負荷がかかったのだろう。矢の勢いも重なり、膝が逆方向に折れ曲がる。あまりの痛々しさに、仲間内からは「ウッ」と言った感じのうめき声が。
そんな声をよそに、一度獲物を定めたセレナは、さらなる追撃にかかった。初めて見る標的ながらも、その習性を察しているかのように、彼女は無事な右膝も狙い撃ち。
鎧はどうにか力づくで動こうとするも、すでに左膝が機能しない上、彼女の狙いの前にはあまりに無力だ。両膝が撃たれてバランスを一層崩していく。
鎧が前のめりになって、ついには倒れていくというところで、無慈悲な最期の一矢が襲い掛かった。鎧と兜の隙間を潜り抜けるように、矢が飛来して″呑まれていく″。額あたりから入った矢が、のどを超えてさらに奥へ。
そうして鎧の奥へ侵入を果たした矢は、最終的に甲高い衝撃音を放った。鎧の内から放たれた音が、内部にこもって残響する。入りきらなかった矢の後ろ部分は、倒れ込んでいく鎧に巻き込まれ、音を立てて千切れ飛んだ。
鎧内部へ入り込んだ矢は、背の方に突き抜けるということがなかった。おそらく、普通に当てたところで効果は期待できない、相当堅固な素材でできているのだろう。
しかし、関節部狙いであれば話は別だ。無比の狙いで三本の矢を受け、鎧は完全に沈黙したように見える。三発目で、中の何かを射抜いてしまったのかもしれない。
そして、最後の一矢の残響が少しずつ収まっていき、代わりに仲間たちの歓喜の声が湧き出す。すげえもの見させてもらったという感じだ。
中には青ざめている奴もいる。中の人がいたら……あるいは自分の身に置き換えて、イメージしてしまってるのだろうか。
そんな中、アーチェさんは驚きのあまり目を白黒させて固まっている。そこで、殿下が彼女にお尋ねになった。
「昔は、こういう弓矢は、あまり使われなかった?」
「い、いえ……使われていました。ですが、魔法を使えない者の武器ということで、かなり軽んじられていました」
昔は魔法至上主義みたいな感じだったんだろう。まぁ、過去の社会がどうであれ……この控えめな女の子は、大昔の守護者を腕前一つで黙らせちまったわけだけど。
称賛と感動の渦の中、セレナはかなり恥ずかしそうになって、「まだ三体いますから」と口走った。それが、「まだ敵がいますよ」ではなく、「全部私の獲物」みたいに受け取られたのは場の流れというもので……。
結局、程なくして全ての鎧が、彼女の矢の前に伏せることなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます