第610話 「王都地下水路探索④」
下への階段を埋め尽くすスライムの登場に、俺たちは一時停止を余儀なくされた。
まずは上につながる階段を……という意見も出たものの、そちらに何かトラップがあれば、スライムとの相互作用で何かあるかも――そんな懸念を抱いたティナさんの指摘で、まずはスライムをどうにか取り除くことに。
しかし、手持ちの攻撃手段を用いても、とてもじゃないけどコイツは攻略できそうにない。
まず、
ならば魔法で……となるわけだけど、核を射貫けそうな
というのも、光球の光が届かない先にコイツの核があると思われ、狙いはあてずっぽにならざるを得ないからだ。この広い吹き抜けの中央を狙って当たるほど、安直な仕掛けでもないだろう。
手当たり次第というのは、消耗を考えると後回しだ。もう少しスマートな手口を考えようという流れになり、俺はどうにかできないものかと考えを巡らせた。
カギになるのは、やはり心徹の矢だ。スライムの核を射貫けば倒せるというのは、前にも経験がある。
核の場所がわかれば、それに越したことはない。一つ思い当たるのは、殿下の魔法。確か
それで……今回それを用いるには、標的があまりにも大きすぎるとのこと。あの時の竜も相当な大物ではあったけど、今回の相手は敵というより設備クラスだ。「私の手では、なんとも……」と、殿下は申し訳なさそうに仰った。変に恥をかかせてしまったのかもしれない。
弱点を見抜く術がないとなると……やっぱり、闇雲にぶっ放すしかないか。
しかし、考えながら柔らかな障害を眺めていると、仲間たちの一部がホウキ片手にして、スライムの上で飛び跳ね始めた。「一度やってみたかった」とのことだ。気持ちはわかる。急にスライムがいなくなった時を考慮し、ホウキを持っているあたりは慎重だ。
殿下も、福利厚生的なご判断からか、こうしたお遊びをお認めになられた。それでも遠慮があるのか、慎ましく控えめに遊ぶ仲間たちを横目に、俺は攻略法を考え……エリーさんに声をかけた。
「例の装備ですが」
「貸しましょうか?」
望んだとおりの言葉ではあるけども、予想はしていなかった。あっさりとご提案いただけたことで、逆に少し戸惑ってしまう。
この水路探索に先立ち、俺は魔法庁の監督下で、王都内でも魔法を使えるかどうか模索していた。
そこでわかったのは、抜け穴の少なさだ。一応、外部で記述した魔法陣を、王都の中に持ち込むことはできる。これは王都襲撃の際にもわかっていたことだ。利便性には欠ける。
また、魔人との決戦の際、マナを吸われる闇の中でも、俺は魔法を使うことに成功していた。あの時の手口を流用できないかと考えていたけど、それは一応成った。体内の盗録経由で、魔法陣を書くことはできる。つっても、まともに撃てるのは心徹の矢ぐらいだ。他の魔法は、さすがに怖くてやってない。
体内の盗録に色々追記し、心徹の矢と記送術を組み合わせて外に別の魔法を送るというのもやってみた。しかし、体内に魔法陣を仕込む都合上、大きさの制約が強い。必然的に記述難度は高まり、一方で魔法陣が小さい分魔法の効力も小さい。ぶっちゃけ、使い勝手が悪すぎる。
そうして得た結論は、例の腕輪に頼ったほうがいいというものだ。頼らないでもなんとかなると言い張るには、利便性にも精度にも欠ける。役に立てそうなものといえば、聖女を倒した時みたいに、盗録から魔法陣を重ね合わせて放った心徹の矢ぐらいだ。
で、今の状況では、それも使えそうにない。必要なのは威力ではなく、面での射撃だ。効率よく、数を撃たなければ。
となると、結局は例の腕輪に頼らざるを得ない。そうはわかっていても、尻込みしてしまう気持ちはある。すでに貸与する気でいるエリーさんの顔をマジマジと見つめつつ、俺は彼女に尋ねた。
「いいんですか?」
「現場の判断です。そもそも、こうした探索自体が非常時ですから」
まぁ……エリーさんほどの方が認めてくださるんなら、ありがたく使わせていただくか。この探索が、この王都に留まらない火急の件ということもある。
そうして俺は、受け取った腕輪を装着し……この後のことを考えた。「何か?」と尋ねてくるエリーさんに、いくらか悩んだ後、俺は答えた。
「見られるとまずい魔法を使います」
「なるほど……私でも困ると?」
「はい」
このやり取りで、俺の方に視線が集中する。静かにメモを取っていたメルを筆頭に、気心知れた連中からは、「また何かすんの?」みたいな興味ありげな視線が……というか、ティナさんも殿下も、そういう目を向けておられる。
そんな中、エリーさんは真剣な顔でいくらか考え込んだ後、俺に言った。
「わかりました。人払いをしましょう。ただ、目につかないところであなた一人にするというのは、少々問題があります」
「それは心得ています」
「ですから……遠巻きに見守るという形ではどうでしょうか? 使う魔法の詳細を知られるとまずいというだけで、細かな部分まで見られなければ問題はないのでは」
実際、使ってる魔法陣を認識されなければ、問題はないと思う。そこで、階段部分には俺だけが残り、一応俺が見えるように明かりも用意しておく。他の人員は、距離を取って見守るということに。
そうして準備を整えたところで、俺は息を整え、足元に複製術を展開した。複製対象は、可動型と再生術を合わせた器。攻撃用ドローンとして使ってる組み合わせだ。
今回は、こいつを複製で横に並べる。ガトリングみたいに回転こそしないけど、銃口が水平に並ぶ格好だ。
狙うべき核がどこにあるかわからない以上、攻撃自体は手当り次第にならざるを得ない。
しかし、手でやるのは、あまりにも非効率だ。微妙なアングルの違いに気を配らなければ、途中で壁に当たってしまうかもしれないし、すでに狙ったラインとのダブりもありえる。
だったら、銃口を床に対して水平に並べ、一斉射撃した方が効率がいい。複製によって可動型までコピーしているから、銃砲の集合体をそっくりそのまま動かせる。これを少しずつスライドしてやれば、どれかがそのうちヒットするだろうという寸法だ。
連装砲の準備が整い、後は火を入れるだけとなった。この組み合わせだと文まではコピーできないから、一つ一つに刻み込んでいく。
そうして並列に並んだ魔法陣が機能し、矢の斉射を始めた。
最初の斉射では核にヒットせず、スライムは健在。銃口を並べてはいるものの、魔法陣一つあたりの大きさと矢の細さを考えれば、一斉射撃も密度としてはスカスカだ。ある程度根気強く戦う必要はある。
それでも、手動による下手な鉄砲よりはずっとマシだ。この手法の方が、正しい″しらみつぶし″になっている。
それに、核まで矢が届くかどうかという懸念も、ずっと下まで下りていく細い矢の雨の光を見て払拭された。きっと届くだろう。後は撃ち続けるだけだ。
そうこうし始めて数分。足元に広がる闇の向こうで、光が弾けるのを見た。少し後ずさって様子を見ると、スライムの全身が淡い粒子になって消えていった。
試しに小さい魔法陣で
道が開けたことを確認し、俺は後ろのみんなに声をかけた。
「やりました」
「マジで~?」
疑ってかかる仕事仲間が、俺の横までやってきた。下へ続く階段は、今やスライムに覆われずに露出している。相変わらず真っ暗な階段だけど、そうした変化を認められたようで、仲間は素直な感じで「うお、すっげ~」と言ってくれた。
それから俺は、通路の方に戻って、借り物の腕輪を外した。返却されたエリーさんから、お疲れ様ですと
「感触はどうでしたか?」
「プルプルでしたね」
「そうじゃねえって」
仲間たちが笑いながらツッコミを入れてくる。少し無遠慮にもみくちゃにされる中、俺は笑顔のエリーさんに話の続きを口にした。
「作戦勝ちだとは思いますが、正直なところ、倒した実感はないですね……」
「なるほど。核が見えなかった以上、狙って倒したというものでもないですし……気がつけば倒せたといったところでしようか」
「そんなとこですね」
実際、用意した魔法陣が矢を放ち続けていたおかげで、俺の手でっていう感覚は希薄だ。先が開けた以上、ぜいたくな悩みなんだろうなとは思うけど。
ただ、こういう報告に満足が行かないというか……困った感じの同行者が一人。メモ片手にペンの尻でこめかみを押しながら、メルが口を開く。
「報告書、どうやって書きましょう?」
「あ~……とりあえず、手当たりしだいにやったとしか」
「なるほど。弱点を探ってという方向性ではないと」
メモにツラツラ書き連ねていく彼は、「他の都市地下で、同じのがなきゃいいんですが」とつぶやいた。さすがに、複製術という禁呪の戦闘利用を、文書化するわけにもいかない。
結局、他の都市での攻略のことは、ひとまず置いておくことに。ティナさんは明るい調子で、「呼ばれて出向けば済む話ですわ」と言い放った。ごもっともだし、彼女はもうそういうのに慣れてるんだろうけど……なんだか、俺もそういう役回りになりそうだ。
スライムの排除で階段の先へ進めるようになったものの、慎重を期して動く必要はある。階段部分は明かりもなく真っ暗で、どこか崩壊していれば、足を踏み外して死にかねない。なにせ、ここじゃ満足に
そこで、地上の待機部隊を呼び寄せ、資材を搬入してもらう運びになった。照明関係だとか、建材だとかだ。ここまでは水路の延長線上みたいなものであり、中枢へ続く道と考えれば、本番はまだまだこれから。そのための足掛かりを、確固たるものにしておきたい。
そうして通れる道として確立する準備を整えたところで、階段の調査に入った。用意してもらった物資の内、命綱を使い、ホウキ乗りに下へと下りて行ってもらう。
魔道具なら使えるという環境のおかげで、吹き抜け構造をうまく利用できている。仲間が手にしたランタンの光が、少しずつ小さくなっていく。
程なくして、彼は底部に到達したようだ。「着きました!」という声が、吹き抜けの階段に反響する。
そこで、下まで下りきった命綱に印をつけ、底部までの距離を測ることに。多少のたわみはあるものの、概算できればいい。
すると、この階段は10メートルいかない程度の全高があると判明した。上から下まで、不意に落下すると、死ぬか大怪我ってところか。
要人を何人も連れての探索だけに、万全を期して動く必要がある。かといって、階段を使えるかどうかの検証中、叩いた石橋が崩落しては目も当てられない。
そういうわけで、強度の検証と補強については、後ほど底部から順繰りに行うこととなった。ホウキがなければ、こんな事はできなかっただろう。
また、階段の途中にいくつかランタンを設置し、とりあえずの照明とすることに。暗闇が多少晴れて先行きが見えるようになると、魔法を使えないせいか、普段よりも高さの脅威を覚えた。
それから、俺たちは一人ずつ、命綱とホウキを使って吹き抜けを降下していった。基本的に、俺たち近衛部隊がホウキを駆って、二人乗りで運んでいく感じだ。
数分程度の輸送により、探索組はあらかた底部に着いた。円形の壁の一箇所に、色とりどりの魔法陣。大方の予想通り、次につながる道の封印だとティナさんが指摘した。
そこで、何度目になるかもわからない腕輪の譲渡の後、彼女はあっさりと封印を解いてみせた。すると、石の壁でしかなかったそこが消失し、次への幕が開けていく。
俺たちは息を呑んだ。なめらかな質感の床と壁、天井からなる先の通路は、淡い白色の光を湛えている。ここまでの水路と違い、明らかにこの構造体自体が光を放っていて――生きた遺跡となっている。
階段底部から視線が通る範囲に、何か気がかりなものは見受けられない。すると、ティナさんが殿下に提案した。
「階段の上も、探ってみてはいかがでしょうか」
「先に進む前に、開通させておきたいと」
「はい。ここからが本番と思われますから、まずは土台を確固たるものにと」
彼女の言葉に、場の空気が少し張り詰める。この先に、これまでの水路とは違う、異質の空間がある。その先に、俺たちが求める何かがある。
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