第608話 「王都地下水路探索②」

 水路から続く王都の地下中枢部は、アーチェさんの記憶によれば実在するらしい。

 とはいえ、それを実際に目にしたわけではなく、あくまで後世のための知識としてのみ詰め込まれたらしいけど。「私を後世に残すという計画自体、賛否が大きく割れるものでしたので……実物までは」と彼女は言う。

 それでも、水路から中枢へつながる入り口までは、どうにか案内できそうとのことだ。


 地図を頼りに水路を進んでいき、俺たちはそれらしい箇所へたどり着いた。大方の予想通り、そこは張り巡らされた水路の中央部分。おそらくは、王都中央広場の直下だ。

 水路中央は、他の場所よりは気持ち大きめの広さの空間だ。八方から水路がつながり、天井は少し高めのドーム状になっている。八つの水路が交わる部分は、少し大きい円形。それら水路をまたぐように、ちょっとした橋が環状に八つかけられている。

 別段、気にかかるような仕掛けはない。スイッチもレバーも。しかし、ここに仕掛けがあるという。


 まず、アーチェさんは地図を見ながら東西南北を確かめ始めた。

 ただ、中心部分は放射状に水路が伸びているけど、それが外縁部まで到達しているわけではない。道中何度も曲がる部分もあって、少し入り組んだ道を遠回りさせられている。地図がなければ、方角までは確信を持てなかったことだろう。

 地図を見ながら歩くというのは、冒険者にとっては日常の一つでもある。地図を頼りにここまで来たとはいえ、方角に関して確信を持てないでいるアーチェさんに、仲間たちが助け舟を出した。

 こうして現在地における東西南北が判明したところで、アーチェさんは中央にある橋の一つへ指を向けた。そして、彼女の指から紫のマナが放たれる。

 そのマナが橋の一つに到達すると、白みがかった灰色の橋が、みるみるうちに紫に染まっていく。色が染まったのは、アーチェさんのマナを直接受けた橋一つだけ。円環になってつながる他の橋へは、色が移っていかなかった。

 橋の反応を見た後、アーチェさんは俺たちに向き直って言った。


「この橋を八つ、それぞれに対応する色で染めると、道が開けると聞きました」

「それぞれの色って言うと……」

「虹の七色と、白です」


 彼女は俺たちの前に地図を広げ、中央の橋を指差しながら言葉を続けていく。


「私が今染めたのは、北東の橋。これは紫に対応します。隣の北が白、北西が赤となっています」

「そっから順繰りに、虹色で染めていけば……」


 そこでさっそく、染める色の分担を決めようという流れに。ここでは魔法陣を書けなくとも、マナだけは出せる。さっきアーチェさんがやってみせたように。


 ただ、さっそく問題にぶち当たった。

 大体の人間は、半端な中間色のマナしか出せない。染色型で出すような色をピタリと放つことができるのは、血筋によってマナの色の独立性が保たれている王侯貴族ぐらいだ。

 実際、うまく染まったのは赤と紫のみ。そもそも、白色のマナをそのまま出せる人間はいないわけで、単に指から出すだけでは行き詰まりが見えている。

 平民全員が、ダメ元のチャレンジを跳ねのけられ、仲間の一人がつぶやいた。


「意地が悪い仕掛けっスね」

「何か考えないとな」


 そこで、エリーさんとティナさんが、俺の方を見てきた。さすがに、このおニ人であれば、もう手立てについて思い至っているだろうけど。俺はエリーさんに声をかけた。


「何かしらの魔法陣を書けないと、クリアできない仕掛けですね。赤と紫以外は、一人でこなす形になると思います」

「あなたもそう思いますか。では、試しにやってみましょう」


 こういう探索の第一人者に代わり、エリーさんが動き出す。その腕に装着されているのは、王都内でも魔法陣の記述を可能にするという、例の装備品だ。

 本来使えないはずの魔法も、あの装備のおかげで実際に記述できている。事前に知らされているとはいえ、常識破りの光景に感嘆の声が広がる。

 そんな中、彼女が作り出した魔法陣は橙の光を放った。橙の染色型に加え、継続型と可動型も合わせた光球ライトボールが、辺りを温かな光でぼんやり照らす。

 その球をゆるゆる動かし、赤色の橋の隣に接触させると――期待通りの反応が生じた。橋が染まって橙色に染まっていく。

 そうとわかれば話は早い。エリーさんは次々と魔法陣を刻み、色とりどりの光球を飛ばして橋を染め上げていく。

 ネタがわかればという感じではあるものの、容易なわけではない。魔法を使えない環境下となると、魔法庁の例の装備を以ってしてようやくスタート地点。しかも、例の品は一つしか無い。つまり、赤と紫以外の六色を、単独で染めていかなければならないわけだ。セキュリティーという点では、かなり強固なものだろう。


 やがて橋が七つ、虹の七色で染まった。残るは白に染めるべき北の一つ。最後の橋に白い光球を飛ばしていくと、それも白く染まり始めた。

 そして、連なる八つの橋がそれぞれの色に染まって輝くようになると、変化が生じた。七色の橋から水路が交わる中央へ光が伸び、やがてそれらの光は、白い橋の下へと注ぎ込んでいく。

 白い橋の下にある水面は、注ぎ込んだ七色のマナを受け、今や淡く揺れる虹色の輝きを放っている。その光が、この水路の中央から北へ北へと伸びていく。

 おそらくは、この光に沿って進んでいけば、次なる道が現れるのだろう。揚々とした雰囲気の中、俺たちは歩き出そうと――する前に、ハルトルージュ伯がご指摘をなさった。


「我々は、ここで待機した方が?」


 エリーさん担当の六色以外、すなわち赤と紫については、魔法に頼らず指から出るマナで橋を染め上げている。赤は殿下が、紫は伯爵閣下が。出しっぱなしでなければならないとなると、ここでお待ち頂く必要があるだろう。

 ティナさんの提案で、試しに赤と紫のマナを止めていただくと、虹色の湖面は元通りの薄い緑に戻った。


「やはり、染め続けなければなりませんわね」

「では、赤と紫も、私が担当いたしましょうか」


 すかさずエリーさんが名乗りを上げ、この場の王侯貴族の方々に判断を仰いだ。

 彼女は魔法の達人だけど、あくまで平民階級だ。赤や紫のマナを用いるというのは、文化的に恐れ多いことではある。

 ただ、彼女が代わってくれるということに、殿下も伯爵閣下もむしろ感謝の意を示された。この先、王族専用の封印があるかもしれないから、殿下をこの場に留めるわけにも……という事情もある。

 しかし、そういう許諾面以外にも、気にかかる部分はある。すでに一人で六つの橋に対応している中、一層負荷の強い赤と紫も手掛けるという。息を呑んでみんなが見守る中――エリーさんはあっさりとやってのけ、再び橋の仕掛けが機能した。

 この仕掛け自体は、目を奪われるものではあるけど……エリーさんの卓抜した技量に、俺たちは言葉を失うばかりだった。仲間の一人が、静まり返った中、口を開く。


「何食ったらそうなるんスか?」

「そうですね、美味しいものでしょうか」


 それから俺たちは、虹色の水面に沿って北へ進んだ。北へ北へ、どんどん歩いていく。

 地図を見る限り、中央から北へ伸びる水路は、途中で行き止まりになるものの、直線距離としてはだいぶ長い。地上にあるもののと照らして考えると、さっきの地下水路中央が王都中央広場の直下で……この北への水路は、おそらくは王城の真下に近いところまで伸びているだろう。

 俺たちはどんどん水路を進んでいく。淡い虹色の水路は、まだまだ先が長い。歩を進めるごとに――エリーさんへ向く視線が増えていく。

 彼女は、八ツ橋を染める魔法を維持しっぱなしだ。それら魔法を置き去りにしたまま、ここまで歩き続けている。

 そうして妙に静かになる中、注目を集めていたエリーさんが、口を開いた。


「少々、よろしいでしょうか」

「維持できる距離の限界かな?」

「もう少し余裕はありますが……あまり無理するべきでもないと」

「そ、そっか……」


 強がりとも思えないエリーさんの言葉に、殿下は少したじろがれているように見える。俺たちもまぁ、似たようなもんだけど。

 ただ、エリーさんにも限界があることがわかり、妙な安堵の空気が広がっていく。ティナさんは微笑みながら、エリーさんに声を掛けた。


「何かありましたら、外連環エクスブレスで連絡しますわ。あなたには、申し訳ませんが、橋のところで力を貸してくださいまし」

「了解しました」


 そういうわけで、エリーさんと、念のために戦闘要員を何人か、例の橋のところへ戻すことに。


 エリーさんたちと別れ、再び北へと歩いていくと、何分かして地図上の行き止まりに到着した。壁には水路から虹色の光がまっすぐ伸び、淡い七色に輝く道ができている。おそらく、この隠し通路が、進むべき道だろう。

 たた、ティナさんはさすがに用心深い。隠し通路の前で立ち止まって、腕輪越しにエリーさんへ尋ねた。


「魔法は、まだ維持していらっしゃいますか?」

『ええ、もちろん』

「一度、解いてみていただけますか?」


 ティナさんの依頼から数秒後。南の方から水路を染める虹色の光が失われ、隠し通路も消えてなくなった。

 元通りになった壁を触ってみると、やはり確かな質感がある。隠し通路は消えてなくなったようだ。誰かが歩いている最中に、魔法を解いてみたら……というのは、さすがにやらないけども、下手するとそうなりかねない。仕掛けの担当者を置いてきているのは、模範解答のように思われる。


 それから、エリーさんに再び仕掛けを機能させてもらい、隠し通路が再び目の前に。淡い虹色に光る通路の向こうには、よく見れば、ある程度開けた空間があるように見える。

 しかし、通過中に何かしらのトラブルに見舞われる可能性はある。何かあれば人類の損失みたいな方も何人かいらっしゃるし、得体の知れない通路を、そのまま進むわけにもいかない。

 そこで、リムさんの出番だ。ゴーレムと出くわした時の対応にと帯同してもらっているけど、こういうところでも活躍の機会がある。

 彼女は持ってきた宝珠を水路につけた。すると、薄い緑色に輝く水人形が立ち上がった。将玉コマンドオーブによる即席の人員だ。リムさんに操られるまま、水人形は壁の方へと歩いていく。

 そして――壁と通路の境目を、水人形は通過した。通った際に何か気がかりな変化は生じていない。

 それからリムさんは、虹色の足場の横へと、水人形を操ってみせた。もしかしたら、踏み外すかもしれない――そう考えての挙だけど、虹色の足場の横は壁になっているらしい。横へ行こうとする水人形は、壁にぶつかり続け、その場で足踏みしている。


 ある程度隠し通路の安全性を確認できたところで、今度は生身の人間を侵入させる。仲間の一人が決死隊に名乗りを上げ、彼に命綱をつけて先を行ってもらうことに。

 笑いながら、今生こんじょうの別れを口にする彼に、ティナさんは「大袈裟ですわね」と笑って応じた。


「似たような仕掛けは、前にも見たことがありますわ。おそらく、先の道を気付かせたくないだけのものでしょう」

「あ~、プロの意見があると心強いですね」

「でしょう?」


 自信満々の様子のティナさんに、リムさんの活躍もあり、得体のしれない通路への恐れはかなり薄れたようだ。決死隊の彼が、普通の足取りで進んで行く。

 虹の通路両脇は真っ暗だけど、彼が棒で確かめてみても、やはり壁になっているとのこと。天井は少し高い。ハリーでも頭をぶつける心配はない。

 そうして彼が無事に対岸へ着くと、ティナさんは大声で尋ねた。


「付近に、何か魔法陣的な物は、見当たりません?」

「……あっ! それっぽいのあります!」


 すると、ティナさんは「行ってきますわね」と俺たちに告げた。

 先に行かせた彼の様子を見る限り、差し迫った危険などは特になさそうだ。それでも、何か罠があるかも……ということで、白兵戦担当からハリーとウィン、それに飛び道具担当から二名ほど、ティナさんの護衛につけることになった。

 そうして五人は虹の通路を歩いていき……何事もなく、向こう岸に着いた。心配し過ぎかも知れないけど、取り越し苦労で終わって幸いと見るべきだろう。


 ただ、その向こう岸で何かがあったようだ。程なくして、六人全員がこちらへと戻ってきた。何かあったのかと聞くまでもなく、どこか憤慨気味な、それでいて楽しそうでもあるティナさんが口を開く。


「まったく、意地が悪い遺跡ですわ」

「何か罠が?」


 ハルトルージュ伯が尋ねられると、ティナさんは事の次第を話し始めた。


「こういった形式の通路は、通路を開けた先に、解放し続けるための魔法陣が備え付けてあることが大半です」

「そういうものですか……」

「侵入者を阻む機密性を維持しつつ、関係者を通すための利便性も両立するための仕組みと思われます。今回も例外ではございません。それらしきものが、しっかりと」

「しかし、それに何か問題があったと」


 何やら思わしくない気配漂う中、殿下のご質問に、ティナさんはうなずいた。


「その魔法陣を機能させるには、色選器カラーセレクタという……自身から出るマナを調整する、魔法のようなものが必要になります。ですが、それを使うためには、エリーさんがお持ちの腕輪を借りねばなりません」


 つまり、また長い水路を戻って、エリーさんから腕輪を借りなければならないってことだ。行ったり来たり程度で済んでるだけ、お優しいセキュリティーではある。

 しかし、この水路の設計者に、手玉に取られている感もある。今は亡き誰かの手の上で、右往左往と。そうした状況に、ティナさんは「この先楽しみですわね」と、色々含みを持たせて言った。

 そんな彼女に、殿下が一言。


「お手柔らかにね」

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