第607話 「王都地下水路探索①」

 1月8日、朝。地下水路探索当日。

 水路につながる入口の前には、こんな雪空の下ながらも、大勢が詰めかけている。輪の中心にいるのは、俺を含む探索メンバーだ。

 まず様々な到印解除のための人員に、ティナさんと殿下、そしてアーチェさん。他の都市向けの攻略マニュアルを書くためにメル。以上は役割とかお立場から、どちらかというと非戦闘要員として動く感じになる。

 ゴーレム等の防衛システムが生きていた場合の戦闘要員も、もちろんいる。魔法要員としてエリーさんと俺。ゴーレムの専門家としてリムさん。白兵戦担当としては、ハリーとウィンとアイリスさんと……ハルトルージュ伯爵閣下。

 閣下がこの探索に関わられることについては、色々と議論があったようだけど……魔法抜きの、素の剣技においても、比類なき強者であらせられる。

 それに、王都の中で殿下が危機に遭われるかもしれない。そう考えれば、宮中護衛役の閣下が出向かれるのは、道理ではあった。

 俺たちとしても、剣の師であらせられる閣下のご同行は大変頼もしいし……閣下ご自身も、ともに戦える貴重な機会に、感じ入るところがおありのようだ。


 ただ、白兵戦はあくまで、緊急の備えとして考えている。できる限り安全を確保し、着実に攻略していきたい。そのため、戦力の中核は射撃要員だ。魔力の矢投射装置ボルトキャスターは地下水路でも使用できると検証が済んでいる。

 そこでお呼びがかかったのが近衛部隊のメンバーだけど、空の様子を考えれば、空中機動要員を残しておきたくもある。そういうわけで、空中戦に長けているサニーやラウルを始めとして、地上待機に回されている人員も少なくない。

 水路の探索に関わるのは、主に陸戦で活躍していた人員だ。ハリーやウィンが指示を出すのに都合がいいというのもある。

 そして、射撃要員に、今回はセレナも参加する。いつの間にか銃も覚えたって話だから、物理とマナの矢の両方を使い分けられる。今回集まったメンバーからすれば、セレナと一緒に動くのは、相当久しぶりになる。伝え聞く彼女の活躍に、頼もしさと期待を感じるばかりだ。


 探索要員が揃ったところで、出発の挨拶だ。殿下からお役目を譲られ、ティナさんが朗々と声を上げる。


「今回の探索は、私が提唱した部分も多くあります。国や民の命運以前に、私の職業人生もかかっておりますわ。これで外したらと思うと、身震いせずにはいられませんわ」


 ただ、声の調子を聞くに、言葉通りに案じている様子は毛ほどもない。それでもかすかに震えているのは、単に寒いからだろう。

 こういう状況にあってなお、ユーモアのある彼女の言に、軽い笑いが巻き起こる。

 それから彼女は、探索要員のみならず、バックアップに務める関係諸機関の人員を見渡して頭を下げた。


「この探索と、それに続く王都の機能復旧は、相当な大事業になることでしょう。今回のお仕事にご理解示していただき、お手を貸して下さりましたこと、深く御礼申し上げます」


 そうして俺たちは、万雷の拍手と声援を背に受け、地下水路へと動き出した。城壁の内部に入り込み、階段を下りて下へ下へ。

 それにしても、初仕事で来たここが、まさかこんな仕事で再訪する羽目になるとは。感慨とは微妙に違うような、何とも言えない感情が沸き起こる。

 こうしてそこそこ長い階段を下りていく中、仲間の一人が声を上げた。


「結局、なんかよく見るメンバーが集まったような」

「確かに、近衛が主体だね。一応、ギルド側の意向で、意図的に固めた部分はあるんだ」


 殿下が応じられた。俺としては初耳だ。「どのような意図が」とお尋ねすると、殿下は微笑んでお答えになった。


「簡単な話でね、君たち……私も含んでかな、この部隊は多くの戦功を挙げてきて、縁起がいいだろう? だから、今回もってことなんだ」

「なるほど……」

「それに、ギルドとしては、君たちみたいな実力派の若手を地下の攻略に向かわせつつ、古顔は地上に残しておきたくもあったようだね。そういう古株の方が、街の皆を落ち着かせて鼓舞するには適しているだろうから」

「そういえば、上の連中は……」

「酒のんで、ついでに雪かきでしたっけ?」


 酒がメインみたいな物言いだけど、ギルドの思惑を汲み取るのなら、正しい指摘ではあるだろう。飲を少し羨む声に、殿下は笑顔で「後でみんなで飲もうか」と仰った。


 やがて俺たちは最深部についた――正確に言うなら、既知の領域における最深部か。この地下水路を巡っていって、さらなる深部への道を探し出す。

 この水路自体は、事前調査ということで、ホウキを飛ばして様子を見てある。スライムの異様な発生などはなく、特に気になる点はなかったとのことだ。うっすら緑に光る水面が静かに揺らいで、水路の壁と天井に波紋を投げかけている。


 地下に降り立った俺たちは、水路の中央へ向かって歩き出した。一行を先導するのは、アーチェさんと、魔法を使えるエリーさん。エリーさんの手には、地図らしきものがある。

 すると、仲間の一人が彼女に声をかけた。


「すみません、その地図を見せてもらっても……」

「ええ、構いませんよ」


 あっさり言葉を返した彼女は、手にした地図を回すでもなく、肩掛けカバンから書類を取り出した。そして、「写しですが」と言って、複数の地図をこの部隊に回していく。


「もっとも、正確な地図ではありません」

「へえ、そうなんですか?」

「設計図が残っているわけではありませんから。これは歩測の集合体と言いますか」


 つまり、実際にここを巡ってみての感触を足し合わせた、想定図ってところだ。それでも、ある程度の距離感と結節点が正しければ、十分に使えるだろう。

 地図に目を向けると、水路の外縁部はやはり円形になっていて、内側へ向かって円が層状に並んでいる。その円と円の間を、直線が走ってつなげる感じだ。

 層状の円という構造は、魔法陣を思わせる。同じようなことを考えた奴もいるようで、指摘の声が上がる。


「この水路自体が、何かの魔法陣になってるってことは?」

「それは、ないと思います」


 答えたのはアーチェさんだ。彼女が口を開いたことに、ちょっとした驚きが広がる。そうした反応に、彼女は少し戸惑い、言葉を続けるのをためらっているようだ。

 そこで彼女の隣を歩くエリーさんが、声をかけた。


「興味深いお話です。詳しく教えていただけませんか?」

「は、はい」


 穏やかで柔らかな口調に、アーチェさんは安心したようで、俺たちにも聞こえるように水路のことを教えてくれた。


「私も詳しい構造は知りませんが、この水路は、王都全域にマナをまんべんなく供給するための設備です」

「はあ~、それで、スライムがいついて水路が途切れると……何か困るってわけですね!」

「はい。この水路に循環するマナを元にして、上層の魔法陣が機能します。その効力で、王都では魔法を使用できないように」


 さすがにみんな初耳で、しきりに関心を示す声が上がる。そんな中、考え事をしていたように見えるエリーさんは、アーチェさんに問いかけた。


「この王都は花が多いのですが、このことに何か関係が?」

「花っスか?」

「ええ。水路の巡りが悪い箇所は、花の元気が損なわれやすい傾向にありますので」


 そういえば、水路の清掃は冒険者が担当するけど、依頼の発注元というか監督機関は魔法庁だっけか。

 エリーさんが口にするほどだから、関連性はあるのだろう。急に静かになって返答を待つ空気になってから、アーチェさんは「ご指摘の通りです」と言った。


「地表の花は指標花と呼ばれています。かなり繊細な花ですので、地表まで届くマナが絞られると、反応を示しやすいです」

「それで、花の元気がなければ、水路になにかあったと」


 言葉を継いでの指摘に、アーチェさんはうなずいた。普段目にする花も、実は隠された役回りがあったわけだ。「へえ~」と感嘆の声が上がる。


「そんな実利的な理由があったなんてね。見る目変わっちゃうかも」

「いや、個人で好きに植えてる花も多いだろ……ですよね?」


 この問いかけにはエリーさんが答えた。


「街路の花壇の何割かは、行政で面倒を見ていますが、植える花の指定はありますね」

「それは、このことを知って?」

「いえ、それはないでしょう。何かしら適当な理由をつけ、連綿と申し送られて来たのではないでしょうか。指標花には、″フラウゼらしい″とされる花も含まれることですし」

「なるほど」

「真相はわかりかねますが」


 こうしてアーチェさんに色々ご教示いただいたことで、場の空気は少しほぐれた。それから、エリーさんが横のアーチェさんに声をかけた。


「かわいいお召し物ですね」

「えっ?」


 いきなりの発言に驚いたアーチェさんだけど、嬉しそうな顔をしていらっしゃる。

 そして、そのお召し物とやらに、俺は見覚えがあった。耳つきフードのパーカーだ。彼女が遺跡から発見された時、一緒に発掘作業してた女の子が、彼女にプレゼントした奴だ。

 そして、あの時の子は……なんやかんやで、一緒に仕事する機会が多い。今もここに。


「もしかして、あの時の?」


 列の後ろの方から声がすると、その当人が前を見ようと飛び跳ねているところだった。そこで列が開いていき、その子がアーチェさんの元へ駆け寄っていく。


「まだ使って下さってるんですね! ホント、嬉しいです!」

「はい! お部屋でも、たまに着るくらいお気に入りで……」


 お気に入りでも″たまに″程度かと、普通は思ってしまうところだけど……アーチェさんが普段は王城に住んでいて、しかも建前上は殿下の侍従的立場にある。

 それを踏まえれば、耳付きのかわいらしいパーカーをたまにでも着るってのは、なかなかとんでもないことだ。贈られたパーカーとしても、大変光栄なことだろう。

 お互いの立場というものを感じさせずに、再会を喜び分かち合うニ人に、エリーさんは声をかけた。


「もしよければ、三人で一緒に前を歩きませんか?」

「えっ? 私もですか?」

「そっちの方があったまると思いまして」


 エリーさんの提案に、当事者の片割れであるアーチェさんは、無言だけど視線で訴えている。

 結局、その提案が蹴られるはずもなく、隊の先頭は女性三人に。これから王都の存続をかけた仕事に取り掛かるわけだけど、すっかり和やかなムードになっている。

 でもまぁ……このクソ寒いご時世にここまで温まれるなら、それはとても喜ばしい話だ。

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