第606話 「番外のスペシャルミッション発令②」

 全体での会議の後、俺とティナさんは早々に別室へ呼ばれた。先輩の案内で向かった応接室にいたのは、ちょっとびっくりするような面々だ。

 まず、国家代表と思われる殿下とアーチェさん。魔法庁からは長官のエトワルド侯爵閣下とエリーさん、それに前長官のウィルさん。工廠からは所長さん。そして、ギルドからはギルドマスターとメル。そうそうたる面々だ。

 新たに入室した俺たち三人が適当な椅子に着席すると、まずは殿下が口を開かれた。


「では、王都地下探索についての話し合いを。まずは、探索の根幹となる人員について」


 根幹となる外せない人員について、殿下はまずティナさんの名前を挙げられた。まぁ、当然だろう。

 次にアーチェさん。彼女の存在については、この場にいる全員が事前に知らされているらしく、彼女の同行を不審に思う声はない。

 そして、殿下。「王族の存在が必要になるかも」とのことだ。実際、アーチェさんが封じられていた遺跡においても、殿下のマナを求められることがあった。王都地下に何かが封じられているとするなら、その再始動に殿下のマナがキーとなる可能性は高い。

 不可欠と思われるのは、この三名。かいつまんで言えば、魔法的なロックを解除していくための人員ってところだ。

 続く主要なメンバーとして、殿下はメルの名を挙げられた。


「私が、ですか?」

「ああ」


 この場に呼ばれながらも、殿下直々にお声がけをいただくとは思っていなかったのだろう。驚く彼に、殿下はお考えを告げられた。


「この探索は、この王都一つで終わらせるものじゃないんだ。他の都市や、他国の王都にまで、探索の成果を波及させる必要がある。それも、可能な限り速やかに」

「そこで、彼に報告書を書いてもらおうと?」


 ギルドマスターが問われたところ、殿下は微笑んでうなずかれた。


「適任だと思ってね。今までにしたためた文書量で言えば、この中でも上位に入るだろうし、広報として他国のギルドとのつながりもある」


 殿下のお言葉は、他の方々にとっても十分に納得がいくものだったようだ。

 そこで、今回の探索において、メルには他の都市のための攻略マニュアルをあつらえる任務が任された。ぶっちゃけ、大局的には相当な大任だろう。さすがの彼も緊張は隠せない感じだけど、やる気十分といった風でもある。

 そこから、話は別方面に移った。地下水路では魔法を使えないという点に関してだ。探索中、魔法を全く使えないというのは、やはり厳しい。

 その点に関し、長官閣下が口を開かれた。


「王都の城壁による、魔法陣記述のかく乱に対し、それを無効化できる装備はございます」

「話は聞いたことがあるけど……実在したのか」


 殿下は知っておいでのようだったけど、他の方々はそうでもない。エリーさんでさえも、ご存じでなかったようだ。なんでも、魔法庁長官ぐらいにしか知られていない、極秘の情報なんだとか。

 そんな情報を、俺たちみたいなギルドの下々がいる状況で口にしていいのか……と思わないでもないけど、そうも言ってられない状況だろうし、信頼して下さってもいるのだろう。

 どよめきがすぐに落ち着いた後、閣下は言葉を続けられた。


「そうした装備は一つだけ、現職の長官向けに用意がございます。ですが……」

「何か懸念が?」

「どれほどの威力を発揮するものか、判然としないところはございます。何分、使用自体がためらわれる物品ですので。加えまして、長官向けの装備ではありますが、探索のような場において私が適任かというと……」

「なるほど」


 殿下はうなずかれた後、ウィルさんとエリーさんを交互に見られた。

 長官閣下は、長いこと実戦から遠さかっていたとのこと。ならば戦闘を含む可能性が高い探索には不向きだろう。そもそも、こういう探索自体が未経験とも。

 そのため、長官専用装備という話だけど、閣下はご自身で使うのではなく、魔法庁関係者のであるお二人のいずれかに代行させようというお考えだ。これに異論が挟まれることはない。すると、ウィルさんが声を上げた。


「できることならば、彼女にお任せを。今回の探索の重要性は、私も十分に理解するところですが、別件がございまして」

「差し支えなければ、その別件について尋ねても?」

「……はい。リーヴェルムとマスキアの両政府から打診があり、魔人たちの居城へ出向いて調査をと」


 これも初耳だ。殿下はさすがに知っておいでのように見えるけど、他の方々にとっては寝耳に水って感じだ。たぶん、天文院経由での案件だろう。

 ただ、そうした調査も必要なのだろうとは思う。魔人が関与したという明白な証拠はないけど、何か見つかるかもしれない。

 それからウィルさんは、少し恥ずかしそうになって言葉を続けた。


「私の前歴を踏まえましても、現長官に代わってというのは、いささか問題があるものと。不祥事に関する引責辞任でしたので」

「確かに……現職員に代行させた方が、組織上の面倒も少ないだろうしね」


 そういう意味では、長官補佐室室長というエリーさんのポストは、長官の代行として動くのに申し分ない。肝心の戦闘力も、疑いようがない。クリーガ防衛戦や、共和国での戦闘でも大活躍したそうだし。

 それに、息をするように防御魔法を多段化できる彼女の存在は、アーチェさんやティナさんをお守りする上で、大変心強いだろう。前長官の推薦と、現長官の承認を受け、彼女は代行を任されることになった。

 これで、魔法を使える人員が一人。ただ、何があるかわからない探索においては、もう少し猫の手でも借りたい。

 すると、殿下はとんでもないことを口走られた。


「リッツ、君なら何とかできたりしないか?」

「無茶を仰いますね……」

「君が私の前で法を破ろうと、この探索に関連することであれば、私は笑顔で黙認するよ」


 うーん……魔法庁や工廠的には、本当は聞き捨てならんお言葉のはずだけど、別にそういう空気はない。大事の前の小事とでもいうか。超法規的措置を大目に認められる空気ができ上がってしまっている。

 で、本当にそんなことができるかどうかだけど……メルが口を開いた。


「リッツさんであれば、できるのではないかと思いますが」

「根拠は?」


 工廠の所長さんが、なぜか楽しそうに尋ねてらっしゃる。技術的に興味深い案件って感じなのだろうか。お問い合わせを受け、メルは口を開いた。


「一時期、リッツさんは魔法を使えなくなりました。正確には、マナを出せなくなっていたのですが……その時期でも、実は何らかの形で、魔法を使っていたのではないかと」


 ああ、痛いところを突いてくる。あの頃の、ちょっと追い詰められていた時期を思い出してしまう。

 実際には彼の指摘通りだ。マナを出せなくなるはずの盗録レジスティールを使いっぱなしのまま、俺はどうにか魔法を使って竜退治に勤しんでいた。

 俺がマナを出せなくなった件は、長官閣下とウィルさんに、殿下がご存じだ。そして、実は魔法を使えていたんじゃないかという疑惑を、このお三方はもともとお持ちであったように見える。さして強い反応を示されるでもなく、長官閣下がメルに問われた。


「実際にそうだとしても、彼がマナを出せないままに魔法を使っていたという手法を、王都内で魔法を使う手法に流用できるものだろうか?」

「はい、仰る通りです。その二点を結び付ける確証はありません。結局のところ、これは単なる勘です」


 とはいえ、良い勘をしている。口には出さないまでも、俺は彼の観察眼と洞察に感嘆した。

 王都内で魔法を使えないか。検討するにあたって想起したのが、魔人との決戦における最後の敵だ。奴の周囲では光が呑み込まれ、あらゆる魔法陣の記述が阻害された。

 そんな中、俺は自身の体内に魔法陣を記述することで、心徹の矢ハートブレイカーを放つことができた。アレを流用すれば行けるんじゃないかという気がする。

 つまり、盗録レジスティールを使って王都による妨害をごまかすという点では、メルの想定通りだ――ホントにできるかどうかは別にして。

 話を振られた俺は、少し考え込んだ後、覚悟を決めて言った。


「思いつく手立てがないわけではありませんが……本番に向け、検証は必要かと」

「わかった。魔法庁で世話をさせていただこう」


 すぐさま応じられたのは長官閣下だ。圧を加えようという感じはなく、本当に手助けしてくださるようだ。王都の治安を揺るがしかねない、セキュリティー破りに挑むわけだけど……組織の長として、心を決められたのだろう。

 詳細はまたこれから詰めるとして、俺は魔法庁に厄介になるということで、現職のお二人に頭を下げた。

 魔法の使い手は、うまくいけばこれで二人。アイリスさんも盗録レジスティールを使えるから、俺の真似をしてもらえれば……と思わないでもないけど、そうせずに済ませたい気持ちもある。王都内で魔法を使える人間が増えることに、懸念もあるだろう。

 色々悩んだ結果、俺はアイリスさんの件については触れないことに決めた。


 今ここで決めておかなければならないことは以上。後はそれぞれの機関が動き出し、王都の未踏区画の探索準備に取り掛かる。

 ここに集われた、立場と権限をお持ちのいずれの方も、諦めている様子は毛ほどもない。決して楽観視なさっているわけでもなく、現実をまっすぐ見据えておられるように見える。それがなんとも、心強かった。

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