第605話 「番外のスペシャルミッション発令①」

 1月5日10時。フラウゼ王都、冒険者ギルト大会議室にて。

 今回は緊急招集により、所属する冒険者の全員が、この大部屋の中で一堂に会している。

 この場にいないのは、都市の維持に必要不可欠な、物資運搬関係の依頼をこなしている者だけ。降り続ける雪の中では、他に依頼らしい依頼もない。こうして構成員をかき集めることはさほど難しいことではなかったことだろう。

 集められた理由について、詳細は誰もわかっていない。しかし、この雪か、アル・シャーディーンにおける一件の絡みだろうという推測は、容易に成り立つことだ。

 会が始まる前から、物音を立てるのもはばかられるような、張り詰めた緊張感に満ちる。普段は軽口をたたくような連中も、今ばかりは借りてきた猫のようだ。


 そうして居心地の悪い静寂がいくらか続いた後、進行役であるウェイン先輩が前に現れた。

 先輩がこういう場に現れると、大体は珍しい依頼の話か、大掛かりな重大ミッションが通達される。今回は、言うまでもなく後者だろう。

 先輩としても、大きなものを背負っている感じがあるのか、だいぶ緊張しているように見える。彼は小さく咳払いした後、気持ち大きめな声で言った。


「いきなりの招集だが、集まってくれてありがとう。まぁ、みんなヒマだったろうし、今回の話はちょうどいいとは思うんだが」


 そうは言っても、合いの手を入れようとすると、かえって場が湿気るような雰囲気がある。誰も目立った反応を示さないまま、先輩は言葉を続けた。


「今回の依頼は、国からだ。想定ランクは……特にないな。枠外のスペシャルな奴と思ってくれ」


 この言葉には、小さなどよめきが起きた。緊張と先行きの暗さで静まり返っていた場が、息を吹き返すように。

 そうした反応に、先輩は微笑んだ。そして彼は、そのままの顔で言葉を続ける。


「今回の仕事内容は、王都の地下水路探索だ。そこら中探しまわって、王都地下の未踏区画を発見する」

「先輩、それって……遺跡調査みたいな感じ?」


 この返しに、先輩は嬉しそうに「ご名答!」と言った。それからすぐ、前のドアが開いて、一人の女性が現れた。ティナさんだ。

 この場の面々にはある程度名前と顔が知られているとはいえ、知らない子も結構いる。そこで先輩の口から、彼女が世界有数の考古学者であり、遺跡発掘のエキスパートであることが告げられた。魔法による封印を数限りなく解除し、歴史的発見を繰り返してきた才媛であるとも。

 持ち上げまくりの紹介に、さすがのティナさんもやや照れくさそうな感じではあったけど、言われたことを否定しない辺りはさすがというか。

 そんな大人物の登場に、沈鬱な空気がどこかへ行き、彼女への関心や期待みたいな雰囲気が強まる。すると、彼女は軽く咳払いし、先輩から場を引き継いだ。


「ご紹介にあずかりました、イスティナ・オーランドですわ。こちらのみなさんの中には、以前お仕事でご一緒させていただいた方もいらっしゃいます。その時は楽しかったですわ」


 それから、彼女は柔和な表情をキュッと引き締め、本題に入っていく。


「アル・シャーディーン王都メシェフィエを襲った一件については、みなさんもすでにご存じでしょう。今回の地下探索は、次なる攻撃に備えるためのものです」

「お、王都の地下に、何かあるのですか?」


 当然の疑問に、ティナさんはあっけらかんとした様子で――「あるかもしれませんし、ないかもしれません」と答えた。

 言葉だけ切り出せばガッカリさせるような発言だけど、彼女の堂々とした物言いのせいか、落胆は広がらない。この場の誰よりも自信を保った様子の彼女は、力強い口調で話を続けた。


「今回の攻撃に類似する物が、大昔に世界各地を襲ったものと私は考えています。そして、そういった時代を、各国王都を始めとする大都市が乗り越えてきたとも」

「つまり、その……今回の一件みたいな攻撃を、この王都も耐えられるはずってことですか?」

「はい。そのための防衛機構が、王都の地下深くに眠っているのではないかと」


そうした防衛機構の存在について、みんなにとっては眉唾な感じではないかと、俺は思っていた。

 しかし、そういうものの存在に心当たりがある奴もいるようだ。ハッとした様子で何人かが閃き、声を上げた。


「そうか、闘技場だ!」

「闘技場、ですか?」


 今度はティナさんが少し不思議そうな感じになる。一方で俺は、どうしてここで闘技場が話題に上がったのか、ようやく気づいた。そして、先に思い至った連中が言葉を続けていく。


「闘技場で、流れ弾から観客を守るための、防御膜があるんですよ!」

「っていうか、それを強化して、避難施設にできねーかって話もあったぐらいで」


 にわかにざわつきが強まり、場の空気が高揚していく。闘技場の機能復旧にあたっては、工廠の働きが大きなものだった。それに類する機能が、この王都にあるとするなら……工廠の技術力なら、作り出せないまでも、直すことなら。

 とはいえ、まずは本当にそういう機構が存在するか、発見しなければ。より一層、地下探索への関心が強まる中、ティナさんは俺たち全体を見回して口を開いた。


「私の推測が正しければ、本来存在したはずの機能を封印してある地下中枢は、他の遺跡に匹敵する守りを有しているでしょう」

「守りって言うと、ゴーレムみたいな?」

「ええ。罠などもあるでしょうね。もっとも、王都城壁の内側では、魔法を満足に使えません。これだけでも、封を維持する仕掛けとしては、相当に難題ですわ」

「一方で、魔道具の使用にあまり制限はありませんから……侵入者は魔法を使えず、守るゴーレムは十全に動けると」


 俺が指摘を入れると、ティナさんは「そうなりますわね」とあっさり認めた。依頼の大変さを公然と認めたわけだけど……そこをどうにかするのが、冒険者ってものだろう。俺以外にも火がついているように見える奴が、ちらほらいる。

 そうした静かな戦意を認めたのか、ティナさんは満足そうに微笑み、先輩に話を引き継いだ。


「そういうわけで、地下水路を探し回り、古の防衛機構を復活させるわけだが、潜りに行く人選はこちらから打診する」

「志願は認めますか?」


 前向きな発言に、先輩は「やる気があって結構」と笑った。


「ただ、地下水路は特殊な環境だ。普段通りに動けない可能性が高い。志は高く買うが、他の仕事を任せる可能性はある」

「他の仕事、ですか?」

「探索は主として、ティナさんと俺たち冒険者でやっていくが、潜るだけじゃなくて地上からのサポートも必要だからな。地上班には、物資搬入だとか力仕事要員だとか、そういう雑用係をやってもらいたい」


 それから、先輩は依頼の細かな部分を話していった。決行は3日後の8日朝。工廠と魔法庁合同での仕事になるものの、これらの協力機関は機能復旧にできる限り専念。中枢を探してたどり着くまでの攻略担当は、ティナさんと俺たち冒険者となる。

 そして肝心の報酬は……。


「実を言うと、まだ審議中でな。目安はなんとも。諸手当は各人の負担と貢献に応じて決めることになるだろうが……」

「こんな状況だし、タダ働きでもいいんじゃないスかね?」

「この王都そのものが、まとめて墓場になるかどうかみたいな話だしな~」


 無報酬という案について、意外なほどに拒否感が示されない。俺も別に……と思わないでもないけど、組織としてそれを認めるわけにはいかないんだろう。先輩は苦笑いして首を横に振った。


「ま、結果を見ての報酬って流れになりそうだが、国としては払いたいって気持ちが強いみたいだからな。その上で、どれだけ出すかって話なわけで」


 そうして地下探索関係の話は、一通り終了した……ものの、別件の話がもう一つ。先輩は俺たちに告げた。


「探索に関わらない者に、やってもらいたい仕事があってな。一応、そっちはギルドから報酬を出す」

「ギルドから? どんな仕事なんです?」

「雪かきだよ」


 その言葉に、ちょっとしたざわめきが起きた。雪は降り続けているとはいえ、往来の妨げになるほどではない。というか、肝心の往来が全くないわけで。

 そんな雪かきに意味があるとすれば――誰かが町へ繰り出すということだろう。先輩は言った。


「今回の雪かき依頼については、屋外であれば仕事中の飲酒を、常識の範囲内で認める」

「それ自体が非常識なんじゃないスか?」

「言葉の綾だよっ!」


 苦笑して応じる先輩に、ちょっとした笑いが巻き起こる。ただ、こうした砕けた感じは、場の空気として望ましいものに思われる。

 そしてそれは、先輩が求めるものでもあったのだろう。表情を崩した先輩が、言葉を続けていく。


「雪かき中は、広場や公園内で焚き火をやることも認める。なんだったら、雪で遊んでもいいぞ」

「そっちこそ、タダ働きでいいんじゃないスかね……」

「……こんな空の下、外に出るのは、結構勇気がいるだろ?」


 先輩の言葉で、場が静まり返り、その言葉を肯定する。空そのものが敵になったんじゃないかって感覚は、大勢に共通するものだ。

 だからこそ……誰か外に出る奴が必要だ。


「地下を探索する傍らで、地上も俺たち冒険者が取り戻すんだ。雪かきして、酒飲んで、楽しく語らってな。そんな俺たちを見せてやって、街のみんなに"いつも通り"を取り戻させるんだ」


 それから先輩は、ニッコリ笑って言葉を結んだ。


「そういうのって、何かイイだろ?」

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