第603話 「サミット②」
この集まりにおける最初の討議は、アル・シャーディーンを襲ったあの事変の正体について。あれは何らかの未知の現象か、あるいは何者かの意志による攻撃か、というものだ。
その最中にあったナーシアス殿下は、深くうなだれたまま口を開かれない。そこで発言なさったのは、リーヴェルムからやってこられた、メリルさんの副官のスタンリーさんだった。
「話を聞く限り、攻撃だと思われます」
「その根拠は?」
「偶発的な天災が、折しも新年の儀に重なるとは、少々考えにくいかと。一方、これが意志ある者による攻撃と見れば、腑に落ちる部分はあります」
「あえて、あの王都を狙う理由があったと?」
「人類最強の魔法使いとも目される、あの国の国王陛下を相手取り、その守りを打ち崩したという事実が、私たちを強く動揺させています。これはまさに示威行為では?」
誰も反論はできない。今の状況は、将棋のルールを知らない奴に、いきなり王将を弾き飛ばされたようなものだ。襲われたのが他の王都なら、まだここまでの困惑はなかったかもしれない。
この事変が意図的な事象だとしても、一体誰が? という疑問はある。ただ、今後の検討を進めていくにあたり、最初に考慮しなければならない問題でもある。これが自然なものなのか、そうでないのか。出発点から誤れば、この後の討議が見当違いに終わってしまうからだ。
そして、砂漠の王都を襲った一撃について、あれが単なる天災だと見る声は、結局上がることはなかった。
あの攻撃は、人為――というより超常的な何かの意志によるものだ。この見解が全会一致を見たのには、別にもう一つ理由がある。魔人との間で行われたあの大決戦の場において、天から注ぐ大破壊というものを、大勢が目の当たりにしていた。その目撃者は、この議論の場にも少なくない。
天文院によるあの加勢を持ち出す声が出ると、それに続いて
「もしや……天文院が裏切ったとは思いませんが、あの一撃が、今回の事変につながったのでは?」
「つながったというと……ヒントを与えた、あるいは模倣されたと?」
疑問を口にされた方は、その言にうなずかれた。
ただ、俺としては、その意見に引っかかるものがある。あんなの、真似しようと思ってできるものではない。真似できるだけの力を有したなら、他になんだってできるだろうとも。
トリスト殿下も同じように、先の指摘については疑問視されているようだ。殿下はあまり間を置かず、指摘をなさる。
「攻撃者が何者であれ、最初からあの攻撃を知っていたように思います。そして、天文院のあの攻撃が契機になったと思わせることができれば、協力関係を大きく阻害できることでしょう」
「なるほど……あえて関係を匂わせることで、疑心暗鬼を植え付けようと」
「副次的なものかもしれませんが」
すると、別の方からトリスト殿下に質問が飛んだ。
「それで、天文院の見解は?」
「あちらの、メインの会議に出ておられますので……」
ああ、道理で総帥閣下の声がないわけだ。あちらの会議の方に、閣下とつながりがある方が出ておられるか、微妙なところではあるけど。
ともあれ、天文院という機関が実在する事実が、今回の事変が何者かによる攻撃であるという見解に現実味を持たせた。それが何者なのか、どういう意図があるのかは未だに不明ながらも、敵がどこかにいるのだろうという共通認識ができていく。
しかし、その正体を捕まえるにも、事態を解決させるにも、取っ掛かりになりそうな物がない。
そうして議論が行き詰まったところ、トリスト殿下が「オーランド女史」と呼びかけられた。
「何か、あなたから意見は?」
「憶測を縫い合わせたような考えでよろしければ」
あるにはあるらしい。この場の誰よりも、太古の歴史に通暁していると思われる彼女の発言を前に、多くの方が固唾を飲んで見守る空気に。すると、彼女は口を開いた。
「まず……私が知る限り、今回の事変に類するような記述は、いかなる文献でも目にしたことがございません。この場の皆様方におかれましても同様かと。また、各国の書庫をひっくり返している最中かと思われますが、目新しい報告は今のところはないものと存じます」
彼女の指摘に対し、議会は無言の肯定で応えた。入手しえる範囲の歴史に、こんな事態の記述はないらしい。
だからこそ、別件を取り出して縫い合わせていくのだろう。ティナさんは少し目を閉じて深い呼吸を繰り返した後、多少の
「ここからは、単なる推測に過ぎません。それを前提にお聞きいただきたく願います」
「どうぞ」
「では……私は生業として遺跡の調査を行っておりますが、調査に値する遺跡は、概ね土の下にございます。あるいは砂の下か、たまに岩山の中。いずれも、地表のものではありません。地に出ている遺構は、荒れ果てて見る価値もないものが大半です。ですが、地表にも際立つ遺跡があるように思われます」
「それは、初耳ですが、一体?」
すると、ティナさんは真面目な表情を少し崩し、小さくため息をついた。そして、「妄言と思わないで下さいまし」と前置きを。
しかし、当代随一の考古学者とされる彼女に、唾を吐こうって方はいない。誰もが真剣に耳を傾ける中、彼女は短い言葉を発した。
「各国の王都ですわ」
「王都が、遺跡と?」
「はい。そこに人が住んでいる以上、遺跡と呼ぶには不適当でしょう。ですが、王都城壁内で魔法を使えなくなる仕組みは、現代の技術を以ってしても再現できておりません。失われた技術がそのままに、理解を超えて存在する。私たちが普段触れ合う王都の奥底は、私の基準では、遺跡と呼ぶにふさわしいものですわ」
その発言自体には、一理あると見た方が少なくない。ただ、話の先が見えてこず、
一方で、話の流れを察したのか、一部の方には深刻な色が浮かび上がってもいる。トリスト殿下も、ナーシアス殿下も。
そして俺も。彼女の発言を縫い合わせ、導かれる先を考え……思いついたものに身震いした。
彼女に率いられて遺跡発掘したとき、土の下にある遺跡とは対照的に、土の上の遺構は見る影もなく荒廃していた。その時は、それが何らかの戦乱か、遺棄されて後の風化によるものと思っていた。
しかし……魔人との最終決戦の地、広がる白い砂の海。荒れ果てた遺構と、破壊的な光がオーバーラップする。
そして、彼女はその見解を口にした。
「今回と同様の破壊が、太古の昔に世界中で生じたのだと思います。その際、防護の術を持たない町や村は破壊しつくされ……各国の王都、ないしそれに準ずる都市は、天から注ぐ破壊に耐えることができたのではないかと」
「いや、しかし……だとすれば、今はなぜそうした守りが?」
「都市全体を守るほどの防備を維持できなくなったか、その必要がなくなって使われなくなったか、意図的に封印したでのはないでしょうか。そうして使われないまま時が流れ、忘却されていったのでは」
それから彼女は、困惑する様子の方々を見回した後、はっきりとした口調で自説を結んだ。
「私が今まで目にした遺構は、いずれも災禍というものを思わせるものでした。一方で、現に存して私たちが良く知るはずの王都は、その起源を知られていません。そして、いずれの国の歴史も、ある時期を境に不自然に途絶えています。これらの未知が導く結果として、私は先の自説を提唱します」
しかし、彼女の元へ返る言葉がないままに、時間が流れていく。
俺としては、彼女の言葉は正当だと思う。しかしそれは、おそらく、俺が別の世界で生まれたからこそ持ちえる印象だろう。俺は他の方々よりもずっと、この世界の歴史を客観的に捉えることができる。
彼女の言に異論こそ出ないものの、それをかみ砕いて受け止めるには、まだ時間が必要なように思われる。この説に同意しておられるように見えるトリスト殿下も、他の方のためにと議論を中断されるお考えのようだ。
しかし、遠くから近づく慌ただしい足音が、この沈黙を破って場の不安を掻き乱す。何かあったのだろうか?
足音が迫るほどに緊張は高まり――そして、扉が開け放たれた。
やってこられたのは、ご主君であるアルトリード殿下だ。別件を済ませ、急いで駆けつけてこられたのだろう。「なんだ~」といった感じの安堵の空気が広がる。
ただ、空気の弛緩は一瞬のことだった。殿下の傍らにもう一人。初めて見るであろうそのお姿に、会議に参席する多くの方々が警戒と緊張を強める。
そして、面識のある俺とティナさんにとって、衝撃はより一層強烈なものだった。
殿下が、アーチェさんを伴ってこの場に来られた。失われし時代の、生き証人を連れて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます