第602話 「サミット①」
昨年、世界中に広まった情報公開の流れがある中、アル・シャーディーン王国の王都が壊滅したという報も、包み隠すことなく民間へと伝えられた。
この決定について、議論は当然あっただろう。しかし、一つの王都が潰されたという事実は、いつまでも隠し通せるものでもない。いずれ知れることなら、腹を括って知らしめる方が、少なくとも必要以上に信を損なわないで済む……というわけだ。
ただ、あれが何らかの現象によるものなのか、はたまた意図的な攻撃なのか、詳細は誰にもわからない。
一つ言えるのは、安全の確約などできないということだ。喜ばしいはずの年明け早々、悲劇的なー報の到来に、民の動揺は相当なものがあった。
そんな中、不幸中の幸いと言っていいのかわからないけど、雪はある意味では好都合に働いた。
王都であっても安全は保障されず、むしろ攻撃目標となっているのかもしれない――そういう声があったものの、都市という生活圏から這い出て、慣れない銀世界へ繰り出せば、都市より先に身の破滅が待っている。
もとより外出しようという意気を削ぐようなこの寒気は、いずれ来るかもしれないその時を、家族とともに家にこもって待つ選択を与えた。
詳細不明なこの危難にあって、各国上層部の動きは早い。とりあえず、各国の国家元首とごく少数の重臣からなる会談の場が設けられることとなった。
場所はマスキア王国の王都。連合軍の母体でもあった国だけに、あの当時の流れを汲んで自然と開催地が決まった格好だ。日時は、現地時刻での1月3日9時。
そうしたトップ会談が行われる一方、また別の動きもあった。
☆
1月3日、現地時刻では……11時だ。そろそろ向こうでもサミットが始まっていることだろう。
俺は窓の外の空を見上げた。この国でも重たい雲が空を覆い、ちらつく雪が舞い降りてくる。
ここはスフェンディア王国の王都ルプス。トリスト殿下のお国であり、魔法全般において他国よりも優れた技術と知恵を有するとされる魔法王国だ。
窓の外に見えるのは、石造りの街路と、地に刻みこまれた水路。水の都として名高いこの王都は、水路が縦横無尽に張り巡らされている。写真で見るようなイメージしかないけど、ベネチアもこんなふうなのかな、と思う。
背が高い建物は少なく、地面にまでしっかり日が差すあたりは、フラウゼ王都フラウ・ファリアと同じだ。街に並ぶ建造物の壁は、なめらかな石膏で化粧されているようで、壁にはちょっとしたレリーフが彫られていることもしばしば。
風光明媚な街並みは、観光にはもってこいだろう――こんな状況じゃなければ。
この先のことを思い、俺は窓から視線を外した。部屋の中へ向き直り、次の会議への同席者に顔を合わせる。
俺たちにあてがわれた応接間みたいな控室には、俺の他にもう一人いらっしゃる。だいぶ久々にお会いする、ティナさんだ。遺跡発掘の頃に知り合って以来の再会だから、一年以上は経っている。
最近は日が差さないところでのお仕事が多かったのか、前にあった時のような日焼けはなく、肌が少し素の白に近づいている。こういう席への参加ということで、パッサパサなイメージだった髪も、今日はしっとりしているように見える。
彼女と同じテーブルに着くと、彼女は苦笑いして話を切り出してきた。
「それにしても、大変なことになりましたわね」
「ええ、本当に」
「お互い、あまり緊張しないように努めましょうか。でないと、互いに
「はは、そうですね」
ジョーク込みのご提案に笑って応じてから、俺は軽くため息をついた。
各国国家元首によるサミットが行われるその裏で、ここでは別の会談が行われる。あちらの会談に出向かれる元首に次ぐ地位の、各国王太子や王妃、王弟や公爵からなるサブの会談だ。
その場に俺とティナさんの二人が招致された。ウチの殿下直々のご依頼だけど、殿下ご本人は別件があるとのことで王都におられる。
いわば殿下の代理としての出席になるけど、単なる変わり身としてではなく、俺たち二人ならではの知見を期待されてもいる。ティナさんには、世界各国に通用する考古学的な幅広い見識を。
そして、俺に求められたのは――前世の知識だ。「何か少しでも、この事態の把握に役立つ知識があれば」と。
一応、普通の魔法使いではない、俺ならではの魔法的な所見も期待されているようだけど……本命はやはり、この世ならざるものの知識だろう。
しかし、この事態の全容を暴くのに、俺の知識が役立つかどうか。つい考え込んでしまう俺に、ティナさんは穏やかな表情だけど真剣な眼差しを向けてくる。彼女としても、この会談の場で俺が何を口にするか、強い関心があるのだろう。
俺に向けられた殿下のご期待が、実際にはどれほどのものなのかはわからない。たぶん、ダメ元的な何かだろうとは思うけど……お役に立てればという一心で、俺は思考を巡らした。
そうして静かに時間が過ぎていき、その時がやってきた。控室のドアが遠慮がちに叩かれる。「用意が整いました」との声で、俺たちは部屋の外へ。
案内されたのは、ドーム状の天井を持つ広間だった。中央には巨大な円卓が置かれ、すでに何名か席についておられる。平素であればお声がけするのも叶わないような、高貴極まる血筋の方々だけど……俺とティナさんの顔を見るなり、皆様方はよく知る知人が来た時のように、表情を緩められた。
俺のことは、あの戦勝式典関係で認知していただけたことだろうし……ティナさんのことは、そのずっと前から広く知られているんだろう。世界各国巡っての遺跡発掘は、王侯貴族から乞われて手掛けることも、少なくはないそうだし。
つまり、俺たちは平民ながら、この場に居合わせることを疑問視されていないってわけだ。
それでもさすがに恐縮は覚えつつ、俺は案内されるままに席についた。俺とティナさんの間は、一つ空いている。後で殿下が来られる、かもしれないという話だ。
席に着くと、俺たちの元へトリスト殿下がやってこられた。この場を提供なさっているお立場で、今回の会合にあっては議長役を務められる。
さすがに座ったままではと思い、俺もティナさんも立ち上がった。その様を見て、殿下は少し力なく笑われてから、俺たちに仰った。
「お久しぶりだね、二人とも。オーランド女史の方は……四年ぶりぐらいかな」
「はい、そのように記憶しております」
「相変わらず元気そうで何より。リッツも……腕は大丈夫かな」
「はい、お気に留めていただき、望外の至りです」
すると、殿下は短くため息をつかれ、仰った。
「二人とも、無理な注文かもしれないけど……あまり緊張しないでほしい。このような状況にあっては、私たちは等しく無力で無知に近い。しかし、あなた方はもしかすると、無知よりは先の数歩を歩んでいるかもしれない。その知見に教えを乞いたいと思う」
そうして殿下は、まるで師にそうするように、頭を下げてこられた。応対に困って頭がフリーズしかける。他の王侯貴族の方々が見ておられる中でのことだ。
ただ、頭を下げられたのは、ほんの短い間のことだった。俺は棒立ちしかできなかったけど、ティナさんも同じた。キョトンとする俺たちに、殿下は真剣な表情を少し柔らかくなさって、「逆に恐縮させちゃったかな?」と口にされた。それから、自席へと戻られていく。
まぁ……悪印象を持たれてはいない。あんまりカチガチに固まったのでは、殿下のみならず、この場の皆様方にも悪いだろう。
再び席に着いた俺は、気分を落ち着けるために目を閉じ、深い呼吸を何度も繰り返した。
それから、出席者が徐々に揃っていき、程なくして円卓の大多数が埋まった。
その中には、あの国のナーシアス殿下もおられる。無事を喜ぶ気持ちと同時に、憔悴した様子のそのお姿に、なんとも言えない悲哀が沸き起こる。
こうして一通りの参席者が集ったところで、議長のトリスト殿下が開会を宣言なさった。
「では、今回の事変に関する会議を始めます。参席した各々方には、
「取り決め?」
問いかける声に殿下は向き直られ、それから全体を見渡して仰った。
「円滑な会の進行と、今後のためと考えまして、二点ほど。まず、過度に感情的にならないこと。次に、他国の決定や意向を、決して批判しないこと。これをルールとしませんか」
「意図するところはわかりますが、一応、その想いを口にされては?」
「いずれの国も、一枚岩ではないでしょう。国の決定が、この場にいるそれぞれの意志と異なるということもあるでしょう。互いにままならない中で生きています。そのことを、互いに汲み取ってもらえればと」
このお言葉に、様々な思いが去来した。今回、悲劇に見舞われたナーシアス殿下のこと。主たる会議とは別に、こうして集まって会議が執り行われること。そして……ウチの殿下が関わっておられる別件とは、一体何なのだろう?
未曾有の事態を前にして、いずれもが謎と疑問を抱えるまま、多くのものを賭けた会議が始まる。
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