第599話 「年末年始は白に染まって」

 一年最後の日の夕方。今日は後輩の子たちと一緒に、増え過ぎた猛獣の討伐に行っていた。今はその帰りで、ギルドに向かうところだ。討伐対象は、事前情報ではちょっと凶悪になった野犬程度ということで、大したことのない相手という話だったけど……。

 問題は、この雪だ。もともと白い建物が多いこの王都は、すっかり雪に包まれて、ますます真っ白になっている。凍死者が出るような厳冬ではないけど、それでも例年にない冷え込みだ。

 討伐依頼の方も、慣れない雪の中での戦闘になり、慎重を期してだいぶ時間がかかった。それでも、目立った負傷がないまま終わって、何よりではある。


 さすがの寒さに、普段はドア開けっ放しのギルドも、きちんとドアを閉めている。

 ドアを開けると、温かな空気が外へと漏れだしてきた。暖色の温もり満ちる中へ、後輩の女の子が「すみません~」と我先に入り込んでいく。よっぽど寒かったんだろう。

 ロビーには、いつもよりも大勢の冒険が集まっていた。暖を取りつつの暇つぶし、あるいは仕事納めの挨拶ってところか。

 すると、俺たちの帰還に気づいた連中が、やや赤くなった顔で声をかけてくる。


「おっつかれさーん、ミステリアス閣下!」

「酔ってんのか?」

「酔ってま、せーん」


 そんないい加減な連中を指さし、後輩の子たちに「ああいう風にはならないようにね」と笑顔で言うと、みんな苦笑いになっていく。


 受付にいるのはシルヴィアさんだ。前に立つと、まず「お疲れ様です」と笑顔で言ってくれた。それから、隊のリーダーの子を前に立て、後ろから報告を聞くことに。

 一通りの報告が済むと、ロビーにたむろっている連中が拍手してきた。こういうのは、茶化してのものじゃなくて、本心からだろう。すっかり場の中心人物になった中、後輩の子たちは、はにかみがちな笑顔を見せた。

 その後、シルヴィアさんから、この依頼について先輩としての所見を尋ねられた。

 しかし、俺の方からは特にいう事がない。雪中の戦闘というイレギュラーながらも、じっくり仕上げていった仕事ぶりは、危なげのないものだった。そういったことを素直に伝えると、後輩たちはますます照れくさそうになった。

――先輩方や上の方々から見ると、俺もこんな感じなんだろう。


 こうして口頭での報告は終了、後は報告書を仕上げて正式に依頼完了だ。用事が済んだところで、俺は外の様子をチラッと見てから、シルヴィアさんに尋ねた。


「雪、大丈夫ですか?」

「気になりますよね、やっぱり。ギルドとして何かしらの仕事が発生する可能性は、現時点でもあります」


 すると、周囲の連中が急に静まり返り、彼女の話に食いついてくる。場の注目を一身に集めた彼女は、「みなさん熱心で嬉しいですね!」と朗らかに笑いつつ、この先について話してくれた。


「今のところ流通に大きな支障は出ていませんが、今後の降雪・積雪次第では、運搬関係に人手を回す可能性があります」

「そういう依頼が? いつもの運搬や護送の延長みたいな感じスか?」

「ギルドとしては、依頼一つ当たりに、より多くの冒険者を回す感じで考えています。追加の人件費については、依頼主からいただくのではなく、国や王都の予算で賄うという話が進んでまして。みなさんの視点では、単にそういう仕事が増える程度の認識で大丈夫ですよ」


 つまり、ギルドに依頼を出す事業者が、あおりを食う話にはならないようだ。いつもの顧客が苦しむようであれば、ギルドと冒険者も結局は苦境に立たされる。そこで公的資金注入が検討されているという話に、胸を撫で下ろす同僚は少なくなかった。

 それから、シルヴィアさんは、また別種の依頼について言及した。


「降雪の具合次第ですが、これ以上にひどくなるようであれば、除雪の仕事が必要になるかもしれません」

「なるほどなぁ……そういう話が出るの、生まれて初めてだぜ」

「現状では問題ないかと思いますけど……一応、ラウルさんやサニーさん中心で、屋上の除雪作業について実地検証してます。状況次第では、ホウキ乗りに高所での除雪依頼が出るかもしれません」

「へえ……何だか、大事おおごとになってきてる?」


 誰もハッキリとは口にしなかったけど――これはきっと、異常気象なのだろう。新たな世の中を迎える流れの中、新年を前にして、何とも言えない不穏な空気が漂う。

 しかし、そんな空気を、シルヴィアさんは持ち前の明るさで払拭した。


「私としては、こういう新しい仕事って、割とアリですよ? だってみなさん、『普通の仕事は飽きた~』とか、ナマイキおっしゃるんですもん」

「いやさ~、だからって新しい仕事が雪かきってのは、ちょいと地味だぜ~」

「んも~、やる前からそういう事言って、んも~」

「んも~」


 急に場の空気がほぐれて砕けたものになる。そんな中、窓の外を眺めていた同僚が、ポツリとこぼした。


「この中を帰るのか……」


 すっかりぬくぬくした空気とは対照的な、深刻そうな口調の発言に、一瞬静まり返ってから笑い声が満ちた。


 しかし、そのボヤキに対し、すぐさま強い共感を覚える羽目になった。いっぺんぬくぬくした後に再び寒空の下へと身を晒すのは、結構な厳しさがある。

 後輩の子たちと別れた俺は、一人西区へと足を向けた。すっかり暗くなった上に、年の瀬で、しかもこの寒さ。街行く人はほとんどない。

 それでも物寂しさを感じないのは、街の明かりのおかげだろう。窓の向こうをチラ見してみると、温かな光の中で食事してたり、家族で談笑してたり。俺も早く帰ろうと、少し足早になる。

 そうして宿に帰ると、リリノーラさんが出迎えてくれた。


「お帰りなさい! 遅くまでお疲れ様でした!」

「ただいま~」


 すると、宿のみなさんが「おかえり~」と返してくれた。みなさんお揃いで暖を取っていたらしい。よく見ると、ここに住む全員いらっしゃる。


「みなさん、今日は早かったですか?」

「ええ。こんな天気だから、早めに帰してもらって」

「ウチも。お客さん少なかったし」

「冒険者は大変だね~」


 それを聞いて、思わず苦笑いしてしまった。久々に冒険者らしい仕事をやったところ、こんな天気で思わぬ苦戦をした。でもまぁ、予想外と戦うのも冒険者の仕事であり、こういうのもいい経験だろう。

 それから俺もみなさんに混ざって席につくと、リリノーラさんが温かい茶を注いでくれた。


「どうぞ。明日は、お休みですか?」

「今のところは」

「何か気がかりでも?」

「いや……最悪、雪かきに駆り出されるかも」


 すると、「まっさか~」という声が。そこで俺は、先程ギルドで聞いてきたことの内、部外者向けに話せそうな部分を口にした。雪対策で仕事が発生するかもという話だ。

 最初は俺の話をジョークと捉えていた感じの方々も、もう少し詳細な話を聞くと、ちょっと真面目な感じになっていく。


「もしそうなったら……雪かきやってもらえるのはありがたいけど、なんか申し訳ない感じもするね」

「いや、別に大丈夫ですよ。給料発生しますし、どうせ遊びながらやるでしょうし……」


 そう答えて茶をすすりながら、俺は窓の外に目を向けた。雪はしんしんと降り続けている。

 マジで、どうなるんだろ、コレ……。



 翌1月1日早朝。珍しくドアを叩く音で、俺は目を覚ました。他の方の事を考えてか、ノックは控えめな感じだ。まぶたをこすりながら、俺は外に返答した。


「は~い、起きました」

「すみません、リッツさん」


 起こしに来たのはリリノーラさんだ。彼女は続けて「お客様です」と言った。

――こんな朝っぱらから? すぐに目が冴え、俺は時計を確認した。今の時刻は……5時前ってところだ。年始早々に、一体……。


「どちら様が?」

「お役所の方ですが、詳しいことまでは……」


 なんだか妙な予感がする。窓の外は真っ暗だけど、雪は確実に降っているだろう。そんな確信がある。この異様な冷え込みと、今回の訪問が、頭の中で勝手に結びつく。

 それからさっさと身支度を済ませた俺は、ドアを開けた。リリノーラさんはすでに仕事の服を着ている。こんな早朝でも装いはいつもどおり、違うのは心配そうな顔だ。そんな彼女を見ていて、俺は一つ思い出した。


「何でしょう、リッツさん」

「いえ、挨拶がまだだったなと」


 すると、彼女も今やっと気づいたという風で、苦笑いした。そこで、手短に朝と新年の挨拶を済ませ、階下へ。

 下で待っていらしたのは、ルディウスさんと見慣れない方だった。服装を見る限り、確かにお役所の方だ。

 そして、お二人とも心配そうな顔をしている。その様子を見て、この役人の方も、俺を呼ぶために遣わされただけなんじゃないかという気がしてくる。俺が呼ばれる理由までは知らないというか。

 俺の姿を認めると、彼はだいぶかしこまって姿勢を正した。かなり緊張していて、年明けのこんな朝から大変だなと思ってしまう。そして、彼は言った。


「このような時に申し訳ございません、リッツ・アンダーソン様にお呼び出しが」

「わかりました」


 本音を言えば、呼ばれる理由と向かう先を聞いておきたくはある。しかし、それが明かせないものだったとした場合、宿のお二人に無用な心配を与えかねない。

 そして――これは直感に過ぎないけど、おそらくは向かう先ですら、聞いても教えられないのではないかと思う。だったら、俺は「ああ、あの件ね」ぐらいの感じに振る舞うのが、お二人にとっては気苦労がないはずだ。

 とはいえ、俺自身、この状況は心配だ。一体、何用なんだろう。一度息を深く吸って吐き、俺は宿のお二人に向かって言った。


「では、行ってきます」

「……はい」

「たぶん……雪かきの相談ですよ」


「ヤレヤレ」感のある疲れた笑顔でそう言うと、お二人はちょっと表情を柔らかくしてくれた。一方、役人の方の硬い表情はそのままだ。

 本当に、雪かきの相談であってくれたらなぁ……。

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