第598話 「世の中と俺たち」

 11月19日10時ぐらい。

 今年は雪が降るかもという予想は、だいぶ控えめなものだったようだ。暦の上では秋も終わらない内ながら、温暖で雪が珍しいこの国で、三日前に初雪が舞い降りた。それから今日まで、ささやかな小雪が降り続けている。

 雪自体が珍しいこの国にあって、こんなに早い初雪はかなりの珍事なのだろう。この王都で飛び交う話題といえば雪一色で、街路を行き交う子どもたちのはしゃぎようも、相当なものがある。

 そういう小さな子たちがケガをしないようにと、街路では衛兵の方々が見張っている姿も散見される。まぁ、どの方も気が張っている感じではなく、目を細めて見守っている感じだ。

 そんな微笑ましい光景を横目に俺は進み、待ち合わせをしている西門前へ向かった。

 門を出ると、すでにハリーとネリーが来ていた。俺を見るなり、ネリーがニッコリ微笑んで「オハヨ」と話しかけてくる。


「しっかし、寒いよね」

「……たまには、こんなのもいいんじゃない?」

「まーねー」


 俺たちの他には、サニーとセレナ、エスターさんとアイリスさんが来る。だいぶ前に仕事でヤバい事になった時のメンバーに、アイリスさんを足したメンバーだ。この七人で、このクソ寒い中、これからピクニックに向かう。

「世の中平和になったし、どこか遊びに行こう」ということで話が持ち上がったけど、俺やアイリスさんが色々と駆り出されているおかげで、なかなか時間を取れなかった。そこで、今年は雪が降りそうだから、降雪に合わせて時間を作って……みたいな話になって、今に至る。

 まぁ、雪で遊べるほどの降雪量じゃない。王都の外の街道脇も、草地がうっすら白い程度。それでも、なかなかお目にかかれない光景ではあり、気分転換にはちょうどいいだろう。

 俺が来てから程なくして、サニーとセレナが。それからまた少し遅れて、残る二人もやってきた。苦笑いのアイリスさんが言うには「服を選んでいたら、いつの間にか……」という話だ。

 そんな彼女の装いは、買ったばかりと思われる、中性的な雰囲気のロングコート。色々目立つ立場になって、あちこちで歩く必要が出てきたということで、変装需要で選んだっぽい。コートで体の線が消えるから、これで帽子を目深に被ってマフラーでも巻けば、大方の相手には性別不詳で通るだろう。

 とはいえ……彼女の友人知人には、もう通用しないと思うけど。


 こうしてメンバーが揃い、俺たちは門衛の方に軽く手を振られながら、西門を離れていった。

 今日はそんなに遠出するわけでもなく、王都から一時間ぐらい歩いたところにある、ちょっとした湖と林があるところが目的地だ。そこで寒い中ダラダラする。

 雪混じりの砂の道を踏み、サクサクと軽い音が立つ中、ネリーがつぶやくように言った。


「シエラ、元気かな」

「どうだろ。あっちの方がヤバいって話だし」

「やっぱり?」

「ええ」


 その辺の事情により詳しいアイリスさんが、会話に混ざってきた。そこで、彼女の口から、シエラの近況について教えてもらう流れに。

 共和国でのホウキ普及のため、各種承認が議会と工廠から下りたことで、シエラたちは共和国へ向かった。これは先月中旬ぐらいの話だ。

 その、シエラ"たち"の中には含まれるのは、工廠職員数人ばかりではない。冒険者ギルドや魔法庁、さらには都政庁の職員の方も含まれている。ホウキ量産と並行し、運用面や法の整備も進めようってわけだ。

 そうして国を離れたシエラとアイリスさんは、互いの近況を手紙でやり取りしている。で……あっちは予想以上に大変なことになっている。この国だけじゃなくあちらも、例年にない気候になっているからだ。


「秋口から、かなりの冷え込みを見せているようで……とても、屋外を飛べるようなものではないと」

「共和国の軍の方も、ですか?」


 少し驚いた様子のサニーが問いかけると、アイリスさんは「そのようです」と返した。


「もともと、厳冬期での運用は考慮していなかったという話ですが……現時点でも、飛ばすにはやや無理があると」

「せっかく向こうに行ったのに、これでは足止めですね」

「ええ。ですが、他にやることができたということで、手持ち無沙汰にはなっていないようです」

「他にすること?」

「寒さや雪の中でも飛べるような工夫、あるいはそのルール作りですね」


 そういえば……今でこそ当たり前に空を飛んでるけど、フラウゼにホウキを根付かせるのにだって、もともとはシエラの努力と忍耐があってこそだった。

 そんな彼女にしてみれば、雪国である共和国の冬将軍も、乗り越えるべき障害の一つにしかならないのだろう。遠い地でも頑張っている彼女のバイタリティを耳にでき、胸の内が温まる思いだ。

 彼女の話に続き、国際協力つながりということで、今度は俺やアイリスさんの近況について話す流れになった。「最近は、どのような仕事を?」と聞いてくるセレナに、俺は「セレナみたいなことしてる」と返した。


「私みたいな、ですか?」

「なんていうか、セレナの演武みたいに……色々な国を巡っては、魔法を使って見せたり講演したり……」

「なるほど、お手本になってるんですね」

「そんなとこ」


 魔法一つでのし上がった平民ということで、俺の元にはそういう依頼話が、俺個人にやってきている。それにお応えするべく、各国を周ってるってわけだ。

 それ自体は大変光栄なことなんだけど、問題も確かにあって……この仲間たちにすら言えないような秘密が、俺の力や功績の大部分を占めているってことだ。公に話せる中での、俺ならではの技となると、今のところは双盾ダブルシールドぐらいしかない。反魔法アンチスペルは、他国へ伝えるには時期尚早だし。

 まぁ、双盾一つでも、受けはかなり良かった。広める許可を取りに行ったところ、エリーさんは超喜んでくれたし。


 アイリスさんの方はと言うと、もう少し政策寄りで動いている。共和国入りした時や、連合軍に参加した時の経験などを踏まえ、国際協調の意義を説いて語るような。

 ただ、こちらもこちらで隠し事は多い。共和国に行った時なんかは大事件が起きたし、連合軍としての決戦時も、戦闘の詳細は明かせないところが多い。

 そういう秘密を抱えながら、様々な方に会って話をするのは、彼女でも結構キツいらしい。

 俺たちの近況について話し終わると、セレナは「大変ですね……」といたわりの言葉を向けてくれた。


「ほんと、今までの仕事とは毛色が違うから、ちょっとやりづらいというか……」

「でも、僕らの隊長がそういう仕事に就いていると思うと、鼻が高いですよ」


 朗らかに言うサニーに、ハリーも我が意を得たりとうなずいた。

 まぁ、戦友にこう言われるなら、悪い気はしない。



 なんやかんやと談笑しながらだと、一時間は割とあっという間だ。目的の湖畔に着いた俺たちは、まず枯れ枝や枯れ葉を集めていった。ちょっとした焚き火を作るためだ。

 そうして七人で手分けして動き、程なくして準備が整った。こんもりとした小さな山状に燃料が盛られ、横に継ぎ足しの用意。

 すると、枝葉の小山に、アイリスさんが小さな魔法陣を刻み始めた。一瞬で記述されたそれは、赤に染まって火を放ち、たちまち焚き火ができ上がる。

 赤い魔法陣は王家の力――そんな文化があり、おいそれと平民が手を出せるものではない。しかし、これからの世の中は、そういう認識も変わってくるんだろうか。舞い踊る火の粉を眺めながら、そんなことを思った。

 もっとも……文化的側面の前に、そもそも習得と仕様が困難なわけだけど。


 それから俺たちは、少し早い昼食を取ることにした。湖から釣り上げた細身の魚、あらかじめ買ってきたパンなどを枝に刺し、適当に火で炙る。七人で焚き火を囲み、アツアツの食事でまったりムードに。

 ただ、単に食事を楽しむだけでなく、この場でみんなに話しておきたいことが、俺にはある。

 そこで俺は、アイリスさんに目配せをした。彼女の方は、俺がこの後何を話すつもりなのか、察してくれたようだ。ほんの少し縮こまり、固唾を飲んで事の成り行きを見守る体勢に。

 そして、俺は深く息を吸い込んでから、みんなに切り出した。


「実は、重要な話があるんだ。聞いてほしい」


 俺の言葉に、特に返答はなく、みんな真剣な目を向けてくる。

 しかし……ネリーとエスターさんは、アイリスさんの方へチラッと目を向けた後、何の話か察したのかもしれない。俺に向け直した目の中に、なにやら優しげな感じがある。

 そうした視線を受け、急に気恥ずかしさを覚えた俺は、一度咳払いしてからみんなに告げた。


「実は……こちらのアイリスさんを、生涯の伴侶にと」


 すると、食べていた魚が変なところに入ったのか、サニーが口を閉じてむせ始めた。セレナは彼の背をさすりつつ、俺とアイリスさんの方を、驚いた様子で交互に見まわしている。ハリーも似たようなもので、無言で目をパチクリしている。

 そんな中にあって、やはりネリーとエスターさんは、予想通りといった感じの様子だ。察しのいい女性二人が、笑顔で祝福してくれる。「おめでとう」とエスターさん。ネリーは、「やっとくっついたね」


「やっと?」

「え? いや、リッツがずっと一人だと、もったいないって思ってて。でも、相手がアイリスさんで、私も嬉しいよ」


……なんとなくだけど、ネリーも以前に、あの子から相談を受けたんじゃなかろうかって感じだ。

 いや、あの子にそういう相談相手がいたってことはいいことなんだけど……俺だけがあの子の好意に気づかずに独り相撲していたようで、なにやら恥ずかしくなってくる。

 そうして微妙な感情を味わっていると、エスターさんがにこやかに話しかけてくる。


「その時の衣装は、ウチで面倒見させてくださいね! もちろん、タダで結構ですから」

「いや、払いますよ。ちゃんと貯めてますし。それに、ちょっと気が早いというか……」


 この、「ちょっと気が早い」という発言は、別に遊び半分で考えているという意味には取られなかった。場の雰囲気が少し締まって、真剣みを帯びていく。

 すると、むせこんでいたのから回復したサニーが「すみませんでした」と、顔を少し赤くしながら切り出してくる。


「やはり、今の世の中では、難しいでしょうか?」

「いや、いい流れができているとは思うんだ。ただ、すぐにってのは、難しいと思う」


 連合軍においての戦いや、最近の諸国巡りの中で、立場のある方々との面識ができた。その中で教えていただいたり、俺自身感じ取ったりしたこととして、世の中は脱貴族の流れに入りつつあるようだ。

 そうした潮流の根底には、大昔の過ちからの決別や脱却があるのだと思う。国際協調の流れの中、貴族という力に固執するようでは、”二心アリ″と取られかねないというのもあるだろう。貴族が立ち向かうべき魔人という、人類共通の脅威もないわけだし。

 そこで、貴族の家系に少しずつ平民の血を混ぜていき、やがて自然消滅させようという企てが、密やかに持ち上がっているそうだ。なんだか核廃絶みたいな話だけど……。

 こうした流れにも、問題はある。今まで国を支えてきた、貴族という柱を、国や民が手放せるかどうかということだ。


「……というわけで、いい流れはあるんだけど、すぐに形にできるかどうかは微妙なところ」

「なるほど」

「貴族階級を無くすと言っても、それはマナの色の話であって、名家としての影響力は残るだろうし。そこへ平民の血を混せるとなると、それなりの説得力は必要だと思う」


 俺がそこまで言うと、みんな何やら察した、あるいは気づいたという顔になっている。そこで、セレナが口を開いた。


「もしかして……リッツさんがあちこち飛び回っているのって」

「まぁ……そういう事情もあるよ、うん」


 すると、女性陣がアイリスさんを「良かったねぇ」と言わんばかりの顔で、ポンポン叩いたり突っついたり始めたり。恥ずかしそうに少し身を縮めるアイリスさんは、それでも嬉しそうな顔をしている。

 戦友二人はと言うと、視線で激励してくれた。サニーもこれから頑張る側なんじゃないかと思わないでもないけど……いや、ちゃんと付き合えてる分、俺よりも進んでるんだよな……。

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