第597話 「冒険者としての先行き」
例の式典以降、色々あった俺のあだ名に、新種が加わった。
「よう、閣下!」
「うるせー」
10月7日昼前。ギルドへ向かう道中、仕事仲間が楽しそうに呼びかけてきた。
この王都でも行われた式典で、王侯貴族に混じって叙勲したことが、仲間たちには相当インパクトがあったらしい。それでついたあだ名が、閣下やら大将やらだ。
まぁ、俺単体でいる時に使われるなら、別にいいだろう。しかし、他にそういった敬称をつけるべきお方が一緒の時は……いや、笑って許してくださるか。
こうして妙なあだ名が付いたものの、仲間たちから変に持ち上げられたり、遠慮されたりという感じはない。気のいい連中が遊び半分で呼びかけてくる程度で、親しまれているのは何よりだ。
それで、笑顔で絡んできた仕事仲間たちは、俺がどこへ行くのか興味があるようだ。
「大将! 今日はどちらへ行かれるんでさあ?」
「ギルドから呼ばれたんだよ」
「へえ」
「あっちの方がお
「ちげえねえ」
今まで色々飛び回っていて、ギルドへはそんなに顔を出せていない。あの戦いにおける報告は完了しているから、今回呼ばれたのは別件だと思うけど。
ギルドの入り口に着くと、一部の後輩の子たちからキラキラとした目線を向けられた。その様を見て、ロビーにいた同僚が冷やかしてくる。
「さっすがミステリアス先輩」
「うっさいぞ、そこ」
俺はここのギルドに所属しているけど、長いこと普通の仕事には取り組めていない。また、世間に広まった戦功の中身は、色々な事情があって秘匿情報となっている。一方、多方面の仕事に関わらせてもらったおかげで、仕事上の知り合いは多い。
そんなこんなの要因が絡み合い、俺の活動の実体が不明瞭なまま、名前が後輩たちの間で独り歩きしていって……俺のことはミステリアスな人物だと思われているらしい。
まぁ、このあだ名というか扱い自体は前々からだけど、最近は拍車がかかったというか……注目を浴びて照れ臭い中、俺は歩を進めていって、受付に向かった。
今日の担当はネリーだ。さすがに話が早く、彼女は「奥へどうぞ」と促してきた。それから、別の職員さんの案内で通されたのは、応接室だ。
先に席についているのは、ラナレナさんとウェイン先輩、そしてギルドマスター。予想以上の顔ぶれに緊張を覚えつつ、俺はお三方の対面に座った。
まず話しかけてきたのはラナレナさん。世間話ではなく、本題で切り込んでくる。
「昇格の話が持ち上がってて、まずは本人の意識調査ってところなんだけど」
「はい」
「Bランクからは、ちょっと毛色が違うのよ~。まずは、そこから説明するわ」
話題自体は真面目なものだけど、若手幹部のお二人は砕けた感じで、おかげで俺もあまり肩肘張らずに構えられる。
そうして、彼女はBランクへの昇格について話を進めた。
Bランクからは――簡単に言えば管理職になる。今まで通り普通に依頼を受けて仕事することもあるけど、その頻度は少なくなるし、そういった働きを求められる立場でもない。
では、何をするのかと言うと、後進の育成だとか、外部への営業だとか、組織運営への参画だとか……一介の冒険者ではなく、冒険者ギルドの組織人として動く感じになる。
ぶっちゃけちゃえば、ほぼフルタイムでここの務め人になるわけだ。ギルドから月給が支払われるようにもなる。
「依頼報酬じゃなくて、ほぼ定額の給与になるから、安定するとは思うわ。払いも……まあまあいいし~」
「正直、もうちょっと……」
ウェイン先輩が口を挟むと、ギルドマスターは苦笑いして咳払いなさった。とはいえ、マスターご当人も、ご自身の給金を自由に設定できるわけじゃないだろうけど。
こうしておおまかな説明を済ませた後、ラナレナさんは俺をまっすぐ見つめながら問いかけてきた。
「それで、どう思う?」
「昇格したいか、どうかですか?」
「ええ。でも、正直には言いづらいかもね~」
どうにも、心底を見透かされているような気がしてしまう。たぶん、俺の考えはみなさんお気づきなのだろう。
でも、そうだとしても、自分でハッキリ言うべきだ。軽く息を吸って吐き、俺はお三方に告げた。
「自分には合わないかと」
「だよな~」
ウェイン先輩が笑顔で声を上げた。なんかもう、本当に予想通りって感じだったのだろう。ギルドとしては、昇格のご提案を袖にされたわけだけど、不快に思われている感じはない。
というか、マスターも「さもありなん」と言った感じで、目を閉じ軽くうなずかれている。そして、ラナレナさんが、変わらない口調で話しかけてくる。
「私たちもね、ちょっと気を悪くされるかもしれないけど、あなたはこのままのランクがいいんじゃないかって思ってた」
「でしょうね」
「このギルドに収めてしまうよりは、今まで通りの方が、結局は私たちの仕事の幅も増えそうだし」
実際、ここの職員の座に収まったとしたら、その立場を活かしての展開というのもあるだろうけど……今まで程のフットワークは持ち得ないだろう。
そんなわけで、お断りしつつも双方の前向きな合意があり、話がまとまろうとしている。しかし……一つ気になることがあった。
「どうかしたかしら?」
「いえ……ずっとこのままの根無し草というのも、いかがなものかと思わないでもないので」
「それはそうよね。私も、そういう悩みはあったし、よくわかるわ~」
「それで……ここで一度断っておいて、自由に動きますと言っておきながら、結局はどこかに収まるとなると……なんか、申し訳ないなと」
別に、今現在の考えとして、具体的にどこかに属しようという目標があるわけじゃない。
ただ、あの子と結ばれるために、何らかのポジションないしポストってのは、必要になってくるかもしれない。世間の目って奴もあるだろうし。
そこでもし、俺が冒険者ではなく、なんらかの定職に就いたとしたら……という話だ。
ギルドとしては野放しが適切という考えがあるとしても、昇格の話自体は、俺の能力や実績を買ってくださってのことだろう。それを無下にするようで、心苦しい。
しかし、俺の言葉に対し、ラナレナさんはあっけらかんとした様子で言い放った。
「別に、気にしなくていいのに~」
「そ、そうですか?」
「大勢にとって、冒険者なんて足がかりの過程でしかないもの。ギルドとしては、せいぜいうまく利用してね~ってトコロ。こっちもこっちで、やることはやってるしね」
「そういうことだ」
「っていうか、ネリーも最初は恋人探しのつもりで入ったわけだしね~」
ああ……なんか、そんな話もあった。イイ男探すために、ギルドの受付やりたいとかなんとか、冒険者なりたての頃に言ってたな。早々にお相手見つかって、今に至るわけだけど。
彼女が話題に上がって、ちょっとした過去を懐かしむ、笑い話みたいな感じになる。それからウェイン先輩は俺に向き直り、表情を柔らかくして言った。
「話戻るけどさ、リッツの義理を通そうとするところは、好感が持てるぞ。そういうところ、俺ら相手じゃなくて、別のところで発揮してくれればいいからさ」
「お前たちな……」
これまで静かにしておられたマスターが、呆れ気味に口を開かれた。ただ、責めたり
すると、今度は何か思い出した感じのラナレナさんが、俺に向かって笑顔で話しかけてくる。
「Bランクになったら、もう一つ。とっても重要な仕事があってね」
「何です?」
「それはね~」
それが何だかわかっていない様子のウェイン先輩の横で、ニコニコしながら勿体つけるラナレナさんは、たっぷり間を持たせてから口を開いた。
「かわいい後輩を、笑顔で送り出すことよ」
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