第596話 「情報公開」

 諸国を巡っての戦勝式典は、つつがなく終了した。

 結局、仲間たちは俺たちが向かった全ての空をホウキで染め上げ、その国の国章を刻んで見せた。平和な世にホウキを普及させるにあたっては、すさまじいパフォーマンスになったことだろう。


 ただ、新時代の幕開けを予感させる空気の中で、世界は大きく揺れ動くことに。

 今の世の成り立ち――つまり、大昔に王侯が貴族階級を作り、そこから魔人が生まれたという話が、白日の下に晒されることとなった。それまで知らなかった人々にしてみれば、青天の霹靂へきれきだろう。

 しかし、長きに渡る戦いを乗り越え、新たな時代を迎えようという今だからこそ、明かせる話なのかもしれない。


 そうした情報公開に対する反応は、様々だった。中には、隠し事をされたことに憤る声も。

 しかし、こうした事実が明るみになったのが、つい近年のこと。考古学的な”発見”から、ようやく判明したこと。今を生きる王侯貴族も、結局は悪しき遺産に苦しめられる被害者でしかなかったこと――そうした事実が知れ渡ると、批判の声は泡のように消えてなくなった。

 それで、一般人から貴族の方々への見方が変わったかというと……割と微妙なところだと思う。

 というのも、遠いご先祖様にそういう苦しい事実があったとしても、現代の貴族の方々にまでそっくりそのまま引き継がれているわけじゃないからだ。

 一人一人の貴族に向けられる信望と敬意の念は、結局のところ、その人の人柄や資質によるところが大きい――そんな当たり前を再認識する程度に終わった感じで、依然として貴族の方々は敬愛すべき存在の座から、微動だにしない感じだった。たぶん、貴族の方々が勝ち得た絆は、本物なのだと思う。

 まぁ、俺の目につく範囲での変化といえば……アイリスさんの周りで女子会の頻度が少し増えたってことぐらいか。


 そういうわけで、大昔についてのカミングアウトは、大波乱の可能性もあったたろうけど、今のところは大きな混乱もなく収まっている。この件について先に貴族の方々が知っていらした上で、自分を律されていたというのも大きかっただろう。

 それに続く大きな暴露が、共和国からもあった。かつて魔人の国の軍師であったルーシア・ウィンストン卿と、共和国が王制を敷いていた頃の謀略が、共和国議会の名のもとに公のものとなった。大昔のことだからと、無関係を決め込むようなことはせず、議会としては最大限の謝罪と償いを行うとの話だ。

 それで当然のことながら、共和国の方では大変な騒ぎになっているらしい。もっとも、現政権だけに非難の矛先が向くわけではないけど。今の為政者も、結局は負債を丸投げにされてきて、今清算しているところだから。


 こうした騒ぎの中にあって、ウィンストン男爵家のメリルさんはと言うと……ちょっと微妙な感じだそうだ。所用であちらに訪問した際、苦笑い交じりに色々と伝えて下さった。

 共和国としては、メリルさんの御父上の爵位を、現在の男爵位から当初の位である侯爵位まで復位する用意があるらしい。

 しかし、ご当人としては、あまり乗り気ではないというか……ご一家全員が、この復位に関しては及び腰だという。「正直な話、貴族の位に拘泥するのが、世の流れに逆行するように思われますし」というのがメリルさんの談だ。「いっそ、平民にしてもらえた方が気楽」とも。


 正規の大決戦を終えて以降、こうした様々な形で、各国で情報公開の流れが進行している。

 この流れには、忌むべき過去を明らかにし、それを戒めとして新たな時代を……という、各国の指導層による、所信表明に近いものが込められているように思う。

 しかし一方、こういう世の中にあって、隠し事が増えていく領域もある。



 10月4日。天文院にて。

 総帥閣下がおられた漆黒の空間には、もう紫の大球体がない。というか、俺の目には見えない。代わりに、あの球体が鎮座していた場所の前にはイスとクッションが置かれ、その上に小さな紫の宝珠がある。

 こちらが、今の総帥閣下だ。

 すっかり小さくなってしまわれた閣下だけど、お元気ではあらせられるようだ。閣下は以前とお変わりない陽気な声で話しかけてこられる。


「久しぶりだね。今までロクに連絡しなくて申し訳ない」

「そうですね。あの一撃以降、連絡を取れなくなってしまったものですから……それなりに心配はしておりました」

「それなり、ね」


 閣下に言葉を返されたのは、トリスト殿下だ。他にお呼び出しを受けたのはアイリスさん。また、閣下の横にはウィルさんが控えていらっしゃる。この集まりで、どういうお話をなさるのたろう。

 すると、閣下はさっそく本題に入られた。「これは、各国上層部と魔法庁長官一同で決めたことなんだけど」と切り出される。


「諸国による連盟と天文院合同で、一つの部署のようなものを新設しようという話になって」

「部署ですか。名前は?」

「まだ決まってないんだけど。別にいらないんじゃないかって気もするね」


 スケールの大きな話かと思いきや、要領を得ない話の流れになってくる。ただ、聞いてみればよくわかる話だった。


「簡単に言うと、その部署に君たちみたいな、禁呪使いを所属させようってわけ。当該禁呪については、諸国連盟と天文院合議の元、使用の認証が下りるという形でね」

「それで……その認証が下りることは、ほぼ無いと」


 トリスト殿下のお言葉に、総帥閣下は明るい声で「ご名答」と仰った。


「国よりも更に上の立場の管理組織に判断を委ねる方が、君たちとしては気楽だろ? 世の中平和になっていくとはいえ、野放しのところを変に恐れられるよりは、首輪つけてるところ見せてやった方が好ましいだろうしね」


 つまるところ、ヤバい魔法を知ってしまってる俺たちを、大きな枠組みで管理監督――あるいは保護――しようというお話だ。俺とアイリスさんは盗録レジスティールの関係で、トリスト殿下は……何かしら俺たちが知らないのをご存じってことだろう。

 こういう仕組みを作ることで、俺たちばかりでなく、そういう禁呪使いを擁する各国や諸機関が、変な気を起こさないようにという意味もあるのだろう。部署名が特にないのは、誰にもその力を使わせない……ぐらいのニュアンスか。

 そこで一つ気になったのは、諸国の連盟って言葉だ。この世界にも国連みたいなのができ上がるってことだろうか? 俺は、疑問を口にした。


「諸国の連盟というのは、そういった機関が設立された、あるいはこれから設立されるという事でしょうか?」「ああ、それはね……」


 この場で唯一の王族であらせられるトリスト殿下が俺に向かって口を開かれた。


「国際的な意思決定機構を設けようという話は、実際に出ているんだ。ただ、まだまだ調整すべきことは多くてね。現時点では、都度会合を行う形式になっているのを、やがては常設の機関としていく感じかな」

「なるほど……ありがとうございます」

「君も、一枚噛んでみたら?」


 冗談半分のご提案に、俺は思わず首を横に振ってしまった。

 まぁ、予想通りの反応ではあったのだろう。殿下はにこやかに笑われた。アイリスさんも、ウィルさんも、総帥閣下もだ。

「リッツが国際政治に参画するってのは、ちょっと想像できないな~」と総帥閣下。それを受け、今度はウィルさんが口を開く。


「とはいえ、望むと望まざるに関わらず。そういう分野に顔を出す機会はあるでしょうね」

「君みたいに?」


 すると、ウィルさんはだいぶ渋い、ひきつった笑みを浮かべて沈黙した。たぶん、長官を務めていた時のことを思い出しているのだろう。

 さすがに、俺が同じ道をたどるとは思えないけど……。



 お話が終わった後、俺とアイリスさんは人目に付かない場所へと放り込まれて帰還した。見覚えのある山のてっぺんだ。彼女とここへ来るのは三回目になる。

――二回目のここで、彼女に告った。

 まさか、総帥閣下がそのことをご存知で、ここへ俺たちを送ったというわけじゃないだろうけど……彼女の方にチラリと目を向けてみると、目が合うなり幸せそうな微笑みを贈ってくれた。

 ホント、かわいいな。


 ただ、今になって改まった話をすることもなく、俺たちは山を下りることにした。空歩エアロステップで横着すれば、まっすぐ行けて手っ取り早いけど、急ぎの用があるわけでもない。

 そこで、たまの機会のゆったりとした散歩ということで、らせん状の山道を歩いて下りていくことに。

 そうして山を下り始めて少ししたところで、アイリスさんが話しかけてきた。


「こうして二人でゆっくりできるのも、本当に久しぶりですね」

「そうですね。つい先日までは、世界各国を飛び回ってましたし」

「きっと、私以上に有名人になってますよ」


 彼女の指摘に、俺は少し浮足立つものを覚えた。

 各国を巡っての戦勝式典で、俺は勲一等として表彰された。勲一等という点では、ナーシアス殿下も同様だけど……単なるド平民の叙勲は、センセーショナルな出来事だった。

 それに、殿下の勇名は、軍関係者の中で前々から鳴り響いていた。そのため、俺の方が時の人みたいな扱いになっている。

……といった感じのことを、すっかり仲良くなった王侯貴族の方々から教えていただいた。

 現時点では式典を執り行った各国王都の中で留まってるだろうけど、少しずつ俺の名が広まっていくかもしれない。そう思うと、なんだかぞわぞわする感じがある。

 そうして慣れない感覚に戸惑っていると、アイリスさんが微笑みながら言った。


「縁談が持ち上がるかもしれませんね」

「縁談?」

「ええ」

「……俺に?」

「ええ」


 ああ……考えもしなかったけど、それはあり得る話だ。ここまでの功績がどれほどの価値を持つのか、俺自身測りかねているところはあるけど、高く評価して下さる方はいらっしゃるだろう。

 そして、戦いが終わって平和になった今、めでたい話を持ち掛けるのに不都合もない。アイリスさんへの縁談については、殿下や宰相閣下が差し止めて下さるって話だったけど……俺自身については、関係者一同、ビックリするほどノーマークだった。

 これからは、そういう話を持ち掛けられるかもしれない。そう考えるのは、もう自惚うぬぼれでもなんでもないだろう。今後のことを思うならば、無自覚こそ戒められるべきかもしれない。

 すると、アイリスさんが真面目な顔で話しかけてきた。


「もしも……もしもですよ?」

「何か?」

「私よりも女性ひとが声をかけてきたら」

「いませんって」


 思わず真顔でツッコんでしまった。同じく真顔で黙りこくる彼女の顔に、ほんのり朱が差していく。


「逆に聞きますけど」

「……はい」

「俺よりもイイ男が」

「割と居そうですね」


 やや冗談めかして、彼女は応じてきた。ぶっちゃけ、それには同意だ。俺よりも立派な男、強い男なんて、いくらでもいるだろう。

 しかし……彼女の目を見ていると、話の続きをするのも野暮ったい気がしてくる。

 何か話題でも変えようか。そう思ったところ、山風が急に吹き付けてきて、俺は盛大なクシャミをした。


「急に寒くなりましたよね」

「ええ、まったく」


 秋に入ってからというもの、かなり涼しい日が続いている。夏場からの変わりようが凄まじい。

 まぁ……夏に何をやってたかと言うと、人類の未来を賭けての大決戦だったわけで。あの時の高まり切った熱量とのギャップが、寒さを感じさせているのかも。

――いや、それにしたって冷えるな。アイリスさんに言わせれば、今年は雪を見られるかも、とのこと。

 まぁ、この子と一緒に雪でも眺められるなら、それはそれでいいか……。

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