第588話 「王都への帰還②」
接見は結局、殿下が照れくさそうな感じになって終わった。俺たちの方からボロが出るようなこともなく、うまくいったと言っていいだろう。
玉座の間から退出した俺たちに、殿下が仰る。
「外まで見送るよ」
「よろしいのですか?」
「君たちだけでうろつくのもね……君たち自身困るだろう?」
それは仰る通り。殿下ご自身、そのようになさりたいご様子だというのもある。
そうして玉座の前の扉から離れるや、殿下は俺たちに向かって、「今日はありがとう」とのお言葉をくださった。
行きよりは帰りの方が、ずっと足取りが軽い。喉元過ぎれば……というより、謁見を通しての充足感があるのだと思う。荘厳な城内の通路において、気軽に言葉を交わせる感じではないけど、言葉なく歩く中にあっても、満たされる心地がある。
そうして俺たちは王城の前に着いた。すると、殿下がニッコリして仰った。
「また来るといいよ」
何でもないことのように気軽に仰るけど……さすがに、友だちんちへお邪魔するノリで行くわけにもいかない。ただ、このお言葉をスルーするのもなぁって感じだ。場を持たせようと思い、俺は口を開いた。
「また何か催し物でも思いつきましたら、その時は」
「うん、楽しみにしてるよ」
口走ってから少しして、墓穴を掘ったような気がしてきた。でも、言わなくても未来は変わらない気がする。平時においてはこういう役回りだろうし。
――いや、これからはそういう事業に力を注げるようになるのか。
戦いが終わったということを、妙な形で実感した。そんな俺の発言は、意外と的外れでもなく、殿下がお求めであったものだったのかもしれない。穏やかな笑みを浮かべながら、殿下は仰った。
「君たちの戦功には多大なものがあるけど、その才は戦場だけで輝くものでもないと思う。これからは一緒に勝ち得た平和の中で、その才を世に示してほしい」
「はい!」
少し砕けた感じだけど、飾らないご意志がこもった訓示に、俺たちは声を返した。
殿下からのお見送りも終わり、俺たちは王城敷地内にある庭園へ足を踏み入れた。夏の盛りに強い日差しを受け、暑苦しいほどにエネルギッシュな草花が自己主張している。
あの城の
「これで僕らも解散かな~」
「前にもそんな話してなかったっけ」
「やったやった」
なんか、大仕事を終えるたびにそういう話をしていた気がする。もう、近衛として戦う必要はないだろう。
しかし、俺たちの活動は、何も戦いに限ったことばかりじゃない。
「
ラックスの提案に、みんなも応じた。もともと、あの催しに参加しているメンバーと、この近衛は重複する部分が多い。完全に組み入れるってのは、そう変な話じゃない。
あの催しへの参加経験がないのは主に陸戦要員だけど、みんな案外乗り気だ。「見ているだけだったからな」とハリー。ウィンも、「次はいつやる考えだ?」と興味を示している。
それに対し、ラックスは若干考えてから答えた。
「秋口かな」
「となると……リッツは厳しいか」
「まぁ、そうだな」
さすがに、あと一ケ月程度で腕が完治すると思えない。無理してホウキに乗って大事があれば……さすがに、シエラに合わせる顔がないな。
ただ、俺のことについて、ラックスは意外な発言を口にした。
「リッツは別にいいよ」
「……ってことは、俺も陸から統括に?」
「いや、そうじゃなくて……次は、あなたも見る側になるかなって思う」
どうも、彼女の中では、すでに思い描いている画があるらしい。少しして、俺はそれに思い当たった。
「もしかしてさ……連合諸国の戦勝式典でやろうってんじゃ?」
「いいじゃない。目立つよ?」
いや、しかし……実際どうなんだろう? この近衛部隊自体、あの一連の戦いにおける働きを大いに認められ、表彰の場に立つ可能性が高い。
ただ、ラックスの提案そのものに対しては、みんなかなり前向きではある。
「誰か一人、代表で差し出せばいいんじゃねえか?」
「隊長、頼むわ」
「こういうときだけ隊長扱いしやがって……」
実のところ、俺はあの戦いでは隊から離れて動いていたから、代表としてってのは不適当だと思う。俺に対する論功行賞が、俺個人に対するものになりそうだという話だし。
結局、そういう話は殿下にご提案し、詳細を詰めていこうということになった。
「さっそく、お邪魔する理由ができたな」
「そうだね」
そうこう話している間に結構歩いていたようで、気がつけば王城の敷地から出るところまで着いた。門衛の方々と互いに頭を下げつつ、王都北区の街路へ。
パレードは終わったものの、一度盛り上がった雰囲気はまだ冷めていないようで、人通りの少ない北区からでも町の陽気が伝わってくる。
すると、隊員の一人が声を上げた。
「今のうちに上着脱がないと、まともに歩けなくなるんじゃないか?」
「ま、目立つわな」
「いや待てよ。このまま街に突っ込めば、めっちゃモテるんじゃ?」
「余計なこと言わなきゃね」
そんな軽口をかわし合い、俺たちは思い思いに動いていく。隊服そのままのモテたい連中は、なんというか堂々としたものだ。実際、余計なこと言わなきゃモテるだろうと思う。
で、俺はというと、ちょっと手伝ってもらって上着を脱いだ。
「リッツ隊長~、裏切ってんじゃねぇよ~コノヤロ~」
「うっさい」
俺とアイリスさんの仲について、この隊内においてはまだ知られていない。口が軽い奴も、さすがに配慮するとは思うけど、念のためだ。
そういうわけで、隊のメンバーではラックスとウィンぐらいしか知らない。他のみんなにとっては、俺は恋人無しだ――今も、付き合っているとは言い難いけど。
その後、軽く言葉を交わしてから、俺たちは解散した。各自自由に動いて、久々の帰還を味わうことに。
俺はとりあえず、関係各所へのご挨拶に向かうことにした。とはいえ、仕事で関わりのある所へは、明日にでもすぐ伺うことになる。そこで、今日向かうのは、私的にお世話になっているところだ。
まず、北区から東区へと向かう。パレードの余韻からか、東区は特ににぎやかで、歩くにも一苦労しそうだ。
そこで、モテなくてもいい仲間の案内で、小道をスイスイすり抜けていく。腕がヤバい俺にとっては、人ごみに巻き込まれないのが大変重要だ。
仲間のおかげで何事もなく、俺は目的地に着いた。いや、俺たちと言うべきか。モテなくてもいい連中の半数はいるんじゃないかという、10人ほどの集まりだ。モテたい男連中が減ったせいか、女性比が増えている。
で、俺たちの前にあるのはエスターさんの店だ。
「隊服でお世話になったし……」
「うんうん」
隊服でお世話になっている分をさておいても、隊の女の子たちは普段からエスターさんや店員の方々に良くしてもらってるんだろう。
……モテるために隊服着てる連中も、ご利益があったらこっちに来るかもしれない。
女性隊員に背を押される形で店内へ入ると、久しぶりに会う店員さんが笑顔で迎えてくれた。ただ、俺の腕に気づいたのか、笑顔が少し曇る。
「隊長さん、お久しぶりです。その……腕は?」
「いや~、ちょっと折っちゃって。これが一番の重傷なんで、そこは安心してください」
「そ、そうですか。お話しできて嬉しいです。みなさんも、おかえりなさい」
それから、店員さんは奥へと通そうとして……予想以上に客人の数が多いことに気づき、迷った。
「応接室では、少し手狭ですね」
「すみません、いきなり押しかけてしまって」
「いえ、みなさんご一緒の方が、オーナーも喜ぶと思います」
そこで、応接室にいくつかイスを運び込んで、間に合わせるということになった。この部隊自体を上客として見ていただけているおかげか、とんとん拍子で準備が進んでいく。
程なくして用意が整い、店員さんに導かれるままにゾロゾロ中へ入っていった。
案内された応接室には、店内からかき集めたのであろうイスが点在している。背もたれやクッション等が不揃いで、従業員が個人的に使っているという感じのイスだ。しっとり落ち着いた感じの応接室が、何やらすごくカジュアルになった感がある。
イスの数と俺たちの人数を考えると、エスターさんに対面するソファーは二人で掛ける形になる。じゃあ、誰がって話だけど……。
「偉いの二人でいいんじゃない?」
「じゃ、アイリス様と、リッツね」
女の子たちがサクサク決め、期せずして俺とアイリスさんが並ぶ格好になった。この決定に不満の声はない。
しかし、こう……意図してこの組み合わせにされた気がしないでもない。俺たちのこと、あの突入部隊の方々にはバレバレだったって話だし。公言しないまでも、案外感づかれているんじゃないかと、一人ハラハラするばかりだ。
幸い、隣に座る彼女は、普段通りの微笑みを保っている。この笑みを見て、俺は顔の力を抜いて息を吐いた。
これがポーカーフェイスに見えるようになったら……ちょっと考えすぎだな、うん。
それぞれがイスについてから少しすると、エスターさんとフレッドがやってきた。こんな大勢で押しかけたのにも関わらず、茶と菓子の準備までしていただいて。
「すみません、お気を遣っていただいて」
「いえ、また会える日を心待ちにしてましたから」
そういう彼女の顔は、本当に嬉しそうで、こっちへ帰って来れたんだという実感が新たになる。
しかし、彼女は俺の腕を見るなり――やはりというべきか――痛ましそうな顔になっていく。
「リッツさん、腕が……」
「いやぁ、ちょっと張り切りすぎて、折れちゃいまして。もし良ければ、片腕でも着やすい服とか、紹介してもらえますか?」
「ええ、もちろん」
思いついたことを口にして彼女のお仕事につなげてみると、彼女は頼りがいのある笑みで応えてくれた。これでよし……と思いきや、彼女は別の問題を切り出してくる。
「食事は、片手でも?」
「ええ、まぁ……手が進まない分、普段よりじっくり味わってますよ」
すると、俺の返答に対し、別方向からとんでもない提案がなされた。
「食べさせてもらったら、たいちょ~?」
「ハァ?」
「リッツすんごい頑張ったし、ごほーびだって。なんなら私でもイイよ?」
この提案に、他の連中も乗っかってきやがった。にわかに中学生みたいなノリになっていき、「誰に食べさせてもらいたい?」と尋ねられる始末。エスターさんが楽しそうなのが唯一の救いか。
しかし……この流れで彼女に頼むのも、彼女以外に頼むのも、取りようによっては失礼に当たるように思われる。
ただ、それでも……俺としては、アイリスさん以外に食べさせてもらう選択肢はない。ご褒美でと考えるのなら、客観的に見ても彼女に頼むのが適任だろう。それに、隣に座ってることだし。
変にまごついても怪しいだけと思い、俺は精神力を振り絞って平生を装い、みんなに告げた。
「そこまで言うなら、アイリスさんにお願いするよ」
「お目が高い!」
「うるせー」
見たところ、この決定に妙なそぶりをしている奴はいない。感付いている奴は……いないと思いたい。
肝心のアイリスさんはというと、やや困惑したように微笑み「し、仕方ないですね」とこぼした。
本気と芝居の境目がわからんな、こりゃ。
そうして話がまとまり、談笑を交えてのティータイムが始まった。
戦いから帰っての話だけど、武勇伝なんて聞かされても、エスターさんにはつまらないんじゃないか思っていた。かといって、彼女が興味持ちそうな話なんて……とも。
しかし、なんてことはなかった。俺とアイリスさんを見ているだけで十分というか、話に耳を傾けつつも、俺たちに温かな目を向けてくれる彼女がいる。
なんか……バレてんじゃない? これ。もう、二人で日を改めて、お話に伺った方がいいな。
彼女の横にいるフレッドはというと、戦いに関する話に対して興味を示しつつも、俺たち二人を見てなんだかドギマギしている。
確か、彼は俺のことを尊敬してるというか、憧れているというか、ともかくそういう話だった。それ自体は嬉しく思う。
でも……今の俺みたいなところは、マネしないように育った方がいいと思う。
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