第589話 「王都への帰還③」

 何やら変な空気になる一幕はあったものの、エスターさんの店へのご挨拶は、いい雰囲気のまま終えることができた。片腕でも着やすい服については、また後日お伺いするということで、俺たちは店の外に出た。

 他にも顔を出さなきゃいけないところは、まだある。孤児院だ。この店に比べると、あちらの方がさらに厳しいというか――子どもたちの心中を思うと、足取りが重くなる。

 まぁ……思いがけず陛下への拝謁を果たした今、年端もいかない子どもたちにたじろぐのも変な話ではある。

 それに、今回は心強い味方も多い。これまで色々と縁があって、あの孤児院へ顔を出している隊員が結構いる。ちょっと軽い感じの子もいるけど、俺にしてみればいいカンジの援軍だ。

 そうした仲間の存在に加え、とりあえずの懐柔用にと、道中で適当な焼き菓子を包んでもらった。準備を整え、いざ孤児院へ。


 王都東区から中央へ、そして西区に入って孤児院に近づくと、なにやらにぎやかな気配が。そういえば……王城から出た後自由行動になったけど、こっちに先に来ている隊員がいてもおかしくはない。

 実際、孤児院にはラウルが来ていて、子どもたちに確保されているところだった。院長先生を始めとする他の先生方は、それを微笑ましそうに眺めている。その中にネリーがいないけど、さすがにハリーを優先してるんだろう。

 そう思うと、ラウルがこっちに来たのは、うなづけるものがある。あの二人ほど仲が進展していないガールフレンドが、ここで先生をやってるからだ。

――いや、俺も人のこと言えないか。


 外から中の様子を眺めていると、程なくしてみんなに気づかれた。やっぱり、腕を吊ってるこの様は、みんなには相当痛ましく映ったようで……敷地内に足を踏み入れるなり、俺は気遣わしげな視線とともに尋ねられた。


「先生、腕……」

「いや、ちょっと高いところから落ちちゃってさ」


 実際、嘘は言ってない。「ちょっと」というのが、やや控えめな表現ではある。

 俺の発言は、隊のみんなも肯定してくれた。「こう見えて、結構そそっかしいから~」とか、余計なことまで言われたけど。でも、戦って折れたとか伝えるよりは、ずっとマシだろう。

 次いで、そう遠くない内に治る負傷だと伝えると、安心してくれたようだ。たた、それでも暗い部分はある。何やら考え込んでいた年長の子が、俺に尋ねてきた。


「先生」

「どうした?」

「もう、こういうことって起きませんか?」


 鋭いところを突いてくる。そう請け合いたいし、そう信じたい。懸念はあっても、杞憂に終わってほしい。そう願う俺の気持ちを、素直に口にしていく。


「そうなるように頑張ったよ。もう、これっきりになるといいな」

「……そうですね、先生」


 聞いてきた子は、どこかしんみりした感じの微笑を浮かべた。彼ほど物事に明るくない年少の子たちは、やっぱりよくわかってない感じだけど、それはそれでいいか。


 それから、みんなで外遊びが始まった。ただ、俺は負傷を考慮して、みんなの中には混ざらない。少し離れて見守る形に。これでも退屈という感じはなく、帰ってきた実感をゆっくり味わえて乙なものだ。

 すると、少ししてから院長先生が俺を呼び出した。笑顔ではあるものの、真面目な話なんだろうとは思う。その内容に思いを巡らしながら、俺は中へとついていった。

 そうして先生向けの部屋に入ると、院長先生は俺に向かって話を切り出してきた。


「今後もこういうことがあるかどうか、尋ねられましたが……」

「はい」

「リッツ先生には、何か懸念が?」

「無いわけでもないんです」


 さすがに、まだ公表できない情報があるから、その辺に触れるわけにはいかない。とりあえず、世の中“完全に”平和になったわけじゃないとは伝えていく。


「魔人の残党がいますし……魔人の活動が収まることで、奴らと競合していた人間の悪党が動き出すかもしれません。大規模な抗争はともかく、俺たち冒険者の仕事がなくなるとは……」

「そうですか」


 他にも、思うところはあったけど、伏せておいた。遠い未来に、またああいう強大な魔人が生まれない保証がないとか……そんなの口にしたって仕方ない。

 俺が口を閉ざし、少し沈鬱に感じられる空気が流れた。すると、院長先生は俺に「お疲れさまでした」と言った。話の流れをぶった切るようなねぎらいを妙に思って顔を上げると、院長先生は慈悲深い笑みを浮かべている。


「完全な平和ではなくとも、あなた方の働きで、世の中が前に進んだのでしょう?」

「それは、そう思います」

「でしたら、胸を張って。頑張って成果を出した者が、皆の前で相応に振舞って見せるのも、大切な教育ですから。ね?」


 ああ、そうだよな。あの子たちにこういう戦いとかを真似してほしいとは思わないけど、それでも何か伝わってほしいとは思う。

 それに……アイリスさんを始めとして、あの家の方々に対する敬意だとか感謝、憧れがあって、俺はここまで来たんだ。そういう気持ちを、俺を見ているあの子たちにも継いでもらえるのなら、それはとても誇らしいことだ。


 院長先生との話はそんなところで、手短に切り上げることに。あんまり長く話し込むと、年長の子たちから不安がられるかもしれない。

 それから外へ出ると、遊んでいる子が少しいるものの、多くは話し合っているようだった。それも、先生込みで。なにやら相談事の雰囲気に感じられる。俺たちの接近に気づくと、その相談を早速投げかけられた。


「先生、王子様って、またいらっしゃるかな?」


 そういえば、俺たちがマスキアへと発つ前、殿下はこちらにご訪問なさっていた。俺たち先生を、ここの子たちから借り受ける、その許しを得られるために。

 わざわざこちらにまで足を運び、子どもたちに頭を下げられた殿下が、帰還の挨拶を欠かされるとは考えにくい。ただ、今日は色々とお忙しいだろうし、落ち着いてからいらっしゃるのではないかと思う。

 しかし、来ると思うと請け合うより先に、確認しておきたいことがあった。


「みんなは、王子様に来てもらいたい?」


 すると、みんなそれぞれのやり方で問いに賛意を示してくれた。近いうちにお会いする機会があれば、このことをお伝えするのもいいか。

 ただ、来てもらいたいというみんなの思惑は色々あるようだ。マセた女の子なんかは、少し頬が朱に染まってる。きっと、憧れの存在なのだろう。実際、美形だし……ここの子たちにも優しくなさったから、そりゃそうかという感じだ。

 そして……エスターさんの店でもそうだったように、色恋沙汰みたいな話の流れを、隊の女の子たちが放っておくわけもない。王子様を思い浮かべて夢見心地になってる子に、隊の子がニヤニヤしながら話しかける。


「へっへっへ、お目が高いですな~」

「何キャラだよ」


 結局、殿下に関わる一件も笑い話に落ち着き、ややあって再びみんな遊びだした。

 ただ、さっきは見守るばかりだった俺も、今度は放って置かれなかった。とはいえ、腕への配慮はきちんとあって、遊びに巻き込まれてはいない。代わりに俺は、土産話をせがまれた。

 しかし……言えない話と血なまぐさい話ばっかりだ。血湧き肉躍るというか……物理的に首がはね飛んでばかりだ。

 そういうのを好みそうにない子が多いから、マスキアについての話で俺は茶を濁した。観光したわけじゃないけど、戦後の事務作業で滞在中に、いくらかあちらの王都を歩き回る機会はあった。

 もっとも、俺一人で場を持たせるのは難しい。結局は他の隊員にも頼んで話をつないでもらった。俺が書類とにらめっこしているときに、コイツらは遊んでてくれたわけだけど……土産話の仕入れと思えば。

 おかげでにわかに豊かになった旅行話を、みんな楽しそうに聞いていた。俺としては色々と複雑ではある。それでも、みんなが他国について興味を示し、聞き入ってくれたのは何よりだった。


 やがて日が傾いてくると、院長先生の鶴の一声でお開きの流れに。それでも名残惜しそうにする子は多いけど……こうして帰って来れたことだし、これからはいつでも会える。

 そういう認識はみんなの側にもあるのか、今日の「さよなら」には、悲壮な響きがほとんどなかった。次への期待や喜びがある。

 次来る時は……もしかすると、殿下も一緒かな。あるいは、あちらにお邪魔して、恐れ多くもご招待申し上げるのもいいかもしれない。きっと喜ばれるだろうから。

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