第579話 「最後の作戦④」
俺が考えた策に対し、殿下は静かに聞き入られ、真剣な表情で考え込まれた。
少なくとも、検討する価値のある話だとは認識していただけたようだ。ただ、実現するにあたって、数多くの問題があるのは否めない。殿下にお話したのは、そこをどうにかするためでもある。
俺が話し終えてからいくらか経って、殿下はだいぶためらいがちな様子で口を開かれた。
「討議にかける価値は、あると思う……」
「ありがとうございます」
「ただ……どちらの口から話す?」
それが問題だ。やりようによっては国際関係にヒビが入りかねない策だけに、俺が話すにしても、殿下にお任せするにしても、不都合は生じえる。
その点について話し合ったところ、結局は殿下にお任せすることになった。俺が発案、殿下が提言という体裁を取る。
軍議に戻ると、場の視線が少しずつ俺たちの方へと集中してきた。軍の大略はともかくとして、局所的な戦術等については、俺たちフラウゼの出番みたいな空気が実際ある。
こうして場の注目を浴びる中、殿下が構想を口にされた。
「現時点で我々がとり得る明確な手立ては、天文院からの魔法と、白色の染色型を用いた魔法による包囲攻撃の、以上二点。そういった認識で、間違いはありませんか?」
現状把握にと殿下が尋ねられ、場の皆様方を代表して総司令閣下が「はい」とお答えになった。俺たちが外で話し込んでいた間、別案が出たということはなかったようだ。
すると、殿下は軽く息を吸い込まれ、少し間をおいてから言葉を続けられた。「ここに、新たな一手をと考えました」と仰ると、場に小さなざわめき起こる。
「上空から、ホウキで強襲。天文院の後に続く一撃とできれば、標的に核があると想定した場合、有効な一手になり得るものと」
「いや、しかし……あの闇の領域の中、ホウキでまともに飛べるものなのですか? 仮に飛べるものだとしても、十全に操れないのであれば、七本の首に撃墜されるだけでは?」
ああ、仰るとおりだ。闇の中で魔道具を使えるかどうか、検証はしていないものの、おそらく難しいだろうという感じはある。俺たち検証班の前の先遣隊によれば、あの中に入るだけで強い倦怠感に襲われたそうだ。いつもどおりの感覚で魔道具を使うことは、たぶんできない。
だから、ホウキを飛ばすのも、普通に考えれば無理だ。
普通に考えれば。
「技術的な詳細は省きますが、あの中でホウキを操る手立てが、無いわけではありません」と殿下が仰ると、場は一層ざわめき立った。「まさか」と「もしかすると」が入り乱れる。
そんな中、落ち着きを保たれている様子のメリルさんが、殿下に問を発した。
「殿下。仮に通常通りの飛行を成し得るとして、それが可能な人数の見立てはございますか?」
「残念ながら、一人だけです」
すると、メリルさんの視線が俺の方に向いた。詳しい話を知りようもないはずだけど、なんとなく感づかれた様子だ。一瞬だけ、彼女の顔に苦衷が浮かび上がる。
それから、彼女はまた真剣な表情に戻り、殿下に尋ねた。
「その一人だけでも標的の懐に潜り込めるよう、何かお考えがあるのですね?」
「はい」
しかし、お答えになったものの、内容を語られるまでには少しの時間を要した。やがて、意を決したご様子の殿下が、作戦の骨子を語られる。
上空からの強襲は、七本の首で妨害されるとかなり難しい。それでも、切り抜けるための策がないこともないけど……できることなら、あれらに絡まれずに済ませたい。
そのためには、陸上に陽動部隊が必要だ。ただ、首に狙ってもらえる距離にたどり着くまでに、結構なマナを奪われる可能性が高い。闇の領域だけでなく、その外からもマナを吸われるからだ。
だから、吸われる前からどうにかする。
「陽動部隊に対し、あらかじめ体内にマナを固定する魔法を使っておきます。その魔法があれば、外部からの干渉でマナを吸い出されなくなるのは実証済みです」
「そ、そのような魔法が?」
「私が考えたわけではありませんが……」
そう仰って、殿下は俺の方をチラリと見られた。
殿下が話された魔法ってのは、
その後も殿下の説明は続く。というか、俺の入れ知恵ではあるけど。
「体内にマナを固定することで、奪われなくなるものの、自分で操ることもできなくなります。これは普通に考えればデメリットですが……事前に、吸い出される感覚に慣れておけるとも考えることができます」
「なるほど。先に慣らしておけば、体を動かすコツを掴めるかもしれませぬな」
「はい。その魔法を用いて標的に接近、タイミングを見計らって魔法を解除。そうすれば、無策で立ち入ったときよりも多くのマナを保持した上で、標的と対峙できるものと思われます。ですが……」
「何か問題が?」
「より多くのマナを持つ者の方が、作戦上では有利です。保持したまま接近できるとしても、最大容量を増加させるようなものではありませんので」
「それは、つまり……」
場に緊張感が走り、視線が交錯する。にわかに空気が張り詰める中、殿下は静かに口を開かれた。
「陽動……すなわち囮役には、より多くのマナを持つ者が適任です。つまるところ、王侯貴族並びに各国各軍の最精鋭が、その任にふさわしいかと」
そして殿下は、最後に「私もその一人に加わる意志です」と付け足された。さっき二人で話していたときには聞かなかった言葉だ。
俺は思わず、「本気ですか!?」と口走ってしまった。それに対し、殿下は場にそぐわないくらい優しく微笑んで仰る。
「君の役回りが、一番危険じゃないか」
「そ、それは……」
「つまり、貴殿が上空からの攻撃役を担うと?」
総司令閣下が問いかけてこられ、俺は身を押しつぶすような緊張を一人で勝手に感じつつお答えした。
「そのつもりです」
「なんと……」
すると、それまで話を静かに聞いておられたトリスト殿下が、「話をまとめましょう」と仰った。
それから、殿下は小さな
そして、光球を用いてのシミュレーションが始まった。中央には少し大きな白い光球。これは標的だ。それを取り囲むのは、赤と紫の光球。更に遠巻きに各色の光球。赤と紫のは陽動要員、遠巻きの方は人海戦術による攻撃役だ。
最後に、青緑の光球が、一つだけ上空に。これは俺だ。これら光球を殿下が操られる。
「まずは、天文院からの初撃。これで倒せなければ、まずは陽動部隊が接近。射撃要員は……首を狙うのがいいかな?」
「そう思う」
ウチの殿下がお答えになると、トリスト殿下は光球を操ったまま、マナの線を軽く飛ばして攻防の表現とされた。
「これで首が沈黙すればいいけど、そうならなければ、頃合いを見計らってマナ固定の魔法とやらを解除。陽動部隊が自身のマナを操れるように。そして、彼らが首の動きを引きつけたところに、上空から彼が強襲する、と」
「そんなところだ」
「注意事項は?」
「闇の領域内での運動について、例の魔法との相互作用含め、後で検証したい。それと、マナを吸われての消耗により、動きが鈍る前に勝負を決めなければ」
「なるほど……一度動き出せば、やり直しはききそうにないね」
つまり、一発勝負だ。そもそも、天文院からの攻撃が数十年に一発って話だし、俺の作戦抜きにしても失敗が許されないものではある。
ただ……作戦成功率最大化のため、ウチの殿下は”最高の戦力の供出”を求められた。この作戦のために、大切な人材を差し出せってわけだ。その必要性を認めながらも、国の代表としてそれに応じられるものだろうか? 立場があるからこそ、悩ませるものはきっと大きい。
すると、トリスト殿下は総司令閣下に向かって仰った。
「単なるたとえ話ですが、一つ考えていただきたいことが」
「何でしょう?」
「仮にですが……この天幕にいる全ての人間の命と引換えに、奴を確実に絶命させる取引があるとすれば、卿はそれに応じられますか?」
「あなた方には申し訳ないですが、有無を言わせず応じるでしょうなぁ……」
一切の悩みも見せず、「当たり前だろ」と言わんばかりに閣下は即答された。殿下はというと「同じ気持ちです」と返された。
そして他の方々はと言うと……やはり、難色を示される方はいた――陽動として向かわせるべき最高の戦力に、自身は入らないだろうという自覚と、才能ある他者を送り出さねばならない苦心から。
しかし、他に策が出てこない。ムチャクチャではあるものの、作戦としては有り得そうなこの構想に、軍議は最終的に可決した。
まぁ、問題は山積みだ。総司令閣下が口を開かれる。「まずは、陽動部隊の確保ですな。人数の目安は?」との問いに、ウチの殿下が難しい表情でお答えになる。
「それが、マナ固定の魔法の使い手が一人なので……本人の感触では、十人程度ならいけそうだと」
「なるほど。その辺りの検証も必要ですな。後、射撃による人海戦術のため、白色の染色型を訓練しなければなりませんが……これは各軍で進め、覚え具合によって射撃要員を選抜する形を取りましょう」
この訓練について、結構な時間がかかるだろうというのが大方の見通しだ。今は大体お昼時ってぐらいだけど、射撃の人手を確保するためということで、この訓練過程をベースにスケジュールを組むことに。
そして、作戦決行は日没前ということで決定した。まずは各軍で染色型の訓練を開始。それに並行する形で、陽動部隊の選出と、どれだけ盗録をバラまけるかの検証。他にも闇の領域内での運動力等の検証を行う。
あと、肝心なのが、俺が本当に奴の懐まで潜り込めるか。そのための練習も進めていく。詰めの部分に関わるだけに、責任重大だ。
話がまとまると、軍議が始まったばかりのときよりも、戦意が回復したような雰囲気を感じた。
できるかどうかわからないけど、後はやるしかない。
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