第578話 「最後の作戦③」

 検証を終えて帰還すると、出たときよりも陣地全体が落ち着きを取り戻したように感じた。俺たちが検証に取り掛かっている間、残った方々も懸命に動いてくださったようだ。周囲で強くざわめく感じはない。

 ただ、やはり雰囲気は暗い。帰還した俺たちに向けられる視線は、期待と不安が入り混じる感じだ。幸か不幸か、特に話しかけられることはなく、俺たちは軍議の場へと戻った。

 すると、まずは総司令閣下が口を開かれた。


「お疲れさまでした。まずは、こちらから連絡事項が」


 吉報ではなさそうだ。場の雰囲気の重苦しさから、それがなんとなく察せる。そして、閣下は静かに仰った。


「一度引き払うべきだと、軍中から意見が」

「軍中?」

「兵卒、及び武官の間からです」


 そりゃ……あんなのを目にしたら、そういう意見も出るだろう。

 そもそも、アレの存在を抜きにすれば、ここまでの戦闘は大勝利と言っていい。敵軍――いや、敵国は、ほぼ壊滅だ。大手を振って帰るだけの戦果は出している。


――アレを抜きにすれば。


 闇の領域が広がってきているという事実が意味するところは大きい。一度引き払う選択が、今後どのような悪影響を及ぼすかは想像もつかない。

 それに……やることやらない内から逃げ出して、またこんなところに戻って来れるものだろうか?

 そうした懸念は、この場の方々も抱いておられたようで、閣下が口を開かれた。


「引き払うにしても、ただ逃げるのは論外です。いずれ舞い戻る気があるというのなら、まずこの場で試みるべきことがあるでしょうからね」

「つまり、連合軍中枢としては、この場での解決を志向されていると?」

「はい」


 閣下のお言葉に、他の方々もうなずかれた。軍中の士気が弱まりつつある中にあって、こちらの方々が状況に呑まれていないのは心強い。じゃなきゃ、俺たちが持ち帰った情報も、意味をなさないところだった。

 そこで今度は検証結果の報告へと移った。トリスト殿下の口から、諸々の情報が語られる。相手に知能は無さそうだということ。寄ればビームで即蒸発だということ。こちらから単に数多く撃っても意味がなさそうだということ。白く染めれば吸われにくそうだということ……。

 ー通りの情報共有が終わったところで、これからの動きの検討が始まった。カギになりそうなのは、こちらからの攻撃時、魔法を白く染めるということ。

 例えば、天文院から魔法の支援をいただき、それに続いて白く染めた魔法を連発するというのは?

 そういった意見が出たものの、問題があって、それは白く染める染色型が一般的には馴染みがないことだ。

 その証拠として、この軍議に参加するほどの方々であっても、白い染色型を使えない方が大多数だ。例外は、魔法大国の王子であらせられるトリスト殿下に、俺みたいな物好き。後は、たまたま習得する機会があったという数名程度。

 そこでトリスト殿下が仰った。


「今から覚えてもらうというのもいいでしょう。白く染めた時の減衰の度合いは、かなり緩やかに感じられましたから。比較的安全なところから射撃できるものと思われます」

「では、一般兵にも?」

「はい。型自体の負荷を考えると、ある程度の素養は求められるでしょうが、これだけの軍であれば、相応の人手は確保できるものと」


 ただ、標的はあれだけの巨体だ。どれだけ数を揃えても、追いつかないのではないかという不安もある。

 それに、白く染めたって、相手にまで球が到達するようになるってだけで、本来の火砲の威力が発揮されるわけじゃない。もちろん、意味がないとは思わないけど……もう少し何か、さらなる一手が必要なんじゃないか?

 そんなことを考えていると、ナーシアス殿下が口を開かれた。


「天文院からの魔法というのは、具体的にどのような感じで?」

「敵の直上から、マナを叩きこむ魔法で……ここまでの推測通り、奴に核があれば有用だろうと思う」

「なるほど」


 天文院からの攻撃一発で終わればベストだ。でも、それが成らなかった場合は、どうするべきか? 現状の議論では、人海戦術による追撃を行う方向で、話が進んでいる。

 しかし……奴に核が無い場合はそれでいいとして、もしも核が存在する場合、それも敵の中央にあるなら、包囲しての人海戦術は戦術としての一貫性を欠いているように思う。核に向かって最大の一撃を食らわせた後、関係ないところを取り囲んでも……ってわけだ。

 人海戦術が活きてくるのは、奴に核が無かった場合。狙うべき弱点がなくて、総合的な火力だけが求められるケースだ。そうではなく、奴に核が存在するのなら、人海戦術以外にも一手必要だ。天文院が叩き込む、奴の直上からの一撃に続く、何らかの追撃が。

 しかし、議論においてそういった指摘は出たものの、核があるという仮定において具体的に何をすべきかにまでは至らない。魔法を白く染める人海戦術の目が出たということで、そちらを優先しようという流れもある。

 そうして次第に、議論は全体として言葉を交わし合うのではなく、個々人が思考を巡らせ周囲と語り合う形になっていった。諦めの空気はなく、いずれの方も真剣そのものだ。


 そんな中、俺は思考を深く潜らせた。

 とりあえず、俺が考えるべきは、奴の上から食らわせる攻撃だ。今のところ、議論にはそれが欠けていると思う。それに、人海戦術のように多くを動員しての戦法は、こちらにおられる歴戦の将官の方々に任せてしまえばいい。

 で、上を取るならホウキだ。しかし、マナを奪われる黒い球体の中、ホウキで飛べるかというと至難だろう。では、奴の上に陣取って魔法をぶっ放すのは?

 問題は、どこで待機するのかってことだ。天文院からの魔法次第だけど、城塞一つ消し飛ばすほどの火力なら、距離を開けないと相当危険だろう。となると、魔法の通り道付近に兵を配置するのは難しい。

 それに、魔法陣を書けなくなる闇の中は論外としても、周辺だってマナを吸われる感覚はある。奴の上空を取る場合は、それが相当な重荷になる。空中の場所取りに何らかの魔法を使わざるを得ず、消耗を強いられ、下手すれば落下死しかねない。

 そもそも、攻撃用の魔法を白く染める都合上、それだけで負担が増える。それができる人材を、陸側の人海戦術と取り合う形になり……運用できる人数がごく少数に終わるんじゃないかという気もする。


 あれこれ考えてみたものの、どうも思考の袋小路に入り込んでいるような気がしてきた。

 一つ気になっているのは、議論が飛び道具に寄っていることだ。それは無理もない話で、近寄ろうとしても例のビームで蒸発させられる。それに、白く染めればいけそうだという知見が、現状では一番良く見える道だ。そちらに目が向くのは当然だろう。

 ただ、白く染めた火砲カノンなりなんなりが、結局は今ひとつだったというケースもありえる。それに対応するために、別の手札を用意しておくべきという気がする。

 飛び道具がダメなら……接近戦ってことになる。一瞬、バカげているように思ったものの、意外と検討すべきかもしれない。奴の首の可動域は不明だけど、自身を狙い得る射角を確保できるものだろうか?

――というか、いっぺん奴に取り付いてしまえば、奴は懐に手出しできなくなるんじゃ? 仮に自滅を恐れずビームを吐いてくるというのなら、取り付いた者が囮になって回避に専念すればいい。

 まぁ、奴の胴体に別の攻撃手段があればアウトだけど……やってみる価値はあると思う。それに、奴に核となるものがあった場合、奴に取り付いて直接叩きに行ける。


 そうして俺は、奴に接近できるかどうかを真剣に考え始め――殿下にお声がけした。


「少々よろしいでしょうか?」

「何かな」

「ここでは少し……外でお話します」

「わかった」


 議論冷めやらぬ軍議の場を一度離れ、俺は周囲の様子をうかがった。遠巻きに見守る感じの兵の方は見受けられるものの、よほど大声でなければ聞こえないだろう。

 これから殿下にお話するのは、他聞をはばかる内容だ。というか――


 自分でもイカレてると思う。

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