第571話 「魔獣の王③」

 アイリスさんが作り出した透圏トランスフェアが、扉の向こうの戦場を映し出している。

 見たところ、扉の付近の敵勢を、一時的に撃退できたようだ。入り口近くに扇形の空白地帯ができている。

 そうした現状を認められるや否や、殿下は号令を下された。


「水平射撃の準備を! 私が新たに銃眼を作る!」


 鋭い声とともに、殿下の手から火砲カノンが放たれ、扉の下部に新たな穴ができた。床を埋める魔獣を狙うにはちょうどいい高さだ。

 しかし、それはもちろん、連中から視界が通るというわけでもある。もっとも、あらかじめ扉の周囲を掃除しておいたおかげで、こちらへと攻撃される危険は排除できている。


 俺は最初、複製術による魔法陣の広域展開と、一斉射撃による敵の壊滅を目論んでいた。ただ、それはよほどうまくタイミングがかみ合わないと、実現しえないものだったことだろう。

 ならばと、より現実味のあるプランとして考えたのが、扉付近に敵勢力の穴を開けることだ。扉のすぐ向こうにまで魔獣がいれば、こちらから仕掛けても巻き込まれるリスクがあった。扉が完全に壊される可能性も。こちら側には連戦による疲弊が目立つ方が多い中、そういった選択肢は取りにくい。

 そこで、どうにか敵を扉から遠ざけることができれば、こちら側からも水平射撃で火力を集中させられる。一度攻勢を確立させることができれば、押し寄せる敵勢に対し、火力で対抗できる。

 そうすれば、部屋の中におられる方々の負担が減り、次の手を講じる余裕が出るだろうというわけだ。


 新たにできた扉の穴から、待ちかねたとばかりに怒涛の火力が放り込まれる。火砲では床付近の視界が悪くなり、向こうでの回避行動に支障が出かねない。そういうわけで選択は逆さ傘インレイン。もちろん、空中戦力に対する追光線チェイスレイの方も怠りはない。

 狙いをつけずとも当たる床近くの穴からは、とにかく回転数重視で攻撃が放たれる。引き絞って集束した散弾が濁流のようになり、異形の怪物たちを激しく打ち付ける。

 片や上方の穴からは、綾なす光線が躍り出て宙を舞い、尽きることない怪鳥を射貫き続ける。


 攻勢に参加しておられる方々は、いずれも連戦で消耗なさっていらっしゃるはずだ。でも、それを全く感じさせないくらい、一意専心の様子で攻撃に取り組んでおられる。

 また、魔法の記述速度や、魔法を操る手腕には恐るべきものがある。複数の追光線を指のように操る様は、衝撃的ですらある。

 やはり、純粋な魔導士としての力量においては、まだまだ俺では及びもつかないだろう。


 そんな俺が、なぜこんなところにいるかというと、俺にしかできないことがあるからだ――というか、他の皆様の立場では手を染めにくい、アレやコレやの邪法がある。

 床に広がっていく槍撃の陣に意識を取られそうになりつつ、俺は精神を集中させて次の魔法陣を記述した。

 近くの銃眼越しに、扉の向こうで作り出したそれは、フルオートで逆さ傘の散弾をバラまきまくる魔法陣のドローンだ。前にもこんなのをやったことがあって、難易度はさほどでもない――すでに大物を展開済みだってことを別にすれば。

 意識が引き裂かれそうになる感覚にどうにか耐え、俺は新手を前へ前へと進ませる。地面から敵を貫く青緑の槍、その連撃で傷口から魔獣が紫のマナを垂れ流し、ドローンがそれらを貪って散弾の豪雨を、横殴りに降らせていく。


 しかし……視界がややかすんできている。その視界の中で捉えた透圏では、敵戦力と火力がじりじり押し合っているというところ。これだけやってやってもなお崩れない敵勢に恐ろしさを、その中心にあって怪物たちを繰り出し続ける豪商とやらに、思わず畏怖の念を抱いてしまう。

 彼は、このまま無尽蔵に魔獣を展開できるものだろうか? 過去に彼が戦った実例がない以上、どうなるかはわからない。

 いや、おそらくガス欠はない。そういうつもりで挑まなければ。都合の悪い前提の上で、まずは少しずつ状況を整えていかなければ。そのために、何かできることは……。


 そこで俺は一つ閃き――同時に、殿下の外連環エクスブレスから声が響く。「リッツ」と呼びかけてくる声は、トリスト殿下のものだ。疲労からか、微妙に浮遊感を覚えつつ、どうにか応答する。


「はい、何でしょうか?」

「逆さ傘の魔法陣、上の方に傾けられないかな?」


 アレが俺の仕業だと、言わなくてもご理解なさっているらしい。そして、殿下のご質問に、俺はこんな状況ながらも「先を越された」と思いつつ、言葉と実践でお答えした。



 問いかけてからすぐ、くだんの魔法陣は上方へと傾き――床を埋める魔獣の大群ではなく、怪鳥の群れを襲い始めた。さらに付け加えるならば、豪商の手からまき散らされた硬貨から、肉を得ていくあたりの怪鳥たちへ。

 意を満たすこの動きに、トリストは「ありがとう」と腕輪越しに感謝を告げた。


 放たれるのは散弾ではあるが、さすがに全ての怪鳥を撃ち落とすようなものではない。

 それでも、魔獣になりかけているところへの干渉は、目に見えて効果的であった。一度に繰り出される怪鳥の数が、明らかに減じている。

 また、バラまかれる硬貨の飛散具合に合わせ、逆さ傘の魔法陣は集弾率を調整しているようだ。抜け目のなさと手慣れた感じに、トリストは扉の向こうの術者を頼もしく覚えた。


 鳥を先に始末させるよう持ち掛けた――実際には、察してもらった――のは、脅威の比重がそちらに寄りつつあったからだ。

 床に居並ぶ怪物たちは、確かに一撃が重そうな攻撃を繰り出してくる上、耐久性も並々ならぬものがある。

 しかし、攻撃に際しての予備動作は明白だ。何より床からの攻撃は、当然のことだが下方からしか来ない。集中を切らさないようにすれば、余裕を持って回避できる。

 一方、怪鳥どもは床の怪物よりも遥かに機敏に動き回り、四方八方に気を回さなければならない。

 そうした攻撃を避け続けられるものでもなく、室内で防戦一方となっている一同が負った傷は、ほぼ全てが怪鳥の突撃による裂傷である。


 だが、今は状況が違う。室内に躍り出、全自動で散弾をばらまく魔法陣は、生身では立ち入れない絶好の射撃位置を占めている。そこから繰り出される散弾の嵐が、生まれつつある怪鳥の一部を実を結ばぬ露へ戻す。生き残りには追光線が、丁寧に追いすがって打ち倒す。

 こうした支援の手により、息もつかせぬ猛攻にさらされていた一行は、空の脅威からどうにか解放された。注意を向けるべきは床の軍勢であるが、動きの速い怪鳥に比べればどうということはない。

 いくらかの余裕を得た矢先、下から襲い掛かる炎の吐息をかわしながら、一人の貴族が口を開いた。


「こちらから攻めますか? 室内からでなければ、まともな射角を得られませんが」

「少し待ってくれ」


 提案者が意味しているのは、豪商への攻撃についてだ。彼を取り巻く魔獣は多層の壁を成すようで、回り込まなければ攻撃が届かない。よって、攻め込むのであれば、室内の人間が動くということになる。

 しかし、その決断を下す前に、トリストは腕輪に話しかけた。


「アルト、外の様子は?」

「少し待ってくれ。もう大丈夫かな……よし、行ける」

「わかった」


 そうしてやり取りを済ませると、彼はその場の面々に告げた。


「みんなは生存に専念してくれ。それと、何があっても驚かないように」

「難しいことを仰せになられますね」

「前にも聞いたような?」


 確かに、この一日だけでも、驚かされる出来事が何度もあった。

 だが、すでに覚悟は決まっているのだろう。いずれも不安な素振りは見せず、強気に笑うか苦笑いを浮かべている程度だ。


 それから程なくして、扉の向こうとトリストの腕輪から「突撃!」という声が響き渡った。

 しかし、動きがあったのは扉の向こう側ではない――窓の外であった。壁面に並ぶ細長い窓という窓が叩き割られ、色とりどりのマナの矢が室内に降り注ぐ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る