第570話 「魔獣の王②」
まずは状況の整理からだ。気づけば
とりあえず一つ言えるのは、隣の部屋を埋め尽くす敵の群れに対し、生半可な攻撃は意味がないということだ。やってもすぐに補充される。
そのため、こちらからの攻撃は敵の空中戦力に集中している。相手の耐久力を考慮すれば、なおさら妥当な判断だ。
では、倒しても意味がないのであれば、敵を無力化させることはできないだろうか? たとえば、
しかし、盗録をやるにしても、敵のマナの色を確保しなければならない。銃眼越しにしか向こうへと干渉できない現状、敵のマナを押さえるのは至難だ。それに、あの魔法は単体用だ。この状況では使い物にならない。
では、複製術を張り巡らし、魔獣を酸欠みたいな状況に追い込むというのはどうか? 俺が最初の黒い月の夜、例の犬相手にやった戦法だ。
しかし、それが本当に効くかどうかは不明――というか望み薄ですらある。なんせ、それが通用するのなら、連中はすでにマナの食い合いで共倒れしてそうなほどに密集している。
まぁ、複製術によるマナ固定が、最後の一押しになり得る可能性は否定できない。それでも、床から繰り出される怒涛の攻撃を見るに、奴らが備えるマナは潤沢だ。枯渇には縁遠いように思われる。
無力化は難しい。倒すのは意味がない。つまり……手詰まりか?
いや、攻撃に意味がないのは、半端にしか敵勢力を削れない場合だ。一斉に蹴散らせるような攻撃であれば、目はある。複製術で攻撃魔法を斉射してやればいい。
肝心の魔法選択は、
いやしかし……複製を張り巡らした上で一斉に攻撃するとしても、それで敵勢を壊滅させられる保証はない。多少敵を減らせるとしても、第二波としての複製の再展開を待つ間に、立て直されれば意味がない。
では、一度複製によって床全体に張り巡らした上、再展開の手間を省くために再生術を合わせれば、なんとかなるか? 問題は、この二つを組み合わせたことがないってことだけど――やってみる価値はある。
方向性を掴んだ俺は、殿下に向かって言った。
「殿下、少し試してみたいことが」
「どうぞ」
俺が何か企てていると、殿下はお察しなのだろう。内容を聞かれることなく、ただ申し出を受け入れてくださった。
さっそく俺は、考えていることが現実に可能かどうか、検証に入った。異刻の力で、さっさと結論を出さなければ。
ただ、大体のアタリはすでにつけている。これは確証を得るための確認作業だ。おそらく、複製術と再生術を組み合わせた場合、外側に記述した奴から先に動く。
となると、複製術が外側であれば、求める通りの挙動を示す。先に複製術が働き、周囲に複製の余地がなくなって初めて、マナの使途が再生術に向くだろう。
逆に再生術が外側であれば、いつまでたっても複製できないんじゃないかと思うけど……真偽はさておき、前者が本当にできればそれでいい。
俺は必要な魔法陣の構造を考え、その通りにマナを刻んでいく。試験用だから、魔法陣は小さくていい。というか結果が早く出る分、小さい方が好ましいか。外側の層には一代限りの複製術、その内側に再生術と
すると、目論見通りの挙動を示した。最初に一発小さな
そして、複製から
最終的には七つの砲門が火を噴く、小さなガトリング砲ができ上がった。意を満たす出来ばえに手ごたえを感じ、俺は殿下に向かって提案を投げかける。
「床に騎槍の矢を敷き詰め、下から魔獣を撃ち続けます!」
「わかった。君の攻撃の成果を見て、次の行動を考える」
提案が通り、俺は次に使うべき魔法陣の構造に考えを巡らせる。すると、先のお言葉に少し遅れ、殿下が「ありがとう」とのお言葉をくださった。
気が早いとは思わないでもない。でも、誇らしくはある。後は、うまくやり遂げるだけだ。
しかし、使うべき魔法陣の構造に行きつく直前、俺の脳裏に一つの疑問が浮かび上がる。
――半端に殺しても意味はないと思っていたけど、本当にそうか?
☆
床から放たれる多様な攻撃には、それぞれ別の対応を求められる。だが、とりあえずの万能な回答もある。避けることだ。あまり仲間が多くても互いにぶつかり合いかねない中、宙で回避に専念する的の数は、現状でちょうどよい位だ。
しかし、ここで誰かが崩れれば、残りへの負担が徐々に増す。仲間を殺させず、互いに生かし続けることこそ、怒涛の攻勢にさらされ続ける中での、最大の生存策だ。
だが、それがいつまでも続くものではない。部屋の外から届く
それに、全ての攻撃に対し、余裕を持って対処できるわけではない。主に怪鳥たちの鋭い急降下で、一同は全身に生傷をいくつも負っている。
防戦一方となり、じりじり追い込まれていく焦燥感に、トリストは歯噛みした。外の様子次第で打開の目はあるが、一時撤退も視野に入る。そうした先々の可能性に思考を巡らしながら、彼は飛び交う死線を潜り抜けていく。
すると、
「床から魔獣に攻撃をかける。そちらは注意を」
「わかった。みんな、高度を下げないように!」
隊員への指示を済ませると、さっそく地面に青緑の光が輝き、打たれた魔獣の悲痛な叫びがこだまする。
高度を下げるなと言った彼の予想通り、床から放たれたのは騎槍の矢であった。ただ、威力のある魔法とはいえ、一発限りであれば焼石に水である。加え、先の一撃でやられたわけでもなく、魔獣はなお健在である。
しかし、加勢に来た魔法陣の構造まで視線は通らないものの、トリストには一発で終わるはずがないという確信があった。
というのも、城内突入に先立つ攻城において、彼は
また、彼がそうした魔法に通じていると、アルトも承知していることだろう。そう考えれば、フラウゼの連中が、魔法一発で終わらせるわけはないのだ。
実際、彼の見立て通りの事態が進行した。槍が放たれる領域が、次第に拡大していく。また、一度槍を放った箇所は、一回で終わらず何度も槍を繰り出している。魔獣の物量に対し、じわじわと広がる魔法陣が、真っ向から戦いを挑んでいるようだ。
下からの攻撃を避けるついでにと、トリストは床の様子に注意を向けた。どうやら、槍で突かれた魔獣の傷口から、紫のマナが
床を埋め尽くす魔獣たちは、攻撃ばかりでなく耐久力にも目を見張るものがあるようだ。一度の槍撃でも、致命打となりはしない。
だが、自動化された無慈悲な痛打の前に、少しずつだが確実に、魔獣たちが絶命していく。耳をつんざく断末魔とともに、濃いマナを最期に残し――それが後続へ向けられる槍へと変じていく。魔獣が死ねば死ぬほどに、濃いマナが溜まって原材料となり、青緑の突撃槍は突いて消えてを
そして、床に大群の切れ目が現れた。ようやく邪魔な障害物が消え、魔法陣を拝めると視線を向けたトリストの目に映ったのは――高速回転する青緑の円盤であった。
「なるほど」と彼は思った。敵に見られてはまずいと考えての処置なのだろう。戦場で禁呪を操る魔導師の“それっぽさ”を感じ、彼は未だ止まぬ猛攻にさらされながらも、一人微笑んだ。
こうして床を埋め尽くしていた大群に穴が開くと、それはわずかにではある着実に広がっていった。まるで奪った領地を誇るように、紫の雲の下から青緑の塔がいくつも立ち上がる。
床の一部に敵戦力の空白地帯ができたことは、防戦一方であった人員にとって大きな救いとなった。まかり間違っても、地に足つけられるような安全地帯ではないが、避けづらい直下からの攻撃を心配せずに済む。
ただ……青緑の勢力がいくら広がろうと、豪商が繰り出す魔獣の展開速度は尋常ではない。
それに、死した魔獣の置き土産を消費しきれば、床の攻勢は一度収まる。自動化された青緑の槍兵隊の根本的な弱点を、トリストはすでに理解していた。
床を埋める青緑の領地は確かに頼もしい。しかし、これを勝利につなげるには、すでに用意のある手に加え、何かもう一手……。
すると、後方の扉の方で、何か大きな衝撃音が生じた。室内のいずれも、そちらを見て隙を晒しはしない。
だが、きっと何かをしでかすのだろう。それは見ずともわかる。姿が見えない戦友たちの頼もしさに、トリストは強気な笑みを浮かべた。
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