第565話 「虚空の渡し守②」

 ちょっと結論を急いだ感があったので、俺はそれまでの考えをひとまずまとめた。

 まず、大師が魔人でも随一の転移の使い手であるということ。これまでの策略から、奴の下に直属の配下がいたと思われること。配下と思われる一人が使えたように、奴も誰かを飛ばす転移を使えるのではないかということ。ここまでが、奴の転移能力に関する話だ。

 それで、俺以外にも、過去に異世界と思しきところから誰かがやってきた痕跡があること。それらに魔人側の関与が疑われること。関わったのが大師であり、奴はこの世界の外について知っているのではないかということ。これが、奴もこの世界の外を知っているのではないかという話だ。

 以上を合わせると――奴はこの世界の外に、対象を飛ばす転移を行使できるのではないか?

 その可能性の高低はさておき、あり得る話だと総帥閣下は認められた。ただ……。


「次の戦いで、奴が使ってくるかな?」

「いえ。たとえそれができるとしても、次にやってくる可能性は低いと思います」

「というと?」

「次の決戦は野戦ですので」


 転移で誰か飛ばすというのを無視しても、奴には放たれた魔法を転移で飛ばすという技がある。あれのことを考えると、奴は相当タイマン向けだ。砦で対峙した際、それを身を以って知った。

 一方、大軍同士がぶつかり合う野戦・会戦の場においては、奴の強みが活きる感じではない……まぁ、奴について知らない部分が多すぎるから、見えている範囲からの推察でしかないけど。

 ただ、単純に考えて、集団戦であれば予期せぬ事故の危険性は付きまとうだろう。策略家と思われる奴が、そんな場に姿をさらすものだろうか?


「……というわけで、主たる野戦に姿を現すとは考えにくいかと」

「では、奴が動くとして、その状況は?」

「ごく少数の兵が動く場合ですね。戦線が硬直した後、回り込んだり伏兵にしたり……あるいは、会戦で勝利した後の攻城戦で、そういう場面があるかと」

「城内に入り込んだ兵を、奴が動いて消しにかかるってことかな」

「はい。城内の構造を把握していて、かつ転移に長けた奴なら……かなり効率的に立ち回れるのではないかと思います」

「まぁ、城に入り込まれれば、策略家を気取ってイスを温め続けるわけにもいかないからね」


 皮肉を込めて仰る閣下の言に、俺もつられて口の端を釣り上げた。

 すると、総帥閣下は「ん?」と何かに気づかれたようで、俺に尋ねてこられる。


「つまり……君の考えでは、転移で飛ばされる可能性を高く見積もってるのは、城内決戦を迎えてからってことになるね?」

「はい。次の会戦が終わらない内から、気が早い話ですが……」

「いやまぁ、そこで勝つ前提なのはいいけど……今のうちから準備するつもりなんだね?」

「今の私にできそうなのは、それぐらいですし」


 正直な話、大軍をぶつけ合う会戦において、これから準備してどうこうなるという感じはない。今あるもので頑張るしかないだろう。

 ただ、個の持つ力や知の比重が大きくなり得る局面ならば、俺の準備が功を奏する可能性はある。

 そして、俺が備えるべきは、想定と対策が可能な中での最悪だ。共和国で起きたことを思えば、大勢にとっての”想定外”に、向き合って備える価値は大いにある。


――というか、あんな思いはもうしたくない。たとえヤマが外れるとしても、その時のために備えておきたい。無為な時間を過ごしたくはない。


 次なる戦いに対する俺の考えを口にすると、総帥閣下は「ちなみに」と切り出してこられた。


「対策不能、想定可能な中での最悪は?」

「奴が誰かを飛ばす系の転移を使えて、対象をそれぞれ別の異世界へ飛ばすことです」

「なるほど。こちらでは、追跡しきれないしね。では、全員が同じ異世界に飛ばされた場合は?」

「私が全員つれて帰ればと」


 正直、絶対の自信を持って宣言できるものではない。でも、いざとなれば俺が受け持つべき役割だとは思った。

 相応の覚悟を持って口にした俺に対し、総帥閣下は「君ね~」と、呆れたようで楽しそうな声をかけてこられる。


「ま、現実的ではあるかな。これから、その備えをしようって言うんだし……」


 しかし、そこで言葉を切られた総帥閣下は、少ししてから「ちょっと待てよ」と口にされた。


「本当に、今から、そういう準備をするんだね? 時間かけて練習して」

「そのつもりですが……」

「僕の記憶が正しければ……そろそろCランク魔導師の試験じゃない?」


 口にされた話題に対し、急に気まずさを覚えた俺は、小さくため息をついてからお答えした。


「この準備の方が大切ですし」

「ですし?」

「……試験前に戦いが終わらないと帰れませんし、そもそもほとんど諦めてますし」

「そっかぁ……」


 なんだか急に、しんみりとした空気が漂い始める。そして、総帥閣下はポツリとこぼされた。


「Dランクの君がこんなところにいる理由、改めて理解した気がするよ」



「今の話は本当か?」

「はい」


 天文院について隠し立てすることなく、俺はお伝えした。こんな状況だ。下手に隠さずに打ち明けた方が安心していただけるはずだ。

 とはいえ、さすがに衝撃的な内容だったのだろう。後ろに乗せたお方――バーナード卿と名乗られた――の声の響きに、驚きと困惑を感じる。

 それに、俺の発言はさておくとしても、この虚空自体がそもそも意味不明だろう。別の質問が早速やってきた。


「体中からマナが溶け出すような感覚があるが……君は大丈夫なのか? 私のような者のために、ここで待っていたのだろう?」

「はい。どうも個人差あるようでして……閣下がお持ちのマナのように濃く強いマナほど、溶け出しやすいのかもしれません」


 などと言って、俺はシレっとごまかした。

 実際には、自分に盗録レジスティールを撃ち込み、マナの揮発を防止している。天文院について明かしたものの、この魔法については秘匿せねばならない。

 俺の答えに対し、卿が納得してくださったのかは不明だ。ただ、この先を俺に委ねてくださっているようではある。俺がこの先何するのか、口出しはなさらず、俺に任せてくださっている。

 貴人を背に乗せ、俺はホウキを操った。


 虚空において、"目的地"との距離は流動的で、とても”主観的”だ。目的地とするものをはっきり明瞭に感じられるほど、実際に距離が縮まる。逆に、その感覚が不確かになるほど、距離は遠ざかる。

 そして、一度遠ざかり始めると、歩を進めても距離は縮まず、不安に駆られればますます遠ざかる。

 こんな空間においては、自分を強く保つことが何よりも重要だ。たとえ小さなものであっても、ミスやロスを積み重ねれば、いつしか弾みをつけて坂を転げ落ちることになる。

 そういった危険を避けるために、俺は100%の自分を維持するように専心している。ホウキに乗っているのは、こんな空間でも自由に動けているという感覚を確かにするため。盗録を使っているのは、単にマナの消費を抑えるためでなく、自身のマナを十全に支配し活用しているという感覚を保つためだ。

 そういった努力の甲斐あってか、目的地までの道のりは、ここに入り込んだ当初からさほど変わっていない。慣れもあるのかもしれない。あまり褒められたものでもないけど……。

 ともあれ、俺は自分を導いてくれる藍色のマナの道を感じ取り、その方へ向かった。

 すると、不確かな道中で、卿が俺に尋ねてこられた。


「ここまでの推移は、君の目から見れば……概ね好調なのではないか?」

「……はい」


 言い当てられて、俺は正直ドキッとした。手にした材料は少ないだろうに、俺たちにとってうまい具合に事が運んでいることを見抜かれた。

 こうして言い当てられたことと、種々の事情からくる罪悪感で、少し身が縮むような思いがある。


「利用する形になって申し訳ございません」

「ああ……やはりそうか。誰かが殺されるよりは、こうして飛ばされた方が好ましく、そうなるように仕向けたと」

「はい。とはいえ、現場をコントロールしているのは、私ではありませんが」

「そちらも、概ね見当がつく」


 これまでも先行きも不透明な中、急に流れを見出されたようで、卿は揚々とした口調で仰った。そこで、旅路の紛らわしにと、俺はこの状況の答え合わせを楽しんで頂くことにした。


 まず、俺がここに飛ばされた時点で、進むべき方向性が定まった。飛ばされる先がこの虚空なら、どうとでもなる。だから、奴にとって転移で虚空に消す選択が、妥当なものと映ればいい。

 最初に飛ばされたのが俺だったのは、かなりラッキーだったと思う。ただ、それを促すよう、奴にとって煩わしい振る舞いを心がけてはいた。


 で、俺が飛ばされてからの流れについて、俺は直接関与していない。今まで得られた情報は伝聞ばかりで、俺はこっち側での救助に専念する感じになっている。

 そこで、向こう側の立ち回りを取り仕切ってくださっているのが、アルトリード殿下とトリスト殿下だ。アルトリード殿下は天文院とのつながりをお持ちでないから、主にトリスト殿下が状況のコントロールをなさっている。

 ここで重要なのが、死傷による脱落者を出さないことと、突発的な何かで全滅しないことだ。後者は言うまでもない。前者については、死傷は取り返しがつかないからというのもあるけど……。

 一番重要なのは、大師に転移で消すという選択をさせることだ。その点において、この突入部隊は最高の布陣だった。なにせ、下々の魔人をいくらぶつけても、隊の方々は些細な負傷しかなさっていないわけだから。

 おかげで、奴にとっては普通に戦って負傷させるよりも、転移で消す方が効率的に感じられたことだろう。実際、こちらへと傷が浅い方々が飛ばされてきた。

 奴の視点では、この転移は即死攻撃みたいなものだろう。でも、俺がこんなところでせっせと働いているせいで、実際には負傷するよりも無害な魔法になっている。


 ただ、出し抜いた感はあっても、素直に喜べないのは確かだ。あくまで、奴の攻勢をしのいでいるだけに過ぎず、王手には程遠い。何かしら、奴を追い詰める手段を見つけなくては。

 それに……罪悪感もある。俺が虚空に控えるという作戦の全容は、現場の方には伝わっていない。

 というのも、知られていないからこそ、奴に不審がられないからだ。トリスト殿下相手であっても、天文院からは制限された情報しか送られていない。

 いわば、現場の心労を前提に成り立つ戦法だ。それでも、実質無害な攻撃に奴が拘泥してくれているメリットは計り知れないけど……誰かがここへ飛ばされるたび、申し訳無さは募る。


 といった感じで、俺としてはうまくいっている反面、思い悩む部分のある作戦とその推移となっている。ただ、卿は「気にすることはないが」と言ってくださった。


「君がいなければ……普通の戦いになって、すでに何人か死んでいたことだろう。今も現場に残る者の胸中を思えば、確かに心苦しくはあるが……最終的には、万事解決するのだろう?」

「はい、そのつもりです」

「ああ、それでこそだ。元気を出してもらわねば、道が遠ざかるかもしれんしな」


 そう仰って、卿は明るい感じで笑われた。もとはアイリスさんと共に、貴族部隊として動かれていたのだろう。気さくでとても感じの良いお方だ。

 そんな励ましのおかげか、程なくして俺たちは、目的地についた。暗い灰色の空間の中、かすかに揺らぐ藍色のマナを感じる。


 俺は精神を集中し、その揺らぎを大きくするように、空間に穴をこじ開けていく。現世へぶっ飛ばされたときにやったやつだ。度重なる練習と、今日繰り返した実践のおかげで、自信を持ってできるようになっている。

――というか、今日こうして穴を空けるのは、あの時に比べれば条件がメチャクチャ恵まれている。俺自身が強くなったこともあるし、穴をつなげる先のセッティングもある。それに、協力者も。

 空間を隔てる膜が、徐々に薄くなっていき、灰色の向こうにぼんやりとあちら側の光景が映り始める。暗い闇の中に浮かぶ紫入りの大きな球体と、周囲にいらっしゃる、すでに救助した方々。

 そして、俺に協力してくれている、白いローブの女性。彼女の力添えもあって、空間の穴がすっかり開ききると、やや透明な彼女の姿がはっきり見えるようになった――フィオさんだ。

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