第564話 「虚空の渡し守①」
新しくやって来られた方は、俺がこんなところにいることについて、やはり相応の戸惑いを示された。
ただ、ひどくうろたえたり、強く心配したりといった感じは見受けられない。自制心によるものか、気を強く保っておられるのか。いずれにしても、これまでの方々同様に立派な方でいらっしゃる。
とりあえず、俺はホウキに同乗していただくようお勧めした。すると、特に迷われることなく後部に座られた。ただでさえ乗り心地の悪い折り畳み式ホウキでの二人乗りだけど、四の五の言ってはいられない。
幸い、特にご不満を呈されることはなかった――というか、それよりも口にすべきことがありすぎるのだと思う。
予想通り、後ろの方から問いが投げかけられた。
「他の者は大丈夫か? 君を見る限り、大丈夫そうに感じるが」
「はい、すでに救助に成功しております。ご安心を」
そう答えると、後ろから安堵のため息が漏れ聞こえた。ご自身のこれからよりも、先に消された方々のことを本気で案じていたように思われる。
その後、少し元気になられた感じの声で問いかけがきた。
「差し支えなければ、色々と教えてもらえないだろうか?」
この色々という漠然とした表現には、「何から聞けばいいものか」といった感じの困惑を感じた。この状況について、どこから話すか俺に任せてくださるということだろう。
そこで俺は、今日だけでもうじき10回目を超えるかという説明を繰り出した。
「ここは、虚空と呼ばれる空間で……世界と世界の
「にわかには信じがたい話だが……君は、このような状況になると、以前から想定していたというのか?」
「……こうなる可能性は、あるものと考えておりました」
何もない空間の中、ホウキを飛ばしながら、俺は自分の思考をさかのぼっていく。
事の発端は、例の皇子から決戦の申し出を受けたあたりのことだ。
☆
「大師と遭遇した際、転移で自分の魔法を飛ばされたのですが……」
「どうかしたかな?」
「魔法だけではなく、人間も飛ばせるのではないかと」
天文院総帥閣下に考えを述べると、閣下はすぐさま、俺がそう考えるに至った理由を補足してくださった。
「なるほど。君は、自分自身が飛ばされたことがあるしね。その時の下手人にできるなら、大師にもできるんじゃないかと」
「はい」
王都襲撃の主犯格、魔法庁に潜り込んでいたあの美男子野郎がそうしたように、大師にも他人を強制的に飛ばす魔法を使えるのではないか?
そう考えるだけの理由はある。
まず、今までに得た各種情報から、あの二人が上司部下の関係にあるのではないかということ。魔人六星の中で、策謀担当とされる大師が、あの王都襲撃に無関係であったとは考えにくい。
おそらく、あの潜入者を実行犯とし、大師自身は全体を統括していたのではないか。
また、王都襲撃に前後する事件や、あの魔人が魔法庁へ潜り込む段階において、精神操作の関与があった疑いもある。そこで、例のカナリアとやらの関係も濃厚になる。
それに加え、共和国での戦いにおいて、カナリアが魔人でも屈指の転移の使い手だと聞いた。実際には、大師の方が上のように思われるけど……いずれにしても謀略のために動いていたと思しきグループが、転移術によっても結びついている。
相手をどこかに飛ばすという転移もまた、通常の転移とは異なる高位の術に思われる。
……といった諸々の材料を統合すると、策略のために動いていた連中は、他の一般的な魔人よりも転移関係に精通している。そして、大師は配下に転移の魔法を手ほどきしたのではないか?
俺の考えについて、閣下は「なるほどね」と仰った。
「あり得る話ではあるね。では、君が大師と遭遇した時、君はどこかへ吹っ飛ばされなかったのは?」
「考えられる理由はいくつかあります。あの時、奴は部下を抱えていましたから、行動の自由が制限されていたはずです。それに、自身の離脱を優先し、こちらには使わなかったのではないかと」
「君の攻撃に対し、奴は転移を使ったという話だけど、奴がそうした理由は?」
「挑発か威嚇か……あるいは、転移で魔法を撃ち返せるという情報を意図的に流したかったのでは? そちらに意識を傾けさせ、本命は手の内に控えると」
「ふ~む」
閣下は軽くうなられた後、静かに考え事を始められた。球体の中で紫の光が目まぐるしくうねり動く。
ややあって、閣下は仰った。
「僕らも、情報戦なんかは
「はい」
さすがに話が早いお方だ。俺が懸念しているのは、奴も他人をどこかに飛ばす力を持っているとした場合、対処できるかどうか、どのように対処するかだ。
といっても、どこに飛ばされるかで、こちらの対応は大きく変わる。考慮すべき転移先は、大別して三通りだ。
「まず、この世界のどこかに飛ばされた場合ですが、これは問題ないものと考えています……ですよね?」
「僕らがいるからね。この世界の中における転入出は追跡してるから、大丈夫だよ」
今まで陰ながら動いてきた天文院も、今回ばかりは相手が相手ということで、サポートに動いてくださるようだ。この世界のどこかに飛ばされようが、天文院でそれを把握してエージェントを差し向ければいいとのこと。
もしかすると、とんでもない場所へ飛ばされるかもしれない。ただ、そうなった場合は飛ばされた方の戦闘力次第だろうけど、割とどうにでもなるのではないかと思う。
もっとまずいのは、別のパターンだ。
「転移先として想定されるのは、他に別の世界と、虚空がありえると思います」
「つまり……君は、奴がこの世界の外側を知っていると?」
「あり得る話だと思います。私以外にも、異世界から誰かやってきた痕跡が、過去に認められたのですよね?」
「そうだけど……ああ、なるほど。例の大師が、それに関与しているのではないかって?」
「他に適当な関係者が思いつきませんので」
未だに名や存在を知られていない者を想定するよりは、既知の敵の中から、異世界へのつながりを持つ者を想定する方が、まだ現実的だと思う。
となると、一番ありえそうなのは大師だ。奴は魔人の中でも、転移については最高峰の術者だと思われる。
それに、天文院ぐらいしか異世界から来た存在を認識できていないという事実は、秘密主義的なやり方を思わせる。なんとなくだけど、そういう点も策謀家らしきあの男に結びつく。
他に異世界とのつながりがありそうなのは、瘴気を植え付けて人間を魔人に還る魔人という聖女だけど……正直、判断材料が少なすぎる。
そういうわけで、現段階で俺たちが手にしている情報の中から判断するなら、魔人側で異世界へのつながりを持ちえるのは、やはり大師ではないかと思う。
俺の自説に対し、閣下は少しの間黙考された。
「……憶測に憶測を重ねているけど、筋は通る話だね。では、それを前提にするとして話を戻そう。奴が転移で誰かを飛ばせるとして、この世界の外に飛ばされるかもって話だよね?」
「はい。別の世界か、虚空かです。それで、前者はどうしようもないのではないかと。そこまで追跡はできませんよね?」
「まぁ……無理だね。君が吹っ飛ばされた時だって、こちらからじゃ転移先がわからなかった」
つまり、奴が俺たちの知らない世界へ行ったことがあるとして、そこへ飛ばされるとヤバいって話だ。
――普通に考えれば。
次いで考慮すべきは、虚空に飛ばされた場合のことだ。転移先を割り出すという点では、異世界へ飛ばされたのとそう変わりはないらしい。
「転移直後の反応から、虚空へ飛ばされたのではないかと推測することはできると思う。ただ、虚空のどこにいるかなんてのはわからない。恥ずかしい話だけど」
「いえ、仕方のないことだと思います」
俺が知る限り、虚空は距離とか座標とか、そういう概念が全く通用しない空間だ。どこにいるかなんて、まったく意味がない質問だろう。特に、虚空の外から観測しようというのでは。ただ、虚空にいるっぽいという感知は可能なようだ。
それと、閣下は転移の難易度について言及してくださった。
「異世界へ直接飛ばすというのは、現実的ではないと思う」
「それは、なぜですか?」
「つなぐ先のイメージを得るのが大変だから。少なくとも、自身の転移も気に掛けなければならない状況で、狙うようなことじゃないと思う。それに比べれば、虚空へ飛ばす方がずっと楽だね」
その後、話は転移に関する技術的なものに移った。
転移が人間社会において禁呪とされ、天文院管理下の設置型の門だけが使われるのは、早い話が安全のためだ。転移でしくじれば、虚空へ身を晒すことになる。
そして、一度入って下手をすれば、帰る保証はない。転移を使った術者ではなく、同行者ならばなおさらだ。
普通にどこかへ門をつなぐより虚空へ行く方が、魔法的には簡単でさえある。
「でも、虚空へ行くかどうかのバクチになるようじゃ、とても使い物にならないからね。使い手であれば、何の問題もなく使えるまで習熟しているはず。そういうレベルになると、かえって虚空へつなぐ方が、習慣が邪魔して難しいだろう」
「なるほど」
「ただ、異世界の存在を認識し、実際そこへ行ったことがある者ともなれば、意識的に虚空へつなげ得ると思う。それだけの力量があれば、相手だけを虚空に放るということもできるだろうね」
もちろん、大師がそういうことをできるという、確たる証拠はない。それでも、本当にできるんじゃないかという予感はある。今まで得てきた情報と経験、そして直感が、そう囁いている。
すると、閣下は俺に尋ねてこられた。
「大師が転移で誰かを飛ばせる可能性自体は、かなりあると思う。相手を虚空に飛ばす可能性はそれなりだね。それで……今日、この話を持ち掛けた理由は?」
「対処法を模索できればと」
そうは言っても、俺の中で考えはすでにある。ただ、あまりにもアレなので言い出しづらい。
結局、口にするまで数秒かかった。深く息を吸って吐き、俺は愚考を口にした。
「私が虚空で控えていれば、誰か飛ばされて来た時に救助できるのではないかと」
「君……やっぱり、ちょっとイカレてるね」
投げかけられた言葉のキレ味とは裏腹に、閣下のお声は弾んでいて――失礼ながら、ご同輩じゃないかと思うほど、楽しそうだった。
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