第559話 「突入」
城までの経路で立ちふさがった敵は、ほんのわすかだった。いずれもまともな障害には程遠く、即席の連携によって砂に還っていった。
こうした動きは、城外の敵軍全体を統括する者の不在を示唆している。あるいは、そういう奴がいても、指揮が追い付いていないのか。ともあれ、邪魔立てされることなく、場内へ突入できそうだ。
ただ、城外の動きが混乱していると言っても、中までそうなっているとは考えにくい。中核戦力が中に控えているのは間違いなく、ここからが本番だ。
結局、俺たち突入部隊は、城の入り口前まで拍子抜けするほどあっさりと到着できた。この、事が容易に運んでいる事実が、逆に不気味に感じられる。
そう感じているのは、俺だけでもないようだ。城の内外を隔てる大扉を前に、ここまでの道中には比べ物にならないほど、強い緊張感が張り詰める。そんな中、アシュフォード侯が口を開かれた。
「まずは
「はい」
返答したのはアイリスさんだ。後で聞いた話では、貴族部隊として動いていた時、それで力比べをしていたらしい。それで、彼女が一番、広範囲かつ高精度だったのだとか。
そして、この中でも随一の使い手による紫の半球は、城の中に潜む敵の数を洗い出した。
「総勢……百は下りませんね」
「3、4倍というところか」
「はい。ですが……」
敵の魔人は、総数では百を超えると思われるものの、城の中にかなり分散配置されている。全員を収容するだけの空間がないのか、あるいは地の利を生かして挟撃しようというのか。いずれにしても、最初から数で襲うという考えはないように思われる。
そして、もっと気になるのは……。
「動きがありませんね」
「気づいていないということはないだろうが……」
敵の反応の薄さは、どうにも不穏だった。連中の中にも透圏を使える者はいるだろう。そうでなくても、外の様子ぐらいは把握しているはずだ。その上でこの無反応ぶりは、かなり怪しい。
そこで出た結論は、「最初から城内で決戦に持ち込むつもりだった」ということだ。
「我々のような部隊が来ることは、連中も想定していたのではないか? 早期決着を狙うこの策であれば、兵の犠牲を減らせるからな」
「それを念頭に置き、迎え撃とうと?」
「ああ」
とりあえず直近で待ち構えている敵は、入り口の大きな扉の向こう側。総勢20ってところで、エントランスホールにいるようだ。
そして、その中に一つだけ、紫のマナの反応がある。赤紫のマナを植え付けられたのではなく、自らの力で魔人へと変じた、幹部クラスの奴だ。敵の並び方から見ても、中央に陣取るそいつはかなり怪しい。
そこで俺は口を開いた。
「交戦が始まったら、私は中央に控えて様子を見ます。この紫の敵が何をするのか、見極めて対応に動こうと」
「なるほど」
俺の申し出に対し、反論は特にない。見知ったばかりの方からも、開戦の砲撃によるものか、信頼を感じられる目が向けられる。
つまるところ、俺は自分独自の考えで動くことを求められているわけだ。立ち位置を再認識し、心身が引き締まる。
俺以外のフォーメーションも手短に確認したところで、突入の最終準備だ。
まず、待ち構える敵以外には、行く手に何か仕掛けられている様子はない。扉を開けると即戦闘だ。各々防御用魔法を展開、そして……。
藍色の魔法陣が、大扉の前に展開された。使い手はトリスト殿下。これはおそらく、強烈な突風を生成しているのだろう。扉へ打ち付けられた風が、巡り巡ってこちらの足元までやってきて、白い砂をかっさらっていく。
扉を手で空けるのはリスキー、火砲で破るのも爆風が邪魔になる。そこで突風でこじ開けようというわけだ。
魔法王国の王子の手によるその魔法は、重厚なはずの扉を風で少しずつ動かしていく。
こうして扉が動き始めたと思ったのも束の間、風の強さが突然増した。勢いづけて扉がこじ開けられ、向こう側へと到達する。扉のすぐ近くにいた魔人は、突然の強風で煽られそうだ。
そこで、扉が完全に開ききる前に、俺たちは城内へと駆け出した。入口近くで待ち構えていた連中は、追い風の勢いもあり、一瞬で白刃に斬って落とされる。
それから、戦闘はエントランス奥で構える連中との射撃戦へと移行した。奥行き高さ共にかなりあるエントランスの中、敵は扇状に展開され、俺たちを取り囲んでいる。
一方、こちらの布陣も扇状だ。その扇の中央に、アルトリード殿下とトリスト殿下、それと俺がいる。
そして、敵布陣の中央で宙に浮いている男の姿を認め、全身が沸騰するような熱を感じた。あの野郎――大師がいる。
こんな早くに遭遇した事実に、意表を突かれたという思いは、あまりなかった。むしろ、腑に落ちる感じの方が強い。早め早めに動き、配下の残数があるうちから、こちらの様子を探ろうというのだろう。あるいは、機先を制しようというのだろうか。
ともあれ、奴を野放しにするわけにはいかない。俺は
俺はこの二本の光線を、それぞれ別のコースで大きく左右へ迂回するように飛ばしていった。
すると、これらの光線に対し、奴は着弾するすんでのところで、例の赤紫の門を二つ作って見せた。光線が吸い込まれる前に、俺は両方の魔法を解いてマナへと還す。二つの門の生成はほぼ同時だった。タイムラグなしで自由に作れるとみて間違いない。
ただ、この程度は予想できていたことだ。構わず、俺は追光線を作って飛ばしていく。
奴の転移能力について、俺は以前から色々と考えていた。
門に吸わせて別のところから出すというのは、確かに脅威だ。敵の攻撃を無力化するばかりでなく、反撃に転用できる。まさに攻防一体って奴だ。
ただ……俺はもっとヤバい用法があることに気づいていた。
そして、緩やかに流れる時の中、俺はその兆候を感じ取った。これまで矢と
もちろん、普通に使って着弾するような戦場じゃない。こちらは人類の上澄みみたいな部隊だ。
しかし……あの野郎の転移で、ワープさせることができたら? いきなり死角から砲弾が飛んできたら?
その可能性について、俺は事前に隊の方々に伝えていた。それで、隊の方々の自己防衛としては、防御を割られたら即座に張りなおそうということになった。要は反射速度によるゴリ押しだ。実際、この隊の方々はあらかじめ承知していて身構えていれば、反射的にできるとのことだ。
それでもリスクは付きまとう。敵は一人じゃない。だから、俺の出番だ。
でき上がりつつある火砲の元へ、俺はすでに放っていた光線を向かわせた。その通り道を塞ぐように、奴の門が現れる。
俺は門に入り込まないよう、光線をほぼ直角に折り曲げて進路を変えた。止まって見えるほど遅く流れる時の中、息も心臓も止まったかのような錯覚と、尋常じゃない苦しさに襲われる。
しかし、魔法は維持できている。奴に邪魔されている追光線が一本、もう一本は、まだ相手にされていない。行く手を阻まれつつある一本とは別に、俺はもう一本を火砲の術者へ向かわせた。
この日を迎える前、俺はあることを前提にしていた――大師は、異刻を使えないというものだ。
なぜかというと、奴がアレを使えるのなら、絶対に勝てないからだ。何をしようが無駄な努力だと思う。たぶん、奴の寝落ちかガス欠ぐらいでしか隙ができないだろう。
そんな想定をするよりは、奴が異刻を使えない前提で事を考える方が、まだ建設的だと思った。
そして……俺の側の異刻の手助けがあるのなら、奴と思考速度勝負に持ち込める。どこに門を出すべきか、その判断にかかりきりにさせてやれば……俺の煩わしさをアピールし、他の方々への注意を散漫にできる。そうすれば、戦闘全体は有利に運ぶはずだ。
今やっているのが、まさにそういうことだ。
のたうつように曲がりくねる光線と、着く手を阻もうとする門。互いを直接は狙い合わないイタチごっこを繰り返す。そして、火砲が放たれた。
この火砲は、記述が妙に遅かった。おそらくは、タイミングを見計らっていたからだろう。下手に撃っても、こんな戦場では自爆にしかならない。それだけの猛者がひしめき合っている。
つまり……今なら決まると、奴らは考えていたはずだ。
実際、光線を向かわせても、もう間に合わない。距離を詰める前に、門ができ上がる――いや、でき上がった。砲弾が門に吸われ、どこかへ弾が出る。
どこへ?
決まってる。
念のため、俺は周囲を確認した。しかし、扇の中央から見える範囲で、狙われている方は誰もいない。
やっぱりな。
俺は行き場を失った追光線を、火砲の術者に向かわせた。威嚇と脅しだ。それから、俺はその時に備え、背の方に
すると、俺が構えた盾に何かが着弾した。後方で赤紫の爆風が巻き起こる。構えた盾のいずれもが破壊され、しかし、あらかじめ用意してある
思考速度のインチキはあるものの――読み通りの結果だ。
奴の思惑が何であれ、結果としては部分的に上回った。他の絢爛たる血筋をさておいて、奴は俺の排除を優先した。興奮とスリルでゾクゾクする。
この短いやり取りを経ても、遠くで構え続ける奴の顔は何も変わってないように見える。そういうタイプでもないか。
しかし、火砲を撃った魔人は、俺からのカウンターを受けて
そして、そいつが晒したわずかな隙へ、抜け目ない射撃が襲いかかる。防御は間に合わず、そいつは倒れ伏した。
主観では数分だけど、実際には火砲の兆しを見てから5秒も経ってないだろう。凄まじい密度のやり取りだった。戦闘開始直後から数えても、1分経ったかどうかってぐらいだ。
しかし、これで動きが変わった。射撃戦で徐々に押し込まれつつある敵が、間合いを詰めて接近戦に移行しつつある。
おそらく、接近戦になると、火砲はもう使えないだろう――配下は。奴が下々を犠牲に、ぶっ放してくるという可能性はある。
俺は奴と他の魔人への注意を保ちつつ、魔法での援護に務めた。
そうしていざ接近戦となると、奴は割と手持ち無沙汰になるようだ。俺への警戒を絶やすことはないものの、配下への加勢に魔法を撃ち始めた。緩急をつけようというのかもしれないけど、今のところは穏やかなもので、追光線が数本飛ぶ程度だ。
双方が接近戦でやり取りするようになると、転移で妨害に入るのも難しいんだろう。そう見せているだけ、という可能性もある。
ともあれ、転移を使われるよりは、ずっとやりやすい。俺が何か魔法を撃てば、奴はそちらへの対応に回ってくれる。奴の注意をこちらへ傾けようと、俺は攻勢を維持した。
魔人側が接近戦を選んで動き出したものの、状況はこちらに有利だ。こちらの隊の方々は、恵まれた家系に加え、出自に戦いを強制されてきたのだろう。若い方が多いものの、まさに歴戦と言った感じだ。声もなく連携をとりあい、敵勢を徐々に切り崩していく。
さらに、元の頭数の差のというものもある。連携の優劣もあって、敵勢の不利が少しずつ明白になっていく。
それで……あの野郎は、このまま終わらせるつもりか? こうしている間にも、敵勢は壊滅に近づいている。
しかし、傷つき果てていく配下とは裏腹に、奴は無傷だ。扇状の陣形の中、奴だけが安全地帯にあって、冷静に構えている。
そして、奴が動き出した。放たれたのは火砲。狙いは配下もろとも。やりやがった。
この狙いは何だ? まとめて巻き込もうっていうのか? それとも、転移で飛ばすのか? あるいは、俺の注意を引きつけるため?
――たぶん、全部だ。どうなろうとうまくいくように動いているんだろう。
いずれにせよ、隊の方の多くが接近戦にかかりきりになっている中、あの火砲への対処には回れそうにない。俺が対応しないと。
問題は、俺の動きに対して奴がどう動くかだ。火砲が書き切られる前、俺は追光線と
僅かな時間が経過した後、火砲が放たれた。俺はその妨害に動き――奴はそれを放っておいた。
瞬きするよりも短い間に事態は進行していく。俺の光線で火砲が相殺されるその瞬間、爆風の向こうでかすかに空間の揺らぎを見た。
奴自身が転移した? 即座に俺は、後方に双盾を張りつつ振り向いた。
果たして、奴はそこにいた。能面みたいな無表情の男が、手を伸ばせば届きそうなほどの間合いにいて――急に、視界がおぼろげになる。
何かされた。いや、それが何なのか、直感的にわかる。
体が強いマナの奔流に拘束され、俺を包み込む球状の領域が、この世から切り離されていくように歪んでいく。抵抗しようと体を動かす暇もない。いや、そんな時間があったところで、意味があるのかどうか。
目に映る全ては、輪郭を失うように
――ああ、やっぱり。やりやがった。
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