第558話 「大砂海の王」

 攻城による敵陣かく乱の策がうまくハマり、状況が一変した。城外の守備兵力は、これでいくらか効果的に削減できるだろう。動き出した戦場をざっと眺めてから、俺たち突入部隊は地面に降りた。

 すると、大きな歓声が俺たちを包み込んだ。地面からでは、実際に何をしたのかよくわからなかっただろうけど、何かすごいことをしたのだとは思っていただけているらしい。

 それに、この一連の動きで、戦局をこちらに好都合な形へ傾けたというのもあり、連合軍本陣がにわかに活気づく。

 こうして周囲が沸き立ったのも束の間、俺たちを取り囲む兵の輪に裂け目ができた。間を割って来られるのは、総司令閣下とナーシアス殿下だ。「やりましたな」と総司令閣下。


「この目で見たわけではありませんが、敵軍の一部はたまらず動き出したとのこと。それにつられて動き出す集団も多く、敵方は互いに連携しづらいでしょう」

「攻めるならここだね」


 総司令閣下に続き、ナーシアス殿下が言葉を続けられた。戦闘開始早々のこの発言に、俺たちを取り囲む兵の方々が、息を呑む音が聞こえる。

 そんな中、殿下は真剣ながらも自信を感じさせる表情で仰った。


「陣形が乱れた今、こちらから打って出て城の前を開けるなら、待ち構えるところを打ち崩すよりは労が少ないだろうね。敵集団同士の間隔が開いてきているのも追い風だと思う」


 実際、上から見ていても、そういう感じはあった。城を取り囲むような防御陣形が崩れ、敵集団間に穴が目立ってきていた。今攻め込むのなら、敵は互いに連携しづらいはずだ。

 そこへ「攻めきれなかった場合は?」と、心配そうな声で問いが発せられた。今攻め込む気でいらっしゃる殿下の力量を、ある意味では疑うようにも聞こえる果敢な発言だけど……殿下は特に気にされた様子はない。


「その場合は、敵の兵力を削って次につなげたいね。押し込むふりをして現場の維持に務め、援護に向かおうと動く敵の側面や後背を突きたい」

「結局は、状況に合わせて動く形になるとは思われますが」


 殿下に続き、総司令閣下が言葉を足された。

 ともあれ、敵の統制が回復する前に動かない手はない。現状の優位をさらに固めるため、城までの道の確保も兼ねて、軍を動かす決定が下った。

 ここで矢面に立つのは、ナーシアス殿下が率いておられる操兵術師ゴーレマンサー部隊とマスキアの歩兵部隊。前の戦闘でも、操兵術師部隊は大きな戦果を上げた。その期待感からか、いざ進撃というこの状況下で、連合軍本陣が熱気に包まれる。


 ただ――今日のゴーレムは、俺たちの期待をさらに超える怪物だった。

 殿下曰く、この地の砂は「最高の素材」とのことだ。刻み込まれたマナにすぐ馴染み、まるで自らの血肉のように操れるという。

 そうして白い砂の海から姿を現したその巨人は、今までのよりも一回り大きく見えた。その巨体は向こう側が少しだけ透き通って見え、半透明な巨体を、淡く輝く黄色いマナが包み込んでいる。

 その威容に、兵の方々は息を呑んだ。友軍であっても圧倒されるばかりだ。あの巨人に立ち向かわなければならない魔人たちの心情は、いかばかりだろう?


 こうしてゴーレムを用意し、中央進撃の準備を整える傍ら、俺たち突入部隊も進撃の準備を整えていた。

 突入部隊は総勢30名ほど。おおむね王侯貴族、あるいはそれに準ずる名家の出からなる、最精鋭部隊だ。「人類史に残るかも」という声も。

 年の程は、若い方がハイティーン、上がアラサーってところか。

 そして、この隊を率いられるのはフラウゼ王国の王太子殿下――つまり、俺たちのあの方だ。「特に他の候補がなければ」と立候補なさって、アッサリ決まったとのこと。

 隊長決めについては、トリスト殿下が最初に肯定的な意見を出してくださったらしい。後日伺ったところによると、俺みたいなのを配下に持っているから、突発的な事態への対応に有利だろうと。

 この突入部隊は国や血筋、年齢にバラつきがある。ただ……この中でも、俺がぶっちぎりの異物だというのは、共通認識のようだ。自意識過剰ではなく、俺に向けられる視線が明らかに多い。侮りや軽んじる感じはなく、単に興味や期待の目を向けられているのはわかるけど。

 すると、ウチの殿下がにこやかに口を開かれた。


「自分自身に対し、異物感はあるかな?」

「ええ、まぁ……」

「はは、私としては心強いよ。普段私たちを驚かしてくれるみたいに、今日は連中を驚かしてやってくれ」

「そうですね……息が止まるほど、驚いてもらいたいものです」


 そんな軽めの所信表明をすると、俺に向けられる好奇の目の輝きが、一層強くなったような気がした。まぁ、今しがた城に向かって、”何か”ぶっ放したところだし……次の出し物が気になるのだろう。

 実際、今後の展開について、すでに考えていることはある。


――相手がどう動くか次第ではあるけど。


 殿下とのやり取りから程なくして、前方から「出撃!」という声が響いた。続く大歓声が天地を震わせる。

 そして、声に押されるようにして、例の巨人が動き出した。俺たち突入部隊は、集団最前列からやや後方に位置し、状況に合わせて動く。

 しかし……いやに速いな!? 巨人の歩行速度は、人が走るのとそう変わりはない速度だ。砂の上ながら、重みで足を取られている様子はない。動かしやすい最高の素材で作られているからだろうか。

 前へ詰め寄ろうと進撃する兵の疾走に、巨人の歩みは決して後れを取らない。この事実に周囲は驚き――戦意をより一層掻き立てられていく。

 そして、さらなる高まりを見せる熱気に押されるように、前衛最前列にいる巨人は進んでいく。


 やがて、行進が始まって数分したところで、前方に動きが見えた。様々な魔獣を引き連れた魔人の一団が、迎え撃とうとこちらへ寄ってきている。双方近づきつつあるものの、ボルトの間合いには遠い。

 そんな中、巨人は新たな動きを見せた。右手を砂の海へ突き入れ、そのままの速度で前進していく。突っ込んだ手の抵抗だとか、そういう疑問を置き去りに、巨人はずんずん進む。

 そして、巨人は一度立ち止まって、右腕を背の方へぐるりと回し始めた。すると、本来の腕の長さよりも遥かに長いものが、砂の海から引き上げられていく。

 数秒の後、その右腕の全容が明らかになった。それは元の長さの数倍ある砂の剣になり、空へ高く掲げられている。敵の方からは、泡を食ったような叫びが聞こえる。


 そして――「避けろ」という怒声が響くその真っ只中へ、掲げられた砂の剣が叩きつけられた。巨体には似つかわしくない、鋭い一振りだ。

 半透明の白い大剣が叩きつけられると、ドォンという低い大音響を背景に、声にならない断末魔が響き渡った。砂の海が揺れ、白い砂のしぶきが飛び散る。

 あの中に、今還った奴らもいるのだろうか? 一撃の衝撃の後、感傷的な気分が顔を出したものの、俺の意識は依然として戦場に保たれていた。

 今の一撃を脅威と見たのだろう。前方の敵勢が、声を上げて殺到してくる。距離を詰めれば、ゴーレムは役に立つまいと。

 城までの道を確保したい俺たちとしては、こうして囮に寄ってくる動きは望むところだ。


 すると、突入部隊の一員であるリーヴェルム共和国のアシュフォード侯が、外連環エクスブレスを小さく掲げられた。通話先の声はメリルさんのものだ。


「敵勢の左方に大きな穴ができつつあります」

「そこから攻めるか?」

「いえ、まずは他の部隊を向かわせ、侵入した穴から敵後背を突きます。これで壊乱できればそれでよし。右からの補充が間に合うようならば、新たな穴から攻めましょう」

「なるほど」


 共和国軍の空中偵察のおかげで、メリルさんからすれば、戦場は手に取るようにわかるのだろう。遠い間合いでの射撃戦を得意とする、共和国の監視の目。それにメリルさんの戦術眼と大局観。これらの合わせ技による即興の戦術に、疑いの声は上がらなかった。

 そして、「頃合いを見計らって、空から合図を出します」とメリルさんが告げ、通話は切れた。


 前方では、いよいよ本格的に戦闘が始まったようだ。半透明の巨体の向こうに、赤紫のマナのきらめきが見える。天を衝くような巨体に、いくつもの魔法が叩きつけられていく。生身の人間であれば、命がいくらあっても足りない猛攻だ。赤紫の爆風が巻き起こり、キラキラとした砂粒が空に舞う。

 しかし、怒涛の攻撃を受けてなお、巨人は立ち続けている。


 そして、彼が攻撃を受け止め続けている好機に、軍が動き出した。先ほど話にもあったように、左方の穴を突くように兵の集団が動き出していく。

 さすがに、敵も反応は早い。こちらの動きに対し、連中も弱点を塞ごうと動いているようだ。

 しかし……穴埋めにと敵が動き出し、巨人への攻勢がやや緩んだその時、赤紫の霞の中に赤く輝く魔法陣が現れた。敵方から悪態の大声が響く。それをかき消すように、連中の頭上から赤い矢の雨が放たれる。

 おそらく、ゴーレムを経由して魔法陣を展開し、逆さ傘インレインを使われたのだろう。

 理屈としては、理解できなくもない。一方で、信じがたいものを目にしているという感覚も確かにある。おそらく、闘技場で俺とやり合った時は、ほんの小手調べのようなものだったのだろう。


 陣形の穴を突かれた敵軍は、ゴーレムからも目を離せなくなった。急襲を受けている箇所への増援と、ゴーレムへの対処でかかりきりになっている。おかげで、前方右手の方は、かなり捨て気味になっている。

 今が絶好の機だ。空にいる偵察部隊から、いくつかの矢が飛ぶ。敵軍を大きく脅かすようなものではなく、これは俺たちへの合図だ。

 合図を受け、俺たち突入部隊と周囲の部隊は駆け出した。俺たちは城への突入を最優先、周囲の部隊は邪魔に入ろうという敵の動きを抑制、あるいはこの戦場での敵包囲を確立する。


 こうして動き出すと、戦況がより一層はっきりと目に飛び込んできた。半透明の巨人は空を覆わんばかりに屹立きつりつし、その全身に絶え間なく攻撃を受けている。

 彼が激しい攻撃を肩代わりする傍ら、陸での交戦も凄まじい。魔法を使えない魔獣たちが、こちらの兵に群れを成して襲い掛かっている。そこへ矢弾が雨あられのように降り注ぎ、赤紫の肉片と白い砂が飛び散っている。

 そして、俺たちの前にも、敵が躍り出てきた。


 しかし……物の数じゃなかった。いや、立ちふさがった魔人は十人ぐらいで、率いる魔獣も相応の数だった。普通の部隊では手を焼くことだろう。

 それでも、この部隊の前には鎧袖一触だった。立ちふさがる敵勢に対し、単純な人数計算では追いつかない、怒涛の魔法が繰り出される。

 この大波のような攻撃の前に、敵部隊はあえなく砂の海に還った。俺が出る幕は、特にはなかった。城に残る兵がどれほどのものかはわからないけど、これなら……という安心感がある。


 行く手を阻んでいた敵勢を軽く蹴散らし、俺たちは砂の海の上を駆け抜けていく。一応、足を取られないようにと空歩エアロステップは使っている。魔人の連中も、この程度の工夫は当然やっていることだろう。

 そして、俺たちの行動を見逃すはずもない。

 今のところ、正面の道は空いている。大半の敵勢は、他の部隊が抑え込んでいる。

 しかし、俺たちの左手遠方に、並走する魔人の小集団があった。城へ入る前にかち合えば……城内に残っている敵次第では、厄介なことになる。「一度止まって倒すか?」と尋ねる声。

 すると、隊で所有する外連環の大半が、一斉に赤い光を放った。すぐさま、トリスト殿下が通話状態へと移行、代表として言葉を交わされることに。お相手は、ナーシアス殿下だ。


「横から迫ってるよね?」

「ああ」

「そのまま走って、5秒ほど待ってて」


 言われるがまま、俺たちは走った。誰ともなくカウントダウンが始まる。5・4・3……。

 そして、0の声は轟音でかき消された。左の方で白くきらめく砂煙が上がる。そこへ躊躇ちゅうちょなく――というより、見計らったように――火砲カノンの群れが飛んでいく。

 放たれた砲弾は、立ち込める砂煙の中へ殺到した。砂煙に赤と紫の爆炎が入り混じり、地を揺する轟音が響く中、腕輪越しにナーシアス殿下の声。


「看的~、戦果は?」

「誰の戦果かは不明だが、沈黙したようだ」

「いや、僕のだろ?」

「どうだか」


 ともあれ、宣告後の一発が契機となって、障害を排除できたのは間違いなさそうだ。なおも警戒を絶やすことなく走り抜けたものの、煙が落ち着いても敵の動きは沈黙したままだった。

 ナーシアス殿下が何をなされたのか、俺には心当たりがある。隊の皆様方も同様だ。おそらく、ゴーレムの拳を投げ飛ばしたのだろうと。その狙いの精密さ、着弾までの時間がピタリであったことに、感嘆の声があがる。

 というか……。


「さすがに、ナッシュは少し……おかしいな」

「少し?」

「思ったままの表現は差し控える」


 こちらの方々の基準からしても、あの殿下は頭ひとつ(?)抜けた存在であらせられるようだ。援護を受けてから、あの殿下について少し沸き立つ中、ウチの殿下が口を開かれる。


「彼に言わせれば、自分は人類で二番目に強いつもりなんだと」

「一位は?」

「御父上だそうだ」


 その返答に、「はぁ、なるほど」と言った感じのため息が、隊を満たす。立ちふさがる敵をあっという間に蹴散らしたこの隊でも、アル・シャーディーンの王家にはかなわないという感じだ。

 もちろん、実力は疑いようもない方々だし、プライドというものもお持ちのことだろう。それでも、本気で張り合おうというお方はいないようだ。


 あの殿下について口々に語られるのを聞きながら、俺は背後を振り返った。

 白い砂からなる巨人は、依然として猛襲の中にさらされている。

 しかし、それでも屈することなく、巨人は立ち続けている。半透明の体躯は日を背負い、その身に陽光を受けて輝いている。

 皆様方が太鼓判を押すのもうなずける神々しさが、そこにはあった。


――操ってらっしゃるお方は、ちょっと軽めな感じだけど。でもまぁ、お日さまみたいなお方ではあるか。

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