第557話 「開戦の砲火」

 魔法の準備にあたり、俺はまず複製術で器の展開を始めた。

 共和国の戦いの時と違うのは、かなり距離を開けて左右に一組ずつ展開していることだ。左手の側には普通のを、右手の方には色選器カラーセレクタで、ごくわずかに緑に寄せたのを。

 複製術が働き、立体的な器の集合体が、俺の両サイドに構築されていく。中身を見られないようにと、回転型を合わせてあるせいで、何をしているのか不思議に思われているのだろう。陸から様子を見守っている方々の、ざわめく声が耳に届いた。

 ただ、周囲の俺以外は落ち着かない感情を味わっているかもしれないけど、俺も俺で大変だった。俺にとっては高位魔法である揚術レビテックスを使いつつ、複製をいくつも作って同時に管理する。複製がその領域を増すごとに、意識を引き裂かれそうになっていく。

 それでもどうにか耐えられるのは、きっと俺がこの場の誰よりも――下手すると人類の誰よりも――手書きの複製術に慣れ親しんでいるからだろう。

 俺にしかできない仕事なんだ、これは。

 そして今、俺のために王侯貴族の方々が護衛についてくださっている。このあり得ない状況が、使命感と自負心に結びつき、強烈な負荷感と戦う支えになってくれた。

 自我を強く保って、複製を展開し続ける。左右の構造体の大きさが差し渡し十数メートルを超え、放たれる青緑の光が白い砂の海を照らす。

 これで敵がビビって動けば儲けもんだけど……さすがに今日ばかりは、連中も抑えが利いている。やはり、一発は撃たなければ。


 十分に器の展開が終わった俺は、左右の構造体の圧縮を始めた。器を重ね合わせて、マナを凝集していく。

 そして、それぞれの手の上に、バレーボールよりも少し大きめの弾ができ上がった。強烈な光を放つこいつらを、今から構えて相手に撃ち込む。

 この一発に、大きく重い物がかかっている。目を閉じて深く呼吸を繰り返し、俺は発射体制に入った。両手に用意した青緑の弾を、一か所に合わせて重ね持つ。


 今回の構想は、至ってシンプルだ。それぞれの器や魔法陣は、注がれたマナの色を厳密に識別しているという、これまでの知見を利用する。

 最初、左右に展開していった器たちは、傍目に見ればほとんど同じ色でも、色選器経由で微妙に色が異なっている。そのおかげで、こうして一か所に重ね合わせても、同化はしていない。試しに少し動かしてみると、きちんと分離することができた。目論見通り、別々の器として機能している。

 後は、こいつにマナを注ぎ込み、外殻を壊して本命の矢を撃ち込んでやる。


 この注ぎ込む段階でも、重ね合わせた弾には、別個にマナを注ぎ込める――はずだ。

 最初に撃つのは色選器経由で、わずかに緑へ寄せた方だ。色選器を間にかませている分、それがボトルネックになって、一度に流し込める流量に限度がある。

 でも、初弾は別に時間がかかってもいい。重要なのは二射目だ。初弾を返された場合、こっちで相殺しなければ。

 そのため、二発目にとっておくのは、俺のマナの色そのままで作った弾だ。初弾発射後、色選器を解除して二発目に俺のマナを注ぎ込む。

 そうして発射寸前の状態へすぐさま持ち込み、初弾への対応をうかがおうってわけだ。


 いよいよ一発目の発射に入る。二つの弾を重ね持つ手が、小さく震える。

 しかし、弾から放たれる光を見ていると、少しずつ気持ちは落ち着いていった。周囲を満たすざわめきも遠くのことのように感じられる。精神が研ぎ澄まされていくのがわかる。


 そして……少しずつ、しかし確実にマナを注ぎ込まれていた弾が――決壊した。弾殻の崩壊と同時に閃光が走り、周囲が青緑一色に染まる。

 弾が俺の手を離れたその瞬間に、俺は異刻ゼノクロックを使って状況を把握しつつ、残弾へのマナ投入を開始した。

 時の流れを緩めても、閃光で染まった視界の中、はっきりわかる速度で弾が飛んでいく。とりあえず、奴がこちらへ詰め寄って、いきなり対処されるということはなさそうだ。

 やがて閃光も晴れ上がり、元の視界に戻りつつある中、弾は少しずつ城へ近づいていく。このままであれば、城の中ほどに着弾。上層の重みに耐えきれず、大きく損壊するかもしれない。


 しかし――弾が向かう先に、はっきり見えるほど濃い、赤紫の穴が出現した。それも、かなり大きい。俺が放った球よりも、ずっと大きく見えるその穴へ、吸い込まれるように弾が飛んでいく。

 そして、目の前に劇的な光景が現れた。

 穴が閉じたかと思うと、そこを中心として空に亀裂が入った。城の大きさから判断すると、長さ十数メートルぐらいだろうか? 正確なスケール感がまるでつかめない。

 ガラス窓に何かぶつけたようなその亀裂から、青緑の閃光がほとばしる。穴の向こうで弾が炸裂――いや、穴がこらえきれず、弾ごと崩壊したのかもしれない。その爆破の余波で、空間が割れた。俺の目には、そのように映った。


 この一連の反応は、異刻のおかげではっきりと視認できた。他の大勢にとっては、本当に一瞬のことだっただろう。

 青緑の光で空間が切り裂かれた後、少し遅れて地を揺るがすような炸裂音が大気を満たした。

 いや、地面にも確かに威力が伝わったようだ。遠くの白い砂の海に、わずかながら、さざ波めいたものが確認できた。

 空間の亀裂が落ち着き、切れ目がふさがれて向こう側が見えるようになると、城は依然として健在なのが分かった。


 一射目は、攻城の砲撃としては失敗だ。

 ただ、戦術的な評価としては、成功とも失敗とも言い難い。相手に撃ち返されなかったのは確か。その最悪を避けることはできた。後は、敵が動き出してくれれば……。

 俺は二射目を構えつつ、城の周りに布陣する敵勢へ目を向けた。しかし、動き出そうって感じは見受けられない。連中の声も聞こえてはこない。

 代わりに聞こえるのは、足元にいる自軍の声だ。目を向けずとも、興奮に沸き立つ様子が伝わってくる。とりあえず、開戦前の盛り上げには十分だったようだ。


 そして……弾はもう一発ある。これをどうすべきか、俺は黙考した。

 転移による撃ち返しは成らなかった。これは事実だ。ここで一発撃っても、安全かもしれない。

 しかし……そう思わせるため、あえて撃ち返さずに済ませたのかもしれない。

 あるいは、相手が転移での撃ち返しを狙っていて、一射目は単に失敗したという可能性もある。そこへ俺が二射目を放った場合、一射目を防ぐことができた奴にとっては、ちょうどいい練習になりはしないか?

 いずれにせよ、あの穴を作って弾を防いだのは、おそらく大師だろう。奴は、共和国で俺が玉龍矢ドラボルトを使ったことを知っている。そして、俺が奴の転移による撃ち返しを警戒していることを、奴は当然把握していることだろう。一発目を防がれたのは、奴が警戒してたからこそじゃないのか?

 そこへ、一発余っているから、さっきは撃ち返されなかったからと追加で撃つのは……安易に過ぎるように思われた。


 ここで、もう一発分、弾を作り直してリロードするという手もある。一発撃っても、常にもう一発構えた状態にすれば……。

 いや、それはあまり得策じゃない。そもそも、撃ち返された弾に向け、二射目を放って相殺する対策自体、うまくいく保証はない。最悪なのは、返された弾を相殺できず、自陣が被害を負うことだ。

 だから、アレを食らったらどうなるかを連中の目に示しただけで、ここのところは十分じゃないか?

 相手を過大評価しているのかもしれない。しかし、この状況下において、俺は次なる一発を誘われているように思えてならなかった。

 一射目から、実時間では十数秒ってところか。加速した思考を巡らせ、俺は決断した。外連環エクスブレスは使えないから、大声で周囲の方々に伝える。


「このまま構えて反応を待ちます」

「わかった」


 返してくださったのは殿下だ。後は、敵が動いてくれれば……。

 撃ちたいという気持ちは、確かにある。これで敵を始末できれば、戦いの流れをこちらに引き込めるだろう。

 しかし、そういう甘い考えが、破滅へと手招いているように思える。状況を変えうる力を手にしつつも、俺は踏みとどまって手を構え、念じ続けた。動け、走れ、かかってこい――と。


 そうして一射目から1分ぐらい経った頃。状況が変化した。俺の背後から、不意に青緑の閃光が差し込んできた。視界は、一射目の時よりは少し弱い青緑に染まる。

 すると、遠方で白い砂を舞い上げながら、敵集団の何割かが動き出した。先ほどの閃光の正体は不明ながらも、状況は望んだとおりに動き出している。

 さっきのは、おそらくは見掛け倒しの何かだろう。この機に乗じ、気が利くどちらか様が便乗してくださったのだと思う。本命は、まだこの手にある。動き出した相手が引き返さないよう、俺は手を構え続けた。


 そして、引き返すには手遅れというところまで、敵集団が寄ってきたところで、連合軍も動き出した。城の周囲で固まっていた敵も、状況に釣られて動きつつある。当初の陣形は崩れていき、どうにか目論見通りになったようだ。

 そこで、殿下が「もう大丈夫」と声をかけてくださった。腕の力を解いて、構えた魔法を霧散させる。すると、両手の周りが完全に染まるほど、濃密なマナの塊が辺りに漂った。


 それから俺は、背後に目を向けた。さっきの閃光は何だったんだろう?

 振り向いてみると、そこには青緑の光球ライトボールの群れが宙に浮いていた。集合体としての直径は20~30メートルってところか? まず間違いなく、複製術によるものだろう。

 そして、これが誰の仕業なのか、俺にはすぐに察しがついた。「アイリス様?」と尋ねると、彼女はわずかにキョトンとした顔になった後、すぐに真面目な表情になって口を開いた。


「あなたの色で複製術を展開し、瞬光ブリンクと光球を使用しました。遠目で見れば、さらに大きい何かを構えられているように見えるだろうと」


 なるほど。一過性の瞬光だけじゃ釣り出しきれないかもしれないから、光球もってことか。

 それにしても……この場の機転で急に用意したあたり、俺と複製術で色々やってきただけはある。結婚式のアレとか。

 そうして、この場に場違いなほど温かな思いを一人抱いていると、彼女は問いかけてきた。


「お邪魔でしたでしょうか?」

「いえ、大変助かりました」


 こういう場だから、お互いに他人行儀だけど……俺に向けてくれた微笑みは、いつもの彼女のあの感じだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る