第556話 「攻城案」

 城を破壊したいという殿下のご提案に対し、俺は返答の前に、場の皆様方の様子をうかがった。

 何か強い感情を示されている方はいない。いずれの方も落ち着いた様子で、いらっしゃる――年若いお方を除けば。俺と同世代と思われる方々は、興味と期待感のある目をこちらに向けておられる。できるのか? やれるんだろ? みたいな。

 他の方々は、そこまでの感じではなく、半信半疑といったところだ。

 で、問われた俺はというと、城を破壊する方法について思い当たるものがある。メリルさんの、何か察したような表情からも、きっと同じものを考えられているのだと思う。

……と、場の反応を確かめていると、殿下は言葉を続けられた。


「ああ、言葉が足りなかったね。こちらの面々は、共和国での戦闘における君の戦果は、すでに知っているんだ。あの魔法について、詳細は知らないけどね」

「そうでしたか」


 すでに知っているってのが、前々からなのか、最近殿下から話されたのか――まぁ、気になるところはあるものの、それはこの際置いておく。重要なのは、俺が攻城兵器みたいな役割を期待されているってことだ。殿下に面と向かい、俺は口を開いた。


「許可をいただければ、撃てます。ですが……」

「懸念事項があるんだね?」

「はい」


 すると、殿下はその懸念をまずは横に置き、城そのものへの攻撃を行う戦術について話し始められた。


「実を言うと、城を狙うのは単なる脅しなんだ。城へ攻撃を加えられるところを見れば、外で待機している連中も、そのまま構えてはいられないだろう。待ち構えて固まっていれば、いい的だからね。これで相手の側を動かしたい」

「なるほど。仮に城への攻撃に失敗しても、それはそれで兵の集団を狙う理由になりますね」

「実際は、相手の統制力次第ではあるけどね。ただ、今は良く躾けられているようだけど……『乱戦の方が安全』と考え、こちらに突っ込んでくる者が出てもおかしくはない」


 そうして足並みを乱した敵を、迎え撃って各個撃破。優位を得た上で攻め込もうというわけだ。うまく行けばの話ではあるけど……短い間に敵の大幹部、それも将帥二名を失った影響は、決して小さくないはずだ。

 すると、殿下に次いで総司令閣下も、別の切り口から戦術の意図を話された。


「敵に揺さぶりをかけるばかりではなく、"協力者"に対する心理的効果も重要です。このようなことをできる強者の存在を目の当たりにすれば、敵方へ出戻りしようという動きを牽制できるでしょう。不自然に合流しようものならば、まとめて狙い撃たれると思わせられるでしょうし」


 ただ、閣下はそこまで仰ると、「あなたの威を借るようで恥ずかしいですが」と微笑まれた。こういう状況下ながらも、人間味を忘れないお方だ。


 そこまでが、ここで攻城を試みる理由だ。意図するところには合点がいく。俺の攻撃が引き金になり、この決戦が始まる――そう思うと、大変な緊張は感じる。

 ただ、懸念すべきは別にある。俺は自分の考えを口にした。


「大師の動き次第で、戦術が瓦解する可能性はあります」


 すると、俺の発言に場がざわめき始めた。それをやや不思議に思い、少ししてから、俺はなんとなく理由を察した。

 大師とやらの名前は、国や軍上層部の間では知られている。ただ、奴がどういう奴なのかは、詳しくは知られていないのだろう。そこへ来て、俺みたいな平民が、さも旧知の敵みたいに口にしたわけだから……そりゃ困惑するだろうなと。

 こうして困惑された方々には、殿下が補足を入れてくださった。


「こちらの彼は、共和国における例の戦いで、くだんの大師なる者と交戦しています。交戦といっても、敵は様子だけ見て、すぐに撤退したようですが」


 このお言葉に対し、驚いておられる方もいれば、そうでない方も。あの戦闘は、当事国にとって色々めんどくさい案件だっただけに、他国への伝わり方はまちまちのようだ。

 それはともかく、大師の動きがなぜ懸念材料になるか、俺は改まってあの当時の経験を口にした。


「あの男と対峙した際、私からの射撃は全て、即席の転移門に防がれました」

「そうか。報告にはあったが……今から撃とうというその魔法を、逆に撃ち返されるかもしれんと」

「はい。私が交戦した際は、こちらに向かって撃ち返されました。今度も同様の手を使われるのではないかと」

「貴殿が使うという、その攻城用の魔法は、敵に対応の時間を与えるような魔法か?」

「はい。準備から発射に入るまで、数十秒ほど。相当な距離が開いていても、奴ならそれとわかると思われます」

「ならば……それを邪魔しようと、転移でこちらへ向かってくる可能性は?」


 この問いに、俺は迷った。あの野郎の転移の技量は認めざるを得ない。俺がアレを構えているのを見て、転移ですぐに詰めてくることはできるだろう。しかし……。


「懐に引き込まれると思えば、安易に動けないのではないかと」

「そうだね。君の周りに、これみよがしな護衛をつけよう。そうすれば、奴もやりづらいだろう」


 殿下はそう仰った後、「もしかすると、君もそうかもしれないけど」と付け足された。実際図星で、俺は思わずひきつった笑いを浮かべ、他の方々は声を上げはしないものの表情を緩められた。

 まぁ、奴がこちらへ来る可能性は、無視はできないけど低いとは思う。こちらが備えていれば、なおさらだ。

 本当に問題なのは、転移による反射というか撃ち返しの方だ。転移で返された場合、どうするか? その点が議題に上がると、まずは魔法王国のトリスト殿下が口を開かれた。


「転移させる対象物が含有するマナが大きいほど、転移の難易度は増します。それが、敵の大物ほど実戦の塲に出てこない一因なのですが……」

「この場合、大師とやらが攻城用の魔法を、相手に正確に転移できるかどうか? というのが問題ですな」

「はい。おそらく、相手にとっても賭けでしょう。できるかどうかの検証を行ったという、痕跡や観測報告などはありませんので」

「つまり、こちらからの攻城に見込みはあると?」


 トリスト殿下に対し、やや期待を込めた問いが投げかけられる。しかし、殿下は真剣な表情で返された。


「断言は難しいですね。ただ、話に出た撃ち返しを成された場合のための、対策を講じるのは重要かと。彼ばかりに責を負わせるわけにはいきませんから」


 そう仰って、トリスト殿下はこちらへ目を向けてこられると、今度はウチの殿下が俺に尋ねてこられた。


「撃ち返しを迎撃できればいいんだけど、例の魔法を二分割するのは難しいかな? 一発撃って、もう一発は構えておくような」


 ああ、考えることは同じか。たぶん、重ね合わせて弾を作る段階で、二分割するというのを考えておいでなのだろう――というか、このご提案を含むここまでの話の流れを想定した上で、攻城の話を切り出してこられたのかもしれない。

 ただ、あの魔法の発案者としては、別の考えもある。


「殿下が仰ったとおりの手段はできますが、もう少し別の方法も……」

「それは……ああ、そうか。考えはあっても、口にはできないね」

「はい」


 天文院管理下の禁呪だけに、その改良案を口にするわけにはいかない。あくまで、現場の判断で行使するまでが、俺に許された権限だ。

 すると、殿下は「では、それでいこう」と仰った。


「私の案で?」

「ああ。こういう点では、君にはとてもかなわないからね」



 結局、攻城案は殿下ご提案の上で総司令閣下が承認・発令するという形をとることになった。

 そして、この案は突入部隊が担当することに。俺がメインの攻撃担当、他の方々が護衛だ。俺が構えている間に奴が急襲する可能性は低いと見込んでいるものの、備えは必要だ。


 軍議が終わり、すぐさま準備に入る。まずは本陣待機の突入隊員を呼び寄せ、情報共有だ。俺が砲撃を担当し、隊の方々――おおむね王侯貴族――が護衛に。

 この戦法を殿下が伝えられたところ、貴族のお方が「立場が逆転したな」と笑いながら仰った。すると、応じるように笑いの渦が。ド平民を守るために王侯貴族が構えるだなんて、前代未聞だろう。

 そして、この滅多にない事態のその中心に、俺がいる。さすがに緊張は抑えきれないけど、ここまで来たらやるだけだ。

 そこで俺は、隊の皆様に「よろしくお願いします」と頭を下げた。すると、誰かから背を優しく叩かれた。それに続き、肩や尻までもが、思い思いの力で叩かれていく。

 この無言ながらも温かな洗礼の後、ウチの殿下が表情を引き締めて仰った。


「城を破壊できればいいけど、それはあくまで威嚇効果を狙ってのことなんだ。極端な話、君が構えているところに恐怖して、敵が動いてくれればそれでいい」

「つまり、攻城の成果そのものは重視しないと」

「その通り。それと、発射の対象とタイミングは君に任せる。迷ったら私に聞いてほしい。ただ……距離はあるけど、実質的には君と奴の一騎討ちに近いとは思う。だから、君の直感に託す」


 ああ、仰るとおりだ。天文院からは、大物が転移で動いたとか、そういう報は来ていない。きっと、奴はあそこにいる。

 そうして戦意を新たにすると、殿下は「いい顔だね」と笑顔で仰った。皮肉のようには聞こえないけど、憎悪に飲まれていないか、心配ではある。

 そこで、アイリスさんに目を向けると、彼女はいつもどおりの安らぐ微笑みを向けてくれた。

 よし、頑張るか。


 いよいよ、例の攻城魔法――の改良版――をぶっ放すため、俺たちは空に舞い上がった。使うのは揚術レビテックスだ。ホウキはこの隊は使えないし、空歩エアロステップでは目的の高度へ上がりきるまでに足が疲れてしまう。

 藍色の球に包まれ、徐々に高度を上げていく。ほどなくして、白亜の城の半分ぐらいの高度に到達した。これぐらいでいいだろう。ここで水平に魔法を放つ。

 俺が上昇をやめると、隊の方々が俺を中心とする円形に布陣した。これだけでも、敵には威圧効果があるかもしれない。味方への効果もあるだろう。足元から何か歓声が聞こえる。

 そして、大勢の注目が俺に集中するのがわかった。これからこの手で、決戦の火蓋を切る。その覚悟を持ち、俺は一度目を閉じて深く息を吐いた。


 それから俺は、玉龍矢ドラボルトの準備に入った。

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