第555話 「決戦の日」
7月23日朝。ついに決戦の舞台へ到達した俺たちは、白い海の向こうに望む城を包囲するように布陣した。
その城は、忌々しくも禍々しくもない。瘴気を操る連中の本拠ではあるものの、青い晴天に向かってそびえる白亜の城は、壮麗で優美だった。
ただ、城の方はさておき、その足元の様子は緊迫感に満ちている。俺たちの囲いに対し、連中も城から出て布陣。迎え撃とうという構えだ。大小様々な魔獣に加え、先の戦闘よりも大勢の魔人が列をなしている。
先の戦いは、きっと近年稀に見る規模のものだっただろう。それでも、今こうして対峙している敵軍の厚みは、あの時に勝るとも劣らないように見える。
この敵戦力について、出どころはハッキリしていた。各国の最前線から、敵勢力が目に見えて減ったとのことだ。危急存亡の戦いのため、馳せ参じたのだろう。
そんな機動的運用を見せつけてくる敵に対し、将官の方々は忌々しそうに歯噛みされる方が多かった。連中の常套手段とわかっていても、腹立たしいのに変わりはない。
こうして大軍同士がにらみ合うものの、敵の方から動こうという気配はない。まぁ、戦術的には引き込んで滅した方がいい。それに、兵站を整えたとはいえ、いつまでも続けられる戦いでもない。引き伸ばして不利になるのは、こちらの方だ。
理屈の上では、相手が待ちの構えを取るのは理解できる。にも関わらず、相手から動きが見られないことについて、周囲の大勢は
夜明けから双方ともに臨戦態勢を取り、対峙を続けて二時間ぐらい経っただろうか。未だに敵からの動きは見られない。
連中が待ちに徹しているのは明白だ。いつもみたいに、功を焦ったり血気に逸ったりして、かかってくる奴がいない。かつてないほどに統制が取れて見える守勢は、上の意志が行き届いていることを感じさせた。
ただ、こちらとしても、できれば待ちの体勢を取りたい。相手に動いてもらい、待ち構えた部隊で各個撃破、返す刀で攻め込み城を陥落させる――そういう流れが好ましい。
そうしてにらみ合いが続き、静かに落ち着いた周囲の部隊から、徐々に焦れる感じが伝わってきた。天に上っていく太陽が、白い砂の海を照らしつけ、向こうが陽炎のように揺らぐ。日差しと戦意の熱に、俺たちを隔てる大気が歪んでいく。
すると、待機する俺たちのところへ、伝令の方がやってきた。近衛部隊の中核戦力に用があって、軍中枢へ来てほしいとのことだ。すでにそちらにいるラックスを除き、俺といつもの四人でそちらへ向かう。
そうして持ち場を一時離れると、周囲から強い期待や関心の目を向けられるのを感じた。今これから、状況を動かそうとしている。そんな、上の方々の移行や、場の流れを感じ取ったのだろう。
俺たちが軍中枢に着くと、殿下が「すまないね」と仰って出迎えてくださった。
すると、総司令閣下が静かな口調で話しだされた。
「現状の案として、両軍の交戦が始まってから頃合いを見計らい、連合軍の主力を城内へ侵攻させる考えです」
「主力、といいますと?」
「各国の王侯貴族に代表される、高い戦闘力を持つ一個人です。つまり、貴族部隊を中核に、王族を組み込む形になります」
そうした戦法を取るのには、もちろん理由がある。敵首魁を殺して敵軍を瓦解させ、速戦即決を狙うというのもある。それに……。
「まずは、城を収めるようにして
まぁ、無理攻めはできないだろう。突入に参加するのは、いずれも立場のある方々だ。
こうした作戦に対し、俺たちの中から異論は出なかった。高貴な方々を突っ込ませることに、心配を感じないこともないけど……長引けばその分、大勢が死ぬ。そうして失われるものと、皆様方が追われるリスクを勘案した上でのご決断なのだろう。口を挟む余地は無い。
ただ、気になるのは、何で俺たちに話したかってことだ――つっても、なんとなくの予感はあって、それは的中した。総司令閣下が、俺が思った通りの事を口にされる。
「その突入部隊に、リッツ・アンダーソン殿も、ご同行願えればと」
即答は……できなかった。耳にした直後は「やっぱりな」という、予感があったことへの妙な安堵があった。そこから少しずつ、緊張とちょっとした不安がせり上がってくる。
幸い、返答は待っていただけるようだ。少し視線を巡らし、気分を落ち着けてから、俺は口を開いた。
「お伺いしたい点が、よろしいでしょうか?」
「もちろん」
「私に求められる役回りを、事前にお伝えいただければ」
「端的に言えば、搦め手への対応をと。既存の戦法や魔法に対してであれば、突入部隊の実力で対処できることでしょう。ですが、未だ人の世に知られていない秘法が相手となると、手を焼く懸念がある。そこであなたが現地にいれば、心強いと。これは我々の総意です」
口から心臓が飛び出そうだ。認められていることへの喜びと、背負うものの重みを急に感じ、考えがまとまらなくなる。
すると、殿下が口を開かれた。「私も突入組なんだ」とのお言葉に、俺は正直……「意外」という感想を抱いた。それが顔か態度に出たのか、殿下は苦笑いして仰る。
「普通にやり合うだけなら、私もそこそこでね」
「……そうですね、失礼いたしました」
この場で言及するようなことじゃないけど……殿下は内戦の折、兄上をその手で討ち倒されていた。生前は軍神のように崇められたという、前皇太子殿下を、だ。
たぶん、直接戦闘に関わる機会が少なすぎて、殿下の実力を見誤っていたのだろう。禁呪なしでは、きっと俺たちよりも強いはずだ。それでも、殿下が参戦されることを不安に思ってしまうのは……。
「何か懸念が?」
「……期待に応えられなければ、どうしようかと」
「そうなっても恥じることはないよ。君が解答を出せないのなら、私たちではどうしようもない悪問だろうからね。ただまぁ……一緒にいてくれるだけで心強いよ」
ああ、ここまで言われると……というか、殿下もそうだし、アイリスさんも突入部隊の一員だ。こういう――たぶん、最終決戦の場で、彼女と肩を並べられる。
覚悟が決まった俺は、一度皆様方に視線を向けてから、気持ちを落ち着けて言った。
「ご期待に添えられますよう、死力を尽くします」
「ありがとう。私たちも、君の献身に報いてみせるよ」
こうして、俺は突入部隊に編入されることになった。一方、近衛部隊は俺抜きで戦うことになるけど……なんだか誇らしげでいて心配そうな戦友たちに、俺は顔を向けた。
今回の戦いでは、近衛部隊はバラさずに戦うことになっている。それも状況次第だろうけど、機動力を活かした遊撃部隊として動く予定だ。固めて動くことで、敵戦力に強い打撃を迅速に与えることを狙っている。
つまり……部隊結成以来初めてかもしれない、分割無しでの行動だ。俺抜きだけど、まったく心配ない。
戦友たちから目を外すと、今度はナーシアス殿下が朗らかな口調で話しかけてこられた。
「実は、僕は城の外側担当でね」
「……なるほど。城には殿下のゴーレムが収まりきらないと」
「そういうこと。他所様の家を散らかすのもね」
冗談交じりに仰る殿下のお言葉に、場の空気が少しほぐれる。歴戦の諸将でも身構えてしまうこの状況で、殿下のこの様子は……頼もしいというほかない。
すると、殿下は少し表情を引き締めて仰った。
「道は僕が作るから、中のことは任せるよ」
「はい」
「ま、気楽にね。ダメだったら退けばいいから。そしたら腹いせに、ゴーレムで城でもぶっ叩いてあげるよ」
そう仰って笑われる殿下に、俺は少し硬めの笑顔で返した。どこまで本気でいらっしゃることやら。
こうして俺の突入部隊入りが決まった。ただ、近衛部隊向けの話は済んだものの、俺向けの話はまだあるとのこと。
そこで、戦友たちは持ち場へ戻ることになった。お気遣いいただき、一度俺とラックスはこの場を辞去し、仲間たちと言葉を交わすことに。
「俺がいないけど、頑張れ」と言うと、ラウルに苦笑いされた。
「あんまムチャすんなよ~? 言うだけムダかもしれんけどさ」
「いや、むしろムチャしていいぞ。同行する方々がドン引きするぐらいの方が、後で面白そうだ」
割とマジっぽい感じで焚き付けてくるウィンに、俺とラウルは引きつった笑みを返した。続いてサニーが口を開く。
「リッツさんがいない分は、僕が頑張って狩りますから」
「補って余りあるな」
何の気無しに言葉を続けたハリーだけど、取りようによっては皮肉に聞こえないこともない。それに気づいたのか、彼は「すまん、そういう意味じゃない」と言った。これはこれでヤブ蛇っぽいけど……なんともハリーらしい。
「ま、ぶっ倒すのは撃墜王に任せるよ。俺は悪問でも解いてくる」
「試験勉強とどっちがキツそうだ?」
「ちょっと、嫌なこと思い出させないでよ」
Cランクの魔導師試験は、行軍中に過ぎ去っていた。今年のは「自信があった」というラックスが、苦笑いしてツッコミを入れ、今年もダメっぽかった俺たちは笑った。
で、肝心なのは指揮系統だ。ただ、あまり議論の余地はなかった。部隊全体の指揮はラウルに任せ、軍中枢との架け橋はラックスが。後の三人は、戦果優先でやってもらうことに。その方が、隊全体としてのパフォーマンスが発揮される。
こうして後のことを託し終え、最後に俺たちは握手を交わした。あっちは、うまいことやるだろう。後は俺の問題だ。
一時の別れを済ませた俺は、再び軍議の間に入った。突入部隊向けの話があるとのことだけど――話の前に、ウチの殿下が謝ってこられた。
「実を言うと、君一個人に向けた話があって」
「そういうことでしたか」
まぁ、仲間たちの前で「俺だけに向けた話がある」と打ち明けられると、変な心配を持たれかねない。情報統制も必要なのだろう。何やら妙な予感に身構える俺に、殿下は少し申し訳無さそうな苦笑いを浮かべて仰った。
「君に依頼というか、提案というか……質問が」
「何でしょうか?」
すると、殿下は
「あの城、破壊できないかな?」
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