第553話 「未踏地への進発②」
天文院総帥閣下からの着信を受け、俺は隊のみんなに顔を向けて「ちょっと連絡が」と切り出した。
俺が面倒な立場にあるってのは、もうみんなには知れたことだ。特に追及されることなく、俺は列から外に出ることができた。会話が聞こえないよう、少し距離を取り、
「お待たせしました」
「いや、大丈夫。悪いね、面倒かけちゃって」
そうした詫びのお言葉の後、閣下はすぐ本題に移られた。
「軍が進発したよね?」
「はい」
「たぶん、これから目的地で戦闘になるまで、抜けて別行動は取れないよね?」
問われて俺は、横に並ぶ大行列に目を向けた。
「難しいですね。いきなりいなくなれば怪しまれるでしょうし」
「だよね。きちんとした拠点があれば、"どこかほっつき歩いていても"変には思われなかっただろうけど」
しかし、今は違う。こうした行軍中に、一人だけの別行動が認められるはずもない。いや、殿下直々に命令をいただければ、そういったこと自体は可能ではある。ただ……。
「出られないこともないと思いますが、相当目立ちますね」
「じゃ、諦めた方がいいね。君が悪目立ちするのは避けたい」
「はい」
こっそり抜け出して天文院へ行くってのは、もう難しいだろう。それから閣下は、少し硬い声音で仰った。
「戦闘中だけど、目立った動きはなかった。大物で転移したのは、例の彼ぐらいだね。他のは
「そちらの対応は?」
「もちろん、手抜かりはないよ。各国諸機関が協力的だし、ウィルも張り切ってたしね」
あの戦いを陽動に使われるんじゃないか――そんな懸念もあったけど、そちらはどうにかなったようだ。とりあえずの不安は晴れた。
「例の彼以外に、大物が動き出した様子はない。戦場で大きな離反があった上、そちらの進行も掴んでいるだろうからね。拠点で迎撃する構えだろう。次が本番だよ」
「はい……しかし、もう練習できないと思うと、少し心配ですね」
「一ヶ月ぐらい空いちゃうしね。ま、君って実戦に強いから大丈夫だと思うけど。いざとなればきちんとサポートするし、あまり心配しないようにね」
「はい」
そんな言葉を交わし、俺は決戦の日が近づいていることを再認識した。さすがに、先々への不安はある。
ただ、今まではずっと対応に回る側だった。それが今では、こうして大軍で押し込む展開になっている。だからって、おとなしくやられるような奴らではないだろうけど……今までに比べれば、ずっと有利な状況にある。これを活かした上で、俺なりに力を尽くすしかない。
これで本題は終わりかなと思っていると、総帥閣下は思い出したかのように「それと」と告げてこられた。
「よほどのことがない限り、こちらからは連絡しないからね。君からすれば、色々大変だろうし」
「それは……まぁ、そうですね」
「あと、ケリがつくまでは、禁呪の使用申請は要らないから。現場にいるのは君たちだから、判断は任せるよ」
「わかりました。事後申請します」
「そうだね。全て終わったら、君の口から話してほしい。じゃあね」
そうして通話が切れた。
とりあえず、必要なことは伝えたという感じだし、何事もなければ当分は通信が来ないだろう――というか、何か起きたとしても、その時は通話すら難しい状況になっているかもしれない。禁呪の使用申請が要らないってのも、そういう非常時を見越してのことだろう。
通話を終え、俺は腕輪を下ろして前方に目を向けた。
決戦の地は、まだ見えない。しかし、事態はすでに動き出している。前方に広がるのは、いつ終わるとも知れない荒野だ。その先に待ち受けるものに思いを馳せ、俺は心臓の高鳴りを感じた。
そこで深く息を吐き出し、何食わぬ顔で俺は隊列へと戻った。すると、仲間から「何だった?」との問いかけが。
言えない話だと分かった上での問いかけだろう。本気で尋ねているのではなく、ややイジワルな感じがある。「魔法の件で色々」とだけ答えると、みんなわかったようなそうでもないような、微妙な笑みを返してきた。
全部終わったら話せるといいんだけど……まぁ、難しいか。
☆
陣地を離れて初めての夜。俺たち近衛部隊で集合して、ささやかな焚き火を囲んだ。「前にもこんなことあったよな」とつぶやく声。それに別の仲間が、「メンバー足りないけどな」と返した。
彼の言う通り、重傷者は後方の陣地に置いたままだし、そもそも国に残っている仲間もいる。何の気なしに入れた指摘だろうけど、場の空気は少し湿っぽいものになった。
それを悔やんだのか、彼はうつむき加減で「すまん」と言った。すると、悪友の一人から俺に、「何かないん?」と質問が。
「何かって何だよ」
「いやさ、イイ話的な何か」
ああ、お決まりのパターンだ。俺の言葉で雰囲気が良くなるなら、別にいいか。少し考えてから、俺は口を開いた。
「ま、いない奴らの分まで頑張ろう。ここまで目立っておきながら土産話ができないんじゃ、ちょっとお寒いし」
「そうだな。聞かせてやった時に悔しがられるようにしねーとな」
「活躍が地味だったら、話でも盛るか」
「いや、そうじゃなくて」
こうして一度話し始めると、話がどんどん弾んでいく。すると、他所の焚き火の光に照らされて、暗闇の向こうから見知った顔が現れた。
「アイリスさま~!」
メチャクチャ嬉しそうな呼び声に、彼女の顔が綻ぶ。そうして俺たちの輪に加わると、彼女は声を弾ませて告げた。
「みなさんのことが、軍中枢でも話題になってますよ?」
「えっ、マジっすか!?」
「いや、そんな驚くことでも」
そんな、さも当然と口で言っている奴も、顔はだらけきっている。肘でつつかれまくるそいつを見て含み笑いを漏らしてから、アイリスさんは口を開いた。
「結局、正式な論功行賞は、次の戦いが終わってからになってしまいましたけど……」
あの戦い自体は、一つの大きな節目ではあった。しかし、褒賞を決めたり、仮の式典をやったりといった時間の余裕はない。そのため、論功行賞は後回しになっている。
ただ、その件について触れる彼女の様子を見る限り、話の内容には期待して良さそうだ。珍しく、勿体つけて気を持たせる彼女に、遠慮がない子が肩を握って軽く揺らす。
「早く早く~」
「ふふっ……次の栄典ですが、連合軍に関係した諸国全体で行う予定だそうです。それで、こちらの近衛部隊は、現時点での働きだけでも……勲二等相当だそうですよ!」
「そりゃ……超すごいんじゃ?」
「超すごいですよ!」
らしかぬ口調で興奮気味に、アイリスさんは肯定した。
「一国が出す勲章ではなく、各国の国家元首連名の元で出される勲章ですから! こういった勲章が出されること自体、歴史的な事態ですよ!」
言われてみりゃ、そういう話だ。全ての国が公認する英傑として認められるわけで……その場に立つ前からドキドキしてきた。
で、さすがに既存の褒章と比較するのは無礼が過ぎる――ものの、そういう質問に対してアイリスさんは、ちょっと口ごもりながら一等級ぐらい上ではないかと答えた。
「ってことは……」
「フラウゼ一国における勲一等相当ってことだ」
「凄まじいな、おい!」
事の次第の輪郭が明らかになるにつれ、みんなも興奮した様子になっていく。
すると、みんなよりは落ち着いた様子のウィンが、アイリスさんに尋ねた。
「現時点で、俺たちよりも”上”にいらっしゃるのは? アル・シャーディーンのナーシアス殿下でしょうか?」
「良くわかりましたね」
「他に思いつく方が……」
実際、あの殿下の働きは尋常ではない。敵方総大将を除けば、戦局を一番大きく動かした一個人だろう。そんな殿下を顕彰するに当たって、外交上の問題がないこともないらしいけど……。
「あくまで、功績と献身を評価しようということで。立場等は考慮せず、フェアに表彰する流れです」
「なるほど……」
「なんだ、巻き返しでも狙ってんのか?」
仲間からニヤケ顔で問われると、ウィンは「そのつもりだ」とアッサリ答えた。
「個人戦では勝ち目がないが、殿下が一個人として評価される一方、俺たちは部隊として評価してもらえるみたいだからな。やりようはあるだろ」
「うーん、そうか?」
ウィンの物怖じしない発言に対し、少し自信なさそうな隊員もいれば、触発された感じのもいる。そして、ひとしきりざわついた後に、みんなの視線が俺の方へ向いた。
「……何だよ」
「いや、お前がまたわけのわからん戦功を立てたら、もう少し上を目指せるかもな~って」
「……そうなったら、リッツが単体で表彰されるんじゃないか?」
ハリーが指摘を入れると、みんなうなずき出した。
「それもそうか」
「それはそれで」
「面白くなりそうだな?」
早くもその時をイメージして、悪友連中は俺にニヤニヤした笑顔を向けてきた。他人事だと思いやがって。
ただまぁ……俺はアイリスさんの方に、チラッと視線を向けた。彼女は、柔らかな笑みで答えてくれた。
世界各国の注目が集まる中、自分の功績をアピールできたなら……彼女との未来に向けた大きな一歩になるだろう。
それから、俺はウィンの視線に気づいた。目が合うと、彼は俺とアイリスさんをそれとなく交互に見遣って、珍しく優しそうな笑みを浮かべてきた。彼も、俺たちの事情を知る仲間で――もっと言えば、意中の子を射止めるために功績が必要な同志だ。
ああ……先はどうなるか知らんけど、頑張るしかないな。
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