第550話 「終結と今後④」
陣地巡りのご依頼を受諾した俺たちは、一度外に出て集合することにした。
先ほどのご依頼は、別に強制という感じではなかった。命令というよりは、要請に近いものだと思う。なので、場の雰囲気もあったとはいえ、持ち帰らずに俺のー存で応諾したことに、少し申し訳なく思う気持ちはある。
集まったみんなにその依頼の件を話すと、反応は様々だった。尻込みしている隊員、意欲的な態度の隊員、なんか調子に乗ってる奴……。
ただ、強い拒否感を示されることはなかった。戦いのみならず、こういう儀礼的な面でも場数を踏んできているだけあって、自分たちの立ち位置への理解があるのだと思う。
最終的に、陣地巡りには全員参加ということで話がまとまった。
こうして俺たちが話し合っている間、アイリスさんはお呼び出しを受け、再度天幕の中へ入っていった。彼女が呼ばれたのは、貴族部隊への話のためだ。
彼女らへの話が終わると、入れ違いで
彼らが士気向上のためにと選出されたのは、そういうわかりやすさもあってのことだろう。俺たちのホウキも、そういう人目を惹きつける一助になっていることと思う。
やがて、陣地巡りを行う三部隊に話がつき、みなさんと天幕の外で顔を合わせることになった。
さすがに貴族部隊の方々は落ち着いたもので、操兵術師の方々も、急に賜った大役に浮足立つ感じはない。もともと高位の魔導士ということで、エリート層なのだろう。
それに比べると俺たちは……まぁ、現場叩き上げの精兵というか。格式という面では、差があるように思われる。
ただ、両部隊の方々からは、俺たちのことについて興味を抱いていただけているようだ。中で聞かされた新鮮味があるという話は、どうやらこちらのみなさんにとっても同様らしい。顔を合わせるなり打ち解けた雰囲気になった。
これから、このメンバーで陣地巡りへ向かう――わけだけど、一つ問題があった。先ほど中で話を伺った際、総司令閣下の側近としていらっしゃった方が、少し困ったような感じで口を開かれる。
「何分、陣地が広いものですから、手分けして動いていただければと」
「固まって動くと、“順番”の問題もありますしね」
貴族の方が口を挟まれると、武官の方は無言で苦笑いなさった。どこの陣地から始めるか、その順番で無用なトラブルが起こりえるかも知れない。まぁ、ないだろうと信じたいけど……万全を期してというわけだ。
そこで、集まった三部隊を適当にシャッフルし、分散して陣地巡りに向かうことになった。隊をバラして組みかえるのは、各隊の中の親睦を深めるという意味合いもある。
こうして即席の部隊ができあがったところで、俺たちはそれぞれ分かれて陣中見舞いへ向かった。向かう先は、まずマスキア軍の陣地の一つ。そこから、他国の陣地へ順に回っていく。
部隊を組み直したということで、同行する貴族と操兵術師の方々とは初対面だ。目的地へと歩きつつ、簡単な自己紹介が済むと、当座の隊長を決めようという話になった。
すると、「僕は、そちらのリッツ・アンダーソン殿を推挙するよ」と、貴族のお方が出し抜けに仰った。背格好は俺と同じぐらいだけど、目鼻立ちが整っていて、人目を惹かずにはいられないお方のように見える。こういう役として、俺よりも適任ではないだろうか。
「私で宜しいのでしょうか?」と尋ねてみると、他の貴族の方々がうなずいてこられた。
「貴兄はフラウゼの近衛部隊隊長だろう? 格としては申し分ないように思われるが」
「確かに」
「操兵術師のみなさんは?」
貴族の方から話を振られた操兵術師の方々も、俺が当面の代表になることに異論はないらしい。というか「やってもらえるならそれでいいです」という感じだ。
こうして、積極票と消極票の両方を得た俺は、近衛部隊隊員からも「いいじゃん、頑張れ」と言われて逃げ場を失い、アッサリとリーダーを務めることになった。
幸い、臨時で俺の隊員になった方々は、話しやすい感じの雰囲気がある。まぁ、貴族部隊の方に関しては当然かも知れない。もともと、軍全体の戦意高揚のために結成されたのだから。
操兵術師の方々も、エリート層でありながら、鼻につく感じはまったくない。これなら、急に任された隊長の役も、問題なくこなせるだろう。
そして俺たちは、陣地中枢を離れて最初の目的地についた。すでに伝令が向かって話がついていたようで、陣地の入り口のところでは、見張りの方にすぐ察していただけた。ほとんど間を置かずに、武官の方がお越しになり、俺たちに頭を下げてくる。
「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます」
「いえ……我々も大変名誉ある役を賜りました。こうして迎えられることを光栄に思います」
前方には俺たちを迎える兵の方々、後ろにはこの臨時部隊の隊員。両方の視線に挟まれながらも、俺はどうにか場に即した挨拶を口にした。言動におかしなところはなかったようで、歓待の空気が冷えるような感じはなかった。
そうして俺たちは、兵の方々が作る花道の間を、気持ちゆっくり目に歩いていった。戦闘中ほどの熱さはないものの、辺りは羨望と称賛の熱気に包まれている。
こちらの方々と俺たちが、直接関わり合いになったわけではない。それでも、俺たちみたいなのが活躍しているところは、遠くから目にしていたのだろう。あるいは、俺たちの戦果やその影響を、実感することがあったのかもしれない。彼らにとって、俺たちは戦勝の立役者の一員だった。
しばらくの間、俺たちは熱い視線の中を歩いていった。しかし、この花道はどこに続いているんだろう? 疑問に思ったのも束の間、俺はその回答を目にした――演台というか、お立ち台みたいなものがある。
その存在に気づき、俺はそれとなく後ろに目を向けた。貴族の方々にアイコンタクトを取る。すると、お察しの良い方々は前方のアレに気づいたようで……「頑張れ」と言わんばかりの、にこやかな笑顔でうなずいてこられた。
まぁ……今更引き下がるわけにはいかない。引き受けたお役目は全うしなければ。そういうのも含めての、近衛部隊隊長だ。
やはりというべきか、前方にあるそれとこの花道の配置は、一席ぶつために設けられたものだった。こちらの陣地を任されている年配の将官のお方が、こちらに頭を下げてこられた。
「急な話ではありますが、兵に向かって何かお言葉を賜ることができればと」
「……かしこまりました」
どちらが上なのかよくわからない会話を交わした。たぶん、お互いに相手を上に見ているのだと思う。
ただ……兵卒のみなさんを前にして、自分を下げることはできない。みなさんを前にしたのなら、俺は上じゃなきゃいけない。仰ぎ見られ、手を伸ばされる存在でなければ。
登壇する前に、俺は何回か深呼吸をした。視界の外から、
そうして俺は、一歩一歩踏みしめるように、段を登った。一段上がるごとに、身が引き締まる感じがある。普段の自分とは離れていく感じがある。
しかし……実はすでに、以前の俺ではないのかもしれない。この一段一段は、それを自覚・自認するステップなのかも知れない。
段を登り終えると、広い演台の上で、俺は一人になった。今までにも、こういう機会はあった。人前で少し高いところに上り、注目を集める機会が。
今までのと違うのは、ここには俺しかいないってことだ。誰かに褒められるために登った台じゃない。求められるがまま、望まれるがままに登壇し、これから俺は自分の言葉を投げつける。
台ヘ登り終えてから、俺はみなさんの方へ目を向けた。陣地の中央から続く大通りは、今や兵卒の集団で埋め尽くされている。これだけの集団が、今は静まり返り、ただ俺の言葉を待っている。
そして……俺は口を開いた。
「今日、私は魔人を何人か殺しました。しかし、戦場全体から見れば些細な戦果です。私以上の勇者は、この戦場に何人もいたことでしょう。しかし、一人では何もなし得なかったことでしょう」
こうして話している間、咳一つ聞こえはしなかった。なんだか変な気分になりながらも、俺は言葉を続け、語調を強めていった。
「私たちのこの勝利は、互いに手を取り合ったからこそのものです。私たちの勇気と献身が一つになって、今日という日を迎え、私たちはこの手に勝利を掴んだ。生まれた国の別なく、流れる血に貴賤無く、私たちひとりひとりが等しく勝者である。私はそう確信しています」
ここで言葉が切れ……俺は口を閉ざして頭を下げた。それからわずかに遅れ、満場の歓声が耳に届く。
今しがた話したばかりの言葉が頭から吹っ飛び、俺は何を言ったのか思い出せなくなった。心臓から血が勢いよく駆け巡り、全身がドッと熱くなる。熱に浮かされ、自分がわからなくなる。
ただ、急な話のわりに、変なことを言わなかったようで、そこは安心した。
登ったときよりはずっとぎこちない動きだと自覚しつつ、俺は台から降りて隊に合流した。いずれの隊員も、「よく頑張った」という
将官の方からも、「ありがとうございました」と、簡素ながら感謝の言葉をいただけた。とりあえず、お役目は果たせたようだ。
俺の演説(?)が終わると、兵のみなさんは各自の持ち場へ戻るように動いていった。ここからまた、陣地内を巡り、ある程度滞在してから、他の陣地へ顔を出すという流れになる。
こうして少しずつ場の熱が引いていく中、俺は自分で口にした言葉をおぼろげながら思い出し、
――この勝利は、本当に俺たちの勝利なんだろうか?
戦闘の終結において、敵側の離反が大きなウェイトを占めているのは、疑いようがない。アレがなければ、今頃も戦闘中だったことだろう。
つまり、この勝利は、実のところ譲られ施されたものだ――そういう見方はできるし、実際にもそうだったのかもしれない。
しかし……俺たちが十分な力を示したからこそ、あの離反に意味が出たのだとも思う。”不利を悟って”という公式の理由も、あながち遠いものではないはずだ。
だから、俺はこの勝利が、俺たちの手によるものだと信じたい――し、それを信じさせることこそ、俺たちが今やるべきことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます