第549話 「終結と今後③」
部隊の状況確認が済んでから少しして、俺の
こういう状況で呼ばれると、あまりいい予感はしない。緊張と不安を感じながら、俺は腕輪をつないだ。
「いかがなされましたか?」
『今後について、君たちの耳に入れたいことがあってね。隊員全員だと多いから……君とラウルとサニー、それにラックスの四人で来てもらえないかな? アイリスがそちらにいれば、彼女も』
「かしこまりました」
みんな静かに聞いていたせいか、殿下のお言葉は耳に届いていたようだ。一応、改めて用件を口述し、呼ばれた五人で連合軍中枢へ向かうことに。
陣地の中央辺りへ近づいていくと、せわしなく駆け回る伝令らしき方々が目についた。戦闘が終わって早々、情報面では大変な状況にあるようだ。
とりあえず、一つの区切りを迎えはした。しかし、全体としてはまだ終わっていなくて――むしろ、幕開けですらあるのかもしれない。先の道はつながったようでいて、未だ不透明だ。情報を抱えた方々の慌ただしさを目にし、俺は今後のことに思いを馳せた。
そうして俺たちは、殿下がお待ちになられている天幕の前に着いた。入り口で構える立派な衛士の方々に、身分と用件を伝える。
すると、彼らは大変恭しい態度で俺たちを迎え入れ、中へと案内してくださった。こうして、ここに通されるだけの存在になったというわけだ。そういうことを自覚した上で、やはり強い緊張を感じてしまうけども。
天幕の中へ歩を進めると、中央には大きなテーブルがあって、その上にこれまた大きな地図が広がっていた。地図の上には大小様々な駒が。
そして、そのテーブルを、各国から馳せ参じた将官の方々が囲んでおられる。そのテーブルは入り口側の席がいくつか空いていて、視線が向いたところで総司令閣下から「そちらにおかけください」とのお言葉が。
相変わらずの丁寧さに、かえって恐縮してしまう。しかし、薦められた席を固辞するのも無礼だろう。俺は、場慣れしている女の子たちと、ほとんど同じタイミングで席に着いた。それからわずかに遅れ、ラウルとサニーも腰を落ち着ける形に。
俺たちが着座したところで、総司令閣下の横におられる、側近らしき武官の方が口を開かれた。
「では、早速ですが、本題に入らせていただきます。まず、一般の兵に対する、今回の戦勝に関しての公示です」
この問題は、単に「勝ちました」では済まされないものがある。というのも、敵側が勝手に同士討ちを始めたからだ。そこまでは軍中に普通に知られている。知られていないのは、”どうしてそうなったか”だ。
この理由について、あの総大将の意図を広めるわけにもいかないだろう。そこで、連合軍としては……。
「敵方のうち不利を悟った者どもが裏切り、こちら側に着いたという筋立てとする考えです」
戦いが終わってから、一時間経ったかとうかってぐらいだ。議論に議論を重ねた上での決定ではないだろう。それでも、妥当な筋立てだとは思った。さっさと公式な戦勝の声明を出さなきゃならないという事情もある。
俺たちは特に異論を挟まなかった。すると、武官の方は軽くうなずき、言葉を続けられていく。
「敵総大将の亡骸と、愛用の武器については、向こうから贈られたものとして扱うということになりました。リーヴェルム偵察部隊経由で、向こうとも合意が取れており、ただいま輸送中です」
同意が取れたってことは――今現在、あちらのトップにあるアディントン氏が認めたってことだ。未だに両腕が戻らないであろう彼のことを、俺は思い浮かべた。
魔人としては裏切り者に違いない。しかし、「不利を悟って」とか、そういう理由で事を起こしたわけじゃない。知って間もないものの……彼には彼の忠義があって、それに殉じているように思う。
その彼が、裏切り者の汚名を受け、その上主君の遺骸を差し出すことに同意した。胸中まで推し量ることはできないけど、敵とも味方とも言い切れない彼のことを思うと、胸が痛んだ。
しかし、湿ってばかりもいられない。今重要なのは、なぜ俺たちがこの場に呼ばれたかだ。俺は気持ちを切り替え、続く言葉に意識を向けた。
「今回の戦勝について公示するにあたり、皆様には各国の陣地へ、顔を出していただければと」
「我々が、ですか?」
「はい」
その意図するところが、すぐにはわからない。すると、総司令閣下が話を引き継がれた。
「相手が不利を悟ったというシナリオに説得力を持たせるため、あなた方を始めとして戦場で大きく目立った部隊に、各陣地を巡って勝ち名乗りを挙げてもらえればと。そうすることで士気も高まるでしょう」
士気……ってことは、この後も視野に入れておいでってことだろうか? 突っ込んだ質問ではあると承知の上、俺は手を挙げて尋ねてみた。
「連合軍としては、今後の戦闘も視野に入れているということでしょうか?」
「建前としては、そうなっても構わないように備えていきます。現場の本音としては、この機を活かせればという声が大勢ですが……後は、各国がどう判断するかですね。公式決定までは、まだ日が必要でしょう」
「かしこまりました」
今後の流れがどうあれ、士気を保つ必要は実際ある。敵側の意思統一が取れていない中、警戒を緩めるわけにはいかない。仮にこれ以上の侵攻が認められないとなっても、周辺地域平定のための行動は必要だろう。
となると、この国の兵に対する士気向上の施策は、かなり重要な意味合いを持つわけで――必然的に、俺たちも大きなお役目を負うことになる。光栄さと緊張で思わず固くなる。女子二人はともかく、残る男二人も似たようなもんだ。
そんな俺たちに、皆様方は温かな視線を向けてこられる。中には、過去に思いを馳せられているような、懐かしむ感じの方もおられる。かつて過ぎ去りし道に、今俺たちがいるのだろう。
そして、総司令閣下は仰った。
「あなた方の他には、
まさか、そのニつの部隊と同じように扱われるとは。とんでもない大抜擢に感じられるけど、俺たちが選ばれた理由は腑に落ちるものではあった。
「まず、飛ぶ兵という段階で、一般の兵には強い印象を与えています。その上、瘴気を片づけて多くの兵を助けたのですから。軍中でも話題の的になっているようです」
総司令閣下のお言葉に続き、今度は操兵術師を率いておられたナーシアス殿下が話を継がれ、親しみとちょっとした熱を込めて仰った。
「君たちが平民の部隊というのも重要でね。王侯貴族なんて、言っちゃえば強くて当たり前なんだ。でも、君たちは違う。自分たちのできる限りを尽くし、上にまで登りつめた姿は、きっと多くにとって良い刺激になったと思う」
「先進性もあるしね」
ナーシアス殿下に続き、次は魔法王国のトリスト殿下が口を挟まれた。
「見た目のインパクトでは、たぶん操兵術師部隊の方が大きかったかもしれない。しかし、彼らには悪いけど、強いのは前々から知れていて……昔ながらみたいなところもあるからね。目新しさはなかったと思う」
「ほう?」
トリスト殿下の、あまり遠慮のないお言葉に、ナーシアス殿下はやや芝居じみた感じで目を細めてにらまれた。それを軽く無視するように、トリスト殿下が言葉を続けられる。
「私の国は、魔導師の精強さで知られていてね。私も配下も、魔法には覚えがある。それでも、君たちの戦いぶりには驚かされる部分が多くあった。おそらく、他国の将兵に与えた印象は、それ以上のものだったろうと思う」
すると、テーブルを囲む歴戦のお歴々が、しきりにうなずかれるなどして賛意を示された。「フラウゼは進んどりますな」「いや、まったく」と、交わされるお言葉は、どこか楽しそうだ。
そして、その中にあって俺たちの殿下は――少し照れくさそうにしつつも、得意げな様子であらせられた。
それから、飾らないお褒めの言葉が落ち着いたところで、総司令閣下が俺たちに改めて口を開かれた。
「そういった次第ですが……お願いできますかな?」
ここまで言われれば、断るのが無理ってもんだ。
一応、隊の三人に視線を向けると、いずれも晴れがましい感じの顔でうなずいてきた。部隊こそ違えどアイリスさんも、我がことのように誇らしげな微笑みを向けてくれている。
それから、部隊の代表として、俺は総司令閣下に「謹んで承ります」と言葉を返した。
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