第548話 「終結と今後②」

 連合軍の前線中枢近くの、開けた場所に到着し、俺たちはお客さまの方々を地に下ろした。

 これで一仕事済み、上からの命は特になくなった。連合軍上層部の方々はこれから軍議に、一方で各部隊は、別命あるまで戦闘後の処理を行うことになる。

 戦闘後の処理ってのは、つまり――損害状況確認だ。


 俺たち近衛部隊は二手に分かれて行動していた。まずは合流して状況確認を行う。ラウルは緊張した面持ちで、外連環エクスブレスに声をかけた。通話先はサニーだ。


「サニー、そっちは今どこだ?」

『左翼側の上空です。陸に合わせて少しずつ退いているところですが……』

「……わかった。急な用件がなければ、そのままの速度で戻ってくれ。後で、フラウゼ軍の陣地で落ち合おう」

『了解です』


 その気になれば、サニーたちだけでもすぐに引き戻せはするものの……ラウルは陸側と歩調をそろえて帰還するように提案、その判断を俺たちは支持した。

 俺たちよりももっと激しく戦闘していたであろう、あちら第二部隊の様子が気がかりではある。しかし、先ほどの通話から、そこまで深刻な感じはなかった。だから、大丈夫だろうとは思う。


 より気がかりなのは、こっちの方だ。左腕につけた、試作版外連環は、アイリスさんの腕輪とつながっている。声は通じないけど、マナだけは送れる。これで互いの安否確認をしようという話だったけど……いざ、マナを通そうとすると、俺は強いためらいを覚えた。

 今の今まで、矢継ぎ早に、やるべきことがいくつも降って湧いてきた。それらを片付け乗り切るのに必死で、良くも悪くもかかりきりになっていた――あの子への心配に、囚われずに済んでいた。

 俺もそれなりに、危険な目にあったとはいえ、彼女がいた貴族部隊の激戦ぶりは比じゃないだろう。そういう悲報は耳にしなかった。しかし、士気への影響を考慮し、情報が伏せられていたという可能性もある。


 一度こうして考え始めると、もうダメだった。


 戦闘開始以来、初めてやってきた、手持ち無沙汰な待機時間。これが無為どころか、不安にまみれて気を揉み続ける苦痛を思い、俺は意を決して腕輪にマナを通した。

――きっと大丈夫だ。俺なんぞが心配するのが無礼なくらい、あの子は強いんだから。すぐに返事は帰ってくる――。

 俺は自分に言い聞かせた。言い聞かせながら、マナを通し続けた。しかし、脳裏を駆け巡る自分を安心させるための呪文が、心臓の鼓動が、タガを外されたように加速していく。異刻ゼノクロックなんて使ってもいないのに、時の流れが鈍化したように感じる。

 腕輪の返事はない。何分経った? たぶん、一分も経ってない。それでも、待つばかりのこの時間を、無限の責め苦のように感じてしまう。

 もしかしたら、戦闘の影響で腕輪がぶっ壊れたんじゃないか? そんな現実逃避まで頭に浮かんだあたりで、腕輪に紫の光が灯り、俺はその場にヘナへナと崩れ落ちた。


 みんなからの視線に気づいたのは、腰が抜けて少ししてからだ。

 呆けた意識が戻ってきたところ、ラウルは心底心配そうに「大丈夫か?」と尋ねてきた。彼と、周囲の戦友たちに申し訳なく思いながら、俺は事の次第を口にした。


「実は、この腕輪でアイリスさんの安否確認を」

「だ、大丈夫だったんだな?」

「ああ……」


 俺が答えると、みんなも安堵のため息をついた。やはり心配だったようだ。まぁ……俺ほどではなかったと思うけど。

 しかし、そうして安心したのも束の間、隊員の子から難しい質問がやってきた。


「そういう腕輪をリッツが持たされてたんだ」

「ああ……ちょっと訳ありで」


 はぐらかすのには抵抗感があったけど、こう言っておけばあまり深入りしないでくれるとは思った。というのも、みんなにとって俺とアイリスさんの関係は、例の精神操作の件が記憶に新しいからだ。

 実際、″そういう件″のための装備なのだろうと、みんな納得してくれたようだ。「何もなくてよかったな!」という声もあり、色んな感情が混ざりあって目元が潤んでくる。

 苦楽を共にする仲間たちに、こうして隠し事をしなければならないのは、結構苦しい。いつの日か、堂々と俺たちのことを話せる日が来ればと思う。


 こうしてアイリスさんの無事を確認できた。すると、第二部隊の帰還をただ待つばかりではなく、ラックスを迎えに行こうという話になった。近衛部隊が集合するっていうのに、彼女がいないのでは……というわけだ。

 ただ、今は今後の動きを検討する軍議が始まったばかりだ。そんな中で、軍中枢から彼女を抜いていいのかどうかという疑問もある。

 そこで、まずは外連環で尋ねてみることになった。ラウルが腕輪越しに問いかける。


「隊の状況確認で集合するけど、そっちは抜けられそうか?」

『ん、大丈夫』


 あっさりと返答が来たことで、俺たちの間には少なからず驚きが広がった。そこでラウルが「本当に大丈夫か?」と尋ねると、腕輪の向こうの彼女は軽く笑った。


『ここから先は、軍だけじゃなくて、むしろ国政や外交に寄った案件になるからね。さすがに、私が口を挟むようなレベルのお話じゃないよ?』

「ん~、なるほど」


 まぁ、その気になれば、そういう提言とかできなくもないんだろうけど……殿下がそこまでさせることもないか。とりあえず、ラックスは抜け出せると判明した。すると……。


『私が行くまで、そっちで待ってる? お迎えがあるとすごく嬉しいけど』

「ああ、わかった。誰か出すよ」

『できれば、リッツがいいな。魔獣の足止め方法とか聞いてみたいし』

「そっか。ラックスは見てないもんな」

『ん』


 というわけで、俺が彼女を迎えに行くことになった。今いる場所から歩いて数分ってところだ。ホウキを使うまでもない。俺が迎えに行く一方、みんなは部隊合流のため、フラウゼ軍陣地へ向かうことになった。


 そうして一人、連合軍の中枢まで歩を進めていくと……大きな天幕の外にラックスが立っていた。その傍らに、アイリスさんも。

 彼女の姿を目にし、俺は思わず駆け寄ってしまった。一方、彼女はじっとこらえてそこで待っている。

 そして距離が近づくと、彼女は至る所に傷ができているのがわかった。傷と言っても、ほんの浅い切り傷擦り傷の類で、放っておいてもすぐ治りそうなものだ。それでも、白地の衣装に浮かぶ赤い線が目に入ると、それがまるで自分の体みたいに傷んだ。


「こんなになって……」

「あなたも……」


 気が付けば、アイリスさんも俺に痛ましそうな目を向けていた。ラックスも。彼女らの視線を追うように、俺は自分の体を再確認した。

 実際、俺もそういう浅い傷は多い。異刻を使って回避していたとはいえ、体勢を崩されないように意識していたために、ごくごく浅い傷は普通に受け入れていた。

 でも、お互い無事で良かった。頬にまで浅い切り傷がある彼女の顔を見ると、言い知れない様々な感情が噴き出してくるけど……とりあえず俺は笑顔を作った。

 しかし、彼女の顔はあまり晴れない。なんだか心配そうな様子の彼女は、俺に尋ねてきた。


「あの、気が付いたときにこれが光ってまして……もしかして、待たせてしまったのではないかと」


 コレってのは、安否確認用の腕輪だ。体の前で手を組む彼女は、周囲から目立たないように、それとなく指で指し示している。

 おそらく客観的に見れば、待ったのは一分強ってぐらいだ――たぶん。まぁ、正確な時間感覚がなかったのは確かだ。それに、主観的には、待つのはすごくキツかった。

 しかし、そんなことを口にすることもないだろう。


「いえ、割とすぐでしたよ」

「そうですか」


 そう言って彼女は、ホッとため息をついた。信じたのかはわからない。まぁ、気を利かせたと感じても、合わせてくれる子だとは思う。

 しかしまぁ……デートの待ち合わせじゃあるまいし――自分へのそんなツッコミが脳裏に浮かんだ。

 でも、そうしてツッコミできるくらいに心の余裕が出たのも、彼女に直接会えたからだろう。相変わらず現金な自分を感じて、そのことにもなんだか安心した。


 こうして俺たち二人が再会を喜ぶ中、ラックスはずっと静かだった。

 たぶん……いや、間違いなく、この再会は彼女が気を利かせてくれたんだろう。普段よりもかなり優しい眼差しの彼女に、俺は頭を下げてから「行こうか」と言った。


「ん。歩きながら、魔獣の件を聞かせてね」

「……半分くらい言えない話だけど」

「半分でいいよ」


 てっきり呼び寄せる口実とばかり思っていたけど、本当に興味があったらしい。アイリスさんも同様に俺の話を楽しみにしている感じだ。というのも、向こうは魔獣相手に「ゴリ押した」そうで……そりゃ、別解は気になるよなと思う。

 そんなわけで道すがら、俺は彼女らに砦亀フォータスへの対処で泥穴を作った件を話していった。



 俺たちがフラウゼ軍陣地に帰還し、隊のみんなと合流してから程なくして、サニー率いる第二部隊も戻ってきた。

 まずは、被害状況の報告からだ。こちら第一部隊は、陸戦要員が俺ぐらいで、戦傷はほとんどない。連合軍中枢寄りで、温存気味に動いたからだ。それでも戦闘が激しくなってくると、各地を転戦していった。

 サニーたちの方はそれ以上の働きをしていたはずだ。見たところ、負傷者は結構いる。"この場にいる"人員に関しては、そこまで深刻さはないけど……いない連中のことが気がかりだ。

 そこで、まずは彼らについて、隊を率いるサニーがやや暗い口調で話しだす。


「戦死こそしませんでしたが、重傷者が五名。戦闘続行が難しくなった段階で、こちらの陣地へ戻しました」

「そうか……」


 重症ってのは、骨折とか大きな裂傷とか、そういう感じのだ。頭や内臓をやられたとか、そういうのはなく、重篤な後遺症が残る感じではないそうだ。そこだけは安心した。

 そうして負傷したのは、陸戦担当の隊員が多いとのことだ。軽傷で済んでいる隊員も、やはり陸戦メインの隊員だ。

 しかし、その中で中核戦力であるハリーとウィンは、ほんの少しの軽傷しか見当たらない。この二人を指し、第一部隊の隊員が当惑しながら口を開く。


「そっちの二人……いつも通り、普通に戦ったんだよな?」

「ああ……」


 第二部隊の隊員は、同じように困惑しながら答えた後、「いつもよりも激しかったぜ」と続けた。二人して強そうな魔人に率先して向かっていったらしい。


「なんでケガしてねーんだ?」

「ちょっとおかしいよな……」


 そこで、場の視線がアイリスさんに向いた。彼女までもが、浅い傷とはいえここまで負傷している。そんな中で、この二人の戦傷の少なさは、異常に思える。

 ただ、当人たちには思い当たるフシがあるようだ。先にウィンが口を開いた。


「ハリーと組んで動くのは、こういう大仕事だと確か初めてでな……いつもよりもやりやすかった」

「だからってなぁ……」

「そういうもんなの?」


 仲間たちからの疑問の目に、彼はうなずいた。どうも、模擬戦を重ねて切磋琢磨し合う仲だけに「互いの呼吸はよく分かる」みたいな感じらしい。

 ウィンの感想について、ハリーも無言でうなずいて賛意を示した。まぁ、思わぬ連携力を発揮してくれたようで、それは何よりだ。


 こうしてひとまずの状況確認が済むと、仲間のうちから小さな声が上がった。


「これから、どうなるんだろうな?」


 実を言うと、戦闘が終わったことまでは軍全体に周知されていても、戦闘がどのように終わったかまでは知られていない。空から状況を見ていて、さらに情報的にも中枢に近い俺たちが、軍全体としては例外に入る。

 そういうわけで、まずは軍全体にどのように伝えるかだ。連合軍の勝利がいかなる形でもたらされ、交戦していた魔人側がどのような状況にあるか。そういった情報を周知させた上で、ようやく軍として次の行動を取れる。

 しかし……どこまで本当のことを伝えられるだろうか。敵の総大将だった、あの彼の遺言を、どこまで受け容れるだろうか。この先、本当にどうなっていくんだろうか。大きな戦いが終わったばかりだというのに、言いようのない漠然とした不安が胸を占めた。

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